登場者プロフィール
岡田 哲治(おかだ てつじ)
土佐清水市危機管理課課長2013年土佐清水市に危機管理課ができ、係長として設立にかかわり、大木聖子研究室とともに同市で「防災小説」など防災教育を実践。農林水産課、福祉事務所を経て、本年4月より危機管理課課長に着任。
岡田 哲治(おかだ てつじ)
土佐清水市危機管理課課長2013年土佐清水市に危機管理課ができ、係長として設立にかかわり、大木聖子研究室とともに同市で「防災小説」など防災教育を実践。農林水産課、福祉事務所を経て、本年4月より危機管理課課長に着任。
矢島 学(やじま まなぶ)
日本テレビアナウンサー(兼)報道局員1995年明治大学文学部卒業。同年日本テレビ入社。『NNNストレイトニュース』キャスター。気象庁記者クラブ所属。『日テレNEWS24』での解説など、防災報道の現場に長く携わる。
矢島 学(やじま まなぶ)
日本テレビアナウンサー(兼)報道局員1995年明治大学文学部卒業。同年日本テレビ入社。『NNNストレイトニュース』キャスター。気象庁記者クラブ所属。『日テレNEWS24』での解説など、防災報道の現場に長く携わる。
齋藤 秀彦(さいとう ひでひこ)
一貫教育校 横浜初等部主事、同教諭塾員(1991経、99経管研修)。株式会社ユナイテッドアローズ執行役員を経て、慶應義塾幼稚舎教諭。2013年より横浜初等部教諭。23年より主事。福澤研究センター所員。
齋藤 秀彦(さいとう ひでひこ)
一貫教育校 横浜初等部主事、同教諭塾員(1991経、99経管研修)。株式会社ユナイテッドアローズ執行役員を経て、慶應義塾幼稚舎教諭。2013年より横浜初等部教諭。23年より主事。福澤研究センター所員。
宮本 佳明(みやもと よしあき)
環境情報学部 准教授塾員(2006理工)。2011年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。専門は気象学、主に台風の物理的メカニズムを研究。気象予報士。
宮本 佳明(みやもと よしあき)
環境情報学部 准教授塾員(2006理工)。2011年京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻修了。博士(理学)。専門は気象学、主に台風の物理的メカニズムを研究。気象予報士。
大木 聖子(司会)(おおき さとこ)
環境情報学部 准教授2001年北海道大学理学部地球惑星科学科卒業、06年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東京大学地震研究所助教を経て13年より現職。専門は地震学、災害情報、防災教育等。
大木 聖子(司会)(おおき さとこ)
環境情報学部 准教授2001年北海道大学理学部地球惑星科学科卒業、06年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。東京大学地震研究所助教を経て13年より現職。専門は地震学、災害情報、防災教育等。
2024/12/04
阪神・淡路からの防災教育のあゆみ
今日はお集まりいただき有り難うございます。来年2025年の1月に阪神・淡路大震災から30年、そして記憶に新しい能登半島地震からも、ちょうど1年という節目を迎えます。また、日本は毎年のように台風・豪雨被害にも見舞われています。そこで防災教育とコミュニケーションについて、この30年の進化やこれからの課題を皆様と討議していきたいと思います。
1つ目のテーマは、防災教育とリスク・コミュニケーションの話です。最初に私から導入のお話を少しさせていただきます。
伊勢湾台風(1959年)などからの教訓もあり、かつては防災というとハードウェアの整備とされてきました。この台風をきっかけに法律が整備され、川をコンクリートで固める護岸工事や防潮堤の建設など、大きな施設を造ることに焦点が当たっていました。
その後、日本は高度経済成長を迎えましたが、たまたまその期間、大きな地震や台風もなく、あたかも自然災害を抑えられたのか、と皆が思ってしまったところがあります。
そして1995年に阪神・淡路大震災が起き、6,434名の方が亡くなるという甚大な震災が起きてしまったわけです。
そこから建築の耐震基準が重要だということで耐震化が進み、また防災教育も進んできました。東日本大震災(2011年)以降に防災教育が進展したと思われていますが、実際には阪神・淡路大震災で防災教育の重要性が大きく打ち出されています。しかし、当時は地域的に偏りのある形でしか推進されず、神戸や静岡、三陸地方などを除いて全国的な動きにはなりませんでした。
やがて日本の財政状況から、ハードウェアの整備からソフトへと徐々に重点がシフトしていきます。また、阪神・淡路以降、平成・令和時代は地震災害が頻繁に起こるようになりました。中越地震(2004年)、中越沖地震(2007年)、東日本大震災、熊本地震(2016年)、複数の能登半島地震(2024年他)等が起きています。
東日本大震災を学校安全の視点で見ると、学校管理下で起きた地震という特徴があります。学校をやっている時間に起きた大地震は、ケースとしてはそう多くありません。ご記憶の通り、岩手県釜石市をはじめとした三陸地域の多くの学校の判断や、それとは対照的となってしまった大川小学校の事例があったことから、一気に防災教育が学校の中に持ち込まれて進んでいきました。
