慶應義塾

【特別記事】メルケル首相、塾生と語る

公開日:2019.06.13

登場者プロフィール

  • アンゲラ・メルケル

    アンゲラ・メルケル

  • 訳・注 三瓶 愼一(さんべ しんいち)

    法学部 教授

    訳・注 三瓶 愼一(さんべ しんいち)

    法学部 教授

2019/06/12

長谷山塾長

皆さん、こんにちは。ドイツ連邦共和国のアンゲラ・メルケル首相をお迎えしております。皆さんもご存知だと思いますが、首相はドイツ連邦共和国初の女性首相であり、また現在の先進国首脳の中で最も在任期間が長く、この間ドイツ国内のみならず、EUを含む国際政治をリードしてこられました。現在ドイツはAIやIoTといった先端技術を活用した第4次産業革命、インダストリー4.0を掲げておりますし、また日本もソサエティ5.0という、サイバー空間と現実空間が融合した新しい社会の中で人々が幸福に生きる道を模索しています。

首相は博士号をお持ちの物理学の研究者でもいらして、学術研究にも大変造詣の深い方です。慶應義塾の学生の皆さんは、ぜひ首相と率直に意見を交換して、テクノロジーと人類が調和して生きていく未来に向けて議論をしてみてください。それではこの後の進行は首相にお願い致します。

メルケル首相

お招きいただき大変光栄です。時間も限られていますから、早速皆さんが考えてきてくださった質問をしていただきましょう。皆さんが勉強していること、関心を持っていること、知りたいことなど、いろいろと伺ってみたいと思い、こちらの大学に参りました。どんな質問でも結構ですよ。政治について、人生について、世界についてなど、臆することなくどうぞ。

日独の自由貿易での連携

学生1

私はケルン大学からの交換留学生です。日本とドイツは協働して、どのように米国に対峙できるでしょうか。日米関係の変化、あるいは独米や欧米の関係の変化の中で、特に貿易政策に関してはどのように協力できるでしょうか。

メルケル 日本とドイツは地理的に遠く離れていますが、共通点がいくつかあります。米国は北大西洋条約機構(NATO)におけるドイツの同盟国で、安全保障の後ろ盾であり、日本の安全保障も米国に依存するところが大変大きいというのも同じです。つまり貿易に関していろいろな困難があっても、米国との繋がりは非常に強いのです。日独とも米国と密接な経済関係にあり、私たちは最近の貿易問題に注目しています。日本はドイツと同様にアルミニウムと鉄鋼に追加関税を課せられ、対抗措置を講じなければならない状況にあります。

しかし私たちが現在、特に注目しているのは中国との貿易交渉です。というのも、中国と米国は二大プレーヤーであり、中国の動きに変化があり、消費が若干でも減速傾向になると、私たちはすぐにその影響を感じます。ドイツでは自動車産業においてこの変動を感じますし、日本でもファーウェイへの部品供給などで実感があるかもしれません。日独の経済は国際情勢に密接な関わりを持っており、だからこそ両国は多国間貿易体制を推進しているのです。

今夏、日本はG20の議長国を務めますが、世界貿易機関(WTO)の改革も重要な議題となるでしょう。この点に関しても日独には大きな共通点があるのです。

ドイツのマイノリティーに対する政策と子育て支援

学生2

法学部政治学科1年の学生です。私はドイツに対して、障害を持った人たちやLGBTの人たち、移民の人たちなど、マイノリティーの人たちに対して、とても寛容な政策を取られているというイメージを持っています。メルケル首相にとって、寛容の価値とは何か、またマイノリティーの人たちに対してどういった政策をするべきなのか、ご意見を伺わせていただけたら幸いです。

メルケル

たしかにドイツは寛容な国だと思います。寛容な態度をとらない人ももちろんいますが、ドイツは寛容な国であるように努めています。例えば障害を持つ人のために、どうしたら最もよい教育のしくみをつくることができるか、長い間議論してきました。

それはイデオロギー論争とも言えるものです。以前は特別の学校で学習させるという考え方でしたが、その後、いわゆるインクルージョン教育として障害を持つ子ももっと通常のクラスに受け入れるべきだ、という声が上がったのです。これは、どちらか一方が解決策ということではなく、どちらの道も必要で、大変な論争となりました。ドイツでは各連邦州が学校教育に対して権限を担っていますから、それぞれの州で対応が異なりました。支援学級を導入した州もあれば、しなかった州もあります。

少数者、あるいは同性愛者に関しても、社会全体で広汎な議論があり、今では同性愛カップルの婚姻が可能になりました。ここでも、すべての人々ができるだけ同等な形で社会参加ができる道を模索してきたのです。それは長い道のりでした。

1970年代にはまだ、妻が働きたいと思ったら、夫に働きに出てよいかどうか、伺いを立てなければなりませんでした。今日なら笑ってしまうし、想像もできないことですが、昔は今と同じではなかったのです。

子育てに関しては、ある制度を導入したことによって、人々の考え方が変わった例があります。ドイツでは、子どもができて休業をすると、それまで得ていた給与額の約60%からのいわゆる「父母手当」が支給されます。両親のうち、より稼ぎの多い一方が申請してこれを受給することもあるでしょう。両親の両方でこれを申請すると、12カ月ではなく14カ月分支給されます。2カ月のいわば「父親付加月」が付くのです*1。

この制度の導入の結果、それまでよりずっと多くの父親たちが自分たちの赤ん坊と関わるようになり、「子育ては大変な仕事であって、母親は家でらくらくと座って暇を持てあましているのではないのだ」と認識するようにもなりました。これは、働き方全体にも変化をもたらしました。子育てのために職場をしばらく離れるのが妻なのか夫なのかがわからないからです。私たちは、社会におけるこうしたプロセスを通じて前進してきたのです。

