慶應義塾

【特集:認知症と社会】座談会:「認知症とは何か」を社会とのかかわりから考える

登場者プロフィール

  • 樋口 直美(ひぐち なおみ)

    文筆家

    1962年生まれ。50歳の時にレビー小体型認知症と診断される。多様な脳機能障害、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などがあるなか執筆活動を続ける。著書に『誤作動する脳』『私の脳で起こったこと』等。

    樋口 直美(ひぐち なおみ)

    文筆家

    1962年生まれ。50歳の時にレビー小体型認知症と診断される。多様な脳機能障害、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などがあるなか執筆活動を続ける。著書に『誤作動する脳』『私の脳で起こったこと』等。

  • 加藤 忠相(かとう ただすけ)

    株式会社あおいけあ代表取締役

    1997年東北福祉大学社会福祉学部卒業。高齢者施設勤務を経て、2000年株式会社あおいけあを藤沢市に設立。〝誰もが居場所のある介護福祉〟を目指す。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科非常勤講師。

    加藤 忠相(かとう ただすけ)

    株式会社あおいけあ代表取締役

    1997年東北福祉大学社会福祉学部卒業。高齢者施設勤務を経て、2000年株式会社あおいけあを藤沢市に設立。〝誰もが居場所のある介護福祉〟を目指す。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科非常勤講師。

  • 大石 智(おおいし さとる)

    北里大学医学部精神科学講師、北里大学病院相模原市認知症医療センター長

    1999年北里大学医学部卒業。博士(医学)。駒木野病院精神科、北里大学医学部精神科学助教等を経て2019年より現職。日本認知症学会専門医・指導医。著書に『認知症のある人と向き合う』等。

    大石 智(おおいし さとる)

    北里大学医学部精神科学講師、北里大学病院相模原市認知症医療センター長

    1999年北里大学医学部卒業。博士(医学)。駒木野病院精神科、北里大学医学部精神科学助教等を経て2019年より現職。日本認知症学会専門医・指導医。著書に『認知症のある人と向き合う』等。

  • 石原 明子(いしはら あきこ)

    熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授

    2011年カリフォルニア大学バークレー校公衆衛生学大学院修了。14年イースタンメノナイト大学紛争変容大学院修了。08年より現職。専門は紛争解決学・平和構築学。紛争解決学の立場から認知症を見る。

    石原 明子(いしはら あきこ)

    熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授

    2011年カリフォルニア大学バークレー校公衆衛生学大学院修了。14年イースタンメノナイト大学紛争変容大学院修了。08年より現職。専門は紛争解決学・平和構築学。紛争解決学の立場から認知症を見る。

  • 堀田 聰子(司会)(ほった さとこ)

    健康マネジメント研究科 教授

    京都大学法学部卒業。博士(国際公共政策)。17年より現職。専門はケア人材政策、地域包括ケア。「認知症未来共創ハブ」代表を務め、筧裕介著『認知症世界の歩き方』を監修。共監訳に『コンパッション都市』。

    堀田 聰子(司会)(ほった さとこ)

    健康マネジメント研究科 教授

    京都大学法学部卒業。博士(国際公共政策)。17年より現職。専門はケア人材政策、地域包括ケア。「認知症未来共創ハブ」代表を務め、筧裕介著『認知症世界の歩き方』を監修。共監訳に『コンパッション都市』。

2022/11/07

認知症との様々なかかわり

堀田

今日は「認知症と社会」というテーマを与えられて、皆さんにお集まりいただきました。高齢化の進展に伴い、認知症は誰にとっても他人事ではなくなってきています。まず、ご自身と認知症についてお話しいただき、「そもそも認知症ってなんだろうか」ということを考えていければと思っています。

最初に、認知症当事者でいらっしゃる樋口さんからお願い致します。

樋口

私は50歳のときにレビー小体型認知症と診断されて、9年が過ぎました。幻覚など症状はたくさんあるのですが、何だかまだ大丈夫でいます。ただいろいろ忘れるので、今日は考えたことをメモにして持ってきました。

先日、地下鉄の駅のデザイナーの方たちと高次脳機能障害のある文筆家、鈴木大介さんと駅構内を歩いて、わかりにくい表示を指摘するということをしました。拙著『誤作動する脳』を読まれて、意見を聞きたいと連絡をくださったのがきっかけでした。

認知症でなくても超高齢社会では駅で迷子になる人が増えるし、みんな困っているようです。でも、高齢者に問題点を聞いても上手く言語化できないので、文筆家であり脳に障害のある私たちの指摘や説明がとても役に立つのだそうです。こんなふうに社会の側が当事者に意見を求める場面が、この10年で増えてきていると感じます。

当事者の声が聞かれることは、とても良いことですが、気になる面も。認知症当事者の「ピアサポート」(仲間のサポート)が全国に広がり注目されていますが、良い面ばかりではないようです。

堀田

なるほど「当事者」ということが気にかかっているということですね。後ほど詳しく伺いたいと思います。

次に「介護屋」として、加藤さん。

加藤

私は藤沢市で25歳の時に自分で介護の事業所を立ち上げてやっています。それまでは特別養護老人ホームで働いていたのですが、自分が我慢できないものを、人に、「福祉です、介護です」と言って提供しているのが気持ち悪くて2年半で辞めたのです。

ちょうど介護保険が始まるタイミングだったので、自分で事業所を始めました。すごく変わっているように言われますけど、自分では当たり前のことを当たり前に介護保険の仕事をしていると思っています。

認知症社会というのは、「慣れていくスピード感」みたいなものではないかとも思っています。100年後には日本の人口が約半分になって、その4割が高齢者で、その半分が認知症みたいな社会にものすごいスピードで進んでいくのに、今の状態がずっと続くと思っている人が多数というのがとても変だと思っています。