文部科学省のこの10年のレビューを見ると、防災教育の現状は地域差ではなく、やると決めて真剣にやった学校と、なんとなく従来通りにしてきた学校との間に大きな差が出てきています。
土佐清水市の防災教育
その中で、土佐清水市は東日本大震災後にあらたに想定された津波被害がとても大きくなり、2011年までは15mの想定だったのが、2012年の内閣府の新想定では倍以上の34mになってしまいました。土佐清水市からお声掛けいただいたのはその頃でしたね。ちょうど私がSFCに来た2013年度から土佐清水にて防災に関わる教育をさせていただいています。
岡田さん、今まで行ってきたことを課題も含めてお話しいただけますか。
おっしゃったように、東日本大震災を受けて、高知県では南海トラフ地震に備える機運が高まりました。それまで市の防災に関しての所管課は総務課だったのが、2013年に独立した防災に特化した機関として危機管理課を構え、積極的に防災に努めてきています。私はその立ち上げメンバーで、その時から大木さんに指導いただき、もう12年になります。
危機管理課では「想定外をなくす」を合言葉にハードの整備を1つの軸とする一方、住民の防災意識の向上のため、防災教育というソフトを両輪で進めてきました。そこに大木さんの力を借りて、市内の小中学校で、防災教育を積極的に進めてもらっています。
研修会が終わった後、大木さんと一杯飲んで話した時によく出てきたのが「この子どもたちが大人になった時、土佐清水市は変わります」という言葉です。
2013年から市内の各小中学校で防災教育が始まりましたが、特に2017年から市内の清水中学校で、自分が災害に遭遇することを「自分ごと」として考えることを目指して「防災小説」を使った教育が始まりました。南海トラフ地震に遭遇した自分たちを仮定して描いた寸劇を発表したところ、「これはいい」ということで、翌年からも継続して実践されています。
防災小説は必ずハッピーエンド(明るい未来の創造)で終わるようにしています。これは本当にいいことだと思います。まだ起こっていない未来をよりリアルに想像し、それを800字の物語にすると、そこには発生した時の匂いや、景色が灰色に見えたりといった、子どもなりの感性が入って、すごくいい学びになっています。
清水中の国語教諭が携わってくれて、「防災小説」がより文章としてすぐれたものになり、行政機関としては私が入り、防災の知識の種まきをしました。研究機関は慶應義塾から大木さんと大木研の学生に入っていただいて、アンケート作成や、効果の確認と全国への発信をしていただきました。
「防災小説」の実践と普及
「防災小説」を組み立てる前にまず教職員への研修をしました。子どもに防災の大事さを伝える先生のために、危機管理課が出向き、土佐清水市の被害想定について勉強会をしました。その後に各クラスに防災リーダーを設置していただき、夏休みに防災研修会という名の下に避難所運営ゲームHUGに取り組み、避難所になることをイメージしてもらいました。
そして、清水中を避難所として運営するに当たって、どんな係が要るのだろうと子どもたちが議論しました。子どもたちの発想はすごいもので、ゴミや汚物が出てくるので穴掘り係が要ると、スペシャルな係ができました。実際にこの子たちは校庭に穴を掘る経験をし、汗をかきながら勉強しました。
一方、防災を学んだ中学生が自身の出身校の小学校に出向いて出前授業をするという発想が出て、「防災の伝道師」という名の下に、子どもたちが教えるということをしました。
「防災小説」は中学生のキャリア教育にもなりました。その創作に携わった子が「将来は医者になりたい」「看護師になりたい」「耐震の強い家を造りたい」と考えるようになり、それが本当に良かったなと思っています。それを大木さんが検証して全国に発信してくれて、2019年に文部科学大臣賞をいただくことができました。
2021年からは、「防災小説」に取り組んでいる全国の各学校をつないで「全国『防災小説』交流会」に発展し、内閣府防災担当による「防災教育新時代の実現」という提言の中に入れていただきました。高知県の田舎から始まった「防災小説」が1つの教育モデルになったかなと思います。
私事になりますが、私の息子は聴覚障害があり、全く音が聞こえませんが、小さい時からのトレーニングによって人工内耳を着けていれば音を聞くことが可能です。そして障害を持つ子どもの目線から書いた「防災小説」を中学校2年生の時に書き、それを題材にして大木研が研究してくれました。
また、「防災小説」が育んだ副産物として、都会に住んでいるSFCの学生が、台風や地震が土佐清水市にあると、心配して私にLINEをくれます。都会でも土佐清水を思う人が育ったことに本当に感謝しています。
有り難うございます。土佐清水は東京からの時間距離が一番遠いと言われる市で日帰りができないので、必ず飲み会がセットになります。飲み会は前向きに物事が決まるからいい場所だと清水の方はよくおっしゃっていました(笑)。
「防災小説」の取り組みには、取材という形で一度、矢島さんに来ていただきました。その時「矢島さんも書いてください」と私が申し上げたら、オンエア後に本当に書いてくださり、清水中に送ってくださいましたね。
はい。6年前の2018年に、土佐清水の中学生の防災小説の取り組みを日本テレビのニュース番組で紹介するため現地にお邪魔した際、大木さんから促され、私も防災小説を書きました。想定は、南海トラフ巨大地震が起きて、私が東京のスタジオから伝えるというものでした。土佐清水上空に報道のヘリが到着したものの、アナウンサーが搭乗していないので、東京の私が実況するという小説でした。
