執筆者プロフィール
華 金玲(はな きんれい)
長崎県立大学国際社会学部教授政策・メディア研究科 卒業2008政・メ博
華 金玲(はな きんれい)
長崎県立大学国際社会学部教授政策・メディア研究科 卒業2008政・メ博
1. AIが社会を変える時代──米中首脳会談から
2026年9月、習近平国家主席が米国を国賓訪問し、トランプ大統領との首脳会談に臨んだ。経済・貿易や国際情勢など幅広い問題が話し合われるなか、とりわけ注目された議題の1つが人工知能(AI)*1であった。両首脳はAIがもたらすリスクと恩恵について意見を交わし、米中間に新たなAI対話の枠組みを設けるとともに、AIに関連する事案が発生した際の連絡チャンネルを構築することで合意した。AIがもはや1企業、1産業の競争力を左右するだけの技術ではなく、経済、安全保障、さらには人間社会そのものに関わる問題になったことを象徴している。
中国国内に目を向けても変化は速い。生成AIは検索や翻訳、文章作成から教育、研究、企業活動へと急速に入り込んでいる。その先には人型ロボットをはじめとするフィジカルAIが見え始めている。AIが画面の中で人間と対話するだけでなく、「身体」を持ち、工場や店舗、家庭、介護施設など現実の社会で働く時代が近づいている。
新しいテクノロジーは中国社会をどのように変えてきたのだろうか。筆者が長年、中国の情報化を研究するなかで考えてきたのは、もう1つの問いである。テクノロジーの普及は社会の格差を縮小するのか。それとも、1つの格差を縮小しながら、別の新しい格差を生み出すのだろうか。この問いを考えるために、少し時代を遡ってみたい。
2. 固定電話からスマートフォンへ──「持てるか」から「使えるか」へ
かつて中国では、電話を持てるかどうか自体が所得によって大きく左右されていた。筆者が2000年代初頭の省別データを分析したところ、固定電話、携帯電話ともに、1人当たりGDPの高い地域ほど普及率が高く、地域間には明確な格差が存在していた。
通信には、所得や居住地域にかかわらず、誰もが基本的な情報通信サービスにアクセスできる環境を保障するという考え方がある。林・田川(1994)が「ユニバーサルアクセス」と呼んだ、基本的な情報サービスへの自由・平等・安価なアクセスの保障である。しかし、2000年代初頭の中国では、こうした通信へのアクセスが地域間で十分に保障されているとは言い難かった。2002年の省別データを用いて、1人当たりGDPと電話普及率との関係を推計すると、所得が高い地域ほど普及率も高かった(図1)。回帰直線のY切片は、固定電話が4.7、携帯電話がマイナス0.8であり、所得水準の低い地域ほど電話へのアクセスそのものが十分に確保されていなかったことを示唆している。
その後、状況を変える1つの役割を果たしたのが、「小霊通(ショオリントン)」と呼ばれたPHSである。2004年末から2005年初頭には、携帯電話の全国平均利用料金が0.24元であったのに対し、小霊通は0.11元と半分以下であった(華・小檜山 2007)。比較的低廉な料金を背景に、福建、江蘇など11の省・自治区では小霊通の普及率が20%を超え、携帯電話を補完する通信手段として浸透した。こうした低価格の通信サービスの普及も、「つながること」をめぐる格差の縮小に寄与したと考えられる。
2019年になると、固定電話では依然として所得の低い地域ほど普及率が低い傾向が残っていたのに対し、携帯電話ではほとんどの地域で普及率が70%を超えていた。回帰直線のY切片も2002年のマイナス0.8から2019年には77へと大きく上昇した。2002年から2019年までを追うと、地域所得が携帯電話普及率に与える影響は次第に小さくなり、携帯電話が低所得地域にも広く浸透していったことがわかる。中国社会に存在していた「つながること」をめぐる地域間のデジタル・デバイドは、大きく縮小したのである。
さらに携帯電話がスマートフォン(スマホ)へと変わるにつれて、インターネットに容易にアクセスできるようになり、ライブコマース、電子決済、配車、病院の予約、行政手続きなど、多くのサービスがスマホの中へ集約され、中国の人々の生活は大変便利になった。その一方で、格差の焦点は、端末を「持っているか」から、そこにあるサービスを「使えるか」へと移っていった。
3. 生成AIの急速な普及──「使って何を得られるか」へ
