名作『ガリヴァー旅行記』は、1726年10月、ロンドンで出版された(図1)。作者はジョナサン・スウィフト。もっとも、正式なタイトルは『世界の遠い国々への旅行記』で、作者は、ロンドン在住のレミュエル・ガリヴァー船長、ということになっている。実在のガリヴァーが、小人国や巨人国、空飛ぶ島、馬の国などを訪れた記録という体裁である。もちろん、こうした奇妙な国々が存在するはずもないのだが、いずれの国の描写も精緻を極め、人間社会への痛烈な諷刺を含んでいるのだから、日常生活において見落としている事象への気づきを含め、読者は「ありえるかもしれない」と思ってしまう。『ガリヴァー旅行記』は、そういう新たな発想や創造を生み出す源泉と言ってもよい。
名作は、変動することのない確たる存在と考えられがちだが、その成立においても受容においても、実は驚くべき柔軟性を有している。例えば、『ガリヴァー旅行記』の初版本に付されたガリヴァーの肖像は、出版初期の段階において微妙な変化を繰り返している。図1の場合、肖像画の下にある銘文は、ローマの詩人ペルシウスからの引用だが、これが後には同じくローマの詩人ホラティウスの Splendide Mendax なる引用に置き換えられてしまう。「あっぱれ、ホラ吹き」という意味だ。小人国や巨人国という舞台設定も、単に突飛な空想の産物であったわけではない。作者スウィフトは、当時著しく発達した顕微鏡や望遠鏡の技術による視覚表象に強い関心を示していて、ロバート・フックの『ミクログラフィア(顕微鏡図譜)』(1665年)に親しんでいた(図2)。肉眼で見えないものを見えるようにするとどうなるか──荒唐無稽な国々が、ありえるかもしれないと思えてくるのだ。名作をダイナミックに駆動させた好奇心はまた、現代の読者の好奇心をも強く駆り立ててくれる。『ガリヴァー旅行記』が今なお読み継がれる理由の1つは、『ガリヴァー旅行記』が近代黎明期の人間社会の胎動を実は十二分に吸収していたからでもある。「『ガリヴァー旅行記』300年 ガリヴァーと奇想天外!ワンダーランド──18世紀イギリスのはじける好奇心」は慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)にて開催中(7月30日[木]まで)。
(慶應義塾大学文学部教授 原田範行)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。