実は、今年8月8日の日向灘の地震で南海トラフ地震臨時情報が出た時、私は実際にスタジオで対応をしたのですが、まさに報道ヘリが土佐清水の空撮映像を送ってきたのです。そこで、東京のスタジオにいた私は「画面の空撮は土佐清水です。非常に防災意識の高い港町です。津波注意報が出ているので、漁船を港に係留して海から離れているようです」と実況しました。
そうだったのですね。今初めて知って、ドキドキしました。
横浜初等部での防災教育
齋藤さん、横浜初等部は、もちろん小学校としての一般的な避難訓練は今までもされてきていて、校舎も最新の耐震基準で安全性もバッチリですが、ソフト面での防災教育を今年から始められましたね。首都直下地震を見据え、小学校とは言え、ほとんどの子が電車で通っているので、公立学校とは違う難しさもあります。
防災教育をやらなければと至ったのはどうしてでしょうか。
横浜初等部は東日本大震災の2年後の2013年4月に開校しています。そういう意味で、しばらく震災の余韻がありましたので、校舎の建築などのハードウェアは十分な防災対策を施し、ソフト面でも防災意識が非常に高い状態でスタートしたと思っています。
確かに3・11が学校管理下での地震であったことはすごく大きかったと思います。私は開校した時に1期生、それから2年後に3期生の担任をしてきましたが、その頃の生徒たちは東日本大震災を幼いながらも経験していたので、授業で話してもその恐ろしさが伝わりました。
しかし、ここ数年の生徒は、もちろん震災時には生まれていませんので、私が切実にしゃべっても、それが上手く伝わらない。場合によっては、ふざけたように解釈してしまう。そのギャップはわずか12年にしてすごく大きいと思います。その、なかなか伝わらないなという実感がある一方、今まで避難訓練を形式的にやり続けてきたという課題もありました。
それが去年、大木さんのお話に出会い、今までの避難訓練を見直してみると、リアルな地震の時に自分たちがどういう対処をしたらいいか、が見えてくるのではないかとヒントをいただきました。教科書で地震や防災と言っていてもなかなか伝わらないので、避難訓練の中で子どもたちがある意味怖さも体験しながら、自分たちでどう対処していくかを経験していくことが大事だと思いました。
この訓練は教員の意識も変えるものです。決まった時間内でどれだけ早く生徒たちを並ばせるかではなく、突発的な事態が起きた時にも対処できるように、教員たちが訓練の中で学んでいくため、9月に大木さんに教員向けの研修会をやっていただきました。そこで教員自身が新しい形の避難訓練を体験した上で、2週間後に生徒に向けて避難訓練を実施した次第です。
今までは机の下に入った後は、皆でグラウンドに行っていたのですね。それを余震の発生が複数回あることを想定し、教室内で待機して、けが人がいるかいないかを把握することに変えていましたね。
これまでやってきた一般的な避難訓練では、各教員が生徒を連れて校庭に避難し、グラウンドで全員を集めて人数確認の上、安全が確認できたら教室に戻って終了という形でした。ですので、避難訓練は雨だと中止でしたが、実際の地震はもちろんどんな天候でも起こり得るわけで、その時に本当に外に避難するのかと、疑問に感じてはいました。
今回は余震が続く中で「外へ避難しない」という判断をする訓練にしました。生徒にとっては、連続して地震警報が鳴るのは初めての経験でしたが、ふざけず怖がらずに、しっかり対処してくれたかなと思っています。
こんなに余震が起きるなら、教室の中にいて机の下に潜るほうがいいということを、子どもたちが体感して理解していたように感じています。
印象に残っているのは、本当にけが人が出ているわけではないので先生方も手持ち無沙汰になる間、「先生が◯歳の時に東日本大震災があって」と、それぞれ臨機応変に地震に関するお話をされていたことです。
子どもたちがそういう話を聞くのに絶好の空気ができている中で体験したことを聞くのはやはり重みが違います。訓練がそういう時間になることも大事だなと学ばせていただきました。
頻発化する風水害
さて、ここまで地震の話でしたが、風水害のお話を宮本さんに伺います。風水害が非常に頻発化していて「温暖化の影響がここまで早く出るとは思っていなかった」とおっしゃる気象学の方もいます。
宮本さんの感覚としてはどうでしょうか。また昔は線状降水帯という言葉はなかったと思いますが、そのあたりを教えていただければと思います。
大木さんがおっしゃった感覚は、気象を専門にしているほとんどの人が持っているのではないかと思います。私は特に台風を研究対象にしてきたのですが、近年はほとんど毎年どこかにかなりの被害が出てしまうレベルのものが上陸している印象です。
台風が来るたびに専門家の間でブリーフィングをします。すると、大体「今回もちょっとまずいかも」という話になり、未来予測でワーストケースを考えると、結構冷や汗が出てくることが多いです。
もう1つ、線状降水帯についてですが、おっしゃったように近年、言葉としてようやく定義された現象です。前からあるにはあったのですが、あまり認知されていませんでした。しかし、近年の調査によって、台風以外で顕著な大雨になったうちの3分の2は線状降水帯が原因とされています。
線状降水帯がなぜ増えてきているのかはこれからの研究ですが、日本の方々は皆、集中豪雨が増えているという肌感覚は持っているのではないでしょうか。学術的には、その原因の1つが線状降水帯で、大雨の回数が増えていることは統計的にも示されています。
