執筆者プロフィール
堀 啓子(ほり けいこ)
東海大学文化社会学部教授文学部 卒業文学研究科 卒業1993文、95文修、99文博
堀 啓子(ほり けいこ)
東海大学文化社会学部教授文学部 卒業文学研究科 卒業1993文、95文修、99文博
博文館という名をお聞き及びであろうか。
「明治時代の大手出版社?」
「博文館ダイアリーという日記帳を書店で見たことがある!」
多くの方がご存知なのは、そうしたごくシンプルな情報であろう。ご自身に関わりもなければ、さしたる興味もない。しょせんは「紙の本」にまつわる昔の話である。そう思われるのも無理はない。
だが、今日誰しもが知る、東京堂書店や共同印刷、博報堂のルーツであり、『広辞苑』のもととなった『辞苑』を編み出し、お札にもなった樋口一葉や、幻想的な作風で舞台人気も高い泉鏡花、推理小説の大御所・江戸川乱歩を世に出した、と言えば如何であろう?
さらには、写真文化の定着を促し、日本昔話を体系化して今に伝え、児童文学や捕物帳といったニュージャンルを確立、私設図書館を創設し、図書館学の礎も築いた。多彩な雑誌ビジネスの成功は、個性豊かな趣味文化を掘り起こし、現代人の「推し活」の原点ともみなされる。そう思えば、多くの方が多少の関心を持たれるかもしれない。
博文館は今から140年前、越後長岡から上京してきた大橋佐平が創業した出版社である。驚くべきは、既に老齢と目された彼が、元手も土地勘も人脈も持たぬ、全くの赤手だったことである。だが佐平はその慧眼で近代教育の普及による読み物の需要を見抜くと、世人の度肝を抜く大胆な手法で、手ごろで良質な雑誌を創刊する。これが図に当たり、博文館は一躍、出版界を席巻。次々に新規事業の裾野を広げ、瞬く間にコングロマリットへと飛躍を遂げる。
発展の過程では毀誉褒貶相半ばし、戦後は財閥解体の憂き目にもあった。だが佐平に由来する博文館のダイナミズムと先見性、事業拡大への創意工夫は現代の我々にも大いなる示教をもたらす。
本書はひとり、過去の一企業の趨勢を述べたものではない。近代日本の出版革命を成しえた伝説の出版社を通し、近代文化の源流と周辺社会及び同時代意識に光を当てたものである。ここから、現代社会に通ずる近代知の結集を、読者の皆様に俯瞰していただければ幸いである。
『伝説の出版社 博文館』
堀 啓子(ほり けいこ)
筑摩書房 320頁 2,200円〈税込〉
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。