執筆者プロフィール
山口 寿一(やまぐち としかず)
研究所・センター X Dignityセンターアドバイザリーボード議長読売新聞グループ本社代表取締役社長山口 寿一(やまぐち としかず)
研究所・センター X Dignityセンターアドバイザリーボード議長読売新聞グループ本社代表取締役社長
原稿の作成や見出しの考案に生成AIを使う新聞社が国内外に増えつつある。欧米では18世紀以来、日本でも19世紀以来、新聞は、真実を追求し自由を守るジャーナリズムのメディアとして存在してきた。
その新聞が取材報道の核心部分にAIを使う。それはジャーナリズムの自動化にほかならない。ジャーナリズムが自動化された時、民主主義はどうなるのだろうか。
この疑問に対する考察を、新聞記者が従来受けてきた職業的訓練の意味を問い直すことから始めたい。
新聞記者になる訓練
新聞記者がどんな仕事をしているか、多くの人がだいたいは理解しているだろう。しかし、どのような訓練を経て記者になるかはあまり知らないと思う。そこで、恐縮ながら、私自身の40年以上前の経験をまず述べる。
今も覚えているのは、赴任したばかりの地方支局で初めて駆け付けた火事の現場である。寝入りばなを先輩からの電話で叩き起こされ、慌てて現場へ向かうと、深夜の住宅街に赤色灯を点滅させた消防車やパトカーが何台もいて、不安そうな顔をした近所の人たちが遠巻きにたたずんでいる。緊迫感がみなぎっていた。
把握しなければならない情報は、何時頃、誰のお宅で何が原因で火事が起き、全焼半焼が何軒あり、けがをされた方はいるのかどうかなどである。張り詰めたこの現場で、一体自分はどう動けば必要な情報を正確につかめるのか。途方に暮れたところから私の記者人生は始まった。
日本では新人記者は、伝統的に警察回りと街ダネを担当する。これが、どちらもうまくいかない。
警察署を回り、広報担当の幹部に会っても会話ができない。「話すことはないですよ」と突き放されると、話の接ぎ穂を失い、数秒で退散することになる。「警察回りの合間に街ダネを探せ」と指示されているので街を歩くが、目に入るのは普段と同じ商店街の風景で、どうすれば街ダネを見付けられるのか、勝手が分からない。
新人記者に警察を担当させるのは、それが簡単だからではない。事件事故は5W1Hを意識しやすく、原稿は新聞記事の基本形になる。しかし、取材は難しい。警察には守秘義務があるから、記者に対し拒絶的になる。しかも、事件事故の原稿は人権に直結する。
「できなさ」を知る意味
駆け出しの頃、私は来る日も来る日も、自分の「できなさ」を痛感した。実は、そこに意味があった。自分の「できなさ」を思い知るうち、自分の主観や直感を疑うようになった。思い込みや、不十分な経験に頼った不完全な推測を排除するようになった。
何回か火事の取材をすると、火事の原因について、消防は漏電と推定したのに、警察は失火と見ているという事態がままあることを知った。殺人事件では、異なる見方にこだわる捜査員が真相にたどり着く展開が時にあることも分かった。こうした経験を通して、情報源をできるだけ増やさないと正確な記事は書けないことを学んだ。
仲間の書いた記事が抗議の対象になり、緊張を強いられることもあった。書かれた当事者の怒りや涙を目の当たりにして、表現が人を傷付けることを胸に刻んだ。表現には常に万全の注意を尽くさなくてはいけない。まして、誤った表現は絶対に許されない。
錯綜する情報のすべてを疑い、簡単に決め付けない習慣が身に付いていった。真偽を見分けられるようになり、最良の情報をつかむコツも分かってきた。
取材が終わると原稿に取り掛かる。書きながら取材不足に気付き、補足取材をする。補足取材をすると、大事な要素が見つかり、原稿を書き直す。この取材と原稿の往復運動が自分の力を高める重要な訓練となった。
ただし、何年経験を積んでも、「できなさ」と「怖さ」が消えることはなかった。
自動化は文章作成から始まり、拡大する
さて本題である。新聞社のAI利用は文章の作成から始まり、レイアウトの考案、取材代行へと拡大している。
AP通信は2014年7月、オートメイテッド・インサイツ社のワードスミスを使い始めた*1。スポーツの速報や企業の決算短信など定型的な記事の作成をAIに任せた。ワードスミスは自然言語生成の先駆的AIである。
英国のガーディアンは2020年9月、オープンAIのGPT3に生成させた社説を掲載した。見出しは「ロボットがこの社説を書いた。人間よ、怖いか?」だった*2。
「プロ向け編集支援」を謳う日本のスタートアップ、ストーリーハブのホームページには、2026年5月、大手新聞、テレビ、雑誌などメディアのロゴが10余り並ぶ*3。