ところが、生成AIの登場は、この「使えるか」という問いをさらに一段先へ進めることになろうとしている。電話は人と人をつなぎ、インターネットやスマホは人を情報やサービスにつないだ。生成AIはさらに一歩進み、文章を書き、翻訳し、要約し、分析し、プログラムを書くなど、人間が行ってきた「知的な作業」の一部を担う技術にまで進化した。
中国では、生成AIが驚くほどの速さで日常生活に入り込んでいる。2026年9月に公表されたモルガン・スタンレーの調査では、中国の回答者の80%が週1回以上AIを利用しており、米国の54%を大きく上回った。中国ではAIが単独のアプリだけでなく、検索、ショッピング、SNSなど日常的なサービスに組み込まれていることも、利用を広げる要因となっている。総務省「令和8年版情報通信白書」でも、中国の生成AI利用経験率は93.6%と、米国・ドイツの75.6%、日本の58.8%を上回る。さらに中国インターネット情報センター(CNNIC)によれば、中国の生成AI利用者は2025年末で6億200万人、普及率42.8%に達し、利用者数は2024年末から141.7%増加した。調査方法や「利用」の定義が異なるため単純比較はできないが、中国社会に生成AIが急速に浸透していることは共通している。
しかし、AIが広く普及することは、AIをめぐる格差がなくなることを意味するのだろうか。同じ生成AIでも、簡単な質問をする人もいれば、外国語学習、研究やデータ分析、仕事の自動化、新しい商品やサービスの創出に利用する人もいる。同じAIにアクセスしていても、そこから得られるものは同じではない。
この違いを考えるうえで注目されるのが、デジタル・リテラシーである。中国初の「国民デジタル・リテラシーおよびスキル発展水準調査報告(全民数字素养与技能発展水平調査報告2024)*2」によれば、成人の「高級デジタル素養・技能」を持つ割合は、都市部19.83%に対し農村部9.53%、未成年者も都市部15.90%に対し農村部6.33%である。さらに成人では、大学本科卒以上の53.49%が「高級」水準に達するのに対し、小学校卒以下では5.43%にとどまる。アクセスが広がった後にも、居住地域や教育程度によって、デジタル技術を活用する能力には大きな差が残っているのである。
電話の場合、普及率が100%に近づけば、「電話を持てない」というアクセスの格差は小さくなる。しかしAIの場合、ほぼすべての人が利用するようになったとしても、それだけで格差がなくなるとは言えない。むしろ、AIをどの程度使いこなし、学習や仕事、能力や生産性の向上につなげられるかという違いが重要になる。問題は、「AIを使えるか」から、「AIを使って何ができるのか」「AIから何を得られるのか」へと移りつつある。そこには学歴、年齢、所得、職業、居住地域だけでなく、デジタル・リテラシーや専門知識なども関わってくる。
電話の時代の格差が主として「持てるか」「つながれるか」にあったとすれば、AI時代の格差は、「使いこなせるか」「使って何を得られるか」へと移っているのである。
4. AIが「身体」を持つフィジカルAIへ──人型ロボットと次の格差
生成AIが人間の知的活動の一部を担うようになった先に、もう1つの大きな変化が始まっている。AIが「身体」を持ち、現実世界で働くフィジカルAIの登場である。その象徴が、人型ロボットである。
中国では今、人型ロボットが研究開発の段階から量産の段階へと急速に移りつつある。英調査会社Omdiaによると、2025年の世界の人型ロボット出荷台数は1万3,318台と、前年の2,300台から5.8倍に増加した。出荷台数上位6社はいずれも中国企業で、智元機器人(AGIBOT)が5,168台、宇樹科技(Unitree)が4,200台と、この2社だけで世界出荷の約7割を占める。なかでも筆者が継続的に調査しているAGIBOTは、2023年には試作機6台の段階にあったが、2024年8月に量産を開始し、2025年末には5,168台、2026年3月には累計1万台、6月には1万5,000台、9月には2万台に達した。わずか数年で試作から万台単位の生産へ移行したのである。
この急速な拡大を支えているのは、ロボット企業だけではない。中国情報通信研究院(CAICT)によれば、2025年の中国のエンボディドAI・ロボット分野への投融資額は約735億元に達した。BYDや奇瑞汽車、HONOR、シャオミ、テンセントなど異業種からの参入も相次いでおり、自動車やスマホ、AI分野で蓄積された技術やサプライチェーンが、人型ロボット産業へ流れ込んでいる。