(多くの塾生が挙手しているのを見て)あらあら、これはすごい(笑)。では3列目の女子学生にお願いしましょうか。

ドイツのエネルギー政策

学生3

私からの質問は、原子力発電に関してです。まず、ドイツは東日本大震災後にいち早く脱原発を宣言されましたが、その後の原発の廃炉のプロセスは順調かどうかを伺いたいです。もう1つは、日本はいまだ稼働中・停止中を含め海岸線に50基以上の原発が並んでいますが、それに関して、例えば国外からの攻撃の脅威など、原発が存在することの危険性についてどうお考えでしょうか。

メルケル

ドイツは、福島第1原発の事故を受けて、原子力エネルギーから撤退することを決定しました。2022年末までに完了する予定で、最後の原発が2022年に停止されることになります。以前から私たちは日本の原発は非常に安全である、と評価していたわけですが、それでもあのような人智を超えた想像できないような事故が起きてしまった、ということが当時のこの決定の背景にあります。そこで脱原発という結論に至ったのです*2。

もっともドイツには、それ以前に2022年頃の脱原発を決定していた政権(訳注:シュレーダー政権のこと)があり、それを撤回して、もっと時間をおいてから原発から撤退するとした政権(訳注:第1次メルケル政権のこと)がありました。福島の事故の後は、かつて歩み出した道に戻ったということになります。こうして今から3〜4年後には、ドイツはもはや原子力を使う国ではなくなるでしょう。いずれの国も、こうした決定は自ら下さなければなりません。

日本では原子力エネルギーに対してあまり批判的な議論が起こっていないように見受けられます。原子力の比率を高めようとしていると書かれているものを読みました*3。学生の皆さんの中では、それに反対するような議論があるのか、それとも誰もがそれで構わないと考えているのか、興味があるところです。

原発はその稼働において、まず特定の危険を伴うものであり、これらへの安全策を講じることは可能でしょう。しかしその後、数十万年もつき合わなければならない核廃棄物の問題もあります。ですから、最終処分ももちろん大きな問題です。

地球温暖化問題へのドイツの取り組み

学生4

理工学部機械工学科の学生です。私は気候変動問題に興味があり、COP24にも参加してきました。日本の技術というのは、ドイツとともに、世界の気候変動問題の解決に大きく貢献できると考えています。しかし環境省の方などと話していると、政策とか国民の環境意識などが時に障壁となって、なかなか日本の素晴らしい技術が生かされていないと感じています。ドイツでは環境政策をどのように国家の重要議題に押し上げ、その積極的な推進へ向けた世論の形成を成功させたのでしょうか。

メルケル

パリ協定、またそれ以前の京都議定書の枠内において、ドイツはかなり野心的な温室効果ガスの削減目標を自らに課しました。おそらく2020年の目標値を完全に達成することは難しいでしょう。私たちの排出削減に向けた取り組みの1つは、排出権取引制度であり、産業界全体に排出上限を設けた上で、排出権の取引を行うというものでした。排出権に価格がつき、価格の作用によって全体としてCO2排出量が徐々に減少することを目指しました。

問題は、排出権取引は本来市場経済的な手段なのですが、2008年、2009年、2010年のような経済危機が起きると経済の成長が止まり、排出権が市場でダブついて価格が下がってしまうということです。つまりインセンティブが全く働かなくなり、排出権価格に本来期待された機能が失われてしまうのです。排出権の市場流通量を減らすなどしましたが、結局、期待していたような、経済的に有効な働きを実現するには至っていません。

エネルギー分野を見ると、ドイツは発電の35%を特に風力や太陽光をはじめとする再生可能エネルギーでまかなっており、これが今や最大電源ですが、蓄エネルギーは弱い。バイオマスはありますが、全体として蓄エネは未解決の課題です。

現在進めている取り組みとしては例えば、ノルウェーに海底ケーブルでこちらからエネルギーを送り、水力発電(訳注:揚水発電のことであろう)で「蓄えて」もらい、冬季や風の弱い時期には逆にこのケーブルを通して200万キロワットの電力供給を受ける、というプロジェクトが進んでいます。ノルウェーが私たちの蓄電池の役割を果たしてくれるのです*4。

ドイツは残念ながら、いまだにCO2の含有量の多い褐炭利用が過多で、それについては現在大きな議論をしています。2038年までには石炭発電から撤退するという方向です。ただし、それに代わって天然ガスが今よりも必要になるでしょう。

その他2つの懸案があります。一つは何十年も前に昔の基準で建てられた断熱効率の悪い建物です。日本であれば古い建物は解体し新築するのがふつうでしょうから、最新の基準で建て直せばいいので大きな問題とはならないでしょう。

もう1つ、私たちの最大懸案となっているのは交通分野です。エンジンの燃費効率がよくなっても、自動車が増えればその分は帳消しになってしまうからです。日本は水素自動車の技術を重視していますが、ドイツは電気自動車に力を入れており、あと数年でガソリン車、ディーゼル車からの移行が大きく進むのではないかと思います。しかし、電気や水素を石炭エネルギーでつくるのではせっかくの移行も意味がなく、再生可能エネルギーでつくるのがなんといっても最善です。

さて、その他の分野としては農業がありますが、ここでは、牛たちに正しい食べ方を学んでもらい、CO2排出を控えてもらうようにしなければなりませんが、これも大きな課題となってくるでしょう(笑)*5。