こういった時代が来ることに、すごく短期間で適応しなければいけないので、医師・看護師・介護職が侃々諤々で議論しなければいけないはずです。「皆さん間に合うんですか」と最近思っているところです。

堀田

では、医療の立場で、大石さん。

大石

北里大学医学部の教員で北里大学病院精神神経科で診療していますが、相模原市から委託を受けて認知症疾患医療センターの運営もしています。

認知症や高齢者の精神医療には、医者になって2年目に、当時の医局長から、「給料のいいバイト先があるから」と、埼玉県の認知症の専門病院に連れて行かれたのが最初の出会いです。その病院では身体拘束もあるし、毎週行きながら、何か罪悪感を持っていました。その後、大学に戻ったら、「物忘れ専門の外来をするので手伝いなさい」と言われ、それ以来、大学病院の専門外来や認知症疾患医療センターの仕事をしています。

診療に携わる中で、医学や医療ができることは、頑張って何とか正しい診断をすることぐらいで、診断後のことは、本当に力が足りないなと思い続けています。

認知症のある人にケアを届けていく時の目的や目標は何だろうと考えると、それは医学的な治療ではなく、認知症のある人が安心して街で暮らせることになっていくことなのだろうと思うのです。

でも、まちづくりは医者がすることではないし、いろいろ迷いながら仕事をする中で、社会を構成する人々の認識に影響を及ぼすものは、「言葉」なのかなと思うようになりました。そこで樋口さんからも教えていただいたりしながら、本にまとめていけたらいいなと思っています。

社会と認知症の接点を考えると、認知症の診断基準の中に「社会生活の中で支障が生じるか」ということがあるわけです。そうすると社会が変わり支障が生じなくなったら、それは認知症と診断されなくなる。そう考えると認知症と社会の接点というのはすごく深いと思っているところです。

堀田

石原さんは「紛争解決学」で認知症を読み解こうとされています。

石原

私はこの中では、認知症の専門性が一番低いというか、認知症を語る資格から一番遠い立場にいるようにも感じています。当事者ではないし、介護をしていたわけでもない。研究も開始したばかりという状況です。

私の専門は紛争解決学という、人と人のもめごとや葛藤をどのように解決していくかという学問です。そういう分野が専門の私が認知症に関心を持ったところが、たぶん認知症の面白さというか大事なところだと思うのです。

樋口さんがあるエッセイで「人災」という言葉を書いていらっしゃいましたが、まさにそれなんですね。もともと興味のきっかけは、介護現場の方や在宅医療の方から、認知症の人の「問題行動」に関する話を聞いた時に、これは紛争解決の問題だと思ったことです。そこに、すごく人間の生々しい当たり前の姿があると感じました。

そこで初めて「認知症とは何か」という、医学的な定義を見たときにびっくりしたのです。教科書には、認知症の症状には、中核症状と周辺症状があると書いてある。周辺症状は、徘徊、暴言、不穏、妄想など、現在ではBPSD(行動・心理症状)と言われることが多いですが、これらは全て、病気の「症状」というよりは「紛争現象」ではないかと思ったのです。

例えば、徘徊するという「症状」があるという。でも、何で歩きまわってはいけないのかと思ったのです。ある人が歩くことが問題視され徘徊と呼ばれるのは、そのように歩かれては困る人がいるからこそです。認知症の周辺症状と呼ばれてきたものの多くが、人と人との葛藤つまり紛争だと思った時、そこで起こっている紛争が解決できたら、認知症の一番の苦しみの部分がなくなるのではないかと思ったのです。

認知症というのは私たち紛争解決屋から見ると、非対称紛争、すなわちその紛争の関係者の力関係に差がある紛争です。例えば、認知症当事者の丹野智文さんの本にもありますが、家族に認知症の方がいて、家族が介護疲れでうつになったときに「では認知症の人を入院させましょう」となる。でも家族と認知症の人は平等なはずなのに、なぜ認知症の人のほうを入院させるのか。平等ではない。力関係が非対称な葛藤の典型的な事例と思います。

もう1つ、平和学の概念で、構造的暴力、文化的暴力という言葉があります。その暴力というのは殴る蹴るではなく、その人の潜在可能性が生かされていない状態を指します。社会の構造や人々の考え方(文化)のせいで、その社会の中の一部の人たちの潜在的可能性が生かされない状態に置かれている場合、それを構造的暴力、文化的暴力と呼びます。社会の構造や考え方によって、一部の人たちの権利やニーズが侵害されている状態とも言えます。

現代社会で認知症をめぐる状況も構造的暴力や文化的暴力の一例だと思います。認知症になったら「もう何もわからないよね」という扱いになって、もっといろいろなことができるのに潜在的可能性が生かされなくなってしまったり、一人の人間としての自由や決定権が安易に奪われたりしてしまう。その意味で認知症の問題も、紛争解決や平和学の課題だと考えています。

認知症って何?

