慶應義塾

川畑 秀明:生成AIの作り出したアートを脳はどう感じているのか?

公開日:2026.06.08

執筆者プロフィール

  • 川畑 秀明(かわばた ひであき)

    文学部 心理学専攻教授

    川畑 秀明(かわばた ひであき)

    文学部 心理学専攻教授

今日、人工知能(AI)に関する技術は驚異的な速度で進化を遂げ、私たちの生活に不可欠なものになりつつある。ChatGPTやGeminiのような生成AIに日々悩みを打ち明けて相談にのってもらう人も少なくない。ある知人が、中学生の娘との会話を適当にあしらっていたら「私の言うことをちゃんと聞いてくれるのはAIだけだ……」と泣かれたという。中にはAIに恋をし、結婚した女性もいるようだ。

私たち研究者の世界でも、過去の研究の調査や文章の校正など、AI利用は急速に広がっている。ついていくだけでも精一杯というのが私の本音だが、若手世代は使いこなせて当たり前という時代となっている。

AIは、かつては人間の専売特許と考えられていたアートや創造性の領域にまで深く進出してきた。2022年、アメリカのアートコンテストでは生成AIを用いた画像作品が優勝し、大きな波紋を呼んだ。文章で指示を出すだけで、誰もがモネやダリといった有名画家のような画像を一瞬で生み出せる時代になってしまったのだ。

人間の芸術家の存在意義はどこにあるのか。AIがまるで人間のように振る舞い、美しい作品を創り出すが故に、改めて「人間らしさとは何か」という根源的な問いに直面している。

脳と心がアートを捉える仕組み

人間の尊厳を守りながらも、AIを活用するためには、そもそも私たちの脳や心が作品をどのように感じ、どのように認知しているのかを科学的に理解する必要がある。人がアートを鑑賞し、心を動かされるとき、脳内では主に以下の3つのシステムが連動して働くと考えられる。

1つ目は「感覚・運動系」で、絵画の色彩の鮮やかさ、線の複雑さといった視覚的な特徴を瞬時に捉える。2つ目は「知識・意味系」で、誰が描いたのか、何を描いたのか、どんな歴史や文化の背景があるのか、といった作品を鑑賞する人が知識や文脈をもとに、作品を解釈する。3つ目は「感情・評価系」で、これら2つから情報を受け取り、美しさや感動といった主観的な感情や価値判断を生み出すこととなる。

興味深いことに、私たちがAIのものではない本物の作品を見るとき、脳の運動を司る領域が活性化する。これは「身体化シミュレーション」と呼ばれ、鑑賞者が無意識のうちに、画家の筆の動きや身体の動きを脳内でなぞり、感情を共有している現象だと考えられている。つまり、アート鑑賞とは単に目で絵の具の集まりを見ているのではなく、作品を通して作者の運動行為までも想像させ、「画家の身体や心」と対話する行為なのだ。

今のところ、生成AIによる作品は、身体運動をともなっているわけではないが、ロボットを用いた表現行為を用いることで、それも実現できるようになってくる。既に、2025年の大阪・関西万博の中国パビリオンでは、筆を巧みに動かしてうちわなどに文字を書いてくれるロボットが話題を生んだ。センサーやカメラを通じて現実世界を認識し、ロボットなどの物理的な体を通じて自律的に行動する技術を伴ったAIをフィジカルAIという。手を持ち、筆やノミを巧みに操作して、絵を描いたり木を彫ったりして作品を創り出すフィジカルAIもそう遠くない将来、私たちは見ることができるはずだ。そうなると筆跡やノミの痕跡をありありと見て取れるようになり、そこに運動行為の追体験を脳内で行うことができるようになってくる。ますます、「人間の手による本物のアート」と「AIによるアート」を区別することが難しくなるだろう。

本物と偽物を分ける心理的境界

今のところの世論の認識としては、AIによる生成画像というのは、人が作った「本物」と、そのデジタルコピーの「模造品」の中間くらいに位置づけられるだろう。

心理学の研究では「本物」の効果に関する実験的研究が行われている。不思議なことに、好きか嫌いかや興味深いかというパッと答えられるような表面的な評価は、本物と複製品との間で大きな差は見られない。しかし、心が震え涙を流すような感動体験の多くは、複製品ではなく本物のアート作品の前でだけ起こる傾向がある。人は、本物には芸術家の息遣いや歴史の重みが宿るオーラがあると信じてしまう。このような本物のアート作品を鑑賞することが複製画を見るよりも優れた体験をもたらすことを「真正性効果」と呼ぶ。

では、偽物の場合はどうか。ある絵画を「素晴らしい名画だ」と感動して見ていたとしても、それが実は贋作である、あるいは道徳的に問題のある人物が描いたという知識が与えられると、私たちの脳の反応や美的評価は一瞬にしてネガティブなものに変わる。これは、私たちの脳が、誰がどのような意図で創ったのかという文脈を極めて重視してアートを評価しているという証拠なのだ。