このようにどの分野においても前進を図ってはいますが、いずれも非常に厳しい政策論争を伴っているということは付け加えておかなければなりません。

まだ結論が出ておらず、多数派の合意が得られていないのですが、すべてについて統一的なCO2への価格づけでカーボンプライシングをするべきではないかという議論も行われています。あるときは法規制、あるときは税制、あるときは排出権という具合にその都度異なるのではなく、CO2排出からはことごとくお金をとるようにすることが理論的には最善の解決なのです。ただ、1国だけで実施するのは困難で、ヨーロッパの複数の国々が共同で対処しなければなりません。

首相という仕事

学生5

大学院で政治学を学んでいます。せっかく政治学を学んでおりますので、政治のことについてもいろいろとお伺いしたいことはあるのですが、あえてメルケル首相ご自身のことについてお伺いしたいと思います。現在首相という大変大きな責任を担っておられる中で、メルケル首相が楽しみにしていらっしゃること、またメルケル首相にとっての生きがい、というものをお聞かせいただきたいと思います。

メルケル

楽しいことはいろいろありますよ。第1に、次々と興味をそそられる人々に出会い、その都度新たな刺激を受けること。第2に、問題があってもそれを解決していくこと。解決にとても時間がかかる問題もありますが、それでもしばらくすれば、税制改革を1つ完成させる、予算を1つ成立させる、また(優秀な大学・研究機関や研究者を支援する)「エクセレンス」プログラムを大学向けに策定する等々、解決の取り組みが進んでいくわけです。「エクセレンス」プログラムの場合、そもそもこういうものはどう進めればよいのかから始まり、どれだけの予算を付けられるのか、評価は誰がして、決定は誰がするかなどを考えて進めていきます。その後プログラムが定着し、多くの人々がメリットを得ていると聞けば、それは嬉しいわけです。

EUにおいて欧州研究会議(ERC、European Research Council)というものができ、たしか2007年でドイツのEU議長国期間でしたが、これを真の意味での「エクセレンス」の枠組み、すなわち優秀な研究を支援する枠組みとしていくことには相当に神経を使いました。EUではしばしばあるように、4カ国の学者を選ぶ際にヨーロッパの南部から2人、北部から2人、などという選び方をしていては「エクセレンス」ではなくなり、優秀さとは関係がなくなってしまいます。解決策として、優秀な研究者が本当に優秀な研究を厳しく評価するしくみにしました。それによって今日、学界で活動するには、欧州研究評議会研究奨励金(ERC Grant)を受けられることが、優秀さのお墨付きともなったのです。こうしたことに取り組むのは楽しいですよ。

その他に、やりがいはありつつも、いつまで経っても成果が出ないものもあります。例えばロシアとウクライナの対立などのように、長い時間をかけて解決に努力した末に、情勢悪化とならなかっただけでも喜ばなければならないようなこともあるのです。ただ問題は解決したわけではありません。そのような状況とも折り合っていかなければならないのです。

また法律をつくるのも、面白いのですが、いいものをつくったと思っていても、たまたま自分の選挙区へ行くと、「またなんて法律をつくったんだ」「官僚主義だ」「まるっきり機能しないぞ」などという声を聞く。そうしたフィードバックを得て、修正したり改善したりしていくのです。

そういうわけですから、首相という仕事は決して退屈することなどない職業で、いろいろな人たちと一緒に仕事ができ、私にとってはやりがいがあります。

AIとこれからの社会

学生6

法学部政治学科3年の学生です。最近AI開発とデータ収集において、アメリカと中国が非常に先に進んでいて、ドイツと日本は後れを取っているというニュースが流れています。国家間のAI開発の競争も非常に重要だとは思いますが、何よりもAI開発、テクノロジーの進化によって、どんな国家、社会をビジョンとして打ち出すのか、これが国としては非常に大事かと考えています。メルケル首相が、AI開発の先にどんな未来があると考えているのかお聞きしたいです。

メルケル

正直に申し上げて、人工知能(AI)社会のその先がどうなるのかはあまり見通せていません。私たちは人工知能と冷静な関係を持たなければならないと思います。私たちがなすことはすべて人間のためでなければなりません。つまり、人間が優位を保ち、自分たち自身が何をしているのかを承知し、自ら制御できるようにしておくことが重要です。人工知能の利用によって実現した発展が、倫理的にも裏打ちされたものとなるよう留意していかなければならないのです。ですから国としても早い時期に、人工知能には何ができるのかについて展望を持ったうえで、現状を把握しておく必要があります。

「アルゴリズムが何をしているかがよくわからない限りは『人工知能』と呼び、わかってくると名前がつく」という面白い言い方があります。例えば「顔認証」という名前が付く。顔認証は人工知能の成果の一つですよね。あるいは「癌検知」でもその他の健康に関わる成果でも、まずは人工知能を神秘のベールから解き放つことが必要でしょう。

また「人工知能は人間を完全に不要にしてしまうのでは」などと怖れるのではなく、「人間を助けて仕事を容易にしてくれるものだ」と考えるべきだと思います。ロボットを見てみればわかるとおり、新たな雇用も生まれるわけですから、不安に思うことはないと考えます。

繰り返しますが、最も重要なのは、人間こそが人工知能活用の倫理的な指針を決定する立場にいるということなのです。

とはいっても国によっても差があります。次のような問いを考えてみる必要があるでしょう。例えば、私はどこまでが人間としての私なのか、私という人格の範囲はどこまでなのか。私の片方の足が義足になったとしても、私はまだ同じ人間です。私が3つの臓器を移植されたとしても、まだ同じ人間です。補聴器を装着したとしても、まだ同じ人間です。

しかし、私が脳にチップを埋め込まれて、私の思考の速度や精度が上がったら、まだ同じ人間と言えるでしょうか。どこで私という人間は私でなくなるのか。私が同じ人間であり続けるには、どこまで変わってもいいのか。こうした問題には今後取り組んでいく必要があるでしょう。