一方、人型ロボットがすでに工場や家庭で当たり前に働いているわけではない。中国科学技術発展戦略研究院の彭思凡・黄寧によると、中国で販売された人型ロボットの42%は研究・教育用、19%はデータ収集・インタラクティブ展示用であり、工業・物流への利用は4%にとどまる。つまり、「量産」は急速に進んでいるが、「社会実装」はまだその入口にある。それでも人型ロボットが重要なのは、生成AIによって高度化してきたAIの「頭脳」が、ロボットという「身体」と結びつき、デジタル空間から現実世界へ活動領域を広げるからである。製造や物流では人手不足や危険作業への対応、高齢化社会では生活支援や介護への応用も期待される。
AIが「身体」を持つことで、格差の問題も新たな段階に入る。ロボットを導入できる企業とできない企業、生産性を高められる職場とそうでない職場、新しいサービスを利用できる人とできない人という違いが生まれる可能性がある。さらに重要なのは、AIやロボットによって生み出された生産性の向上や新しい価値を、誰が享受するのかという問題である。テクノロジーをめぐる格差は、アクセスや利用能力だけでなく、労働やサービス、そして生み出された価値の分配へと広がっていくのである。
5. 「どれだけ普及したか」から「誰が何を得るのか」へ
中国の情報化を四半世紀ほど振り返ると、本稿の冒頭で掲げた問いに、1つの答えが見えてくる。テクノロジーの普及は、それまで存在していた格差を縮小する。しかし、それによって格差そのものがなくなるわけではない。技術が社会に浸透するにつれて、格差もまた形を変えていくのである。
電話の時代には、所得や地域によって「持てるか」「つながれるか」が大きく左右されていた。携帯電話の普及によってこの格差は大きく縮小したが、スマホ、生成AIへと技術が進むにつれて、問題の焦点は「使えるか」「使いこなせるか」、さらに「使って何を得られるか」へと移ってきた。人型ロボットをはじめとするフィジカルAIが労働や生活の現場に入り込めば、さらに「生み出された価値を誰が享受するのか」という問題が重要になる。つまり、中国社会におけるテクノロジーと格差の関係は、「持てるか」「つながれるか」というアクセスの格差から、「使えるか」「使いこなせるか」という利用・能力の格差へ、そして、「使って何を得られるか」「生み出された価値を誰が享受するのか」という成果と分配の格差へと変化してきたと捉えることができる。
電話からスマホ、生成AI、そして人型ロボットへ、中国社会におけるテクノロジーの変化を追うことは、単に新しい技術の普及を追うことではない。テクノロジーによって格差がどのように縮小し、同時にどのように形を変えていくのかを追うことでもある。これからは「どれだけ普及したか」だけでなく、その先にある「利用」「成果」、そして「分配」までを見ていく必要があるだろう。
〈註〉
*1 トランプ大統領は2026年9月29日の大統領令で米国政府において「Artificial Intelligence(AI)」に代えて「Super Intelligence(SI)」という用語を使用する方針を示した。
*2 国家インターネット情報弁公室(国家網信弁)と中国科学技術協会(中国科協)共同実施した全国規模調査。
〈参考文献・資料〉
*林紘一郎・田川義博(1994)『ユニバーサル・サービス──マルチメディア時代の「公正」理念』中公新書。
*華金玲・小檜山賢二(2007)「中国における移動通信メディアの利用料金と地域格差──携帯電話と小霊通(PHS)を事例として」『日中社会学研究』第15号47-72頁。
*全民数字素养与技能発展水平調査研究組(2024)『全民数字素养与技能発展水平調査報告2024』。
*Morgan Stanley Research(2026)“China's AI Path: Consumer AI ── Beyond the Chatbot Race,” September 14, 2026.
*総務省(2026)『令和8年版 情報通信白書』。
*中国互聯網絡信息中心(CNNIC)(2026)『第57次中国互聯網絡発展状況統計報告』。
*Omdia(2026)“Market Radar: General-purpose Embodied Intelligent Robots”2025年世界人型ロボット出荷統計。
*中国信息通信研究院(CAICT)(2026)『具身智能発展報告(2025年)』。
*彭思凡・黄寧(2026)「推動人形機器人産業邁向価値鏈中高端」『科技日報』2026年4月14日。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。