しかし、この本物らしさに関する心の反応については十分に分かっているわけでもない。例えば、千葉市にあるホキ美術館には素晴らしい多くの写実絵画が展示されているが、これらの作品を見ているときと写真を見ているときの違いは必ずしも同じではない。例えば、何も事前知識なく写実絵画を見ればもしかしたら写真と勘違いしてしまう人もいるだろうが、それが人の手で描かれた絵画であると知ったとたんに、描かれたという運動行為を伴った事実が鑑賞者の脳内で結びつき、卓越した筆さばきをシミュレートし、価値を見出してしまうだろう。

生成AIのアートを私たちはどう見ているのか

現代のAIは非常に高度な画像を生成できる。もし人間が描いた絵画画像とAIが生成した絵画画像を並べて、どちらがAIの作品か? と尋ねるテストを行っても、人間の正答率は偶然の当てずっぽうと同じ50%程度の確率に留まることが多くの研究で確認されている。もはや、色や構図といった視覚的な特徴だけでは、人間の目をもってしてもAIと人間の表現を区別することは困難なのだ。

しかし、私たちの無意識の反応は、もう1つの異なる真実を語ってもいる。私たちが行った実験研究では、画面のどこを見ているかを調べる視線計測装置を用いて、人々がAIと人間のそれぞれのアートをどのように見ているかを調べた*1。実験に参加した人々が「これは人間が描いたものだ」と信じている絵画に対しては、視線を留める時間(注視時間)が長くなる傾向にあるという結果が得られた。あくまでも、「信じた」のであって、それが人が描いた作品である必然性はない。

また、中国南京師範大学の研究者らもまた、鑑賞者は、人かAIか、作品の実際の作者を見抜くことは正確にできないものの、「AIが描いた」というラベルを見ただけで、その作品の美しさや深みに対する評価を著しく下げてしまう偏見効果を確認した*2。さらに彼らの研究では、人間が制作したとされる作品を見た際、情動的な覚醒の度合いが高くなり、目の瞳孔が大きくなることが確認されている。つまり、私たちの脳はAIと人間の違いを区別できていなくても、無意識のレベルで人間が描いたと「信じる」作品に対してより長く視線を向け、より深く探索し、より強い生理的反応を示している。

結論として、アート作品の価値判断は純粋な視覚情報だけでなく「誰が作ったか」という文脈情報が強力に支配していることを意味している。生成AI画像にせよ、フィジカルAIにせよ、技術が社会に浸透するにつれてAIに対する認識が変容していく。将来は、人かAIは関係なく、新たなアート価値のあり方が問い直されていくはずだ。

脳はラベルで判断する

先ほど述べたように、本物を贋作と知ってしまうと急に評価が下がってしまうように、人が描いたものと視覚的には区別がつかなくても「これはAIが作った作品です」というラベルを与えられた瞬間に、私たちの評価は劇的に低下する。

AIやアルゴリズム(コンピューターのプログラムに適用可能な手続きや手段)が関与していると知っただけで評価を下げてしまう心理的傾向を「アルゴリズム嫌悪」と呼ぶ。そこには大きく分けて以下の2つの理由がある。

1つ目の大きな理由は、人間の心に備わっている「努力ヒューリスティック」という思考のクセにある。私たちは無意識のうちに「多大な時間と労力がかけられたものほど、価値が高い」と直感的に判断する傾向がある。

最近発表されたある研究では、AIアートは視覚的な美しさや感覚的な喜びにおいては人間のアートと同等もしくはそれ以上の評価を得ることがあるが、この作品にいくらお金を払うか(経済的価値)を尋ねられると、AIの作品の価値は極端に安く見積もられてしまう評価の分離現象を示した*3。AIは数秒から数分で美しい画像を生成できてしまうため、そこに人間の苦労や労力が介在していないと脳が判断し、価値を割り引いてしまう。事実、AIでの生成プロセスにおいて、人間がプロンプト(指示文)を何百回も試行錯誤して調整したという人間の労力の存在を伝えると、評価の低下は大幅に緩和される。つまり、コストがかけられているものほど、価値が高いという先入観を避けることができないのである。

2つ目の理由は、私たち人間が、創造性や感情、インスピレーションを持つのは人間だけであるという「人間中心主義」の信念を強く持っていることにある。アートの価値は作者から鑑賞者へのメッセージの伝達にあると考える人にとって、何かを表現したいという自発的な欲求や、人生の痛みや喜びといった経験を持ち得ないAIによるアートが生成した画像は、どんなに感覚的に美しくても「真のアート」とは呼べないのだ。

しかし、現代アートの源流がマルセル・デュシャン(1887〜1968)に見られるような新たな概念の創出、つまりコンセプチュアル・アートにあるように、人間の思考の表出の代替手段がAIであるとすれば、それもまたアートとしての新たな価値を生むことになる。

