慶應義塾

阿南 友亮:習近平の個人独裁と中国人民解放軍内部の粛清劇

公開日:2026.11.05

執筆者プロフィール

  • 阿南 友亮(あなみ ゆうすけ)

    東北大学大学院法学研究科教授法学部 卒業法学研究科 卒業

    1996政、98法修、2005法博

    阿南 友亮(あなみ ゆうすけ)

    東北大学大学院法学研究科教授法学部 卒業法学研究科 卒業

    1996政、98法修、2005法博

はじめに

2022年10月に開催された中国共産党第20回党大会において、すでに党の総書記を2期10年つとめた習近平が異例の3期目の座を確保した。これは、毛沢東時代以降封印されていた個人独裁の復活を中国内外に印象づけた。

共産党は、1976年まで続いた毛沢東の個人独裁が招いた国内の混乱と惨禍(大躍進政策や文化大革命)を二度と繰り返してはならないという通念のもと、集団指導体制、任期制(党内の主要ポストは1期5年で2期を上限とする)、定年制(党大会の時点で68歳をこえている党員は引退する)からなる制度的枠組を導入し、個人への過度な権力集中の防止をはかった。ところが、20回党大会の時点で69歳だった習近平が総書記の3期目に突入し、党の最高意思決定機関である中央政治局常務委員会を配下の者で固めて集団指導体制を骨抜きにしたことにより、個人独裁の再発防止装置は、有名無実化した。

習近平は、もともと彼の総書記在任中の「台湾解放」実現に並々ならぬ意欲をみせ、彼の政権が3期目に突入する前から台湾に対する軍事的圧力を強めていた。20回党大会では、台湾平定の任務を与えられている共産党直属の軍隊、すなわち中国人民解放軍(解放軍)を統括する中央軍事委員会(中央軍委)の椅子も習近平派の将軍たちによって独占された。このため、解放軍が習政権の3期目の最終年にあたる2027年に大規模な軍事行動を台湾に対しておこすのではないかという国際的な懸念が高まった。

ところが、翌年以降、習近平が自ら登用した中央軍委の委員たちが次々と粛清され、2026年10月現在、もともと委員となっていた6名の上将(大将に相当する位階)の内、5名が失脚し、中央軍委には主席の習の他に1名の上将しか残っていないという前代未聞の異常事態が続いている。習近平と解放軍の間で一体何が起きているのか。本稿では、御家騒動とも呼べるような解放軍内の習近平派の将軍たちに対する一大粛清劇を時系列的に整理しつつ、それが習政権のガバナンスにとって何を意味するのかについて考察する。

1.御家騒動の発端──ロケット軍の腐敗

2023年7月31日、中央軍委において2名の将軍の上将昇任式がおこなわれた。習近平自ら辞令を手渡したのは、新たにロケット軍(戦略ミサイルを扱う軍種)の司令員に就任した王厚斌と同軍の政治委員(司令員を監督・補助する政治将校)に就任した徐西盛だった。この人事は、数日前のSouth China Morning Post紙(香港で発行されている英字新聞)の記事、すなわち前任のロケット軍司令員の李玉超が汚職の容疑で取り調べを受けているという報道が正しかったことを裏付けた。

このロケット軍の人事は、3つの点で注目された。1つ目は、王厚斌の前任者だった李玉超もまた習近平によって上将に任命され、2022年1月にロケット軍の司令員に就任したばかりだった点だ。すなわち、李は紛れもなく習の子飼いの上将だったわけであり、彼の失脚は、習が自らの手駒を失ったことを意味すると同時に習自身の沽券にも関わる問題だったといえる。

2つ目は、新たにロケット軍の司令員に任命された王厚斌が海軍出身で、新政治委員の徐西盛が空軍出身だった点だ。これは、李玉超個人のみならずロケット軍の生え抜き将校団そのものが習からみれば信用に値せず、ロケット軍内の汚職が組織ぐるみだったことを示唆していた。