いつの日か人間は相手の考えを読み取ることができるようになるでしょう。言葉を発せられなくなった人にとっては、それは素晴らしいことでしょう。

しかし、ここにいるそれぞれの人がそれぞれ他人の考えを読み取ることができるとします。それを私たちは望むでしょうか。自分の考えが読み取られるということが社会のプロセスにとって意味することは何でしょうか。人間の共生は、お互いについて何もかもがわかっているわけではないということを土台に成り立っています。2人の人間が夫婦や家族として一緒に暮らしていて、それぞれが相手について考えていることをすべて相手に言ってしまったら、相当多くの殺し合いが起こってしまうのではないでしょうか。文明の文明たるゆえんは、考えていることを何もかも口に出して言ってしまわないことでもあるのです。しかし頭の中が脳波か何かを通じてわかるようになってしまったり、読み取れるようになってしまったりしたら、生活のあり方を一変させてしまいかねません。人間は、実現可能であるからといって、それを必ずしもすべて実現させたいとは思わないでしょう。このことはじっくり考えていきたいと思います。

中国でヘルスケア分野のスタートアップ企業の視察をしたときの話です。私はすでに年配で、逆に、皆さんにとってはふつうのことかもしれませんが、いつ自分は病気になるか、どういう確率で病気になるのかがわかる、というのです。しかし、あらゆる遺伝子が解析され、毎日健康状態を監視されて、何を食べるか、何をするか、どれだけの確率で何の病気になるか、どう対処したらよいのか、何もかも知りたいと思うでしょうか? 私はそうは思いません。

しかし中国ではかなり多くの人がそうしたことを知りたいと思っています。「栄養評価証明」なるものをもらった人は、長生きできる確率が高いというのです。日本ではどうかわかりませんが、そうしたことを望むのか望まないのかについては、文化や国民によって違った答えがあるのかもしれません。このように、私たちには多くの新しい倫理的な問題が突きつけられることになっていくでしょう。

中国について、安全保障政策

学生7

法学部政治学科2年です。私の質問は中国との向き合い方についてです。中国は経済的にも軍事的にも目覚ましい発展・台頭をしていると思います。とりわけ経済分野では、世界経済においてポジティブな効果を大きくもたらしていると思うのですが、日本ではとりわけ安全保障面において、中国の台頭に懸念が持たれていると思います。またアメリカでもペンス副大統領などは「中国に寛容に接する時代は終わった」という旨の発言をされていたと思いますが、メルケル首相は中国の発展・台頭というものに対して、どのように向き合っていくべきとお考えですか。

メルケル

中国は、過去200年間を除き、常に世界の最重要国であった、というのが中国の自己認識です。私たちは、中国が台頭してきたと考えますが、中国はそうは考えない。自らがかつて紀元1400年、紀元800年、あるいは紀元ゼロ年に占めていた本来の定位置に戻るだけなのだ、と考えています。

だから自分たちが最重要の国であり、最大の大国だからといって彼らにとっては特段どうということもないのです。中国はグローバルプレイヤーを自認しています。それは「一帯一路」構想にも表れています。中国は地球上のできるだけ多くの国々とつながりを持とうとしていますが、その際に主導権は中国にあるのだと考えています。

ヨーロッパとしては中国に対し、互恵関係の必要性を説くとともに、対等の立場での協力を望んでいると示してきました。これに対し中国は、一部にまだ大きな貧困下にある層を抱えつつ、他方では極めて高い成果を出しているという状況にあり、まあ、若干都合がいいところがあるというか、「まだ途上国なので援助が必要だ」と言いながら、他方ではすでに競争相手であったり、私たちよりも上をいっていたりするわけです。

2020年には、中国では食料問題が解消し、貧困に喘ぐ人の数は減少し、ほとんどの人が中所得層ということになるでしょう。ご存じかと思いますが、中国の大学生は知識欲旺盛で、大変勤勉で、学習意欲が高く、懸命に自らの前進を追求しています。それはそれで結構なことですが、中国との協力では、知的財産権に関して慎重かつフェアな対応を進めていかなければなりません。

セキュリティに関しては、インターネットの5G問題について、ドイツではファーウェイ参入の是非が今、大きな議論になっています。ドイツに進出するなら、企業がデータをすべて国家に引き渡したり利用させたりしない、中国政府がすべての中国製品のすべてのデータにアクセスできないようにするという確約を得る必要があり、この問題については引き続き中国と議論していく必要がありますし、また米国との議論においても協議の対象の1つになっています*6。

しかしもとより中国は大志を抱いているわけですから、平和な世界秩序の構築に向けてもより多くの責任を引き受けていく必要があるでしょう。中国はまだそれほど多くの国連の平和維持活動に参加していませんが、徐々に貢献の度合いを増すでしょう。中国の力が増し、経済的に発展していくにつれて、これらの分野でもよりさまざまな要請を中国に対してしていくことになるでしょう。

日本とドイツの協働について

学生8

マルティン・ルター=ハレ=ヴィッテンベルク大学からの交換留学生です。私の質問は、日本とドイツは経済政策を超えて国際レベルでどういう協働ができるかということに関してです。例えば、中国と台湾の対立や朝鮮半島南北の対立において、日本とドイツはどのようにしたら協働して仲介的役割を果たせるでしょうか。