堀田

石原さんが、認知症とは何かを考えるにあたって、重要な視座を提示くださいました。

樋口さんは最近のエッセイでは、「人災としての介護困難」に陥る前に認知症を捉え直してほしいと書かれ、本の中では、「認知症っていったい何なんだ~ !? 」と叫んでいらっしゃいます。今、認知症って樋口さんから見て改めて何なんでしょう。

樋口

難しいですよね。深く知れば知るほど、わからなくなります。ついこの前もレビー小体型認知症と診断された方と会ったのですが、思考力も記憶も問題がない。でも、幻視があり、いろいろな全身症状もある。彼女も診断された時は「認知症!?もう終わりだ」と絶望したそうです。ネットを見ると今でも余命8年とか、古びた情報が書いてありますし。でも、私の本を読んで希望を持ち、今は趣味のドライフラワーを人に教えたりして楽しんでいるそうです。

認知症って何かというのは、「東京都民とは何か」くらい多様で一人一人違います。なのに、要介護5や介護困難な人に限定したような絶望的なイメージが浸透している。だからいまだに「診断=絶望」になっています。でも、進行が遅い人、仕事や趣味を続けている人も結構いらっしゃるんです。

最近読んだものでは、認知症と診断され、医者から「3年経ったら何もわからなくなる」と言われたのに、3年経ってもほとんど進行しない。逆に私は大丈夫なのかと心配になると。その気持ちはよくわかるんです。私も診断された時、進行については絶望的なことを医師に言われたのに、そうではなかった。

認知症は、多くの人が考えているよりもはるかに幅が広く、さまざまな病態や進行速度があるものなのに、ものすごく狭く歪んだイメージが浸透していることが深刻な問題です。

堀田

ある訪問歯科医の言葉が忘れられないと樋口さんは書かれていますね。「認知症の人は、普通の人」という樋口さんの話を聞いて「そうか!」と思われたということですが、それまでは何だと思っていたのでしょう。

樋口

何もわからない人、説明しても、挨拶しても通じないから無駄と思っていたのでしょう。だから家族とだけ話して、いきなり治療を始めたので抵抗されていたわけです。でも、そういうことは多くて、時々SNSで、「認知症の人の歯の治療なんて無理」という歯科医の投稿を見ます。認知症っぽくなってきたらすぐ歯の治療をしろと。医師や専門職が誤解と偏見を広めている例を少なからず見ます。

堀田

樋口さん自身は、診断を受ける前は、やはり認知症になったら何もわからなくなるというイメージを持っていました?

樋口

大丈夫とは思っていなかったです。10年前は何を読んでも絶望的な情報ばっかりでしたから。

堀田

診断前の樋口さんに今声をかけられるとすると、何と声をかけますか。

樋口

「未来のことはわからない」でしょうか。友人の中には進行の早い人もいるので、大丈夫と気楽には言えません。でも友人は、要介護5になった今も旅行を楽しんでいます。

多数派になる認知症

堀田

加藤さんは、先ほど「慣れていくスピード感」とおっしゃいました。大石さんがお話しくださったように、認知症は社会との「間」に生まれる支障であり葛藤であると捉えると、人の認識や社会システムがアップデートされていったら、だんだん葛藤は生じにくくなるかもしれませんね。

加藤

認知症の症状って要するに、くしゃみ、鼻水、せき、のどの痛み、腹痛などと同じことですよね。でも認知症の症状は他人から見えない症状ばかりです。おなかが痛くて転げまわっていたら周りの人は「大丈夫?」と言ってくれるのに、見えないから困った挙句の行動にしか見えなくて、その行動が、人から見たらおかしげに見えるわけでしょう。

その困っている症状が他人に理解されにくいわけです。だからその症状を見て「あ、これで困っているんだな」と理解できればよいわけです。

デイサービスの施設で7時間自分が座っていろと言われたら絶対無理ですよね。なんで自分が無理だと思うのに、いろいろなことがわからなくて困っている人が7時間座っていられると思うのか。

障害と同様に考えてよいのかわかりませんが、僕らは健常者だと思い込んでいます。それは圧倒的多数派だから健常者と思っているわけで、皆が車いすで僕だけ歩いていたら、「おまえ歩くなよ、邪魔だろ」と言われるかもしれない。少数派だから障害と呼ばれるだけです。

だけど、認知症は多数派になるんですよ。もう85歳の41%の人が認知症だし、90歳の61%、95歳だと80%が認知症なんだから、90歳になったら認知症じゃないほうが少数派です。女性の平均年齢が87歳ですから、90まで生きる人はもうざらだし、100歳以上が今年は9万人以上、18年後には30万人になると言われている。もう認知症になる人たちが圧倒的に増えていくのだから、マイノリティとマジョリティの関係が逆転する社会が押し寄せる。

その中で、今は過渡期だと思っていますが、その過渡期が短すぎるのが問題で、これがすごくゆるやかな人口変動の中で変わっていくのであれば、そんなに僕も大騒ぎしていない。でもこれは介護とか福祉、医療でどうにもならない社会の問題なんです。

だから、「年を取ったら認知症になるものですよね」という社会の理解が進むことが大事です。うちは介護現場でスタッフの子どもたちや地域の子どもたちが遊んでいるけど、その子たちはおじいちゃん、おばあちゃんを見て、「うわ、認知症の人たちがたくさんいる」とは思わない。同じことを2回ぐらいしゃべるけど、コマの回し方を教えてくれるおじいちゃんという感じで付き合っている。

認知症というタグ付けをされなかったら、ただのおじいちゃん、おばあちゃんなのに、何か壁の中から一生懸命認知症を理解してくださいとか言うのは違うのではないかと思いますね。

堀田

人口構造からみれば、着実に多数派になっていくわけですね。加藤さんが事業を始められて20年以上、近隣の認識、社会が変わってきたという手ごたえはありますか。

加藤

そこは時間がかかるところで、5歳だった子が15歳、20歳になって、たぶん文化って変わっていくものじゃないですか。

そもそも家族がもう三世代同居とかないわけだから、年を取った祖父母が困っている姿なんて見られない。今は家族という最小単位が壊れてしまって、現在も一人暮らしが一番多くて、18年後には40%を超える。そうすると家族という社会単位では社会の多様性なんか理解できないですよね。

地域密着型、地域共生社会の実現というのは、要するに地域の中で本当の家族ではなくても、お年寄りというのはこういうものだということを理解できる場ということですね。ご飯を食べに来たらそこでお年寄りがいろいろ教えてくれたという関係性ができるたくさんの場所、プラットフォームを作っていくイメージだと思うのです。そのプラットフォームの作り方が日本全体では中途半端であったり、進んでいない状況だと思います。

