慶應義塾

【特集:デジタルアーカイブの展望】座談会:コミュニケーションを豊かにするアーカイブとは

登場者プロフィール

  • 前沢 克俊(まえざわ かつとし)

    大日本印刷マーケティング本部文化事業ユニットアーカイブ事業開発部

    1982年東京農工大学工学部数理情報工学科卒業。同年大日本印刷株式会社入社CTS事業部配属。2017年~21年東京大学大学院情報学環客員研究員を兼務。現在デジタルアーカイブの新規事業開発に従事。

    前沢 克俊(まえざわ かつとし)

    大日本印刷マーケティング本部文化事業ユニットアーカイブ事業開発部

    1982年東京農工大学工学部数理情報工学科卒業。同年大日本印刷株式会社入社CTS事業部配属。2017年~21年東京大学大学院情報学環客員研究員を兼務。現在デジタルアーカイブの新規事業開発に従事。

  • 渡邉 英徳(わたなべ ひでのり)

    東京大学大学院情報学環教授、同メディア・コンテンツ総合研究機構機構長

    1997年東京理科大学理工学部建築学科卒業。2013年筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2018年より現職。専門は情報デザインとデジタルアーカイブ研究。

    渡邉 英徳(わたなべ ひでのり)

    東京大学大学院情報学環教授、同メディア・コンテンツ総合研究機構機構長

    1997年東京理科大学理工学部建築学科卒業。2013年筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2018年より現職。専門は情報デザインとデジタルアーカイブ研究。

  • 安藤 広道(あんどう ひろみち)

    文学部 民族学考古学専攻教授

    塾員(1987文、89文修)。2004年より現職。専門は日本考古学、博物館学。慶應義塾大学日吉キャンパス一帯の戦争遺跡の研究、『鹿屋・戦争アーカイブマップ』の構築等を行う。

    安藤 広道(あんどう ひろみち)

    文学部 民族学考古学専攻教授

    塾員(1987文、89文修)。2004年より現職。専門は日本考古学、博物館学。慶應義塾大学日吉キャンパス一帯の戦争遺跡の研究、『鹿屋・戦争アーカイブマップ』の構築等を行う。

  • 本間 友(ほんま ゆう)

    ミュージアム ミュージアム・コモンズ(KeMCo)専任講師

    塾員(2004文、06文修)。専門はドキュメンテーション、美術史、博物館学。慶應義塾大学アート・センターにて展覧会企画、デジタルアーカイブ構築等を行い、19年より現職。現在、Keio Object Hubを運営。

    本間 友(ほんま ゆう)

    ミュージアム ミュージアム・コモンズ(KeMCo)専任講師

    塾員(2004文、06文修)。専門はドキュメンテーション、美術史、博物館学。慶應義塾大学アート・センターにて展覧会企画、デジタルアーカイブ構築等を行い、19年より現職。現在、Keio Object Hubを運営。

  • 安形 麻理(司会)(あがた まり)

    文学部 図書館・情報学専攻教授

    塾員(1999文、2001文修、05文博)。2003年ロンドン大学大学院修士課程修了(書物史)。2019年より現職。専門は書誌学、デジタル・ヒューマニティーズ等。学生時代よりHUMIプロジェクトにかかわる。

    安形 麻理(司会)(あがた まり)

    文学部 図書館・情報学専攻教授

    塾員(1999文、2001文修、05文博)。2003年ロンドン大学大学院修士課程修了(書物史)。2019年より現職。専門は書誌学、デジタル・ヒューマニティーズ等。学生時代よりHUMIプロジェクトにかかわる。

2024/11/05

デジタルアーカイブとのかかわり

安形

現在、「デジタルアーカイブ」が様々な学術機関や行政、企業でもつくられ、多くの方に利用されています。様々な知の成果を社会に向けて公開していく方法として確立してきたとは思いますが、非常に多様であるゆえに、デジタルアーカイブとはどういうものなのか、わかりにくい面もあるかもしれません。

本日は、デジタルアーカイブにかかわっておられる方にお集まりいただき、現状とその未来についてお話しいただければと思っています。

まず、皆さまそれぞれ様々な機関、立場でデジタルアーカイブにかかわられていると思いますので、その経緯をお話しいただければと思います。

私から言いますと、学部生の時に、慶應に貴重書をデジタル化する「HUMIプロジェクト」が立ち上がりました。慶應がグーテンベルク聖書を購入した1996年に立ち上がったプロジェクトで、そこに98年にアルバイトとして参加しました。当初はフィルムをスキャンし、ブロードバンドも普及していなかった頃でしたから、それをいかに軽い容量で一般向けにオンラインで公開するか、というウェブサイトの構築などを手伝いました。

グーテンベルク聖書は、貴重書として仕舞い込んでおくのではなく、様々な研究の基盤として生かすということで、撮影技法も模索中でした。本を傷めずに、研究用途にも使えるような画像を撮るにはどうしたらいいか、などを学びました。

その後大学院に行き、せっかくならデジタル化された画像を使って研究しようと思いました。慶應には「デジタル書物学」という授業があり、私も『デジタル書物学事始め』という本を書いたのですが、最近は「デジタル・ヒューマニティーズ」と言うほうがわかりやすいかもしれません。

このように現場での裏方の作業から、公開し、それを使って研究するという段階を一通り経験してきました。

本間

私も、きっかけは大学院時代にさかのぼります。当時、イタリア・ルネサンスの美術が専門で、ペーザロという街にある祭壇画の研究に取り組んでいたのですが、少し行き詰まってしまったんです。