メルケル

日本とドイツはいろいろなことで協働していけると思います。昨日は(日独首脳会談で)、G5サヘル諸国、つまりニジェール、モーリタニア、マリなどで共通の開発援助を行っていくことを確認しました*7。そもそも日本の開発援助政策からは学ぶところが多いと思います。日本で行われる次回のアフリカ開発会議に、ドイツからも開発援助担当大臣を派遣することで合意しました。日本はこれまで東アフリカを中心に、ドイツは西アフリカを中心に幅広く援助を進めてきましたが、開発援助の方法などについて情報交換ができます。

中国に対しては、東シナ海における日本との対立について日本と意見が一致しています。日本と韓国との対立に関しては、ドイツは、日本が韓国に向けて行っている要請を支持することしかできません。私たちは過去の問題を清算することに賛成です。従軍慰安婦問題など、日韓の歴史に重くのしかかっている問題がありますが、ドイツとしては、どのように自国の犯した問題を解決してきたかをお伝えしていく以上のことはできません。

他方で、北朝鮮に拉致された日本人の問題の解決が成功裡に実現することを望んでいます。また、朝鮮半島の非核化が持続的に行われること、その際に第三者の負担を前提とするような条約が締結されたり、約束を聞くだけに留まったりするようなことがないように、日本とともに常に力を注いでいきます。北朝鮮の核兵器の存在は日本への直接的脅威なのですから。

嬉しいことに、日本はドイツとともに、西バルカン問題に尽力しています*8。距離は離れていますが、日本はこの問題をヨーロッパに対する地政学的・戦略的な挑戦であると見ているからです。

また「自由で平和なインド太平洋地域」という日本の取り組みについては、ドイツとしても支援していけると考えています。直接軍事的に支援できるわけではありませんが、この地域の強化につながる良い提案であり、中長期的にさまざまな形で協力が可能でしょう。

また日本とドイツは多国間主義を標榜し、国際貿易機関(WTO)の改革を目指しています。G20プロセスにおいても日本はドイツの挙げた重点項目のいくつかを取り上げています。例えば女性のエンパワーメントはその好例です。日本国内で女性の就業支援が政策的に進められていることもその背景にあるでしょう。また日本はドイツが力を入れてきた国際保健政策についても取り組んでいます。エボラ出血熱が発生した際の国際社会の対応は充分ではありませんでしたが、世界のどこかでまた感染症が大流行したとき、どう対応すればよいのかということで、世界保健機関(WHO)を強化して進展を図ってきました。これらは皆、日本とドイツが非常に効果的に協働できる分野であろうと思います。

女性活躍について

学生9

韓国から来た留学生です。今、私の中での一番のイシューが性平等についてです。数少ない女性の首相として、またガラスの天井を壊した女性として、これから性が平等である社会を築き上げるために、制度や福祉も含めて、私たちの立場でできることが何かあるか、質問したいです。

メルケル

(男女の違いについては)色々固定化したイメージがあります。女性の場合、チャンスがあるのに、「私にできるだろうか」などと考えがちで手を伸ばそうとしない。一方、多くの男性は、自分にできるかどうかに拘らずとりあえずやってみるというのもその1つで、本当にできるかどうかは、まあ結果を見ればわかるわけです(笑)。私は、女性も選択肢があったら、とりあえずやってみたらいいと思います。ただ、キャリアを積む中で、子どもができて子育てをする時期になると、男女の役割分担ということでは真の意味の(家事)分担というよりは、女性の方が家にいなければならないと感じる傾向があります。ですから指導的立場への女性の進出を含め、男女の平等が実現するには家庭内の役割分担を改善しなければなりません。女性として美しく、仕事もバリバリこなし、キャリアも積んで、同時に優しいお母さんで子育てもしてなどというのは、1人でできることではありません。

こうした家事育児の分担の他に、社会のメカニズムにも変化が必要でしょう。多くの女性と仕事をしていると、何もかも夜遅い時間になってからやる必要はないと、はたと気付くことがあります。党の集会が土曜日に開催されることがありますが、本来なら子どもと過ごせる時間のはずです。政治活動の環境があまり魅力的ではないと考える女性も少なくありません。少なくともドイツだと長々と無駄な話も続き、ビールも付き物ですし(訳注:ドイツでは政治集会がビアホールで行われることも多い)、もっとスピードアップできることもあるでしょう。でもそういう習慣になってしまっているのです。女性を政治に取り込みたければ、政治活動のあり方全体を変えなければならないかもしれません。

仕事のキャリアについても同じです。現在はいろいろな可能性があり、基本的にモバイルワークも可能になっています。連邦首相府に勤務する女性たちには午後4時に帰宅する人もいますが、子どもたちを寝かしつけた後で、また仕事をしたり、自分のことをしたりすることができます。フレキシブルなしくみをつくり、女性が仕事と家庭の両立を図れるよう、そして男性にとってもそうなるようにしていかなければならないわけで、その上で、女性たちには自信をもってチャンスをつかんでいってもらいたいと思います。私は、何かに取り組んでみてその後どうにもならなくなった、という女性に出会ったことはほとんどありません。

また女性が全くいない、という印象がある自然科学研究などの分野では、ターゲットを絞ってシンポジウムで講演するなどの女性を探していかなければならないでしょう。そもそも女性を探さないことが多いのが問題で、探せばどこにでも優秀な女性はいるものです。

ヨーロッパの安全保障

学生10

法学部政治学科1年です。私は父が日本人で母がルーマニア人なのですが、数年前に起きたクリミア危機には、日本に住んでいながらもヨーロッパ人の一人として、大変大きな衝撃を受けました。

私はメルケル首相にヨーロッパの安全保障についてお伺いしたいのです。先月フランスとのアーヘン条約を結んだ際に、メルケル首相の「欧州軍の創設に貢献していきたい」との発言をニュースで拝見しました。これからヨーロッパが外国からの干渉とか圧力を受けるときに、ヨーロッパ全体として、またドイツとして、どのように脅威に向かって行くのかをお伺いしたいです。