では、どうすればいいのかを研究者は揃って考えていますが、豪雨が起きる前、起きた後にどう行動すべきかということもすごく大切で、その行動に対して最適な情報を提供できることが重要になります。
簡単ではありませんが、気象は予測ができます。やはりそこはメリットとして、なるべく正確な予測情報を皆さんにお届けできればと取り組んでいます。ただ、線状降水帯のように短時間で局地的に発生するものは予測が非常に難しく、気象庁の予測精度もあまりよくないのが現状です。
台風については小さなものを含めて、たくさん生まれるようになったというより、1つ1つが大きくなっているという理解でいいですか。
傾向としては、毎年発生する台風の個数は実はそれほど変わっていなくて、むしろ減っていくのではないかという予測もされています。一方で強い台風の割合は増えると考えられています。つまり、発生したら大体強くなり、かつ長生きすると考えられています。
もう1つ、経路に変化はありますか。例えば、以前は宮崎とか土佐清水などによく上陸していたと思うのですが、最近は東京に直接来るような予報も出ています。それも温暖化の影響などがあるのでしょうか。
温暖化の影響が経路に影響を与える可能性はかなりあります。たとえで言うと、台風自体は川に浮かんでいる木の葉みたいな感じで流れています。台風自身の意思ではなく、川が流れる方向に流されていくので、自分は流れながらクルクル回っているという感じです。
温暖化すると川の流れの方向が変わる可能性があるので、台風の行く先も、伝統的なコースからは外れる可能性があります。
「災害報道」から「防災報道」へ
さて報道の現場にいる矢島さん、地震・津波から台風や水害まで伝えなければならないお立場ですが、報道でどのように防災や避難を呼び掛けているのでしょうか。
私はアナウンサーと報道局員を兼務し、防災報道を担当しています。入社が1995年の4月なので、入社の3カ月前に阪神・淡路大震災が起きました。連日放送される阪神・淡路の震災報道をテレビで見て「こんなに厳しい現実を伝える世界に私も足を踏み入れるのか」と責任の重さを痛感しました。
しかし実は、日本テレビの「防災報道」の歴史は浅く、始まってから13年しか経っていません。つまり、2011年3月11日までは「防災報道」ではなく、被害が出たことを伝える「災害報道」だったのです。例えば、「何人の方が亡くなった、何人がけがをした、何軒の家が流された」という被害の大きさを伝えることが弊社の災害時の報道内容でした。
私は東日本大震災発生直後の初動を担当しましたが、当時は「震度情報と大津波警報のどちらを重視して伝えるか」という方針さえ決まっていませんでした。震度は過去の情報である一方、大津波警報は未来への警鐘です。今思えば大津波警報の方が大事だとわかりますが、当時は震度7の地名を繰り返したり、大津波警報が出ている東北沿岸向けの呼びかけではなく、お台場の火事を大きく伝えたりしていました。
弊社では3・11を契機に「命を守る報道」を災害時の大方針に定め、被害が起きないように呼びかけていく放送内容に大きく転換しました。今でこそ災害発生時には、アナウンサーが避難を呼び掛けていますが、すべては3・11の反省に基づいたものなのです。
そして現在、日本テレビの防災報道では「◯◯する前に逃げましょう」というテーマで呼びかけています。例えば「もう一度揺れる前に逃げましょう」「津波が来る前に逃げましょう」「川が氾濫する前に逃げましょう」「ダムが緊急放流する前に逃げましょう」という形です。被害が出てからでは間に合わないので、今のうちに逃げましょうというスタンスです。
また弊社には「火事だ、逃げろ理論」という防災報道の考え方があります。人は「火事だ、逃げろ」と言われると逃げるそうです。「火事だ」というのは、起きている現象を表す言葉なので「理科」の情報です。一方「逃げろ」は人の行動を促す言葉なので「社会」の情報です。この「火事だ」と「逃げろ」つまり、「理科」と「社会」がセットになると人は逃げるのです。
一方、「火事だ」と言われただけでは逃げません。なぜなら火事が起きていることはわかっても、自分には無関係の火事だと思ってしまうからです。同じく「逃げろ」とだけ言われても、やはり逃げません。なぜかというと、逃げなければならない理由がわからないからです。
この「火事だ、逃げろ理論」を、防災報道の呼びかけでは実践しています。例えば津波の時も、単に「高台に逃げてください」と社会の呼びかけをするのではなく「予想到達時刻まで10分を切っています」とか「隣の県では既に第一波を観測しました」という、理科の情報も伝えながら、逃げなければならない理由を示しています。
また水害の時も「避難指示が出ているから逃げましょう」ではなく、気象庁のキキクルや国土交通省の「川の防災情報」を画面に表示して「土砂災害や洪水の危険度が悪化しています」と、理科の情報を使いながら社会の情報に結び付ける報道を心がけています。
そんな中、テレビ局の武器には、ヘリや情報カメラの映像があります。そうした映像を映して「川が溢れる寸前です。氾濫してからでは逃げられなくなります」という危機感を表現し、自治体が出している避難指示の重みを強調しています。自治体も闇雲に避難情報を出しているわけではありません。そこで、避難指示が出ている理由を、テレビの映像を使って説明できれば、住民の避難につながると思います。