日本で学生として研究していると、イタリアに行き、作品を見ることもなかなかできないわけですが、現地イタリアには作品があるだけではなく、充実した美術史の研究所もあって、重要な研究書や膨大な作品写真を利用することができます。そういう環境にいるヨーロッパの研究者と日本にいる自分が競い合うのは、厳しいなと感じてしまったのです。

一方で、いろいろなリソースに遠隔でアクセスできるようになれば、同じ土俵に立つことができるかもしれないとも思いました。そして、自分がイタリア美術研究に対して持つ悩みや思いを、日本美術を海外から研究する人も持っているのではと考えたんです。そこで、そのような人たちの役に立つことをしようという気を急に起こしまして、デジタルアーカイブに関する仕事をアート・センターで始めました。

このような経緯があるので、デジタルアーカイブの仕事をする時には、リソースを自分たちで抱え込まずにいろいろな人に使ってもらい、皆が幸せに、楽しく研究や活動ができるようにしたいという気持ちが根底にあります。

今はミュージアム・コモンズ(KeMCo)で、Keio Object Hubという、義塾の文化財や学術資料をワンストップで検索・利用できるデジタルアーカイブの構築を行っています。アーカイブ資料がどのように様々な人の役に立ち、どのような人に使われているのか、もう少し可視化したいとも思っています。

地元の人々とつくるアーカイブ

渡邉

私は主に地域の方々と連携しながら、デジタルアーカイブと呼ばれる、資料をまとめたコンテンツをつくる仕事をずっとしてきています。

最初に手掛けたのは2011年なのでもう14年経つのですが、広島原爆の実相を世界につたえる「ヒロシマ・アーカイブ」というものです。たくさんの被爆者の方の顔写真が、広島の地図の上に載っています。

ここがかつてはどういう場所だったのかは、地図を切り替えると見ることができます。例えば戦前・戦中に女学校があった場所には今も同じ名前の広島女学院高校があることがわかる。オープンデータになっている戦争当時と現在の地図を重ね合わせると、時間を超えてどんな文脈でつながっているのかがわかるわけです。

集められている資料は、地元の方々、例えば広島女学院高校の生徒たちが、自らの町が受けた被災の様子を記録したいという思いから、被爆者の方に聞き取りをして集めた証言で成り立っています。このように地域の人々とのつながりから生まれてきたコンテンツをマップにまとめる形で14年間ずっと維持されてきました。

同じような取り組みはだんだんバージョンが上がってきています。現在、ウクライナの地元のクリエーターの方々と取り組んでいる「ウクライナ衛星画像マップ」というものがあります。ウクライナ戦争で被害を受けた建物のデータの3Dデータをもとにしています。このプロジェクトも広島と同じようなコンセプトに基づいていますが、扱うデータが2Dの写真や証言から3Dデータになっています。

もう1つ、こちらのほうが知っている方が多いのですが、モノクロ写真をカラー化するというプロジェクト「記憶の解凍」というものも、7、8年やっています。その成果である、庭田杏珠さんと出した『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』という本はかなり読まれています。

最新の試みとして、能登半島地震のあたりから、データの収録がリアルタイム化しています(「能登半島地震フォトグラメトリ・マップ」)。今年の1月3日に公開したマップでは、被災地の状況を3Dデータにした広域の被害の様子がわかりやすく表現されています。国土地理院からデータが出てきて、それを3D化してこのマップにするまでに6時間ほどしかかかっていません。

広島は80年前の資料を収録するデジタルアーカイブだったのが、ウクライナになると数日遅れになり、最近は数時間遅れで立体のデジタルマップをつくって公開できるようになっている。半ばリアルタイムマップになってきているのが現状です。

前沢

私は入社は1982年で、ずっと大日本印刷に勤めてきました。当社には2015年に、アーカイブビジネスプロジェクトというものができました。月尾嘉男先生がデジタルアーカイブという言葉を1996年頃に提唱されてから10年ほど後になりますが、会社の中でもデジタルアーカイブのビジネス体制を再構築いたしました。

その後、2017年から5年間、東京大学の情報学環の客員研究員として主にデジタルアーカイブ学会と、デジタルアーカイブ推進コンソーシアムの2つを立ち上げて社会基盤づくりにかかわりました。

2021年からは長崎県からお声が掛かり、世界遺産に登録された「潜伏キリシタン関連遺産」の情報戦略懇話会委員として、デジタル化〜データベース構築・公開〜利活用〜事業評価・検証に関する施策づくりをお手伝いしました。

いわゆる、デジタルアーカイブの構築と活用に関して印刷会社として携わってきました。デジタルアーカイブという言葉がない、1982年の入社当時から、テキストや画像をデジタル化し、それをデータベース化し、閲覧用の検索ビューアを開発してきました。今から考えるとデジタルアーカイブの要素に最初から携わっていたという感はあります。

安藤

私は考古学と博物館学が専門ということになっているのですが、元来ひねくれ者なので(笑)、あまり学問の枠組みにとらわれないことをモットーにしています。

通常、考古学や博物館におけるデジタルアーカイブというと、資料やその調査・研究成果を効率よく、あるいは利用しやすく公開していくことに問題意識があると思いますが、私は全然違う方向でアプローチしています。

私が注目したいと思っているのは、既存の学問の枠組みや博物館の分類に則って、つまり既存の秩序に基づいて巨大なアーカイブをつくっていくことで生じる拘束性です。そのように効率よく利用しやすい巨大なアーカイブをつくっていくことで見逃されてしまうこと、見えなくなってしまうこと、そうしたところに目を向けているということです。

