慶應義塾

【祝! 塾高野球部甲子園優勝】【優勝記念対談】エンジョイ・ベースボールが栄冠をつかむまで 上田誠/森林貴彦

登場者プロフィール

  • 上田 誠(うえだ まこと)

    一貫教育校 高等学校野球部前監督

    元慶應義塾高等学校英語教諭。1991年~2015年まで慶應高校野球部監督を務め、甲子園、春3回、夏1回出場。現香川オリーブガイナーズ球団。

    上田 誠(うえだ まこと)

    一貫教育校 高等学校野球部前監督

    元慶應義塾高等学校英語教諭。1991年~2015年まで慶應高校野球部監督を務め、甲子園、春3回、夏1回出場。現香川オリーブガイナーズ球団。

  • 森林 貴彦(もりばやし たかひこ)

    一貫教育校 高等学校野球部監督一貫教育校 幼稚舎教諭

    2015年より慶應高校野球部監督に就任。監督として2018年に続く夏の甲子園2回目の出場で今夏、優勝を果たす。

    森林 貴彦(もりばやし たかひこ)

    一貫教育校 高等学校野球部監督一貫教育校 幼稚舎教諭

    2015年より慶應高校野球部監督に就任。監督として2018年に続く夏の甲子園2回目の出場で今夏、優勝を果たす。

2023/10/11

新チーム結成から春まで

上田

このたびは日本一おめでとうございます。どうですか、優勝の実感は?

森林

有り難うございます。優勝直後は、あまり現実味がないような、不思議な感じだったのですが、式典とか報告会とか、取材の機会をいただくたびに改めて実感が少しずつ湧いてきます。そして、いろいろな方に本当に応援していただき、喜んでいただいているのも実感しているという、そんな毎日です。

上田

まずは甲子園優勝までの軌跡を伺おうと思いますが、去年、夏の県大会準々決勝で東海大相模に負けましたよね。そこから、新チームをつくられた時、日本一になる可能性があるチームだと考えられていましたか。

森林

手応えは全くありませんでしたね。去年の夏のチームにレギュラーで出場していた今年のメンバーはショートの八木陽(ひなた)、1人だけだったんです。他は食い込めず、大村昊澄(そらと)もベンチに入っていなかった。

野手もそんなに打てる気はしないし、ピッチャーは誰が投げたらいいのか。松井喜一だけじゃ無理だし、誰か出てこないかなと、不安だらけのスタートでした。

上田

秋の県大会の決勝で横浜高校に6対3で負けたけれど、関東大会でベスト4。その頃からチームが一戦ごとに強くなっていったような気がするのですが。

森林

今年のチームは、とにかくキャプテンの大村の存在が大きかった。彼は事あるごとに「日本一」を口にし、練習前も皆で「日本一」と唱和してからやっていました。そうやって志を高く掲げたことが1つ、単純かもしれないけど大事だなと。

そのキャプテンの下、選手たちが結集して僕たちはまとまらなきゃ、という意識が強かった。それが秋の大会で少しずつ勝ち上がりながら、実力と自信が少しずつ付いてきたように思います。

あとは、ピッチャーの小宅雅己(おやけまさき)が秋の大会でやっと投げられるようになったのが大きい。1年前の夏頃までは、腰痛があって全く投げられなくて、ちょうど、新チームが動き出した頃から少しずつ投げ始めたら、彼が一番いいピッチャーだとすぐにわかった。そこで彼と経験豊富な松井と2人で上手く組み合わせながら県大会、関東大会と進んでいきました。

上田

それでだんだん強くなってきて、選抜出場を決めたわけですね。冬の間はどのようなことを主眼に練習したんですか。

森林

主にウエイトトレーニングを中心とする体の部分ですね。大学の体育研究所の稲見崇孝先生にこの1、2年、ウエイトトレーニングのやり方や、選手のタイプ別にウエイトメニューを組むことなどを指導いただいたのです。今までチーム一律のメニューだったのですが、メニューを見直し、細かいところまで気を配って体を強化することを大きなポイントとしてやってきました。

秋はまだスイングの力強さがなくて、速いピッチャーは打てないという感じだったのが、冬の間の体の強化によって、1人1人、だいぶ力強さを増してきました。

飛躍的に伸びた攻撃力

上田

選抜では何と初戦に昨夏の優勝校仙台育英が対戦相手となった。素晴らしい投手陣でしたが、小宅君が好投し、1点を争う好ゲームになった(1対2で延長タイブレーク負け)。そこで負けたことがどうチームに影響を与えたのか。あそこで負けたから何か夏の日本一があったようにも思うわけです。