もう完全に日本の社会問題ですよね。東大の辻哲夫さんが言うように、本当に社会保障は「内なる国防」だと思っています。それは、「専門職が発想を転換する努力を本当にしているんですか」という話だと思います。

何でこのおじいちゃんはこんなに怒っているんだろうとか、何でこのおばあちゃんは帰りたいと毎日言うんだろうと考えた時、「あ、これで困っているからか」というメカニズムがわかるだけで、納得できるはずなんです。

堀田

決して「暴言・暴力」とか「帰宅願望」みたいな言葉で語られるようなことではないということですね。

加藤

鍵を閉められて、7時間ここにいてくださいと言われたら、それは「出たい」と怒り始めますよね。そうすると暴力が出ているといって、「すみません、先生、お薬で寝かせてもらっていいですか」となる。そんなのはケアではなくただの虐待です。そんなことがケア職の仕事です、みたいなことをずっと言い続けて、いまだに変わらない人たちも多い。

時間はかかると思います。でも、その時間を詰めていくのは、子どもたちにどうアプローチするかだと思う。それは学校の教育ではなくて、日常体験の中でどういう環境を大人が準備するかではないかなと思います。

疾病化をもたらす言葉

堀田

大石さんは「認知症にまつわる言葉」についてもコラム等で発信を続けておられます。ご本人からすると理由のあることが、症状として医療化された言葉になってしまうことは、よくあります。大石さんが言葉についての問題意識を持たれた経緯を教えていただけますか。

大石

外来診療以外に、特に施設の訪問診療をするとよく耳にするのは、「帰宅願望」という言葉です。「帰宅願望」って何だろう、私だって早く帰りたいよなと思って(笑)。

記録を見ると家族から十分な説明もないまま施設に閉じ込められたということがある。何の説明もなく、本人も承諾しないまま施設に入れさせられて鍵をかけられたら帰りたくなって当たり前なのに、それが帰宅願望という言葉で語られていく。そのうちにそれがあたかも精神医学用語であるかのように思われてしまう。

帰宅願望という言葉は精神医学書を開いてもどこにもない。こういうのって何なんだろうと思っていろいろ気にして見ていくと、食べない、薬を飲まないことを「拒食」「拒薬」と述べたり、あるいは食べてはいけないものを口にすることを「異食」と言ったり。あるいは便を手で触れていると、「弄便(ろうべん)」と言ったりする。

何か起きている現象を短い言葉にすると、それが疾病化されやすくなるのですね。別に、病気によって起こっているものではなく、言葉の問題というものがあるなと思うのです。

周辺症状やBPSDという言葉もそうです。BPSDという言葉は認知症の行動障害および心理症状のことです。BPSDという概念を作ったのは国際老年精神医学会ですが、それが1990年代の後半です。ちょうど当時は抗精神病薬の新しい薬が開発されて市場に出て行った時代です。抗精神病薬によって認知症のある人の行動上の変化の治療をターゲットにして、臨床試験をして、保険適用を取りたかったのだと思うのですね。

保険適用を取る臨床試験では、症状を概念化し、定義付けして、評価尺度を作ることが必要になる。そのための概念化の作業としてBPSDという言葉の概念が必要だったのだろうと思います。BPSDという言葉で認知症のある人の行動を考えてしまうと、それもまさに「疾病化」なわけです。

加藤さんがおっしゃったように、行動の変化の背景には理由があるのにその理由を考えなくなってしまい、それは認知症の症状、脳の病気による症状なんだという考え方が広がっていってしまった。BPSDという言葉も何とかしないといけないと思うようになりました。

言葉に関して問題意識を持つようになったのは、そういった臨床、診療の中でのいろいろな体験から精神医学用語として概念化された言葉に違和感があったからです。

堀田

よくわかります。

大石

教科書を見ると、反社会的行動とか人格変化だとか、暴言や暴力もそうだし、先ほど申し上げた弄便とか、認知症のある人が見たらどう思うんだろうという言葉で溢れていますね。医学部の講義で、認知症のある人にはどんな変化が出るかと聞くと、反社会的とか、暴行とか、教科書に書いてある言葉を教員に言えば褒めてもらえるだろうと思っている。こんなふうに浸透してしまっているとまずいなと思っています。

先ほど樋口さんがおっしゃっていましたが、ネットの情報や本を見たりするとそういう言葉が溢れていて、それは結果的に強い恐れや不安をもたらすし、悲嘆にくれるようになるわけですよね。それが苦しみを強めるのであれば、そういう言葉は見直していかないといけない。

オーストラリアの報告によると、研究者や認知症にまつわるいろいろなステークホルダー、政策担当者とかサービスプロバイダー、あるいは認知症のある人を助けるツールを作っている会社などの人たちは、ガイドラインがあるのにそれを守ろうとしないそうです。

なぜかと言えば、悲惨な表現をしたほうが、それを解決するツールを買いたくなるだろうし、研究者も、政治家も、悲惨な言葉で表現したほうが研究資金が集まりやすいといった問題がある。言葉の問題はガイドラインを作ればいいというわけではない。より速度感を上げて、人々がイメージしやすい印象の言葉に変えていくには、どうしたらいいのかなと日々考えています。

「紛争」の裏にある大切な思い

堀田

ぜひ石原さんに、今のお話に対してどんなことを考えられたかお聞きしたいです。

石原

結局、葛藤というものは、ものごとが変化しようとしている時に起こるものだと思うのです。例えば、脳の状態に変化が起きて今までと何かが変わった時に、自分の中に葛藤が生まれるし、人と人の間にも葛藤が生まれる。でもそれは変化にどう適応していくかという「慣れ」までの戦いというかプロセスだと思っています。