既存の秩序の枠組みを拡張することでつくり上げられていくアーカイブによって、様々な情報を効率よく入手できるようになれば、われわれの世界の理解はどんどん進んでいくと思います。でもその一方で、見えなくなる世界も同時に広がっているのではないか。こうした問題意識から、むしろ効率が悪く、雑音とか寄り道とか、無関係な情報に溢れたデジタルアーカイブをつくっています。

通常のアーカイブのように、世界を構成する様々な情報をある視点から切り取り、それを分類し体系化し、きれいに目的的な検索ができるようにするのではなく、1つのモノや場所からやたらといろいろな情報、時には無関係とも思える情報にまで広がっていく。そうしたアーカイブがあってもいいのではないか。そんなことを考えながらアーカイブをつくっています。

欠かせない地元の方々の協力

安形

皆さん、異なる分野・領域で様々な立場でいらっしゃるので、いろいろな見方があると思います。

デジタルアーカイブという言葉が言われ始めてから30年ほどが経つわけですが、昨今特に注目を集めているように、昨年4月の改正博物館法では、デジタルアーカイブの作成と公開が博物館の行う事業の1つとして明確に位置付けられています。

「デジタルアーカイブをつくる」といった時、地域の人々と連携してつくるもの、専門家の業績を使ってつくるものなど様々で、それぞれの良さ、あるいは難しさもいろいろあるかと思います。それぞれのお立場から、あるいは他の分野のものを見て、どういうあり方が今後の発展性、持続可能性があるとお感じでしょうか。

渡邉さんは特に地域の人と共同しながらフォトマップをつくることを早くからなさって成果を出されています。本当に素晴らしい取り組みだと思いますが、実際にはいろいろな難しい面もあるだろうと思います。いかがでしょうか。

渡邉

ウクライナのケースは今までとは少し違い、コロナ禍でリモートワークが当たり前の時代に起きた戦争で、オンラインでつながることができたから実現できたものです。

一方、広島や長崎、東日本大震災の時は、現地に協力者がいないと、いくら東京から一緒にやりましょうと言っても動いてくれない。「ヒロシマ・アーカイブ」では、地元の高校の先生方が協力的で、生徒たちの部活の一環として、被爆者の証言収録の活動をやっていきましょうと言ってくださったので動き始めました。

東日本大震災の「忘れない:震災犠牲者の行動記録マップ」の時は、地元の新聞社である岩手日報さんがデータ収集や地元の方へのインタビューを担当され、僕らはマップを最終的にまとめあげるという役割で、上手く組み合わせることができました。

「地元の方々と一緒につくる」というと確かにきれいなストーリーに聞こえるのですが、地元の方々にとっては「あんたたち、誰や」という話でもあります。ですので、地元の人たちと信頼関係をつくれるメンバーや企業などが、そこにいて初めて成り立つものであるという気がします。

能登半島地震の3Dマップは県庁に話をしに行ったのですが、県庁が主体になることは難しいけれど、住民の方々と渡邉先生たちで協力関係をつくってやっていくことは応援します、みたいな感じでした。その後は積極的になり、県庁の職員さんご自身が作成した3Dデータが送られてきたりしています。

安形

例えば地元の方々に説明したり、データの提供を呼びかける時に、自治体が何かをしてくれることもあるのでしょうか。

渡邉

来年1月に石川県立図書館で展示会をやるのですが、それは県の後援という形になりそうです。あくまでも主催は東大という建て付けです。おそらく県が旗を振ると、トップダウンになってしまう。地元の方々がデータをフォトマップで集めていったもの、というコンセプトなので、そのあたりは県のほうがわかっていて、あまり前に出てこないという気がします。

もう1つ言い足すと、おそらくこのデジタルマップにデータが載って表現されるというイメージが、地元の人たちが駆動する原動力になっていると思います。広島の高校生たちにしても石川県の方々にしても、こんなふうに3Dマップに掲載されてあなたのデータが世界に発信されます、と言うと、「ならばやりたい」と思ってくださるんです。このビジュアルイメージと地元の協力者が上手く嚙み合うと走り始める、という感覚は持っています。

社会参加のためのプラットフォーム

本間

地域に根差したものに限らず、「関係性をつくる」ことは、すごく大事だと思っています。Keio Object Hubもいろいろな方からデータをご提供いただいていますが、無機質に、ただ「データを出してください。検索できるようにします」というのでは、やはり上手くいかない。

デジタルアーカイブに入れていただくデータの背後には、そのデータをつくるための労力やデータの基になっている文化財や学術資料を継承していく大変な努力があります。だから、ラポール形成というか、対話を重ねて「(データを)出してよかった」と思ってもらうことがすごく大事だと思っています。

ヒロシマ・アーカイブや能登の試みは、すごくよいモデルですよね。

渡邉

ラポールを形成するようなことは、聞く側のスキルによるところが多いと思うんですが、われわれは出来上がったフォーマットにかなりその部分を委ねているところがあります。「こういう形で世に出ますよ」と言うと、大体の方がワクワクしてくださる。

僕はあまり人が得意ではないので、このフォーマットに任せている感じです。信頼関係をつくってくれるフォーマットができたということですね。

安形

データを提供することで他の人の役に立っているという実感があって、嬉しがってくれるのかもしれませんね。

医療系のサイトで、患者自身が自分の病状などを公開できるPatientsLikeMeというある種の集合知的なサイトがあるのですが、そういうものとも似ているのかなと思います。

