慶應義塾

松田 康博:中国による「台湾併合」は何を意味するか?

公開日:2026.11.05

執筆者プロフィール

  • 松田 康博(まつだ やすひろ)

    東京大学東洋文化研究所教授法学研究科 卒業

    1997法博

    松田 康博(まつだ やすひろ)

    東京大学東洋文化研究所教授法学研究科 卒業

    1997法博

かつて、「中国は現状維持勢力なのか、それとも現状変更勢力なのか」という議論があった。またかつては「岐路に立つ中国」という表現もあった。しかし、習近平の登場により、こうした表現は急減した。

習近平は、中華人民共和国建国百周年に当たる2049年まで、早ければその中間目標時点である2035年までの間に、「中華民族の偉大な復興」を実現する目標を設定し、「祖国統一の完全な実現」、つまり台湾併合をその「必然的要求」の一部として位置づけた。

習近平政権下で進められている大軍拡および台湾に加えている軍事的・非軍事的圧力の中身を虚心坦懐に分析すれば、中国がアメリカに対抗し、台湾を占領する作戦を想定していることがわかる。つまり、中国が武力を背景にこの地域の現状変更を目指していることは、もはや疑問の余地がなくなってしまった。

他方で、中国は同時に変更後の「新たな現状」こそが、実は「あるべき原状」(台湾は中国の一部)なのだという自己正当化宣伝や、台湾、日本、アメリカこそが現状変更を試みているという批判宣伝を逐次展開しているが、こうしたプロパガンダに真面目につき合う人もずいぶん減った。

人々はむしろ、「新たな戦前」の匂いをかぎ取り、おののいている。

本稿では、中国が台湾海峡の現状変更に舵を切ったことが何を意味するのかを議論してみたい。

「台湾まで」か、「台湾を越えて」なのか?

中国は、台湾を併合するために、台湾向けだけでは済まない能力を構築する必要があることに気づいている。なぜなら、台湾は西太平洋の第1列島線の中心部に位置しているからであり、台湾を包囲し、併合するには、東シナ海、南シナ海および西太平洋における軍事的優勢を確立しなければ不可能だからである。それには当然この地域の米軍を初期段階で圧倒する軍事力が含まれる。

台湾を併合するためには西太平洋を勢力圏に収めなければならないし、西太平洋を勢力圏に収めるためには、台湾を併合することが必要となる。つまり、中国にとって「台湾まで」と「台湾を越えて」は、分けることができない。中国が強制的な手段を使って「祖国統一の完全実現」を目標にする限り、それは中国が、軍事的に東シナ海・台湾海峡・南シナ海をコントロールし、西太平洋で米軍の来援を拒否し、日本を屈服させ、無力化することを目標にしなければならなくなるのである。

こうしたロジックを中国の戦略家が抽象的に表現している時代はまだよかった。ところが野心的指導者である習近平は台湾併合を自分の任期中に実現させることを決め、政府全体にそのための指示を出し、実際に制度化を進め、予算もつけた。そうなると、各部門はいっせいに目の前に設定された目標に向かって動き始めることとなる。

中国人民解放軍は、軍拡を加速し、作戦行動半径を拡大する。日本も想定された戦場であるため、当然、日本周辺での活動を増やし、時には日本の反応を試すために領空侵犯もためらわなくなった。

外交部は、アメリカを抱き込み、その同盟国とアメリカとの間の離間工作を進める。

国家安全部や統一戦線部は台湾や各国への浸透工作を進め、対象国内部の分断を図る。

宣伝部門はトランプ大統領の言動を利用して、「アメリカは全く当てにならない」、「独立を目指す台湾こそがトラブルメーカーである」というナラティブを世界中に広める。

経済部門は、経済援助やインフラ投資をテコに、東南アジア諸国や大洋州島嶼国を抱き込もうとする。

これらが成功すれば、アメリカはアジアから撤退し、台湾は白旗を挙げ、日本にはなすすべがなくなる。つまり、「祖国統一の完全実現」とは、中国があらゆる手段を使ってアジアで覇権を確立することとほぼ同義語なのである。

第1列島線をめぐる日中の地理的な違い

かつて、アジアで覇権を握っていたのは日本であった。ところが、中国が直面する戦略的な制約条件は、戦前の日本と比べると大きな違いがあることが見て取れる。

日本の場合は、日清戦争に勝利し、台湾を獲得したことが帝国主義クラブに入る第一歩となった。それから日本は、朝鮮半島の併合、南洋諸島の委任統治、満洲への進出、日中戦争、太平洋戦争へと突き進んだ。

中国は、台湾を軍事併合するためには、①台湾に侵攻して占領する能力、②アメリカの介入を抑止するための核戦力、③西太平洋で米軍の接近を阻止するための接近阻止・領域拒否(A2AD)能力が必要である。現在、これらの能力はみな不足している。このうち①と②は時間をかけて能力構築をすれば、格差を縮めることは可能かもしれない。しかし、③に関しては時間をかけてもできない可能性がある。