紛争解決は、別名「チェンジマネジメント(変化のマネジメント)」と呼ばれることもあり、変化をどう支援するかという学問ともいえます。変化に対して葛藤が生じるけれど、葛藤を経て新しい未来が生まれてくる。

「認知症は社会を変えるチャンスだ」と思ったことがあります。20世紀には私たちは、認知症や老いというものを、介護施設や精神病院などに閉じ込める努力をしてきました。そこでの扱いは一般に人権侵害というかひどいものでした。

でも社会でこれだけ認知症の人が増えると、認知症の人が社会で力を持ってくる。これは、精神科医療や福祉、介護の世界で当たり前とされていたひどいことが変わっていくチャンスと思いました。紛争解決の知見を活かして、この葛藤と向き合って変化を作っていければと思っています。

紛争解決学では「紛争を無くす」ことが目的でなく「紛争の裏にある大切な思いを聞き、それを生かす」ことが大切と言います。人間は自分にとって大事でないことには葛藤も紛争もせず、大切なことについて葛藤するのです。だから、認知症と名付けられた人と、認知症になった人を迎える側の社会や家族の両方の立場から、葛藤や紛争の裏にある大切な思いを聞いて、生かしていくことが本質と思います。

しかし認知症のような力関係が非対称な紛争の場合、抑圧された側(力の弱い側)は、自分の思いを伝えていいのだ、声を上げてもいいのだと思えない状態になっていることも多い。

そういう意味では樋口さんなどいろいろな当事者の方が「おかしいのではないか」と言い始めていることは、紛争解決のモデルとしてもチャンスなのです。声が上がってきて初めて、抑圧していた側、すなわち認知症でない人たちがそれに気づき、対話が始まる可能性が生まれます。

もう1つ、認知症という人類の葛藤と向き合って私たちはどこに行くのかなと考える時、子育てする中で思ったのが、赤ちゃんや小さな子どもの行動には、触ってはいけないものを触る、投げるとか、重度の認知症の方の「問題行動」と共通する行動も多いのに、なぜ生まれたばかりの存在がそれをする時には「かわいいね」と言い、認知症の人に対してはそれを問題にするのだろうかということでした。

私たちは子どもの時に自由な存在だったけれど、成長とともに社会の規範を身に付けていく。老いていくことや認知症で、再び規範から自由な存在になっていっているのかもしれないのに老いや認知症を「社会の規範を守れない大人」としか見ることができないのはもったいないと感じます。

老いへの変化を「祝福」と思えるようになったら、何か私たちの社会がもっと豊かになるのかな、生きて、老いて、亡くなっていくというプロセスが豊かになるのかなと思います。

声を上げ始めた「当事者」をめぐって

堀田

ここで樋口さんが最初にお話しくださった、「当事者」をめぐるモヤモヤに戻ってみたいと思います。

石原さんがおっしゃったように、抑圧された側の当事者も、自分の思いを伝えてくださるようになってきました。日本でも認知症当事者の方々が声を上げ始め、日本認知症本人ワーキンググループもできました。でもそういう中で、樋口さんは、さまざまな危うさを感じていらっしゃるということですね。

樋口

石原さんのお話は本当に感動的です。最近、『シンクロと自由』(村瀨孝生著)という素晴らしい本が出ました。そこでも認知症の良い面、自由とか豊かさを描いている。対応に困り果てても、どこかでその状況を面白がっているような、苦悩の中に豊かさを見つけていくというある種哲学的な本で、石原さんのお話にも通じているなと思いました。

当事者は丹野智文さんのご活躍などもあって声を上げやすくなりました。当事者が全国でどんどん声を上げ、また支援者も引っ張り出すようになった。でも、あまり説明もなく、とにかくいいことだから人前で話しましょうと引っ張り出されて話したら、近所の人から「認知症なの?」とコソコソ言われて傷ついたという話を聞きました。

また、ピアサポートに当事者が引っ張り出されても、専門知識があるわけでもなく、当事者ということだけでカウンセラーみたいなことを急にさせられても、なかなか上手くはいかない。当事者に光が当たることはいいのですが、より深く丁寧な対応が必要とされる時期にきたのかもしれません。

当事者が「講演料もないのか」と言ったとか、ネガティブな話が耳に入るようにもなりました。

石原

それはお金を払えと言っていいですよね。当然の権利です。

樋口

当事者はわがままだとかいう声をたまに聞くようになって、当事者の立つ位置とか、どうあればいいのかとか、考えます。

石原

経験専門家という言葉も最近できていますね。声を上げてくれる経験専門家としての当事者がまだ少ないわけですから、マーケットの論理からしてそのように講演をされる方はどんどんお金をもらっていいと思います。

私は普段水俣に住んで研究していますが、水俣病の語り部さんも、最初は無料で話をしていて「感動的な話を有り難うございました」で終わっていたけど、時間を使って自分の苦しい話をしてくれているのだから彼らにお金を払うべき、と今は変わりました。

堀田

一方で、認知症の「当事者」というのは何なんだろうという問いもあります。私たちの多くがいずれ認知症になっていきます。本人も、家族も支援者も、それぞれ広く認知症にまつわる当事者ということもできなくはない。

最近は、ローカルアクティビストの小松理虔さんが、「当事者」という言葉を使ってその困難を外側に出すほど「非当事者」を作り出してしまうジレンマから、新しい関わりしろ(・・・・・)として「共事者」という言葉も提起されています。石原さんは冒頭で「認知症を語る資格から遠い」と言われましたが。