最初は、自分の病状みたいなプライベートなものは皆出したがらないんじゃないかと言われていましたが、蓋を開けてみたらそうではなく、人に役立てるという充実感が得られるということが、1つの特徴のようです。

渡邉

戦争体験者の方は広島のマップを見ると、「私はここなのよ」と地図上に指をさされる。「何々さんがここにおるわ」みたいな感じで、仲間を見つけていく感覚があるようですね。

本間

そう考えると、デジタルアーカイブに対して貢献することが、社会参加の1つの形になりうるように思えます。デジタルアーカイブというアクセス・ポイントがあることで、いろいろな社会への貢献の仕方が生み出されるかもしれない。現代において、どのように社会にかかわっていくか、そのオルタナティブを提供できるプラットフォームなのかもしれません。

参加意識を醸成するために

渡邉

先ほど安藤さんがおっしゃった枠組みを飛び越えて、様々な文脈が引っ張り出されてくるということに近いかもしれないですね。

安藤

渡邉さんのヒロシマ・アーカイブなどを拝見し、いつも本当に感銘を受けています。

僕は鹿児島県鹿屋市という地域にかかわっていて、地域の方々から戦争に関する情報を提供していただき、それを地図上に貼り込んでいく作業をしています(「鹿屋・戦争アーカイブマップ」)。

僕自身はスキルを持っていないので既存のプラットフォーム、Strolyなどを使って、自分でつくった地図上に地域からご提供いただいた情報をやみくもに特に脈絡なく貼り込んでいっています。

先ほど、参加あるいは貢献という言葉がありましたが、その意識は非常に大事だと思います。僕がつくっているものはそれほど大きな注目を集めてはいませんが、それでも新聞などで取り上げてもらうこともあります。そのように取り上げられると、地域の方々は何かちょっと嬉しくなるということがあると思うんですね。

そこで、学術的な成果でなければいけないとか、正確な情報でなければならないとか、ハードルを上げてしまうと、なかなか参加意識が生まれない。もっとフラットに、どんな情報でもいいからとにかくください、法的に問題がなければ載せます、みたいな形で呼びかけていくと、いろいろな情報が集まってきて、参加意識が高まっていくように思います。

それが、特に地域に根差してデジタルアーカイブをつくっていく際の1つのやり方なのかなという気がしますね。

安形

企業として展開されるお立場から、いかがですか。

前沢

関係性を保つとか社会参加という点からは、当社ですと博学連携(博物館と学校の連携)の部分かと思います。改正博物館法施行の結果、様々な博物館が、学校の指導要領に合わせて、様々な教育資料を用意するようになっています。

かつては検索システムを公開して、おしまいみたいな感じでしたが、今では1歩、2歩踏み込んでいることを実感しています。例えば、人間文化研究機構の大井将生先生がやっていらっしゃるスキラム(S×UKILAM)連携のワークショップにわれわれも参加しました。

正直、オープンデータといったものにどう企業が営利的に参入していくか、非常に難しい問題です。それにトライする中で、われわれはプラットフォームを提供するという立場で、「DNPみどころキューブ」というものを紹介しています。

東京学芸大学附属図書館の「東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ」が公開している絵双六の画像をキューブ状にプロットするものがあります。縦軸を年代、底面を絵双六の形態(飛び双六と廻り双六)、側面を分類としてその3次元の空間内に絵双六をプロットして授業の教材として使っていただくというものです。

先ほどワクワク感という言葉がありましたが、子どもたちはこのような見せ方をすると非常に盛り上がるんですね。それをさらに図書館の方と学校の先生方、そして企業が、皆さんが持ち寄ってつくりあげていくという事例になります。

安形

基盤のシステムは同じでも、それぞれが独自にどう「みどころキューブ」をつくっていくかで変わっていくわけですか。

前沢

自由につくれます。ウェブブラウザだけでつくることができるCMS機能を提供しているので、先生方や博物館、図書館の方に簡単につくっていただく環境を用意しています。

実空間に広がるコミュニケーション

安形

公開して終わりではなくて、どのように使われていくかというところですね。このようにデジタルアーカイブは今、かなり広まり定着してきていますが、それをつくり、維持するにもお金がかかる。そういう中、社会的な意義は非常に大きいと私も思っています。

特に教育や一般の方たちのシビックプライドみたいなものに結びつく部分もあるかと思うのですが、一番大事だと思うポイントはなんでしょうか。

渡邉

今年の8月に長崎で展覧会をやったのですが、それがテレビで取り上げられたんですね。特徴的だったのが小中高生がいっぱい来るんです。VRなどの最新技術が間口を広げているので、興味深そうに見ているわけです。戦争の記憶などは、やはり若い世代が未来の社会を担うわけですから、ぜひ見てほしいのですが、その世代は表現技術で引き付けることができる。

一方、驚いたのが、被爆者の方が車いすでたくさん来られるんです。老人ホームでご飯を食べていたら、この展覧会をテレビニュースでやっていたから来たみたいな感じの方が多い。

子どもたちにはデジタルテクノロジーが直球で届くのですが、被爆者の方や普段デジタルツールを使っていない方々は、テレビや新聞などのメディアを通して伝わることで初めてリーチできる。ウェブに置いてあるだけだとこういう人たちには届かないんです。なのでこういった展示会を開くことに手ごたえを感じています。

デジタルアーカイブというのはウェブで公開することがゴールではなく、実空間でコミュニケーションをつくるためのツールだと考えると、上手くいくことが多いと思います。

本間

今おっしゃったことは非常に大事だと思います。デジタルアーカイブがあるから他のものは要らない、ではなく、テレビもラジオも、雑誌も新聞も、ミュージアムもライブラリもあって、その中にデジタルのメディアがきちんとあることが重要ですよね。