春の県大会の決勝戦、これはもうあのわずかの間に打力がものすごく伸びたなと(対相洋高校戦、11対0で勝利)。そのあたりはどのような練習をされたのでしょう。

森林

冬の間、体の強化をし、スイングも強くなって、ある程度、選抜も戦えるかなというレベルになった。でも仙台育英の素晴らしい投手陣と対戦して、ほとんど打てなかったので、やはりこれが全国トップレベルの投手陣なんだ、と体感できたことが重要だったと思います。

その後の練習は仙台育英のピッチャーのスピードや、変化球の切れが基準になりました。やはりトップレベルのピッチャーと対戦するのが基準づくりには一番いいわけです。仙台育英のピッチャーをどう打つか、どうやって点を取るかということを、夏へのテーマ設定としました。

具体的には、1打席に打てる球が1球あるかないかという投手の数少ない甘い球を、逃さずどうやって仕留めるか、ということを主眼に置いて取り組み、練習の時も1球目で捉えるようにする。そういうことが夏に向けて打力、得点力が向上する大きな要因になったと思います。

上田

大学の堀井哲也監督とよく一緒に夏の神奈川県大会を見ていたんですけど、高校の選手のほうが大学より打つんじゃないのというくらいでしたからね(笑)。そのくらい速い球にも強いし、変化球にも崩れない。ツーストライクから粘るし、セーフティーをやったり、相手のピッチャーを崩そうと、何でもしましたよね。足もありましたし、最高レベルの攻撃力だったんじゃないんですか。本当に見ていて楽しい野球でした。

選手の成長

上田

春から成長が著しかったのは、左腕の鈴木佳門(かもん)君だと思うんです。鈴木君はどのように考えて起用したのですか。

森林

1年で入ってきた時から、もう大器であることは間違いなく、どうやって彼を育てていくかと思いました。神奈川の夏を勝ち抜くとなると、小宅と松井だけだと足りないわけです。やはりもう1人先発で投げられるピッチャーが不可欠です。それはもう鈴木に期待するしかない。彼をどう一人前にするかがチームとしては大きなテーマでした。夏の県大会では2枚看板という形で小宅と鈴木で行って、後ろを松井がサポートする形にしたかった。

実は、鈴木は夏の県大会前があまり良くなかったのです。県大会でも準々決勝の横浜創学館戦の時もリリーフで出て、連続押し出し四球を与え、小宅を戻して何とかしのいだ試合がありました。

ただ、その準々決勝の翌日、彼はメンタルコーチの吉岡眞司さんと話をして、心が吹っ切れた部分があったようです。その後は準決勝(東海大相模戦)、決勝(横浜戦)、と甲子園に向けて、体調も心の状態も登り坂になっていったので、これは甲子園でいいところで投げさせられるなと思いました。

期待通りの成長を夏に向けて遂げてくれた。このことはチームの躍進を本当に支えてくれたと思います。

上田

夏まででびっくりした選手がもう1人、それは八木君なんです。春は下位打線を打っていた。それから、1、2年の頃はそんなに守備も上手くないなと思っていた。ところが、この夏までに急成長している。

森林

彼もこれまでケガだったり、体が万全ではない時期が多かったのです。去年の秋も関東大会前に肩を脱臼したり。選抜では下位打線で最後は代打を送られていますからね。だからこのままじゃいけないという思いが強かったと思うのです。

彼自身が最後、自分自身を育てて爆発してくれたという感覚があります。夏に向けて攻守に力強さと安定感を増して、2番バッターとしても、それからショートの守備も本当によく守ってくれた。彼抜きでは語れない試合は多かったですね。

上田

本当にいい仕事をしていて、攻守で光りましたよね。

県大会決勝対横浜戦

上田

県大会決勝の横浜高校の試合は終わった後はどうでしたか。いろいろ物議を醸す判定もありましたが。

森林

判定についてはコメントをするつもりは全くないのですが、その状況を即座に受け入れ、選手が次に何をしたらいいか、すぐに対応してくれました。

9回の最後の攻撃もノーアウト、1、2塁になり、2番八木がきちんとバントしてくれて。それで3番、4番。これで同点に追い付けなかったら、しようがないなと。そうしたら、彼らが結果で返してくれた。やはり最初から最後まで心がブレずに落ち込まずに戦えたということがこのチームの強みの1つだと思います。

持っている力は、昨年のチームが100ぐらいだとしたら、このチームは85ぐらいだと思うんです。ただその85の中の100%の力をそのまま出せるような心の安定、あるいは体のコンディションづくりができたのではないかなと。