ストーリーハブのAIに取材の録音を投入すると、記事の下書きをしてくれる。写真データを投入すれば、見出しと写真を入れたレイアウトを生成する。記者は録音と写真撮影さえすれば、AIお任せで新聞ができ上がる。
しかし、取材で得た情報を取捨選択し、選択した事項に沿って記事の構成を考え、人権に留意しつつ表現に創意を凝らす一連の作業こそ、記者の仕事の核心である。取材と原稿の往復運動がなくなることも気がかりだ。
録音を起こすのにAIを使うのは良いとしても、要約をAIに委ねると、情報の取捨選択はAIが代行していることになる。下書きを任せると、記事の構成もAIが考えていることになる。
日本を含む各国の著作権法は、時事の報道は著作物に該当しないと定めている。裁判所が新聞記事の著作権を認めてくれるのは、情報の取捨選択、記事の構成、表現の方法に記者の創作性を認定できる時だけだ。
AP通信はその後、AI利用を拡大した。今では全米各地の警察や地方議会のニュースは、当局側がワードスミスのテンプレートに必要事項を入力し、それを受信したAPがAIを使って自動的に記事にしている。警察や地方議会の取材現場に記者はいない。
これはジャーナリズムと言えるのだろうか。私はAP通信のデイジー・ヴィーラシンハムCEOに記事の著作権をどう考えているか質問した。CEOは「考えたこともなかった鋭い質問だ」と笑い、答えなかった。
ジャーナリズムの源流
近代のジャーナリズムは、18世紀のオランダで誕生した。当時、特に自由だったオランダで1772年、ガゼット・デ・ライデの編集者となったジャン・リュザックは、フランスの絶対君主制に反対し、議会の導入など民主的改革に賛成し、アメリカの独立を支持した。
イギリスでは1785年、デイリー・ユニバーサル・レジスター、のちのタイムズの創刊号で、ジョン・ウォルターが「新聞は時代の記録者でなければならない」と宣言した。1803年、タイムズを受け継いだジョン・ウォルター2世は、政権批判と引き換えに、政府からの補助金を絶ち、言論の独立を目指した。
日本では1882年、福澤諭吉が時事新報の創刊号に不偏不党の理念を世界の新聞で初めて掲げた。福澤の不偏不党は、ニューヨーク・タイムズが「恐れず、偏らず」と表明するより14年早かった。
表現の自由、民主主義、批判精神、真実の追求、言論の独立、不偏不党など新聞が育てた価値観は、20世紀になって西側諸国で新聞倫理として体系化され、それにより新聞記者のプロフェッショナル意識が向上した。
AI時代に求められるもの
ジャック・アタリは「ジャーナリストは偉大な職業だ」とエールを送る一方、SNSが席巻する時代に「ジャーナリストという仕事は消える恐れがある」と危惧する*4。
アタリは、真実とは反証可能性を持つものと定義したうえで、真実を打ち立てる「誠実な専門家」たるジャーナリストの要件として、批判精神、探究心、真偽を見分ける力、自分と異なる見解を参考にする姿勢、謙虚さ、自身を含めすべてを疑う能力などを挙げ、いかなる権力からも独立していることを強調している*5。
「いかなる権力」の中には、国家を超える存在となったビッグテック、さらにAIも含まれるだろう。
これからの新聞に求められるのは、ジャーナリズムの強化・高度化なのである。もっと取材力を鍛え、もっとオピニオンを磨き、もっと力のある記者を育て、偽情報や陰謀論があふれる時代のメディア不信を克服する充実した報道と論評を行って、過去の新聞人が時代と格闘しながら1つ1つ新聞の価値を積み上げたように、AI時代のジャーナリズムの新たな価値を確立することなのである。
ショーペンハウアーは「何も考えない(略)人は、しだいに自分で考える能力を失ってゆく」(『哲学小品集』第24章第291節)と語った。AI頼みの自動化は、ジャーナリズムの劣化を招き、ひいては民主主義を危うくしかねないと言わざるを得ないのである。
〈註〉
*1 野口悠紀雄「AIは『文章を書く仕事』の敵か味方か」『ダイヤモンド・オンライン』2018年5月24日。https://diamond.jp/articles/-/170717
*2 「A robot wrote this entire article. Are you scared yet, human?」The Guardian 2020年9月8日
*3 https://storyhub.jp/
*4 ジャック・アタリ『メディアの未来』林昌宏訳(プレジデント社、2021年)19―20頁。
*5 同、499―502頁。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。