今、デジタルアーカイブがどうしても必要だと思うのは、現代において、ミュージアムの作品や活動に様々な人々が接続し、出会い直すためのチャネルをデジタルアーカイブが開いてくれるからです。

ミュージアムの作品に出会うチャネルはもちろん他にもあるけれど、今デジタル情報を無視することは絶対にできない。日常のわれわれの体験のかなりの部分を占めるデジタルの世界に、私たちが引き継いできたものをきちんと放流して、作品や資料との出会いのチャンスを保持していかなくてはならないと思います。

対話を促すアーカイブをつくる

安藤

そこが大事ですね。デジタルアーカイブというと、蓄積された情報に基づいて、何らかの研究や問題解決を行う。その利便性のためにやっているところがないわけではないと思うのですが、デジタルアーカイブを便利に効率よくすることで研究や問題解決の道筋が完結してしまうのは良くないと思っています。

先ほど秩序と言いましたが、デジタルアーカイブは、やはりある目的があってつくられる。集められる情報も目的的で、その分類も目的的であり、その構成もディレクトリも皆、目的的なんですね。その目的には活用も当然入っているわけですが、その活用の仕方が画一的になってしまうと、そこから外れていかないんですね。

それを外す、秩序の外側にあるものに気付くようにするにはどうしたらいいのかというと、目的外の余計な情報を入れるとか、あるいは現地や現物に触れてみたくなるように誘うとか、人と人との対話へと導いていくとかいったことが考えられると思います。

これは僕の理想で実現できているわけではないのですが、デジタルアーカイブを使うことで、その場所やモノへの関心が喚起され、現地や現物にアクセスしたくなってくるということを目指したいと思っています。現地や現物はいろいろな見方、考え方ができ、それらが交錯するところでもあるので、そこに対話が生み出されていくと思うのです。

その対話を通して何か1つの結論を導くというのではなく、戦争などは特にそうなのですが、いろいろな見方があって、相容れないものも存在する。でもそれは共存していかなければいけないものであって、分断ではなく対話をしていくことにこそ意味がある。

モノや場所を通して様々な見方や考え方に触れ、人と人との間に対話が生まれるような機会を少しずつでもつくっていくことにつなげられれば、それもデジタルアーカイブというものの1つの大きな役割になっていくのかなと考えています。

安形

デジタルアーカイブが対話を促す、というのは理想の姿だと思います。それをデジタルな場で実現しようとすると、どんな感じになるのでしょうか。

安藤

講演会とかワークショップ、あとは、遺跡の調査や見学会だったり、そうした場で対話は自然と生み出されてきます。デジタルアーカイブでまずそういう場に誘うということが大切ではないかと思います。

もう1つ、僕は、例えばSNSなどでいろいろな意見が交わされることも、対話への入口になるだろうと思っているんです。SNSはどうしても対立的、分断的になったり、1つの意見が接続の可能性がないような状態で垂れ流されてしまうことがありますが、何とか工夫をすれば、SNSを使った対話の拡充・拡大ということも、決して不可能ではないとは思います。

渡邉 とても共感する意見です。カラー化した写真はSNS上で結構触媒になっているのです。例えば、8月9日にアップロードした長崎原爆のキノコ雲のカラー化写真には、非常に多くのリプライがつくんですね。

私はこう感じたとか、私の祖母は被爆したとか。そのうちリプライした人同士で議論が始まって、現状の日本の核政策はどうだとか、核保有国についてどう思うかみたいな対話が始まったり、時にはカラー化をやめろという突っ込みが来る(笑)。

SNSは普段は文字のみでやり取りをしているからあまり対話が成立せず、言いっ放しになるのですが、触媒になるようなデジタルアーカイブ素材の1つを挟むと、急に皆さん対話モードになるということはありますね。

新しいコミュニケーションデザイン

本間

一方で、SNSを中心としたコミュニケーションの速度をスローダウンさせたいという気持ちもあります。SNSはデジタルアーカイブの持っている時間軸に対して速すぎるのではないかという身体感覚があるのです。

例えばデジタルアーカイブをきっかけにどこかに行って皆で話したとか、デジタル上では見えてこないコミュニケーションが、外部で起こっているんだということが、もっと可視化されるといいなと思っています。

渡邉

皆、SNSだけで会話をしてしまいますからね(笑)。

本間

そうなんです。ほかにも、通話をしたり、手紙を回したり、お茶を飲んでだべったりしているでしょう、と思うのに、そういうものはやはりデジタルアーカイブの周辺ではなかなか見えてこないのですね。

安形

SNS上で見たことをきっかけにして、実際にその場所に足を運んでみようという動きが自然にできていくと、いいのでしょうね。

安藤

例えばSNSでどんどん発信されていく短い文章を拾い上げてアーカイブに反映させていくことを、コーディネーター側がやるというのは、参加の意識をつくっていく1つの方向になると思います。

反応や違った意見を拾い上げてつなげていくことを、デジタルアーカイブをつくる側が何らかの形でやっていく。そうすると、SNSに出てくる言葉がある意味有機的に結びついていって、対話の場になっていくことはあるかもしれないなと思います。

渡邉

こういう感じでしょうか。これは2011年3月11日の震災発生時から24時間の全ツイートを集めて僕がつくったマップ(東日本大震災ツイートマッピング)です。1つ1つのツイートは大したことは書いていないんですが、全体としてみると、そのとき皆はどんなことを感じ、どんな行動をとったかが見えてくる。