3つ目は、ロケット軍の汚職に関する情報が共産党自身によって公表される以前に香港メディアに漏洩していた点である。これは、軍内で箝口令が徹底されておらず、規律の弛緩が顕著であることを物語っていた。ロケット軍の汚職に関しては、その後もSouth China Morning PostやBloombergなどによる報道が相次ぎ、ミサイルをはじめとする装備選定をめぐる入札談合、資材・部品調達でのバックマージンの受け渡し(贈収賄)、ミサイル部隊の運営経費の粉飾決算・水増し報告、納入された兵器・装備の不具合・欠陥といった問題が指摘され、アメリカの情報機関もそうした情報を入手していることが紹介された。

中国共産党政権の核抑止力を担う戦略ミサイル部隊は、もともと「第2砲兵」と呼ばれていたが、習近平が2013年に中央軍委主席に就任すると間もなく「ロケット軍」に改称され(2015年)、アメリカが警戒するほどのペースで核弾頭の増産に乗り出した。つまり、ロケット軍は、習の肝いりの軍種で、それを指揮する上将たちは、習の信頼と期待を背負っていたのだ。そのロケット軍において汚職が蔓延しているという報道は、2023年から24年にかけて歴代のロケット軍指導部が一網打尽にされたことからほぼ事実であったことが証明された。

ロケット軍の第3代司令員だった李玉超に続き、初代ロケット軍司令員をつとめ、元中央軍委委員兼国防部長(大臣級)という輝かしい経歴を誇った魏鳳和、第2代ロケット軍司令員の周亜寧、そして、ロケット軍の複数の副司令員・参謀・装備部(装備調達部門)幹部が汚職容疑で立て続けに拘束されたことから、ロケット軍は設立当初から一貫して腐敗に蝕まれていたことがわかる。一連の汚職摘発は、ミサイルを含む解放軍の兵器の研究・開発・導入を一元的に管理する中央軍委装備発展部にも飛び火し、装備発展部出身の大物軍人、すなわち2017年から22年までその部長をつとめ、22年10月の20回党大会で中央軍委の委員に抜擢され、23年3月に国防部長に就任した李尚福(19年に上将に昇任)が23年8月に贈収賄により失脚する事態に発展した。歴代ロケット軍司令員ならびに現役の中央軍委のメンバーが一斉に粛清されたことにより、「反腐敗」を掲げて約10年にわたって大々的な汚職撲滅をすすめた習近平のお膝元もまた腐敗していたという恥ずべき実態が明るみに出た。

では、なぜ習は、このような身内の恥を敢えて晒してまで自己の派閥に粛清のメスを入れたのか。その意図は推察することしかできないが、自己の派閥内の汚職が中国の核抑止力の信頼性を根底から損なう性質のものだったことにより、習もそれを看過できなかったと解釈するのが自然だろう。戦略ミサイルをめぐる汚職の実態がアメリカに漏れ伝わったことにより、台湾問題などをめぐってアメリカと駆け引きをする際に解放軍の核戦力が発揮してきた威嚇・牽制効果が弱まる可能性が浮上した。そうしたシナリオを防ぐには、ロケット軍や装備発展部に溜まった膿を出し切り、解放軍の対米核抑止力に対する中国内外の信頼を刷新せねばならなくなった。それゆえに、習は、自己の権威と権力基盤を犠牲にする大掃除を敢行したと考えられる。

2.東部戦区派閥の凋落

2024年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)では、中央軍委副主席の要職にあった解放軍上将の何衛東が報告をおこない、「軍内における『虚偽の戦闘能力』を厳しく取り締まる必要がある」と述べた。2023年に汚職で摘発された軍人に元空軍司令員の丁来杭(上将)や南部戦区の海軍司令員だった鞠新春(中将)が含まれていたことに鑑みれば、何衛東の指摘は、ロケット軍や装備発展部のみを意識したものではなく、全ての軍種において解放軍の作戦遂行能力を損ないかねない装備絡みの汚職が横行していたことを意味するものだった。