石原

私が最初に「認知症を語るには遠い立場」と言ったことについては自分でもモヤモヤしています。自分は認知症というラベルを貼られた人という意味での当事者とか、介護職でもないから、今は社会の中で遠いという意味で言いました。でも、その一番遠い人が一緒に話すことはすごく大事かなと思っています。

でも実は自分が遠いともあまり思っていないのです。身近な人の精神科受療でその実態を見て傷ついた経験もありますし、何か私は認知症になるタイプだろうなと直感的に思っています。だから、自分の中の目標は自分が認知症というラベルを受ける時までに、認知症になってもハッピーに生きられる社会を作りたいなと真剣に思っています。

樋口さんやここにいらっしゃる方が頑張ってくださっているから少しずつ変化しているけれど、今のままの社会ではきついと思う。赤ちゃんが祝福されるのと同じように、老いることも祝福だと自分も周りも思える社会をどう作っていけるのか。その象徴となるのが認知症だと思っています。

一人称で考えるケア

堀田

加藤さん、老いることを祝福と思える社会を、と石原さんが重ねてお話しくださいました。「あおいけあ」という場では、もう実現しているのではないでしょうか。日常の営みのなかに織り込まれた祝福が、居心地のよさを生み出しているのではないかとも感じます。それはどうやって作られてきたのでしょうか。

加藤

よくわからないですが、一人称でものを考えるかどうかだけだと思っています。僕は25歳で介護事業を始めた時から、グループホームはログハウスメーカーで作る、とこだわっていたのです。社会福祉法人とかだと、自分の住まいとして、そこで本当に落ち着いて暮らせるかという発想がないから、塩ビタイルの床で、プラスチックのテーブルで、白い壁みたいなものを平気で作る。

自分は5分だっていたくない空間を作って、ここが介護の現場でございますみたいなことをやっているけど、いやそうじゃなくて、「あなたはそこにいたいのか」ということだと思うんですね。そもそも室内なのに何で車いすに何時間も座らせているのとか、自分だったら無理ということをやっているのが、まずおかしいと思うんです。

自分だったらこういう場所にいたいし、自分だったらこんなふうに扱われたいなと思うことが大切だと思います。

堀田

自分だったらどうだろうと考えることは、誰でもできることですよね。

そういう加藤さんにとって、認知症当事者の方々はどういう存在でしょう。介護サービスを利用する方々はもちろん、友人を含めて、認知症の当事者でも(・)ある方々が身の周りに多くいらっしゃいますよね。

加藤

樋口さんとか丹野さんが、いろいろと言ってくれるのは僕らにとっては本当に希望の星で、北極星みたいなものです。どう進めばいいのかみたいなことをちゃんと確認できる存在なんですよ。

でも、先ほどチェンジマネジメントという話がありましたが、社会のあり方として、変化があるから葛藤が起きるわけで、摩擦の部分がある。逆にスピード感を上げるには、その摩擦の部分を大きくしなければいけないところもあって、僕が外でいろいろな話をしたりとか、樋口さんが本を書かれたりするのも、そうだと思います。

認知症に対して理解とか、認知症の方の参加と言っているけど、そうではなくもっとそれにお金が出てコミットする社会を作っていかなければいけない。それこそ認知症の当事者の人たちが国からきちんと報酬をもらって、自分の住む地域ではない介護現場に行って外部監査をする。「こんなところにいられないよ、直してください」とガンガン書いて、それを直さないと営業ができないような仕組みを早急に作っていかないといけないと思います。

僕らにしてみれば恐怖ですけどね。でもそういうことをやってもらって、バーンと社会変革をする方向に振っていったら相当面白い。面白いという言い方はおかしいですが、この後、日本の後にアジアやヨーロッパ諸国で超高齢社会がくるわけなので、すごく見本になりますよね。

堀田

私たち認知症未来共創ハブの活動でも、樋口さんや丹野さんをはじめ100人以上の認知症のある方のお話を伺って、経験専門家のナレッジから学び、これを社会変革のエンジンにしていけないかと小さな試みを続けています。ですから人生の先輩でもある一人ひとりの生き方と語り、知恵そのもの、そしておっしゃるように認知症のある当事者としての発信のインパクトはとても大きいと実感しています。

でも、当事者の言葉にインパクトがあるからどんどん言ってくださいというのもまた、ちょっと違うのではないか。狭義の当事者によりかかりすぎではないかとも感じています。

加藤

僕は認知症のある方を起用するのがある意味、どんな百の専門職を集めるよりも、はるかに力のある意見だと思っています。専門家がこうするべきですと言うよりも、本人が「私こうなんですけど直してください」と言って、それが実行される社会のほうがいいと思っているし、逆にそれぐらいの摩擦があってもいいのではないかと。

堀田

先ほどおっしゃった、変化のマネジメントとしても、ということですね。樋口さんはどう思われますか。

樋口

自身の強みを活かして仕事ができるのは幸せですし、それに見合う報酬は有り難いです。ただ、私は講演を始めた頃、ネット上で認知症のふりして金儲けしてる、という中傷を読んで衝撃を受けました。それからお金のことは一切言うまいと思いました。

もともとあまりお金に興味がない人間で、お金のための活動とは絶対に思われたくなくて、講演の依頼者と報酬の話もしません。

加藤

すごくよくわかります。僕も福祉の講演とかで、「え?」みたいな金額を提示されることがあったりします。

介護施設の理想と現実

樋口

もう一つ、最近ネットで見て印象的だったのは、人を大事にする施設だというから信頼して母を預けたのに、夜叫ぶから薬を飲まされると。やめてほしいと頼んだら、夜間は一人で何十人も見ているから、個別に対応はできない、嫌なら退所しかないと言われたと。