今、安藤さんが言われたような試みはNHKさんがやっていて、毎年3月になると、このマップのうちの1人を特定して、インタビューをしているようです。垂れ流したままだと刹那的なコミュニケーションで流れ去ってしまうのですが、こうしてストックしておくと、遡ってそのときの気持ちについてゆっくり思い返すこともできます。

本間

ストック型コミュニケーションみたいな感じですね。新しいコミュニケーションデザインがデジタルアーカイブのコンテンツを起点に生まれてくると、とても面白そうな気がします。

安藤 あとはやはりフィードバックなんでしょうね。なかなか双方向のコミュニケーションはできないですね。フェイスブックやメールで何でも意見を言ってくださいと言っても本当にわずかしか来ない。情報提供ももっとたくさんほしいなと思いますが、なかなかほしいところには来ないで要らないところにはたくさん来ます(笑)。

展覧会のアーカイブ化

前沢

私たちは自治体のデジタルアーカイブなどを受託でいろいろつくります。その中で、博物館のデジタルアーカイブなどはそれをつくって公開しておしまいではなく、ワークショップを開いたり、学校の先生向けの説明会をしたり、デジタルとの両輪でリアルな施策をするようにしています。

さらには、企画展を開催する際、企画展そのものをアーカイブしましょうと提案するようにしています。今までのデジタルアーカイブのように1次資料の公開だけですと、一般の人には難しくてうまく伝わらなかったり、興味を持ってもらえなかったりすることが多いです。

そのために企画展を開催し、学芸員さんがわかりやすく説明するわけですが、それをアーカイブしましょう、と申し上げています。当社では展示会場の空間を簡単にまるごとパノラマVR化するシステムを提供しています。本間KeMCoも毎回展覧会はMatterportを使って3Dデータを保存しています。

展覧会のアーカイブ化はお客さまのためだけでなく、学芸員の教育のためにも重要だと思います。例えば、展覧会のナラティブのつくりかた、会場のデザインの仕方などは、今までは展覧会を数多く見に行くといったことでしか学べませんでした。だから、ミュージアムの立地の多寡で学習機会が大きく左右されてしまう。でも、いろいろな展覧会を例えばVRで見ることができて、そこに担当学芸員のメイキング・コメンタリーが付いていたりすると、とても良い教科書になり得るわけです。

安形

VRということで言うと、DNPさんはいろいろなさっていると思います。見せ方はどんどん変わっていきますね。

前沢

DNPコンテンツインタラクティブシステム「みどころシリーズ」では、リアルでは実現できない、デジタルならではの見せ方を実現しています。3Dデータ、スマートグラスやヘッドマウントディスプレイ、VR、XR、メタバース、AIなど新しい技術を活用したソリューションです。博物館や美術館、図書館だけでなく企業全般でご利用いただいています。その中でも、先ほどご紹介した「みどころキューブ」は特に反響が大きいと思っています。

貴重なコンテンツをどんな人にどういう見せ方をしていくか。DNPは「未来のあたりまえ」をつくるというのがコンセプトワードになっています。その一環で、デジタルアーカイブの見せ方をいろいろと提案しています。「みどころキューブ」の進化版として、キューブの中に自分が入って、より臨場感を味わっていただくとか、「みどころギャラリーXR型」といって、メタバース空間上で展示空間を表現し、そこにアバターで入っていくものなどがあります。

最新技術をつかった再表現

渡邉

DNPさんとたぶん似た感じの切り口なんですが、渡邉研の最新のプロジェクトで、昔の写真の中を自分のアバターで旅ができるというシステムがあるんです。疑似的に写真を立体として捉え、奥に向かって歩いていったりすることができてしまう。

ヒロシマ・アーカイブのマップが2010年ぐらいに普遍的になった技術なんです。Google Earthが無料になって、誰でも好きな場所に近付ける時代につくったのがヒロシマ・アーカイブです。そしてカラー化のAIが出てきたのが2016年です。

今回のものは10分間で自分のアバターをつくることができるというソリューションが一昨年ぐらいに出てきたので、その技術を取り込んでいます。つまりその時代、時代で、世の中で当たり前になる表現技術と過去の資料を組み合わせると、デジタルアーカイブされているもともとの資料は同じなのに、人々の心に届く見せ方で再表現することができるんです。

アバターで仮想空間に入るというのが当たり前になりつつある時代は、そういうもので再表現しないと、古めかしいものになってしまうということだと思います。

安形

そうすると、技術が日進月歩で変わっていく中、どういうものを選んでいくかということは、すごく重要になってきますね。

渡邉

渡邉研の場合、もう院生主導にしています。僕はしょせんシニアなので目が古いんですよ(笑)。院生さんのほうが若いし感性も新しいですから、そういう人たちをいわば放し飼いにしておくと、驚くようなものを出してきてくれますね。

先ほどのアバターも、知らないうちにつくっていたんです。「これは歩けますよ」みたいな感じで。

安藤

アーカイブと言うと、まず情報を整理して蓄積するという意味が1つあると思うのですが、それらをどう表現するかということは、切り離して考える必要があるとは思うんですね。

僕自身で言えば、情報は、いろいろな人との関係の中で集まってきます。そして、それらをどのように提示すれば、多くの人たちの間でコミュニケーションが成立するのかを考えながら進めています。