高校野球の場合、100の力を持っていても100を出せるチームはほとんどないですから。今回のチームは、そんなに飛び抜けた力はなくても、その力をほとんどの人が満遍なく試合の中で発揮できたのが良かったように思います。

心の部分と体の部分、それぞれの安定があって、それが甲子園出場がかかった決勝戦という舞台でも動じずにいられたのだと思います。

上田

見事だったですよね。

森林

渡辺千之亮(せんのすけ)の逆転スリーランホームランもその前にファールで粘ったり、際どい球を見送ったり。もうずっとチェンジアップで攻められていたのが、試合の中で修正していって、あの打席、最後に実ったのではないかなと。

上田

あの時は、打席に入る前に何か声を掛けたんですか。

森林

いや、特には(笑)。

上田

不敵な笑いを浮かべて打席に立っていたのはびっくりしました。普通は2点負けていてあの打席に入ったら、これは何とかしなくちゃいけないという表情になると思うんですよね。でも、千之亮君はニコッと笑って、ものすごくリラックスしていて、ただ、自分のスイングでフルスイングをしようと考えていたように思えました。

神奈川県大会決勝、劇的な逆転スリーランホームランを放った渡辺千之亮君

甲子園での戦い

上田

それで見事に優勝されて甲子園に行ったわけですが、マスコミに対しては最初から日本一を取りに来たとおっしゃっていましたね。

森林

そうですね。このチームは大村が、日本一とずっと言っていて、皆が結束するための大きなキーワードだったので、それを改めて皆で確認しました。大村キャプテンにいつも言わせていたら申し訳ないので僕も負けずに言おうと(笑)。

でも、県大会で勝ったら、日本一の手応えが増したかというと、正直言ってわからないですよね。甲子園で上位に進出したこともないわけですから。ただ、甲子園は大体、出て満足のチームとそこで勝たなきゃと思っているチームに分かれるので、うちは出て満足じゃないぞ、ここで勝ちに来たんだぞ、ということを表すためにああいう言い方をしました。

上田

甲子園で、決勝までで一番苦労された戦い、ここは大変だったというのはどんなことですか。

森林

初戦、北陸高校の試合は第6日目でした。ちょっと待つ時間が長い。暑い中で練習だけ繰り返して、なかなか自分たちの試合は回ってこない。どんどん余計なことを考える時間が増えていって、初戦までの1週間が精神的にはきつかったです。

北陸戦の試合自体は、思いの外、初回から打ってくれたので、試合自体はすごくスムーズに入れたなと。

上田

試合できつかったのは広陵戦ですか。

森林

やはりそうですね。今思い返しても広陵は強かったなと思うので、よく勝ったなと。

10回やったらうちが勝つのは2回か3回ぐらいだと思うので、これはタイブレークのお蔭だと思います。後半尻上がりに調子を上げた広陵の投手高尾くんからランナーなしから点を取るのは至難の業で、9回まで同点でしのいで、延長タイブレークで何とか点を取ろうと思っていました。とにかく逆転されないように、同点まではいいと。

案の定7回裏に追い付かれましたが、とにかく同点で止めました。本当に毎回ピンチの連続で、よくぞ投手陣と、守備も含めて、3失点で9回までしのいだなと。また最後も、選抜で仙台育英にやられた松井が、タイブレークで最後に立ち向かって逃げ切ってくれた。

上田

あのピッチングは良かったですね。

森林

結果としては、ああいう苦しい試合を勝つのが最高の経験値になるのですね。やっている最中は本当にきつかったですけど、終わってみればあの試合がやはり優勝に向けて、勢いと自信を付けてくれる一戦になりました。

上田

相手は甲子園常連校の百戦錬磨の中井監督だったわけですが、見ていてどちらかというと、自分たちのペースで試合をやったのはうちだったのではないかなと。何か広陵が、すごく慶應を意識していたのではないかなという気がしたんですが。

森林

やはり広陵のほうが勝たなきゃいけない、という意識が強かったのでしょう。表情が硬いというか。

うちのほうが何か、楽しむというか、広陵さんとこういう場で試合できている瞬間を喜びに感じるみたいなところはあったかなと思います。それで結果的にうちのほうがいいパフォーマンスが出せた。素材や戦力で言ったら向こうのほうが少し上だったと思うんですけど、力がよく出せたのではないかなと思いますね。

対広陵戦。見事なリリーフを見せた松井喜一君
上田

準々決勝(沖縄尚学戦)は、最初に2点先行をされたり、いろいろなゲームを経験された、それでどんどん強くなっていったという気がするんですね。たくましくなってきたなと。

森林

試合をやっていて最後は勝つんじゃないか、負けないんじゃないかという、根拠のない自信みたいなものはチームの中に広がっていったかもしれないですね。沖縄尚学戦も2点先制されましたけど、あまりにも見事なホームランでしたから、それはしょうがないと。