災害報道と防災報道では確かに違いがあるのですね。情報を受け取った人が行動を起こせるように、不特定多数の人に向けて伝える際、どの言葉を選ぶか、その言葉が出てくるまでに、たくさんの考えがあるのだと感じました。
また、災害発災直後は「何軒が断水」とか「何軒が停電」という被害の情報を伝えます。しかし、事態がフェーズ2に進むと、放送内容も「ここで給水を受けられます」とか「ここで携帯を充電できます」というように、「被害の情報」から「復旧・復興の情報」にテーマを切り替えて伝えることを意識しています。
風水害の危険への呼びかけ
危機をどう伝えるか、だいぶ踏み込んで話していただきました。もし補足があったらお願いします。
風水害の呼びかけで気を付けていることは「過去」「現在」「未来」と「3階建て」にして伝えることです。
例えば土砂崩れや氾濫に対しては、まず「過去」から伝えます。過去24時間の降水量や土壌雨量指数、流域雨量指数などを伝えて、これまでに降った雨で崩れそうになっている、溢れそうになっていることを説明します。また、降り始めからの雨量が「平年1カ月分の何倍に達しているか」というたとえを使い、これまでに降った大雨による危険度を伝えます。
次に「現在」を伝えます。例えば情報カメラのLIVE映像を映して、「こちらは、現在の◯◯市です。激しく雨が降っています」と実況します。また、雨雲レーダーを見せて「1時間に80ミリ以上の猛烈な雨が降っているようです」と説明します。これで、「過去」と「現在」の2階建てになります。つまり、先行雨量の多さに加え、現在も降り続いているという事実を重ねれば、事態の深刻さが伝わります。
さらに、この2階の上に「未来」という3階部分を乗せます。例えば、「この後、明日正午までの24時間で200ミリ、その先24時間でまた300ミリ降ると予想されています」という、今後の予報を加えるのです。
こうして、過去、現在、未来と、時間を追うごとに危険度が増すということを強調できれば、今すぐ逃げなければならない理由を理解してもらえます。
一方、能登半島地震以来、アナウンサーの命令口調の呼びかけを評価する風潮がありますが、私は違うと思います。命令口調の文章は、強い言葉に聞こえるかもしれませんが、事前に書いた想定原稿に過ぎないので、実際の危険度を表していません。それよりも、映像や数字を使って実際の危機感を伝えることが、本物の呼びかけだと思います。
矢島さんのお話は説得力があると感心して聞いていました。過去、現在と情報を整理して大きなメディアの方々がニュースを流してくれたら「ああ、こういう感じなのか」と視聴者も把握でき、この先どれだけまずいかが想像ができると思います。そこに降水量などの未来予測が加わるとさらに危機感を伝えられると思います。
研究者としては、未来予測情報を重視するイメージがあったのですが、やはりこれまで起きた、過去がどれだけまずい状況なのか、精緻かつわかりやすい形で示すことも同じくらい大切なことだなと感じました。
子どもの命を守る側としては、やはり未来予測はすごく大事で、風水害に関して言えば、短期集中豪雨が多少なりとも予測可能になったのはすごく有り難いことです。十数年前だと予測精度のレベルが低い上に、情報がこちらまで伝わってこなくて、対処できなかったと思います。
精度の問題は改善の余地があるにしても、「この先、まずいぞ」という情報が多少なりとも届くようになっているので、それに応じて生徒を帰すかどうかを判断する場面が今年も何度か起きています。下校時刻を過ぎても、しばらく生徒を止めるといった判断ができるのは、未来予測の精度向上と、情報発信いただいている皆さんのお蔭です。
気象情報を役立てていただいて大変うれしく思います。もう少しこうなってくれたら、というものは、何かありますか。
降雨の時間予測でしょうか。例えば画面上で豪雨が迫ってきていると、直撃する前に生徒を下校させようと思うのですが、もう1回データを見るとその表示が変わっているというようなことは起きがちです。難しいとは思いますが、分刻みでの通過予測の精度がさらに上がるといいなと思います。
あともう1つ、風が強いと小学生の場合、結構大変なことになるので、雨と同様に時間帯によって風がどれぐらい強く吹くのかがわかるといいですね。
高齢者に危機をどう伝えるか
岡田さん、行政の立場からはどうですか。
少子高齢化が進んでいる田舎の現状を話しますと、お年寄りが得ることができる情報の少なさが問題です。例えばスマホをお持ちでない方も多い。その中で防災行政無線で判断してもらいますが、実際、お年寄りが得るのはテレビの情報が多いです。しかもテレビで流れる九州の情報を今、土佐清水市で起こっていると勘違いされたりする。このように世代によって情報の格差が生まれる状況が発生しています。
高齢者にどう伝えていくのかという部分が鍵になってくると思います。
矢島さん、テレビは高齢者のことは意識されていると思うのですが。
確かに、災害に弱い皆さんに、真っ先に避難してもらうということは最重要なのですが、十分には放送できていない現状があります。大雨警戒レベル4の避難指示の1つ下に高齢者等避難(レベル3)があります。それが大事だとはわかっているのですが、最も切迫度の高い緊急安全確保(レベル5)のようには、大きく放送で扱えていません。その一方、データ放送では、お住まいの自治体に出されている避難情報を表示しているので、高齢者等避難が出ていることも確認できます。
レベル3だと、少なくともL字の画面とかにはならないわけですね。