それと私は、集まっているデータ自体はプロジェクトが終わったら全部自治体に提供します、あとは自由に使ってくださいという形でやっています。

僕は大したことはできませんが、表現の部分は、技術などの変化とともに変えていかざるを得ないわけです。そうしないと関心も引き付けられない。技術の1つの重要な側面として、新しさそのものが関心を呼び込む力を持っているというところがあると思います。「戦争」と言っても、関心はなかなか広がっていかない。だけどそこに新しい技術を絡めると、確かにいろいろな方が関心を持ってくれるんです。関心さえ持ってくれれば、こちらから、どんな話でもできる。

渡邉さんのプロジェクトを見ていくと、「おーっ」と引き付けられますよね。そこから広島という場所や広島の人々が体験したことに対する関心が少しでも広がるようになれば、これはデジタルアーカイブの大きな効果の1つと言っていいと思います。そのようなことをやってみたいなと、いつも憧れを持って見ています(笑)。

前沢

新しい技術で実現した例として、リダイレクテッド・ウォーキングという、東京大学葛岡・鳴海研究室の鳴海准教授と松本助教に監修いただいた技術を活用した「みどころウォーク」があります。

フランス国立図書館(BnF)のリシュリュー館に描かれている、45メートルの天井画を高精細3Dデジタル化しヘッドマウントディスプレイを使ってVR空間を歩行し、天井画を鑑賞するものです。仮想の螺旋階段を上り、高さ6メートルの鑑賞通路を歩いていくことを疑似体験できるのです。

本間

これやりました。結構怖かった。

安藤

落ちるんじゃないかと?

前沢

ポールを軸に1回半回転(540度)する歩行が仮想の螺旋階段を使った2メートルの上昇と左右90度の方向転換となるように感覚を置き換えているんですね。

本間

やっている人を横から見ていると、皆、おっかなびっくりで歩いています(笑)。

今デジタルアーカイブと大きく言っていますが、非常に様々なレイヤーがあって、どんどん時代に合わせて変えていく部分と、あまり変わらない部分がある。少なくともつくる人やメンテナンスをする人はある程度そのレイヤーの存在とそれぞれの持つ異なるサイクルに自覚的にならないと、上手くいかないところがありますね。

これまでのデジタルアーカイブは、表現レイヤーとデータストレージレイヤーが切り離せないつくりになっていて、表現が古びるとデータまで魅力がなくなってしまうようなところが課題としてありました。そこをどのように上手く、ストレージを再利用しながら新しい表現とつないでいけるように設計するか、というところでしょうか。

デジタルアーカイブ体験を広げる

安形

デジタルアーカイブの課題で、言われ続けているのが、いかに人材を育成するかというところです。表現自体もそれを蓄積するところも、予算獲得などのマネジメントも全部1人の人がやるのは、なかなか難しいと思うんですね。デジタルアーキビストという資格もありますが、そのあたりは日々かかわられていて、いかが思われていますでしょうか。

渡邉

ヒロシマ・アーカイブなどは僕がプログラミングしてつくっていますが、渡邉研の卒業生で、ノーコードでデジタルマップをつくれるシステムを開発したチームがいるんです。それを使って東大の1、2年生の子たちに課題を出すと、なかなかすごい作品をつくってきます。これまでの核兵器開発の歴史の3Dアーカイブをつくったのは理3の学生で、放射線医療に興味があって、核兵器の歴史に詳しかったからこういうのをつくりましたというんですね。

東大で言うと教養学部は様々な専門に分かれる前なので、そこで学ぶ学生に一通りデジタルアーカイブ体験をしてもらっておけば、将来そういう素養を持った人がいろいろなポジションに就いてくれるわけですよね。デジタルアーカイブの意義やデータを活用して人々にメッセージを伝えることの喜びを知っている人を、社会のいろいろな場所に散らばらせていくことが、たぶん大事なことです。

これは建築では普通にできている。なぜなら、われわれは生まれてからずっと建築を経験しているからですよね。ファッションも皆一家言を持っている。デジタルアーカイブに一家言を持っている人を分野問わず育てていくようにしないといけないと思います。

安藤

そういう意味では「デジタルアーカイブの民主化」という言葉が気になるところですね。僕は、今やっているものはあくまで個人による情報提示の表現だと思っています。こうしたアーカイブの表現のレイヤーみたいなところは誰でもつくれるものがいいのではないかと思っています。

僕がStrolyにこだわったのは、いろいろな人に紹介できるからなんです。こういうことができるから、是非やってみてくださいと紹介できて、そうすると「やってみました」みたいな話も出てくるんですね。そういう個人発信型みたいなアーカイブは、これからどう展開していくのか。僕自身はそこにすごく可能性を感じているのですがどうでしょうか。

渡邉

非専門家でもできるということですね。

安藤

もちろんプラットフォームみたいなものをつくらないといけないとは思うのですが、そういうものがあれば、どんどんいろいろな人が参入するだろうし、それぞれで集められた情報をどこかにまとめてアーカイブすることもできるかなと思っています。

個々人が集めた情報がプラットフォーム全体で蓄積されて、それを再利用できるような形といったらいいでしょうか。当然、著作権上の問題もあると思うのですが、そのあたりを解決していくと、個人が発信していくアーカイブであっても、それがまとまって大きなアーカイブになり、そこから何かしら新しい視点や考え方が生み出されてくることもあるのではないかと思いますね。

個人がアーカイブをつくって発信していくことが、大きなアーカイブの形成につながっていくとすれば、デジタルアーカイブの未来像のひとつになっていくような気がします。

前沢

今はSNSによって個人発信型になっていますからね。デジタルアーカイブ推進コンソーシアム会長の青柳正規先生がおっしゃっていたのですが、クックパッドも立派なデジタルアーカイブだと。