メルケル

EUの基礎となっているリスボン条約にすでに記されていますが、ヨーロッパ諸国には相互援助の義務があります*9。例えばフランスで恐ろしいテロ事件があった時に、フランスはヨーロッパ全体に協力を要請しました。フランスが警察官と兵士を自国に戻せるように、ドイツはマリに兵士を派遣して、困難な状況にあるフランスの負担を減らしました。ヨーロッパの他の国々についても同様の対応が期待されています*10。

EU加盟国すべてがNATO加盟国であるわけではありませんから、NATOに加えて、いわゆる防衛政策分野における構造協力(訳注:恒常的構造防衛協力、英語名称の略語でPESCOとも)を立ち上げて、将来的には独自の兵器システムを設計します。それによって、欧州共通の戦略文化を構築していきます。例えばアフリカでは様々な活動が行われることになるでしょうが、欧州と米国・カナダの関心は異なっているため、NATOとしての出動とはならないでしょう。なにしろアフリカは欧州のすぐ隣に位置する大陸です。EU加盟国であるマルタからは対岸のチュニジアを望むことができ、ひとまたぎの距離なのです。したがってこれについては、密接な協議を行っていくことになるでしょう。

とはいえ、ロシアやその軍事力といった防衛に関する高い次元の問題については、依然NATOに依存しています。私たちが構築しようとする欧州としての防衛活動はNATOに対抗するものではなく、NATOを強化するためのものであり、必要な場合は独自に行動できるようにするものなのです。

医療分野での個人情報の活用

学生11

私は医学部の博士課程で学んでいます。昨今、医療分野においてもメディカルAIやビッグデータの活用が非常に期待されています。私は本塾の医学部を卒業後、アメリカのハーバード大学の大学院に進んで、大規模なコホートデータを用いた疫学研究に従事してまいりました。アメリカは非常に自由な、オープンな研究体制を持っていると思うのですが、日本はそれと比較すると、個人情報保護の観点が、研究やデータシェアリングの障壁になっているように感じます。

一方ドイツでは、データプロテクションを非常に強く行いながらも、インダストリー4.0*11のもと、世界に先駆けたデータシェアリングの部分、IoTの普及でも素晴らしい社会構築をされていると思いますが、データプロテクションとデータシェアリングの両立をどのようにして図ることができたのでしょうか。

メルケル

まず匿名データと非匿名データを区別して考えなければいけないでしょう。医学にとっては、匿名化されたデータが極めて重要だと思います。そこから、経験豊かな医師の能力をはるかに超える形で、全く新たな知見を得ることができるからです。皮膚ガンなどが最もわかりやすい例でしょうが、その他にも早期発見とよりよい治療に繋がる数多くの適用例があります。ドイツにはもちろん個人情報保護の制度がありますが、まさに医学においてはその方向で進めています。スカンジナビア諸国はもっと進んでいて、免疫学分野などでも多くのデータを集め、それによって予防等に関する貴重な知見を得ています。

個人情報に関しては当然、本人の同意があることが重視されなければなりません。今日、グーグルやフェイスブックを使えば、これらプラットフォーマーはあらゆる人のデータを入手しているので、これら膨大なデータや個人の位置情報を使えば、匿名のデータですらまたたく間に個人の特定が可能です。誰のデータかを判別するのにそれほど手間はかからないのです。

そこで私たちは今よりはるかに個人情報について意識を持つ必要があるでしょう。いわば人間が農耕時代から時を経て都市に出てきたのと同じような時代に生きていると言えるのです。昔の農村では家に鍵を掛ける人はいませんでした。誰でも家の中を覗くことができたのです。都市に出るようになってからは、ちゃんとした鍵を使うようになりました。それと同じように、現在ではちゃんとしたパスワードをきちんと設定しておかなければいけない。ドイツで最も多い「1234」のような、あるいは2番目に多い「Hallo」のようなパスワードを使っていたら、誰にでも大事な情報にアクセスされてしまいますよね(笑)。

一方で、私たちはデータの利活用に不安を持ってはなりません。特にインダストリー4.0の分野では、すべてのモノがデータのやり取りをし、デジタル化されていきますが、それ自体は悪いことではないはずです。しかし他方で、自身の個人情報の強力な保護を確保したいのであれば、それだけ力を注いでいかなければならないでしょう。そうすることで、個人の様々な医療情報などを自身の手元で保有するのです。またそうするメリットもあります。つまり、個人の電子カルテなどの場合、「実は誰でもアクセスできるのでは?」と不安に思う人もたくさんいますが、実際はメリットがあります。ヨーロッパでの先進例はエストニアです。エストニアではあらゆるものがデジタル化されており、電子カルテを見るにはパスワードが必要ですから、誰がアクセスしたかはあとで確認できるのです。それに対し、病院で誰かがあなたの紙のカルテを抜き取って読んだとしても、それが誰だったかは決してわかりません。このように、デジタル化はデータ保護を強化する面もあるのです。いずれにせよ、どの国もメリット、デメリットのバランスをとっていかなければなりません。

なお、すべてのヨーロッパ諸国に適用されるEU一般データ保護規則*12が導入されました。欧州共通というものの、まだ各国で若干異なる取り扱い方をしているようで、現在は試行錯誤の段階です。いろいろ笑い話もあります。例えば政党が党員に集会の案内状を書面で送ろうとする時、書面が送られることを了承した党員にしか送ることができなくなりました。知っている人であっても、案内を送ると住所のデータが集められてしまうので送れない。一人一人に案内状を送ってもよいかどうか、了解を求めて尋ねなければならず、最初はとても大変です。でも結局は、これによって新しい文化が生まれるでしょう。データを使うことで、本人が望んでいないかもしれないことまでできてしまうのだ、という意識が広がるからです。