「泣いて馬謖を斬る」という諺のように、習近平は解放軍のスポークスマンに相当する国防部長に自ら抜擢した腹心の李尚福を斬り、解放軍の綱紀粛正をはかった。身内も許さないという習の果断を踏まえた何衛東の全人代での発言は、解放軍の将軍たちに対する強力な警告になったといえよう。ところが、その後、何衛東が2019年から22年にかけて司令員をつとめた東部戦区を粛清の嵐がおそった。

東部戦区は、台湾海峡正面の戦区であり、習近平が地方幹部として活動した福建省・浙江省・上海市を網羅(他に、江蘇、安徽、江西)している。東部戦区内の省や市のトップを歴任した習は、必然的にこの戦区の軍人たちと親密な関係となり、彼が党の総書記に就任すると、それらの軍人たちを重用した。こうして、東部戦区関係者は、習を筆頭とする軍内派閥において最大の下部派閥となった。その筆頭格が、2017年に中央軍委の委員に昇格し、それ以来、中央軍委政治工作部の主任をつとめていた苗華であった。

解放軍内の政治思想教育などを統括する政治工作部主任は、解放軍内に満遍なく配置されている政治委員の総元締であり、軍事工作を専門とする将校の共産党に対する忠誠心を揺るぎないものにするという重責を担っている。政治工作部門のトップは、解放軍を共産党直属の軍隊、すなわち党軍として維持・管理するうえでの要のポストといえるのだ。

政治委員は、将校の人事査定における重要な評価項目となる「党に対する忠誠心」や「正しい政治思想」を評価する立場にあり、それらの情報を一手に握っている政治工作部主任は、軍内人事に大きな影響力を行使し得る立場にある。ところが、まさにそれ故に、政治工作部の前身である総政治部は、人事関連の汚職の温床となった。

習近平が中央軍委主席に就任した直後から展開した解放軍内の「反腐敗」キャンペーンでは、中央軍委副主席、すなわち制服組のトップにまで登りつめた元総政治部部長の徐才厚(当時はすでに引退)が在任中に「売官」(賄賂と引き換えに位階やポストを与える)に手を染めていたとして党籍剥奪処分を受けた。徐が「売官」によって得た富は、日本円にして数千億円に達したといわれている。つまり、解放軍のモラルを守るべき砦が脊髄の芯まで腐っていたのだ。

習近平は、解放軍の精神的支柱を再建するために、総政治部を政治工作部に改め、彼が福建省で勤務していた時期に交流していた現地の部隊(第31集団軍)出身の苗華をその主任に抜擢した。つまり、習は、苗に解放軍内の政治委員に対する管理強化のみならず解放軍の人事全般の健全化という重責を担わせたのである。したがって、苗も習が全幅の信頼を寄せる側近とみられていた。

ところが、2024年11月には、その苗華が汚職により失脚することになる。また、苗が政治工作部主任に就任した2017年以降に上将に昇任した将軍たちのうち、8名が苗に連座する形で失脚に追い込まれた。その内の7名は、東部戦区に所属した経験を持ち、6名は苗が37年間所属した福建の第31集団軍の元幹部だった。その代表格は、第31集団軍の元副司令員で、東部戦区司令員を経て中央軍委副主席に抜擢された何衛東だった。彼もまさか全人代で汚職撲滅のスピーチをしたその年に自分自身が失脚することになるとは夢にも思っていなかったに違いない。彼の後を継ぐ形で第31集団軍副司令員と東部戦区司令員に就任し、24年当時東部戦区において台湾海峡における解放軍の演習などを指揮していた林向陽も役職と党籍を剥奪された。

何衛東および林向陽は、中将から上将への昇任に3年もかかっておらず、林の場合、わずか1年4カ月で中将から上将に昇級しており、苗華とのコネによって異例のスピード出世をしたことは一目瞭然だ。建前上は、公明正大な人事がおこなわれることを保障するべき立場にあった苗華が習近平と縁が深く自身も所属していた部隊の関係者を優先的に登用する縁故主義に染まっていたことは否定し難い。しかし、それは、軍上層部を習近平派で固めるという狙いに基づいて展開されていたはずの人事であり、それ自体が習にとって有害だったとは言い切れない。