ただ一方で、企業としてそういう流れをもっとドラスティックにどうつくっていけばいいかということはあります。やはり雇用が生まれないと。デジタルアーキビストを取ったから、どこそこに就職できますというのは、今はまだないと思うんです。

「顔立ちがある」デジタルアーカイブ

本間

デジタルアーカイブもどんどん進化していますが、ちょっとのっぺらぼうで顔立ちがない気がしています。誰が何の目的でつくり、どういう人たちがかかわっているのかが見えない。だから抽象的な言い方ですけど、もう少しデジタルアーカイブに顔立ちを付けていきたい。

レシピ集のように、それぞれのアーカイブが、つくっている人たちや目的、方法や内容などを共有する。そして、公的なものから草の根的なものまで、世の中にどのようなデジタルアーカイブがあるのかがわかると、自分もこれだったらかかわれる、参加できる、といろいろな人が自分のデジタルアーカイブを見つけることができそうです。

ファッションや音楽と違って、デジタルアーカイブがどうも盛り上がらないのは、「自分のもの感」がないからもあると思うのです。自分と強く紐づく接点をつくりづらいところがある。個性をドンと前に出していくアーカイブというのも、いろいろな人にかかわってもらえるきっかけになる気がします。

渡邉

僕は建築出身なのでなぞらえると、建売の住宅もあれば、建築家がつくった建築もあれば、ゼネコンが建てるビルもあるし、セルフビルドで自分の家を改造したりするものもある。

デジタルアーカイブでは、例えばDNPさんがゼネコンをやられていて、僕は建築家として一点物の仕事をしている。でもセルフビルドで部屋を改造したりする人が、今は少ないということですね。

だから「顔を持たせる」ということと、あとは日常化していくことがたぶん大事だと思います。デジタルアーカイブは僕らの人生と実はこんなに密にかかわっていて、生きることイコールアーカイブすることなんだ、みたいなイメージが浸透していくと、自然にそういう市場ができていくのではないかという気がします。

安藤

ゲームの世界でも、例えば「どうぶつの森」みたいに、自分が住んでいる世界をある程度個性を出してデザインするようなことには慣れてきていると思うんですね。

そのような感じで個々人の情報発信の場をつくっていくことは、道筋さえできれば技術的にもそれほど難しくない。あとは、そうした情報を発信するリスクを軽減していけば、結構顔が見えるものが出てくるのかなと思います。

日常に溶け込むアーカイブへ

前沢

「顔が見える」というのは大賛成ですね。書籍に奥付があるように、デジタルアーカイブにも「デジタル奥付」があるべきだと思います。真実性を確保するために、誰がいつ、どういう目的でつくったものかを、きちんと記録して公開しようみたいな発想ですが、今のお話でいくと、かかわった意義やプライドというか、アニメ作品で言うとスタッフロールみたいなものが必要ということですね。

安藤

実績の証明になりますね。

本間

「あれつくったんだ、かっこいい、うちに来ない」みたいにデジタルアーカイブでスカウトが来たり(笑)。

安形

小学校時代から夏休みの自由研究にデジタルアーカイブをつくりましたと、自然にやるようになっていくとよいですね。

本間

自由研究もいいですが、もう少しファッショナブルでもいいですね。デジタルアーカイブを使って何かをつくって、かっこいいと自慢する。

渡邉

おしゃれを競ったり。

本間

見せびらかしちゃう、みたいなところまでいけると、それこそ音楽やファッションに追いつくと思うんです。

渡邉

「しまうまプリント」って知っていますか。簡単に写真で本がつくれるんです。うちの奥さんは、1年ごとにグーグルフォトにたまっている息子と娘のアーカイブされている写真を本にして親戚に配ったりしている(笑)。

それもたぶんデジタルアーカイブの利活用なんですね。そういうレベルのところから、どんどん小学校とかで授業に取り入れてもらうのがいい。デジタルアーカイブには貴重な資料がたくさんあって、それを使うと面白いものがつくれるんだ、という感覚を味わっておいてもらいたいですね。

僕らがデジタルアーカイブと言っているだけで、たいていの人は概念自体は持っているのかもしれない。

安形

そうですね。

前沢

以前から私は「デジタルアーカイブ甲子園」という夢があるんです。年1回、小中学生が地元の歴史や今の様子をアーカイブしデジタルコンテンツに仕立て上げて発表するみたいな。

元々、小学校の低学年が地域学習の中で近隣のことを調べて発表する教育が行われていますが、その全国版として、地域のデジタルアーカイブをつくり発表する。そういうことが毎年できるといいんじゃないかなと。

渡邉

おらが町の自慢みたいな。

本間

全国合唱コンクールみたいな形式でもいいですね。

渡邉

デジタルアーカイブという呼び方をやめればいいのかも(笑)。

前沢

そうなんです。私も昔からもっといい名前はないかなと思っています。文化財みたいな感じなんですね。

本間

堅苦しいんですよね。

渡邉

せいぜい「ユーチューブ」ぐらいの長さにして。

安形

日常に溶け込む、おしゃれでかっこいいデジタルアーカイブ。どんな名前になるかわかりませんが、今のお話みたいな形で根付いていくと、先が楽しみですね。

私も普段、授業でデジタルアーカイブの話をすると、専門的な人材育成の話やアメリカとの比較をしがちなのですが、もっと日常に溶け込んだ自然な形で、あらゆる人に身近に感じてもらうことがすごく大事だというところを、今日は改めて発見させていただきました。

どうもありがとうございました。

(2024年9月17日、三田キャンパス内で収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。