ここでは、日本の取り組みにも期待しています。中国ではデータはすべて国家のもの、米国ではデータはみな企業のもので、これは両方ともよろしくない。操作される危険性があります。ですから、よりよい情報保護の施策を考えることが望ましいのです。

移民・難民問題について

学生12

経済学部3年です。首相に難民問題についてお聞きしたく思います。ドイツ、またEUにおいては、難民受け入れに関してさまざまな意見が対立していると思います。日本では、移民はある程度受け入れる政策がとられ始めたものの、難民の受け入れ率はごく低く、現在のEUの難民受け入れの状況などを考えると、あまり体制が整っていないという印象を受けます。

日本では歴史的な背景を踏まえると、どうしても安定志向や平和主義という価値観に起因するのかなと思いますが、それが難民問題の政策にとってネックになるとすれば、日本の政府としては、教育政策など、どのようなことが考えられると思いますか。

メルケル

ヨーロッパでは極めてさまざまな現象が起こっています。EU内部では移動の自由が認められています。ルーマニア人でもブルガリア人でもマルタ人でも、域内の他の国に働きに行って、そこでお金を稼ぐことができます。それによって非常に大きな人の移動が起こります。今のようにドイツ経済が好調だと、毎年50万人が他のEU加盟国からやって来ます。特に多いのはポーランドやルーマニア、ブルガリアです。子どもたちはドイツ語ができないため、学んでもらわねばならないなど、大変なこともあります。これは移民であり、労働移民であり、社会への統合という課題を私たちに突きつけています。

その他、ドイツは1960年代初頭にトルコ出身者をいわゆる外国人労働者(ガストアルバイター)として受け入れました。今ではその第3世代、第4世代がドイツに暮らしています。イタリア人、スペイン人、ポルトガル人もいますが、中でもトルコ出身者は300万人がドイツに暮らしています。しかしこの人々の場合、社会統合が果たしてよりうまくいっているのか必ずしも明らかではありません。うまく溶け込んでいる人々もいますが、今でも妻となる人をトルコ、アナトリア地域から呼び寄せる人もおり、世代を経ても期待されているほど統合が進んでいるとは言い切れないのです。

また、ユーゴスラビアの解体に伴って発生した西バルカンの紛争の影響で、非常に多くの難民が1990年代、そして2000年代にもやって来ました。バルカン地域では思うように情勢が好転しなかったのです。彼らは、非合法の移民あるいはまさに戦争難民としてやって来ました。多くの人は戦争が終わると国に帰りましたが、ドイツに留まった人もいます。

それから私たちはシリアの内戦とイラク国内の状況、つまりISというイスラム原理主義によるテロに非常に大きな影響を受けました。ここで、私たちは間違いも犯しました。避難民キャンプの状況は、紛争勃発から5年経っても基本的に悲惨なものだったのです。

シリアの人口は2000万人ですが、その半分が避難の途上にあります。そのうち半分は国内避難民で、もう半分はレバノン、ヨルダン、トルコに逃れています。そこでの生活条件は非常に劣悪で、誰も難民にきちんとした手助けをせず、そのうちに貯金も底をつきました。そうした状況を見て動いたのは不法渡航仲介業者、悪徳ブローカーで、彼らは人々の最後の所持金を搾り取ってヨーロッパへと送り出したのです。状況は無秩序な形で進みました。そのツケを難民に負わせるべきではないと考え、私たちは多くの人々を受け入れました。

もちろん、これがいつまでも続けられるわけではないことも明らかでした。そのためEUはトルコと協定を結び、資金提供をすることでトルコが難民によりよい処遇を与えられるようにしました*13。

これによって合法的な進め方を見つけたわけです。つまり、難民の中でとりわけ助けを必要とする、例えば治療が必要な難民がいるのであればその支援を私たちが行いましょう、ということですが、しかしこれはあくまでトルコとドイツの間、あるいはトルコとギリシャの間で取り決めることであって、誰がヨーロッパに来て誰が来られないかを悪徳ブローカーたちが決めるようなことを許してはいけないのです。そんなことをすれば、来るべきでない人も来てしまう。逃亡の途上で苦しみ、亡くなる人もいます。誰がヨーロッパに来るか来ないかを不法渡航仲介業者や悪徳ブローカーが仕切って決めるようなことは、容認できません。

合法的な手続きに基づいていることを常に確認したうえで、ある国が別の国を支援する体制の確保を図っていかなければならないのです。それは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などの難民機関を通じて行うことが可能でしょう。非合法の難民に対しては、毅然として対処していかなければなりません。これをゼロにすることはできませんが。そこで私たちは、例えばリビアで沿岸警備隊の教育訓練を共同実施しました。ブローカーのボートに乗ってもリビアに戻されるのだから、乗っても意味がない、という印象を人々に持ってもらうことが狙いです。私たち自身が、国連の難民機関と共同で、誰を受け入れ、誰を受け入れないかを決定していくのです。

こうした状況の中でも、いろいろな国からなるヨーロッパはよりオープンになっており、そこから就業の可能性が生まれています。もちろん文化が似ているとはいえ、いろいろな違いもあります。例えばスウェーデンとポルトガルやギリシャの間には大きな違いがありますが、言語の面でも文化の面でも、ヨーロッパには幅広いスペクトルがあるということなのです。