それは、日中の地理的環境の違いによる。

日本は西太平洋の第1列島線上に存在する大国であり、第1列島線付近の海域をほぼ完全にコントロールし、太平洋上に基地を構築し、アメリカと対峙し、約3年8カ月太平洋戦争を戦った。しかし、日本列島を背にして、太平洋に前進基地を築いた日本でさえ、アメリカに競り負けた。

他方で、中国は第1列島線上にある台湾、日本およびフィリピンと同地域に存在する米軍を仮想敵としているため、西太平洋で米軍の接近を迎え撃つ場合、日本から背中を撃たれ、挟み撃ちに遭う可能性がある。たとえ日本の武器の射程外に逃れたとしても、補給をどうするのかという問題に突き当たる。

中国が保有する3隻の空母は全て通常動力型であるため、燃料補給が必須である。戦端が開かれれば、武器・弾薬の補給も必要である。おそらく、中国は演習を装って西太平洋に大部隊を出撃させ、演習から実戦に転換することを考えている。しかし、いったん戦端が開かれたら、日米豪の潜水艦が中国の補給艦の第1列島線通過を許すとは考えにくい。

だからこそ、かつての日本と同様に、中国は大洋州に補給基地を作ることを求めた。ところが、大洋州諸国はもともと台湾と外交関係がある国が多かった。そこで、中国は彼らを台湾と断交させて外交関係を樹立し、「一帯一路」の一環と称して港湾などのインフラ建設に大量の資金を投入するとともに、安全保障に関する協定を結び始めた。

この露骨な中国の大洋州進出に対して、オーストラリアが外交的に押し返し始めた。オーストラリアは2025年にパプア・ニューギニアと、2026年にフィジーと同盟関係を構築した。これにより、もしも中国が建設した港湾から平時に目立たないように集積した物資を、戦時に転換した際に西太平洋の部隊に補給しようとするなら、目の前にオーストラリア海軍の艦艇が立ちはだかることになる。

2026年7月にオーストラリア・フィジー間で同盟条約が締結された直後に、中国が潜没潜水艦から弾道ミサイル試射を行い、太平洋に着弾させたのは、こうした背景がある。大洋州において長年積み上げてきた外交努力が水泡に帰しつつあるため、中国がオーストラリアや他の島嶼国を脅しているのだ。

このように、中国は平時に第1列島線を突破することができても、戦時にはその態勢を維持できない。しかも、中国が大洋州に進出することを阻止したい国・地域は少なくない。今後これらの国・地域が大洋州諸国への関与を強め、日本が南鳥島や硫黄島などで太平洋側の防衛態勢を強化し、いわゆる「次世代動力」の潜水艦の導入に成功すれば、中国の目標達成はさらに困難となるだろう。

このように、中国には西太平洋における補給拠点が1つもなく、前方展開する戦力を戦時に維持することがまだできない。つまり、中国は台湾を取るためには太平洋を取らなければならないが、太平洋を取るためには、日本と台湾を完全に無力化しなければならないという、戦略的矛盾に直面しているのである。この地理的条件を見れば、かつての日本はやりようによってはアジアの覇権を維持できたかもしれないが、中国が第1列島線を越えた覇権を確立するのは、日本の存在によりいまだに極めて困難なままであることがわかる。

台湾内部に移った中台関係の最前線

ただし、中国は単に力押しで、全面侵攻により台湾を取ろうとしているわけではない。むしろ、中国はグレーゾーン戦術を使い、政治的に台湾の自律性を奪おうとしている。中国は「祖国統一の完全な実現」を、可能な限り低コスト、低リスクで進めようとしているのである。

現在の民主進歩党(民進党)政権は、中国に抵抗する意思がより強いと考えられる。したがって、まず中国は政治的手段を駆使して、民進党を政権から引きずり下ろし、中国の影響力をより行使しやすい政権に切り替えたいのだ。

台湾の野党も政権に復帰するという目的を達成したいので、民進党を引きずり下ろすという点で、同床異夢ながら中国と利害が一致している。

しかも、いったん中国が台湾に対して武力行使すれば、アメリカは助けに来ないし、台湾は必ず負けると信じている政治家が、台湾では少なくない。

そうした政治家によって政府が構成され、要職に中国の協力者が埋め込まれていれば、たとえ台湾がどれだけ武器をもっていようとも、またアメリカとその同盟国がどれほど強力な抑止態勢を構築していたとしても、台湾は僅かな圧力に屈し、白旗を挙げて降伏するかもしれない。これこそが中国が狙う「強制的平和統一」である。

このように、台湾が中国によって併合されるかどうかは、単なる軍事力ではなく、究極的には台湾のデモクラシーのレジリエンス(強靱さ)にかかっている。しっかりと自国防衛をする政府を、台湾人民が選挙で構成できるかどうかが重要である。