なぜ、習は、自身の軍内派閥の盤石化という効果が期待できるはずの苗華の働きを問題視し、彼および彼が引っ張りあげた上将たちをまとめて粛清したのか。露骨な縁故主義そのものが問題視されたとは考えにくい。もし、習が自分自身も多大な恩恵を被った縁故主義を嫌うのなら、そもそも苗華を抜擢しなかったはずだし、その苗の推挙による何衛東や林向陽の昇任人事を止めることもできたからである。したがって、問題はそこではなく、苗の息のかかった将軍たちが解放軍の作戦遂行能力の向上に真摯に取り組んでいないという実態がロケット軍や装備発展部の大規模汚職事案をきっかけに発覚したことが苗の失脚につながったとみるべきだろう。

苗に連座する形で東部戦区の元司令員と現役の司令員が粛清された際に公開された理由は、巨額の贈収賄である。これは、「台湾解放」の主力を担う東部戦区の幹部たちが職権を乱用して金儲けに興じていたことを共産党政権が明らかにした点で注目される。2023年に失脚した第3代ロケット軍司令員の李玉超の後任となった前述の王厚斌もまた苗華に連座する形で失脚した。東部戦区に所属する東海艦隊の副司令員を務めた経歴を持つ王厚斌の失脚は、軍内で幅を利かせていた苗を中心とする東部戦区人脈の衰退を象徴する1例であると同時に、司令員を4代続けて粛清されたロケット軍の深刻な混迷ぶりをも象徴しているといえる。

3.「ダブル張」体制の瓦解

2023年、24年の間に、中央軍委の現役の委員が3名(李尚福、苗華、何衛東)失脚したことにより、習近平が解放軍の運営に手こずっていることは、誰の目にも明らかとなった。ただし、筆者自身は、習の軍隊運営の本丸である中央軍委の「ダブル張」、すなわち中央軍委副主席の張又侠および中央軍委規律検査委員会書記の張昇民が健在であれば、解放軍の混乱はやがて収まると考えていた。

張又侠は、習近平の軍隊運営のキーマンとなった人物である。彼の父親である張宗遜は、1927年の湖南秋収蜂起以来毛沢東を軍事面で補佐し続けた「革命英雄」であり、習近平の父親である習仲勲とは内戦末期に同じ部隊(第1野戦軍)に所属する戦友の間柄だった。父親同士が戦友だった関係で、習近平と張又侠は幼なじみとして育ち、習が2012年に中央軍委主席に就任すると、すでに上将となっていた張を委員に抜擢し、2017年には中央軍委副主席に任命した。22年の20回党大会の時点で張はすでに72歳となっていたが、68歳定年制を度外視する形で中央軍委副主席として留任した。この人事からも習にとって張の存在がいかに大きいかがわかる。

習近平の前任者である江沢民や胡錦濤に欠けていた解放軍上層部との私的な紐帯は、習が2015年以降100名以上の将軍を粛清しながら解放軍の大規模改革を断行することを可能にした。伝説の将軍を父親に持ち、自身も中越国境紛争の際に部隊を率いて最前線で戦ったことにより、血統と武勲の双方を兼ね備えた希有な将軍に成長した張又侠は、「改革・開放」路線の導入をきっかけに拝金主義にまみれた解放軍を、「台湾解放」を視野に入れた「戦争準備」に専念する軍隊へと脱皮させる取り組みの顔となった。

一方、張昇民は、30年以上にわたって政治委員畑を歩んだ人物で、2017年に中央軍委の委員に抜擢された。本来上将がつとめる中央軍委の委員に当時まだ中将だった張昇民が任命されたことは、異例の人事として注目され、その人事自体が習近平の信頼の厚さを物語っていた。張昇民が2017年から26年まで書記をつとめた中央規律検査委員会は、解放軍内の「規律違反」、特に汚職の摘発を担当するいわば「御目付け役」であり、張はそのトップとして軍内の「反腐敗」の陣頭指揮を執った。