長谷山

有り難うございました。今日は、当初はAIやIoTを使ったテクノロジーを中心にした話題を予想していましたが、実際には皆さんの活発な質問によって、国際政治から東アジア情勢、女性の社会進出など、さまざまな問題について、首相から大変明確で率直なご意見を伺うことができました。ここには留学生を含めて大勢の学生がいます。どうぞ皆さん、今日首相といろいろな話をしたことを刺激にして、これからまた慶應義塾での学問やさまざまな活動に励んで、よい人生の糧にしていただきたいと思います。それでは首相に大きな拍手をお送りしましょう。(拍手)

メルケル

私の方からも心からの御礼を申し上げたいと思います。皆さんに期待したいのは、とにかくオープンに世界を見ることです。ここには多くの交換留学生の方たちもいます。言語は私たちを分け隔ててしまうものではなく、言語を学んで、それによっていろいろな文化を知ろうとしてください。こうして、人々の相互理解が進むのを見れば、政治家の相互理解も進むでしょう。

皆さんの今後のご健闘をお祈りしています。(拍手)

メルケル

(この対話は2月5日、三田キャンパス北館ホールにて行われた「ようこそ慶應義塾大学へ—メルケル首相、塾生と語る:Herzlich willkommen an der Keiō Universität — Besuch von Bundeskanzlerin Dr. Angela Merkel」の録音を翻訳し、ドイツ連邦共和国大使館の協力も得て編集したものである。ドイツ語部分は、三瓶が訳出し、訳注を加えた。掲載にあたって、読みやすさと事実関係の正しさを確保するために、適宜変更や修正を加えてあることをお断りする。)

画像

〈訳注〉

*1 父母手当(Elterngeld)は、2007年1月1日施行の「父母手当と父母期間に関する法律」に基づき、一時的離職や勤務減少にあたっての生活水準の激変緩和と、女性のみが離職を迫られることが多い中での両性の平等を実現する目的で、子の出生から12カ月間、所得の減少に対する補填を行うもの。夫婦で申請する場合、またひとり親の場合は14カ月間まで認められる。所得に応じ、手取り所得額の65〜100%の範囲で支給される(ただし最高限度は1800ユーロ)。前年の課税所得が25万ユーロ(父母両方の申請の場合は合計50万ユーロ)を超える場合は対象外となる。

*2 福島第一原発の事故後、第2次メルケル政権は原子炉安全委員会に加えて、社会学者や哲学者、キリスト教関係者らもメンバーに含む「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」を立ち上げた。ドイツ国内のすべての原発を総点検させた結果、原子炉安全委員会からは安全との結論を得たが、倫理委員会は原発の利用継続には問題ありとした。メルケル首相は後者の結論を重く見て、福島事故3カ月後の6月6日に脱原発を決めた。

*3 資源エネルギー庁の2030年に向けての電源構成比率では、2016年現在2%の原発比率を22〜20%に増やすとしている。一方、再生エネルギーは同15%を22〜24%とするとしている。

*4 ヨーロッパには各国の電力の取引を行う共通市場があり、発電過剰地域から発電不足地域に、その都度電力を融通している。これによって自然条件により発電量が変動する自然エネルギーの効率的利用も可能となっている。

*5 温室効果ではCO2の25倍とも言われるメタンの世界全体の発生源の37%が牧畜によるものとされ、ドイツ環境省の2013年の発表では、メタンの排出の54%、笑気ガスの77%が農業由来であるという。

*6 ドイツの3大通信大手(Deutsche Telekom, Vodafone Deutschland, Telefonica Deutschland)は5Gへのファーウェイ導入を要望しており、2月初めにドイツ政府はファーウェイを市場参入から排除しない旨の発表をした。しかしこれにはNATO加盟国、特に米国からの批判が高まっている。

*7 サヘルは、アフリカのサハラ砂漠南部を東西に走る半乾燥地帯のこと。本文中の3カ国にチャド、ブルキナファソを加えたサヘル西部に位置する計5カ国は、2014年にG5サヘルと呼ぶサミットを開始した。

*8 西バルカンとは、欧州連合未加盟の旧ユーゴスラビア諸国5カ国(ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、マケドニア、モンテネグロ、セルビア)にアルバニアを加えた6カ国のこと。

*9 既存のEU条約の改正条約として2009年に発効したリスボン条約の42条7項は、武力攻撃を受けた加盟国がある場合,これに対し国連憲章51条に基づく援助・支援を行う義務を加盟国に課している。

*10 2015年11月13日にパリで起こった同時多発テロの後、フランスはEU史上初めてリスボン条約の42条7項を発動し、援助を要請した。フランスがイラクやシリアでのいわゆる対「イスラム国[IS]」作戦に注力できるように、ドイツはフランスが西アフリカのマリにおいて展開中の国連平和維持活動を肩代わりする目的で、650名の増派を行った。これはドイツ政府の既定方針であったが、この条項発動により決定が後押しされた。

*11 インダストリー4.0は2011年にドイツ政府が発表した「第4次産業革命」の将来型産業構造プロジェクト。第1次産業革命を水力と蒸気機関、第2次のそれを電気によるベルトコンベアー生産、第3次をデジタル化とすれば、第4次はすべての物の動きをデジタル化したうえでインターネットで結合するというもの。

*12 EU一般データ保護規則(GDPR、General Data Protection Regulation)は、EU域内の規則を統合し、市民と居住者が自らの個人データをコントロールする権利を保障する目的で2018年に発効した。氏名、住所をはじめ、あらゆる個人情報を対象とする。

*13 2016年3月16日に、EU=トルコ間の条約が発効し、それまで30億ユーロだった難民処遇のためのトルコへの資金援助が60億ユーロに増額された。これにより、違法にギリシャに渡った難民はトルコが引き受け、EUは合法的な難民申請者だけをトルコから受け入れることとなった。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。