はい。他局さんの対応はわかりませんが、L字は大規模な災害になった時に表示しています。地上波で高齢者等避難を的確に伝えていくことは、今後の防災報道の課題の1つです。
台風情報と大雨予測の課題
台風の情報について「大型で、非常に強い」という言葉が付くことがありますが、これは風の強さに基づく指標です。今年8月、台風10号が広範囲に記録的な大雨をもたらしました。あの時、台風10号に対して一時、風の指標によって「台風の特別警報」が出され、一気に危機感が高まりました。しかし、風が弱まって特別警報級の台風ではなくなった瞬間にちょっと油断が生じませんでしたか? また、暴風域が消えた時点で、さらに危機感が低下した印象があります。その後、台風10号は熱帯低気圧化しましたが、大雨のポテンシャルは保っていたので、広い範囲に記録的な大雨をもたらしました。
風に基づく指標も大事ですが、雨に関しても警戒感を高められるような伝え方がないものかと悩んでいます。
おっしゃったように台風の指標は全部風でできています。しかし、雨台風と言うように、風がそれほどでなくても、雨が激しく降るタイプもありますし、この間の2024年台風10号は台風中心から相当離れたところでも雨が激しく降りました。風だけの定義だとどうしても危険性は伝えられないので、このあたりは考える余地は確かにあります。
台風においても他の気象現象と同様に、雨がいつ、どこで激しく降るかは、かなり精度が高くないと予測できません。現在、天気予報は雨も予測できる時代になってきていて、台風による雨も比較的精度は良くなってきていると思いますが、これと言った指標はまだないです。ですので、これは意義のあるお考えだと思います。
まだはるか南に台風がいると思っていたら、激しく雨が降ることも結構あります。温暖化により、ちょっとしたきっかけで、離れていても台風が着火剤のようになり、どんどん雨が降ることが普通になっています。
南海トラフ地震臨時情報とは
さて、地震に話を戻します。この夏、初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が出され、土佐清水市はまさに真正面からそれを受けたことと思います。この臨時情報とは何なのかを簡単にお話しします。
南海トラフ地震の震源域はこれまで、静岡県から高知県までの地域を想定していましたが、3・11の後にもう少し範囲を広げて宮崎県沖までを考えるようになりました。歴史的には90年から150年の周期で起こり、すべてが連動する地震が起きると最大マグニチュード9・1というのが地震学が出している見積りです。この地域すべてが連動して同時に起きる場合と、東海・東南海だけが同時、その後に高知県沖の南海で起きる場合とがあります。
大体東側から地震が起きて、その後に西で起きるということがわかってきましたので、大きな地震が静岡、和歌山で起きれば、次に高知県のほうで起きる可能性が高い。その時、高知の消防の人が和歌山に助けに行っていたら大変なので、高知の人に大地震発生の確率が高いことを伝えるべきだろうということで、南海トラフ地震の臨時情報ができました。
しかし実際にはいつ地震が起きるのかはわかりません。歴史的には和歌山で起きてから3年後に発生したこともあったし、1日半後に来たこともありました。では、3年間ずっと地震を待つのかと言えばそれは難しい。どのくらい警戒して過ごしてもらうかを科学的に決めることはできないので、人は1週間ぐらいなら警戒し続けられるだろうということから、とりあえず1週間、警戒しましょう、という形になったのが臨時情報です。
日向灘から始まる南海トラフ地震のケースは知られていないのですが、一応近くで起きた時も警戒しましょうということで、警戒バージョンと注意バージョンにランクを分けて出すことが国として決まりました。今年8月8日が初めてその臨時情報が出されたケースでしたが、日向灘沖でしたので、警戒ではなくて注意となりました。
土佐清水市はじめ南海トラフ沿岸の自治体は皆、臨時情報が出た時にどうするかということは、予め決めていらっしゃいます。岡田さん、今回はどのような対応をされましたか。
今回の日向灘沖の地震に伴う臨時情報では3つの対応をしています。土佐清水市では震度1の地震だったので、通常の地震対応をまずやりました。その中で、南海トラフ臨時情報「調査中」と気象庁から発表されたので、その対応をし、その1時間後ぐらいに「巨大地震注意」が発表されたので、3つ目の対応を取りました。
「巨大地震注意」が出された時、実は市長が出張中でしたので、市長が帰ってから判断してもらうべきだという意見と、残っているメンバーで先に高齢者等を避難させるべきだ、という意見に議論が分かれました。近隣の市町村の状況を見ながら判断していくことになりましたが、高知県ではこの時点で高齢者等避難のために避難所を開設していたのは南国市と黒潮町だけでした。
市長が帰ってきて、喫緊に地震が起こる状況ではないという判断の下、夜の避難は危険なので、1日様子を見て避難所の開設を判断することになりました。「巨大地震注意」の住民への周知は、防災行政無線とエリアメールで夜のうちに行い、翌朝、避難所開設を決定しました。
そこでちょっと問題が起きたのは、マスコミ等が「普段通りの生活をしてください」という情報も流していたことです。その時、公民館は昼まで事業の予定が入っていました。それを止めて避難所を開設していただけませんかとお願いしたところ、皆集まっているから、昼まではその事業をやらせてくれということで、避難所の開設はお昼からになってしまいました。