張又侠が職業軍人の筆頭として解放軍の作戦遂行能力の向上を牽引し、張昇民が規律検査のネットワークを使って作戦遂行能力向上を阻害する将校を取り締まる。この両輪が回っている限り、習の軍隊運営が大きく崩れることは考えにくかったが、2026年には習の盟友だったはずの張又侠もまた「規律違反」を理由に党籍と軍籍を剥奪され、不名誉な失脚に追い込まれた。

解放軍の作戦の立案と指揮を統括する中央軍委連合参謀部の参謀長だった劉振立もほぼ同じタイミングで表舞台から姿を消した。これは、有事の際の司令塔がいなくなったことを意味する。

張又侠と劉振立の失脚により、中央軍委からは軍事工作を専門とする将軍がいなくなり、主席の習近平を除く委員は、政治工作が専門の張昇民だけとなった。200万の将兵からなる解放軍の最高意思決定機関に軍事の専門家が1人もいない状態は、2026年10月現在に至るまでほぼ半年続いている。要するに、習近平は、自分の息のかかっていたはずの将軍たちを排除した後、誰を新たに中央軍委に入れて良いのかわからないのである。

習近平による張又侠の粛清は、習自身の権威および共産党政権の安定性を大きく損ねる1手であった。張は、はたして汚職に手を染めていたのか、あるいは「台湾解放」に前のめりの習に自重を強く促したのか、それとも張昇民が何衛東の後釜として中央軍委副主席に就任することに反対したのか。張の失脚をめぐっては様々な憶測が飛び交っている。いかなる理由にせよ、習政権による軍隊運営の中核を担ってきた大物将軍に引導を渡すのであれば、高齢を理由に勇退の道を準備するなど穏便な方法を採用して、習政権内部の混乱が外に伝わらないような工夫を施すことが肝要だった。

そうした名誉の退陣という演出のないまま、解放軍全体の体面に傷がつくような乱暴な形で最高位の軍人を排除したことは、習近平のガバナンスの拙さと余裕のなさの発露といえよう。

おわりに

中央軍委にいた6人の上将のうち、5人が失脚し、いまだにその穴が埋められていないという状況から以下に述べる2つの点が明らかになったと筆者は考える。

第1に、解放軍は、当面「台湾解放」に向けた本格的な軍事作戦を効果的に実施するような状況にはないということだ。現在の解放軍は、監督とコーチ陣がいなくなった野球チームにたとえることができる。これでは選手が揃っていても試合にはならない。つまり、現在の解放軍は、「台湾解放」という大事業に取り組む以前にそもそも組織の体裁をなしていないのだ。通常の軍隊であれば、総参謀長が不在の状態で軍事作戦を展開するなどということは考えられない。

第2に、張昇民を例外として、習近平に抜擢された上将たちは、習と同床異夢の関係にあったことが判明した。習近平は、彼らが自分と同じ夢、すなわち「台湾解放」に向かって足並みを揃えて邁進すると信じていたのだろう。クビにした上将たちの後釜がなかなか見つからないという現状は、習が彼らを信頼し、彼らの代わりを準備していなかったことを物語っている。

ところが、習から夢の実現を託された上将たちは、夢の実現に投入された費用(国防費)を利用して私腹を肥やした。張又侠や劉振立の場合、習の夢が彼の任期中にかなう性質のものではないという軍事的現実を習に伝えたか、習の人事(張昇民の重用や派手な粛清など)に異を唱えたことで習の逆鱗に触れた可能性がある。いずれにしても、彼らも習の意向に従わなかったことで失脚に追い込まれたと考えて間違いない。

要するに、習近平は、毛沢東以来の個人独裁体制を確立したものの、軍隊運営に関していえば、自分の派閥に属する将軍たちですら満足に飼いならすことができていなかったのである。閑散とした中央軍委の部屋を再び信頼できる上将たちで埋めることができない限り、「台湾解放」は夢のまた夢であり続ける。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。