加藤さんの施設のような介護をしてもらえるところもありますが、現実には薬で大人しくさせる施設もたくさんあります。私の親も介護が必要な年齢ですが、実家の近くには加藤さんの施設のようなところはない。理想と現実を知っているだけに、余計つらくなります。儲からない認知症とか知的障害者の施設が、収容所的なままで生活の場にならない状況はどうしたら変わるのかなと思っています。

堀田

多くの介護サービス事業所では、それぞれ利用者・入居者の方々にとって居心地のいい場づくり、質の高いサービスの追求に取り組まれていると期待していますが、お話しくださったように薬を飲んでもらうという対応をとっており、それは仕方ないことだと思い込んでしまっているところもあるのではないかと思っています。

そして、おっしゃる通り、理想的な事業所、施設の存在は知っているけれど、地元にはない。あるいはどの事業所でもサービスにたどりつけたら大丈夫とは必ずしも言えないのが現状です。

このことは、大石さんはどのように思われますか。

大石

解決するのはすごく難しい問題ですが、まず政策的なお金の配分がそもそも間違えているのではないかなと思います。認知症疾患医療センターとか、認知症のある人に精神医療みたいなことができる施設は非常に限られていると思うし、理想的にはコミュニティが豊かになっていったら、そういった施設はいらなくなると思います。私自身も自分のやっていることがなくなっていけばいいと思っています。

つまり、お金の配分をそういった医療構造に投入し過ぎなのだと思うんです。それで結局、介護現場の方たち、あるいは当事者ご本人とか、あるいは家族が豊かな安心できるくらしを手に入れるためのサービスや政策のほうにお金が回っていないのだと思う。

先ほど加藤さんがおっしゃっていた、当事者の方も入った外部監査はすごく大事だと思います。自治体の中でサービス提供者側の提供するサービスの質の格差を何とか解決できないだろうかと議論すると、実質的に意味のある監査は行われていない。やはり外部評価を入れていかないと、なかなか上手くいかないのではないか。

そこにまず資金を投入するということ、それから介護保険の制度もそうですが、認知症になる人がいろいろな制約の中で、本人中心でないサービス設計がはびこっている状況にある。それは結局、そこにお金が付いていないからそうなってしまっていると思うのです。

認知症のある人の介護をする人たちが安心してそこで暮らせて、理想としているケアを実践できるようなっていくためにも、予算の配分を根本的に見直していかないといけないのではないか。

異常じゃない「普通の人」

堀田

最後に、それぞれ明日に向けてという観点でお話しいただければと思います。

樋口さんには、認知症の豊かさを伝えよう! という思いも、ぜひお話しいただければ。

樋口

SNSは、今までは愚痴の捌け口で、暴力を振るわれたとか、認知症に関してはネガティブな投稿ばかりでした。しかし、最近は認知症の母親からこんな温かい言葉をもらったとか、ポジティブな投稿が出てきました。私も身近でそんな話を聞きますし、実際たくさんあると思うのです。

そういうポジティブな話を当事者や関わる人たちがもっと積極的に発信してくれたら、人々の意識が変わると思っています。多くの人は認知症になったら人格が崩壊するとか、暴力的になると思っていますが、それはストレスに対する防衛反応なのです。安心できる人間関係の中にいれば、穏やかで優しい人であり続けます。その人の核は変わらない。そのことを知ってほしい。

そういう認識が広がっていったら、認知症になったからといって誰も絶望しないし、親がなっても、慌てたり態度が急変して関係を悪化させることもないと思います。人の意識が変わっていくことがすごく大事です。

堀田

樋口さんの、『「できる」と「できない」の間の人』の本が出てすぐにお会いした時、この本は認知症コーナーに置かないでほしいとおっしゃいました。樋口さんは「認知症のある人が社会に居場所を取り戻すための3つの提言」として、言葉を変えよう! 出会い、対話しよう! そして、認知症の豊かさを伝えよう! と書かれていますが、この本からは、時に「まあ、いい」で済ませ、道端のタンポポとも微笑みを交わす、認知症の(・・・・)というよりある一人(・・・・)の豊かな日常も伝わってきます。

樋口

年を取っていくと誰でも認知機能が落ちていきますが、認知症との線引きは難しい。多くの人が認知症は特別なもので、認知症にだけはなりたくないと思っているのですが、認知機能の衰えは、人生の一部分です。

誰でも年を取ればできないことが増えていきます。それを恥じたり恐れるのではなく、ごく普通のことだと思えたら、みんなが楽になる。認知症への恐怖心からも自由になれる。「認知症があろうと普通の人なんだよ」と誰もが思える社会になればいいなと。

堀田

以前、慶應の医学部の講義で樋口さんが監修した幻視のVR体験をやった時、最初はすごく怖いものとして、いるはずのない人が見えるという一人称体験をして、医師のタマゴたちがキーキャー言っている。そこに最後に樋口さんが画面に登場して、「近視、遠視、乱視、幻視くらいなんです」と穏やかに語りかけてくださいました。まさに普通のこと、というように。

樋口

幻視は異常でおぞましいものと思われています。それに対抗する手段として、「普通」を強調しています。ただ実際は簡単ではないと思いますよ。

私も義理の親から「今すぐ来て」と連日電話がかかってきた時は、「どうしよう!?」と思いました。だから認知症介護は大変、ということはよくわかります。でも、「異常な人じゃない」ということは言い続けたい。普通の人と理解したほうが、認知症当事者も、今は私たちを異常視している将来の認知症当事者も皆、幸せになれると思うんです。