結局、土佐清水市の避難所開設は他市町村の状況から判断して対応がしやすい1カ所に絞って開設しました。ただ、ここからの1週間が長くて、交代要員をどうするかという課題が出てきます。避難所だけではなく、危機管理部局の交代も要ることがわかりました。
避難者は土佐清水市は1週間で延べ80人でした。1日最大15人の10家族です。課題としては職員の入れ替えの問題と、部長が不在の場合に決定権を持つ人がいなかったので、副部長的な存在は必ず決めておくべきではないかという議論がなされています。
やはり南海トラフ地震注意情報の検証をしっかりして課題整理は行わなければならないと思います。問題の洗い出し、見直しにはよい機会となりました。高齢者等避難を発令して住民に安心を与えることができた一方、様々な問題も見えてきました。
あえて複数の避難所を開けずに1つに集約したわけですね。1カ所でも交代要員をお盆の時期に確保するのはすごく大変で、全部開けると、それだけ交代要員が必要になってくるわけですね。
複数の避難所を開けた自治体の方に聞いたところ、1カ所の避難所に2名張り付けてローテーションは担当避難所で決めてくださいとなっていたので、24時間詰める人もいたり、6時間交代の人もいて、臨時職員さんにも声をかけなければいけない状態も発生していたそうです。
臨時情報をどう伝えたか
この臨時情報について、矢島さんいかがですか。
私は8月8日の臨時情報の際、24時間ニュースを放送しているCS放送「日テレNEWS24」で、初動から5時間ほど担当しました。
臨時情報に関しては事前に、南海トラフの地域にある日本テレビの系列局とともに何度も訓練をしていました。また、NHKと民放の在京6局の防災担当のアナウンサーで局の垣根を越え、2カ月に一度くらい合同勉強会もしていました。今年4月に震度6弱を観測した豊後水道の地震を受けて、内閣府と気象庁の方に講師に来ていただき、臨時情報の流れを再確認する勉強会も事前に開いていました。
南海トラフの想定震源域で地震が起きると、2系統の情報が出ます。1つは通常の地震情報の流れと同様、ブロック震度、震源情報(津波の有無)、市町村震度といったリアルな情報です。
一方、南海トラフでは、臨時情報というもう1つの系統の情報が出ます。まずM6・8以上だったら「調査中」が出ます。その後の判定会でM7と評価されたら「巨大地震注意」が、M8だったら「巨大地震警戒」が出ます。
通常のリアルな情報と、臨時情報という2つの系統の情報のうち、より大事なのは、リアルな情報であるということを、事前に確認していました。なぜなら、必ずしも大きな後発地震が起きるとは限りません。それよりも、先発地震の揺れによって既に建物が傷み、実際に津波が到達しているかもしれません。そのため、南海トラフで大きな地震が起きた時は、リアルな情報の方を重く扱うべきだというわけです。
8月8日の初動でも、実際に津波注意報が出ていたので、まずは津波に対する呼びかけを徹底しました。それと同時に、特に宮崎県の皆さんに向けては、建物が傷んでいたり、斜面が崩れそうになっていたりする危険性を伝え、身の安全確保を呼びかけました。
また、今回出た臨時情報は「巨大地震警戒」ではなく「巨大地震注意」でした。1週間の事前避難が必要ないケースであったため、冷静な行動を呼びかけることも重視しました。
しかし、自分がカメラに向かって「注意してください」と言った言葉が、宮崎県の皆さんに対する「後発地震への注意」という意図に聞こえたのか、それとも太平洋沿岸の広い地域の皆さんに対する「臨時情報に注意」という呼びかけに聞こえたのか、そのあたりが曖昧になってしまいました。南海トラフの呼びかけの中には「2つの注意」が混在します。上手く切り分けられなかったことは反省点です。
よくわかりました。臨時情報に関しては、旅行や帰省を控えたことなども含め、かなり経済的な損失も大きかったという数字も出ていますね。
それ以上に自治体の人のやりくりですとか、避難所を開設しつつ平常通りの生活をどう両立させるのか、という現場の声を地震学の側もしっかり受け止めたいと思っています。
学校での防災の課題
さて、様々話してきましたが、この先風水害については頻発化し、激甚化していく方向になるかと思います。地震は南海トラフ地震についてはもちろん、その時が近づいていますが、首都直下地震が先にくるかもしれません。
それだけではなく、日本全国どこでもマグニチュード7程度の直下型タイプの地震は起こりうるわけで、課題や対策をお1人ずつ伺いたいと思います。
学校は生徒の命を守ることが第一ですので、そのための備えをしていく必要があります。生徒のいる場所別に整理してみると、大きく3つに分かれます。1つは学校管理下の時。次に、家庭に戻っている時。それから、もう1つが通学中ということになります。
学校管理下ということで言うと、今回、大木さんに監修いただいた避難訓練をよりリアルなものに近づけていくことが必要です。当然、生徒たちを大地震の後に勝手に帰すわけにいかないので留置きが必要になり、備蓄の体制もより一層充実させていく必要があります。
そして、保護者の方の迎えをどうするかが非常に大きな問題です。全校生徒は648人いるのですが、その生徒分の車を一度に収容することは到底不可能です。去年の6月初旬、豪雨の日があり、宿泊行事から帰ってきた3年生全員を対象に、開校以来、初めて車での迎えを許可しましたが、1学年分の車の出入りで目一杯でした。