私たちはAIを恐れているのか

AIの台頭によって、どんな仕事がAIに取って代わられてしまうのかが話題になっている。人間の仕事が奪われたり、社会のあり方が脅かされたりすることに対する漠然とした不安や恐怖の感情が芽生える。

そのこと自体をテーマとしたアート作品も色々ある。2024年に開催された横浜トリエンナーレでは、米国の芸術家ジョシュ・クライン(1979〜)が、大きな透明のポリ袋に入れられた、膝を抱えて横たわったスーツを着た人たちの像を出展していた。AIによって弁護士や管理職の仕事がなくなってしまい、それらがゴミ扱いされる将来を風刺したものだ。

最近の研究は、AIが生成した画像が人間の作品と区別がつかないレベルに達したと知らされたとき、人々のAI不安が高まることを示している*4。アートや創造性は、人間が他の動物や機械とは違う特別な存在であることの証明だと信じられてきた。それだけに、AIがアートの領域へと軽々と侵食してくることは、人間のアイデンティティや尊厳そのものに対する「脅威」として脳に認知され、不安や嫌悪といった防衛反応としてネガティブな感情を引き起こすことになる。

AIと人間の共創から新しい人間らしさの探求へ

では、このAIの時代において、私たちはアートや人間らしさをどのように再定義したらいいのだろうか。最新の研究は、AIを人間の敵ではなく、共創のパートナーとして捉え直す手がかりを提供している。

例えば、デザイナーを目指す学生を対象として脳波の測定を行った研究によれば、AIツールを用いてアイデアを生成したりデザインしたりする過程で、学生たちの脳内では集中力を示すベータ波が増加することが確認された*5。このとき、AIが提示する多様なアイデアを取捨選択し、評価するというプロセスは、決して人間の思考を停止させるものではなく、むしろ高度な集中力を要する新しい形の創造的活動であることを示している。

また、AIとのやり取りで意図通りに結果が出力されないと、人はAIを少し不器用なアシスタントのように扱い、なんとか分かってもらおうと指示の出し方を工夫するようになる。この試行錯誤の過程にこそ、人とAIとの共創を通した人間の新たな創造性が発揮されるように思う。

また、ChatGPTやGeminiのような汎用的なAIではなく、自分の過去の作品だけを学ばせたパーソナライズドAIを使って作品を制作すると、作者の努力や才能への評価が高くなる。そこにはAIを使っていても、その人らしさやその人の履歴が反映されていれば、私たちは人間らしさを感じて価値を見出せるという希望を示している。そこには、画家が筆致から筆さばきを連想させるように、AIとのやり取りを個人の履歴に基づいて想像させることで、作品から制作行為が目に浮かんでくるのであろう。

おわりに

生成AI時代のアートにおいて問われているのは、AIを排除することではなく、私たち自身の人間らしさを深く見つめ直すことであろう。そしてアートとは、結果としての作品の中ではなく、そこに至るプロセスと、他者と意味を共有しようとするコミュニケーションの中に宿っていることに気づくだろう。

AIが発展し、人間のように手足を持って振る舞えるようになったとしても、何かを伝えようとする人間の意図が極めて重要になってくる。人間とAIとの関係は今後ますます複雑になっていく。これからの時代は、人がAIと共に新しい文化を創り上げていく時代になるだろう。AIが提示する表現をツールとして柔軟に受け入れつつも、その背後にある「誰の、どんな思いが込められているのか」を自律的に問う力(まさに「人間らしさ」)を持ち続けることが求められていくだろう。

〈註〉

*1 Zhou, Y., & Kawabata, H. (2023). Eyes can tell: Assessment of implicit attitudes toward AI art. i-Perception, 14(5), 20416695231209846.

*2 Wang, Y., Leng, X., He, G., & Lin, H. (2026). When Labels Matter More: Behavioral and Eye-Tracking Evidence on Aesthetic Judgment of AI-Generated and Human-Created Paintings by Lay Viewers. Empirical Studies of the Arts, 02762374261441560.

*3 Hu, H. H., Xu, Y., Hong, J., Chen, S., Hou, X., Su, J., & Tao, J. (2026). The effort heuristic in the generative age: Why consumers aesthetically appreciate AI art but refuse to pay. Journal of Retailing and Consumer Services, 92, 104843.

*4 Xu, R., Hsu, Y., & Wang, X. (2025). Examining Artificial Intelligence Anxiety in the Context of Anthropocentrism and the Art Turing Test. Empirical Studies of the Arts, 02762374251353671.

*5 Wang S, Tao X, Ma H, Li F and Wu C (2025) EEG assessment of artificial intelligence-generated content impact on student creative performance and neurophysiological states in product design. Frontiers in Psychology, 16, 1508383.

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。