認知症の豊かさと和解する能力

堀田

石原さんはいかがですか。

石原

人類や社会が認知症という葛藤と向き合った先の姿として考えていることは、大きく3つあります。

自分の夢としてはやはり生まれてきた時と同じように、老いていくことや認知症になることが祝福だと思えるような社会で自分が老いていき、亡くなっていけたら嬉しいと思います。樋口さんがおっしゃった、認知症の方の言葉で癒されるみたいなことも現実に起こっていますよね。そういう豊かさにどんどん気付けていけたらいい。

認知症の臨床と研究で高名なある先生に、私は紛争解決で認知症を考えていますと申したところ「認知症の人は天と葛藤しているんですよ。でも、彼らは天と和解する才能が高いと僕は思います」とおっしゃった。天に、なぜ私の機能を奪うのか、なぜ老いなければいけないのか、なぜ私の伴侶を奪うのかと、皆、葛藤する。でもそれを受け入れて和解していく能力も高いということです。何かそういうことも豊かさにつながるのかなと思います。

あとの2つはもう少し現実的な問題で、安心して認知症になれる社会へと言うけれど、でも安心してというのは現実には難しい。なぜ難しいのかいうと、認知症になるということが、単に大きな変化だから難しいというだけでなくて、やはり機能が失われていってサポートやケアが必要な状態になるという側面があるからかなと思います。

特にこれから社会の人口の大きな部分がそうなる可能性が高いのであれば、医療や福祉などの専門職にケアやサポートを任せておくのでは立ち行かないと思うのです。「ケアをする人」と「される人」とが、固定した関係ではもう駄目なのだろうと思います。水俣で「お互いに迷惑をかけ合える社会を」と言い方をしますが、専門職といった仕事だけではなく、当たり前にケアし合えるような社会に変化していく豊かさがあったらいいなと思うのです。

3点目ですが、紛争解決学ではトラウマや傷つきに注目するのですが、それを認知症カフェの専門家の矢吹知之先生にお話ししたとき「認知症とはトラウマの問題なんですよ」とおっしゃられた。なぜ認知症は異常だ、なりたくない、と忌み嫌うかというと、やはり恐怖感があるからではないか、と。自身の変化も怖いし、何より社会が「普通の成人」に求めてきた規範に添えない状態になることへの怖さです。

矢吹さんが言うには、カフェの目的は認知症の人と認知症ではない人とが当たり前に触れ合って、まさに「普通の人じゃないか」と思うことにあるそうです。恐怖を持つような存在や状態ではないし、普通じゃないかと気づく。そのトラウマから解放されていくプロセスが大事だというのです。

私たちが老いとか認知症にもっている恐怖感やトラウマから解放された先に、老いていくことや認知症になることの豊かさが立ち現れればいいなと思っています。

何が普通なのか

加藤

少子高齢社会の中で、認知症の当事者が誰かといえば、たぶん認知症の人ではなくて僕らなんです。だからちゃんと自分ごとと思えるかどうかが一番の問題。今日は「普通の人」というキーワードが何回か出てきましたが、正直な話、普通の人というのは僕はいないと思っているんです。

ここからここまでが普通ですよと振れ幅を決めているのは皆が勝手に決めているだけであって、その振れ幅が広ければ「別に認知症関係なくない?」となる。僕はどちらかというとそちらのタイプなので、樋口さんだって認知症の人だと思って付き合っていない。

普通という概念の捉え方は、何か分断社会の中で自分の近しいものしか見ないで育ってきたから良くない方向に陥りやすいのかなと思うのです。障害は小学校で分けられて、中学、高校、大学と行くと学力で分けられて、職場に行くと今度は専門性で分けられる。自分に近いものしか見ないから、違うものの発想を見るとすぐに攻撃し始めますよね。

その分断社会のなれの果てが認知症問題なのかなとも思っていて、江戸時代だったらたぶん問題にならなかったでしょう。認知症もギフテッドみたいなところも僕はあると思っているし、現場で僕たちもすごくたくさんのものをもらっているんですよ。

堀田

では最後に大石さん、全体を振り返って、お話しいただければ。

大石

樋口さんのお話を伺って、愚痴の吐き合いのようなSNSの時代から、今は少しずつ豊かな言葉も生まれつつあるというお話がありました。そういった変化は、愚痴の吐き合いがもたらすラベリングのようなものを減らしてくれるだろうし、とても大事な変化だなと思います。

石原さんのお話にあったトラウマですが、認知症のある人は診断されて傷ついて、高齢の方だと戦時中のトラウマ体験が出てくる人もいる。でも、トラウマの影響なのに、認知症の症状と理解されて、睡眠薬が処方されることがあるのです。トラウマ・インフォームドケア、つまり、トラウマの眼鏡で起きている事象を見直すという考え方は、認知症になる人に生じる様々な変化を考えていく際も、すごく大事だなと思いました。

加藤さんがおっしゃるように、普通の人の定義というのは難しいけれど、異常という表現がいいかわかりませんが、普通の人だってある意味異常な人で、普通の人の中にいろいろな個別性がある。つまり、違っていていいのではないか、違いを認め合って、違いのあることが当たり前のことで、それを尊重し合えるような状況が広がっていくこと。それは夢物語かもしれないけれど、そういう視点もすごく大事だと思いました。

厚労省の認知症施策推進大綱の中で共生と予防という言葉がありますが、共生と予防の前に大事なのは、誰もが持っている内なる認知症へのスティグマに気付くこと、社会にあるスティグマに着目することです。そうでないと共生みたいな耳障りのいい言葉で何かだまされてしまいがちですし、自分の中にある、社会の中にあるドロドロとしたスティグマに気付き、自覚して向き合っていくことが、より必要なのかなと思います。

社会の中で認知症もあるけれど、それぞれが豊かな暮らしをしているのだということが広がっていったら、少し変わっていくのかなと思います。

堀田

今日はお忙しい中、どうも有り難うございました。

(2022年9月27日、三田キャンパス内にて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。