次の家庭に戻っている時ですが、今年初めて地震発生を想定して、安否確認のメールを発信し、各家庭から返信していただく訓練をやってみました。すると、こちらが発信してから約3時間以内に76%の家庭から返信を受けました。ただ、未回答のままだった家庭もあります。これを毎年繰り返しながら、災害が起きた時にはこのように学校から連絡するので、皆さんに素早く反応していただくということが周知できればと思っています。
最後に通学時です。3・11の時、私は幼稚舎に勤務していましたが、低学年生はちょうど下校途中でした。地震が発生して幼稚舎に戻った生徒もいれば、家に帰った生徒もいますが、途中で一般の方に保護された生徒もいて、安否の確認が夜中までかかりました。これは先ほど大木さんがおっしゃったように、電車通学が多い、私立小学校の大きな問題です。通学中に生徒が災害に見舞われた場合、学校にも家庭にも簡単には戻れない可能性があります。学校は、この問題にどう対応していったらいいのか、考えていかなければいけないと思っています。
少子高齢化というリスクへの対応
では岡田さんお願いします。
まず、私どもの地域は少子高齢化が進んでいるので、自主防災組織が超高齢化していて、地域の自主防災力が弱ってきているという現状に直面しています。
その中で、どう対応していくかということですが、時間帯によって考えられるリスクとして、学校がある時間は保護者の方たちは仕事に行っていて、地域にはお年寄りしかいないことが多い。その時、地域をどうやって守っていくべきか。能登半島地震でも同じような課題があったと聞いていますが、高齢者ばかりの地域にどう連絡を取っていくかという課題があります。
その一方、うちの地域は中学校も1校で、しばらくすると小学校も1校になる可能性が高く、子どもたちが街中に集約してくる。その子どもたちが避難所となる小学校、中学校でどう力を発揮できるか。災害発生時の働き手として活動できるための知識や取り組みが必要ではないかと思います。
そのためには、やはり防災教育を充実させて、自分たちでできる力を、それぞれの生徒に身に付けてもらうのが私たちの役目だと思っています。またぜひ、大木さんに力を貸していただければと思います。
少子高齢化は土佐清水市だけではなくて、遅かれ早かれ日本のすべての地域が抱える問題となるので、参考になる先進的な取り組みを土佐清水から生み出したいですね。
皆で考え、実践する防災へ
今後に向けてという視点で2点お話しします。まず1点目ですが、私はアナウンサーとして、いつもマイクの前で伝えていますが、同じように自治体にも学校にも放送室があり、住民に向けた防災無線や、学校放送をする立場の方が必ずいらっしゃいます。その方たちがどういう呼びかけをしているか、とても関心があります。例えば学校の近くで大雨が降った時に、どんな言葉を使って呼びかけているのか。共通の悩みもあるかもしれませんね。
2点目ですが、テレビ局も自治体も学校も防災訓練をします。ただ、その訓練は内輪で完結してしまっていると思います。しかし、地震も津波も水害も、大きな災害が起きた時の被災状況は、どの業種どの立場でも同じはずです。そこで、業種を超えた合同訓練をしてみるというのはいかがでしょうか?
まず、地震発生時刻や被害想定などの統一シナリオを作ります。そして、いざ地震が発生したという設定の中で、テレビ局はどんな報道を始めるのか、土佐清水市はどう対応するのか、また学校現場ではどんな判断を下すのかなどを、一緒に検証するのです。異業種が同じシナリオで合同訓練をすれば、リアルなものになりますし、質を高めることもできます。私も、災害時のテレビ報道が被災地でどのように見られているのかを、訓練の場で検証してみたいと思います。ぜひ合同訓練をしませんか? もちろん、プロデューサーは大木さんでお願いします(笑)。
いいですね。いつも小学校と中学校が別の日に訓練をやっている。地震は同じ日に起きるのに、なぜ別の日なのかと思っていました。お兄ちゃんと弟のどちらを先に迎えに行くかなどを考えなければいけないはずです。
この前、医療従事者の訓練を見学させていただいたのですが、それは丸2日間、リアルに時間を合わせて、首都圏にある医療従事者が同じシナリオで同時にやっていました。神奈川県庁に岩手県と群馬県と静岡県のDMATの人たちが詰めていて、「透析の患者をそちらに受け入れできますか」というようなやりとりをしていました。このようなことを業種を超えてできるといいですね。
宮本さんはいかがでしょうか。
今日は勉強させていただくことばかりで、これからできそうなことがたくさん考えられました。
印象深かったのは、たぶん皆さんが必要とされている気象情報は、われわれが思うものと少し違うのかなということです。やはり共通情報の他に、それぞれに最適な情報、仕事場で必要とする情報があるはずです。そのデータは気象庁がある程度作ってくれているので、その間の部分を担える人がいたら、もう少しスムーズにいろいろなことが進められるのではないかなと思いました。今後、何か貢献できればと思っています。
地震学もそうですが、やはり他大学のように理学部の中にある気象学・地震学ではなくて、社会に目を向ける学問としての気象学・地震学であることはとてもSFCらしいですよね。福澤先生が志された実学(サイヤンス)とはそういうことなのかなとも思います。
本日は皆様、大変有意義なお話を有り難うございました。
(2024年10月23日、オンラインにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。