緊張感すら湛える凪いだ水面に映じる端正なプロポーションと厳格なディティール、それでいて抑制的で周囲の環境と調和する建築──谷口吉生(たにぐちよしお)(1937-2024)による作品には、多くの場合このような特質が具わっている。谷口は日本におけるモダニズム建築の巨匠としてつとに知られる存在である。盟友・槇文彦(1928-2024)が国際的なプロジェクトに多く携わったのに比べて、谷口は主に日本を活動の舞台としており、特に多くの美術館を手がけたこともあり、その分野における第一人者といって差し支えない。土門拳写真美術館(1983)や豊田市美術館(1995)、MoMA(2004)、あるいは京都国立博物館平成知新館(2014)などがよく知られている。
慶應義塾大学工学部卒業の後アメリカ留学を経た谷口は、丹下健三(1913-2005)の下で設計を行い、父で建築家の谷口吉郎(よしろう)(1904-79)とともに建築家としてのあり方に影響を受けている。谷口の建築は幾何学的な形態から出発しているが、あくまで敷地の条件を読み込み、建築の機能との関係から造形を導き出しており、後年には門型のような日本的なモチーフをモダニズム的解釈の下で自由に活用するようになる。美術館建築においては、作品の背景として抑制的になりながらも、動線と空間のシークエンシャルな展開により、鑑賞者に豊かな空間体験を提供した。
慶應義塾の卒業生である谷口が、母校に建築物を設計しているということは、あまり知られていないのではないだろうか。谷口は慶應義塾幼稚舎において新体育館(1987)と新館21(2002)を、父による本館(1937)に接続しており、景観上の統一感を優先して白いモダニズムを採用した。一方で湘南藤沢キャンパスでは中等部・高等部校舎(1992)を槇による大学の外縁に設計した谷口は、分棟型の大学とは対比的に中庭式を選択している。いずれの場合も共通するのは、空間が生徒に与える影響への自覚であり、モダニズム建築における先駆者たちが特に意識した点でもあった。慶應義塾大学アート・センターの展覧会「慶應義塾の谷口吉生:交差するまなざし」(5月11日-7月24日)では慶應義塾における谷口の建築に関する資料を展示する。学校建築における谷口のまなざしが、父・吉郎や槇のまなざしとどのように交差するかを、ぜひ会場で感じてほしい。
(慶應義塾大学アート・センター訪問所員/大阪大谷大学文学部特任准教授 新倉慎右)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。