だからこそ、我々は、台湾の内部までよく観察する必要がある。国際政治において、大国だけが何でも決定できるとは限らない。2028年の総統・立法委員選挙の結果、台湾で中国に対する抵抗意思が強い政権が生まれるかどうかに、我々は注目する必要がある。

中国による台湾併合は戦後国際秩序の終焉

民主化した台湾が自ら中国との統一を選択することはない。それなのに、偉業を達成して歴史に名を刻みたい習近平は、自分の任期中に「祖国統一の完全な実現」を進めようとしている。中国は自然と強制的手段の使用に傾く。

ただし、覇道を突き進む中国が主導する統一が実現し、台湾が消えることは、アジアで最先端のデモクラシーが謀略と暴力によって消失することを意味している。

それだけではない。台湾には世界の産業を支える先端半導体産業があり、台湾海峡で戦争が起これば、世界中の先端産業が麻痺する。

それほどまでに重要な台湾をアメリカが守らないとしたら、その唯一の理由は核保有国である中国と戦いたくないからである。言い換えるなら、台湾を守らないアメリカは、日本や韓国も守らないであろう。したがって、台湾の消失は日米同盟を含めた戦後国際秩序の終焉を意味する。

日本社会が、台湾海峡問題に対して、無関心でいられるだろうか。日本には、かつて台湾を植民地支配したことに対する道義的責任もある。普段は無関心を決め込み、危機の時だけ大騒ぎするのはもうやめるべきではないのか。

「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」

ただし、日本では台湾海峡に関する基礎知識が普及する前に、「台湾有事」の議論が先行している。中には前提条件もつけずに「台湾有事は必ず起こる」、「台湾有事は○○年に起こる」、という議論を展開したりする人がいる。私はこうした議論に強い違和感を覚える。

こうした議論は、戦争が不可避なら諦めて降伏してしまおうという敗北主義につながる。「我々人類は全員死ぬ運命にあるし、いつ死ぬかわからない。したがって生きる努力は無駄なのであり、諦めてすぐに皆自殺すべきだ」という議論を展開する人はほとんどいない。しかし、こと戦争と平和に関する議論においては、なぜか極端な議論がまかり通る傾向があるからだ。

逆に、「台湾有事は絶対に起こらない」という議論を展開する人もいる。これは「絶対に戦争が起こらないならなぜ高いお金を払って防衛力を強化する必要があるのか」、「戦争の不安を煽って防衛費増大を狙っているのではないか」などという政府批判につながりやすい。自国の行動が、地域の安全に影響を与えているという観点が欠落している人は少なくないし、この物価高の時代に防衛費など増やしたくないのは誰でも同じだからである。

また、「台湾有事」が起こったとしても、日本は戦争から逃れるべきだと考える人がいる。「たとえ沖縄の米軍基地が攻撃を受けても、エスカレーションを避けて、無抵抗であるべきだ」と言い出す人までいる。

筆者には、この3つの議論が責任ある現実的な議論だとは思えない。より現実的な議論は、「どのような条件が重なると戦争が起こりやすくなり、どのような条件が重なると戦争が起こりにくくなるのか、我々はどうすれば戦争を抑止できるのか」というものである。

究極的に、戦争は起こす側、つまり独裁者たる習近平が決定しさえすれば実現してしまう。

しかし、習近平に戦争を選択する決定を思いとどまらせることは可能である。つまり中国が計画する戦争のコストとリスクを高めるのである。現実に、台湾、アメリカおよびアメリカの同盟国が進めている抑止態勢の強化により、中国のコスト・リスク計算はすでに複雑になっている。

加えて、台湾海峡は近すぎて、いったん戦争が起こると、日本はほぼ確実に巻き込まれる。もしも無抵抗を示唆すれば、それは日本を攻撃してよいと中国に伝えるに等しい。もしも実際に無抵抗であれば、民間インフラを含め、日本は短期的に立ち上がれないほどの攻撃を受けるだろう。

だからこそ、日本は自国防衛の努力を最優先にすべきであり、日本を攻撃すれば必ず強力な反撃を受けると相手に信じさせることが戦争の抑止につながる。日本の言動は、習近平に戦争を選択させない役割を果たすことができる。日本が防衛力を抜本的に強化し、米国をしっかりとこの地域に引き留め、他の同盟国とともに対中抑止態勢を強化し続ければ、中国の計算はさらに複雑になり、武力行使はより難しくなる。つまり、日本が主体的に行動することで、現状が維持される可能性は高まる。

将来起こりうる国際政治上の危機にどのように備えるかについて、思考停止し、諦めてはならない。まさに、「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」という格言が当てはまるのが、今日の台湾海峡をめぐる戦争と平和の関係なのである。日本は今正念場を迎えている。問題を直視し、あらゆる手段を使って中国に繰り返し先送りを選択させ、台湾海峡の平和と安定を守ることに貢献すべきだろう。

我々は未来を変えられるのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。