逆にホームラン以外は鈴木佳門が抑えてくれたので、これは想定内だなと。もともと沖縄尚学の東恩納(ひがしおんな)君は前半からそんなに打てると思っておらず、疲れが出る後半はチャンスがあると思っていました。クーリングタイムの時もそういう話をしましたが、でも選手が本当によく頑張りましたね。

上田

6回は東恩納君のボールが急に浮き始めて、それを一気に崩したのは見事でしたね。

最高のシナリオで迎えた決勝戦

上田

準決勝の土浦日大戦にも勝ち、いよいよ決勝戦です。決勝戦の前にどんなお話を選手にされたんですか。

森林

最高のシナリオだよねという話は前日の夜にしました。春、仙台育英に負けて悔しい思いをしたのが、両校甲子園で勝ち進んでの決勝です。それでこちらは107年ぶりの優勝を目指し、向こうは2年連続の優勝を目指す。

もうこれ以上ないシナリオだと。うちにとっては、負けた相手に恩返しする最高のチャンスなので、勝っても負けてもとにかく明日が最後なので、存分に野球をやろうと。

上田

決勝戦の風景というのはどんな感じですか。試合前にグラウンドに入る。あれがやはり独特なのではと思うんですよね。全国で2チームしか残っていない。あの雰囲気はどう感じられましたか。

森林

その時はやはり嬉しかったですね。ずっとテレビで見てきた世界ですから、自分たちがそこの場に立てているのが本当に嬉しかった。でも、もちろん決勝の特別感もあるけれど、何か今日で終わりじゃなくてまだまだ続くといいなとか、いろいろな気持ちが混ざっていましたね。

上田

先発ピッチャーは予想した通りでしたか。

森林

湯田君はイメージ通りでしたね。高橋君を後に取っておいて、勢いのある湯田君で来るだろうと。

上田

作戦面で選手に指示したことはどんなことでしょう。

森林

湯田君に対しては、カウントを取りに来るスライダーを打つということですね。ストレートは速いし、なかなか仕留めるのが難しい。

また、実は、分析するとストレートの半分はボールなんですね。カウントを取りに来るスライダーは高めからで、それが君らが打てるボールだから、それをまず打ちにいこうという形でいきました。

丸田湊斗(みなと)も初球のスライダーを空振りする。でも、あれを空振りすることで次に合ったんだと思うのです。とにかくスライダーをしっかり打っていこうと言いました。

上田

神奈川県予選から綿密にデータを取ってくれる3年生や大学生コーチがいましたね。実際仙台育英のデータはどうでしたか。

森林

この数年で、過去の試合の動画がほぼ揃う時代になったのです。仙台育英の場合、去年の甲子園から十何試合分ある。3年生のスタッフや大学生コーチが、仙台育英に照準を絞って事前に見てくれていたので、そういう陰の努力がすごく役に立ちました。

湯田君のストレートは半分はボールだ、ということが根拠を持って伝えられましたし、自分たちの打力と相手の投手力とを比べながらこれなら打てるというストーリーを考えてくれた大学生コーチが今年は特に優秀だったんです。

もちろん、コーチと擦り合わせた上で最後に選手には伝えますけど、でも本当に、その通りだねと言いたくなるような、データ分析でした。

バッターのほうを見たコーチも本当に素晴らしくて。この打者は調子は良くなくて、インコースのストレートは絶対打てませんとか。

上田

小宅君が面白いようにインコース攻めをしていましたね。

森林

そうですね。根拠があって、そこに投げられるピッチャーと、そのサインを出せるキャッチャーが揃ったので、そのあたり全部合わせての勝利でしたね。

歓喜の瞬間

上田

決勝戦のポイントを1つだけ挙げるとすると、何が一番良かったと思いますか。

森林

先頭打者ホームランももちろん良かったですけど、初回にもう1点取れたことですね。ホームランの1点だけで終わると、そこまでダメージはない。2点になったことで、自分たちも、ああ、湯田君から2点取ったぞ、これは行けると確信みたいな感じになりました。

初回に2点。そして2回も1点取りましたから、序盤に湯田君から点を取れたことが自分たちの手応えと勇気になりましたね。

上田

そして5回に大量得点をした。また、後半も守備にしても攻めていましたよね。守りに入ってアウトを稼ごうという感じがなかったのが見事だなと思いました。

そして、優勝したわけですけれど、その瞬間の感想は?

森林

レフトフライを捕って、皆がワアッと集まっていくのが本当にスローモーションみたいな感じに見えて、あまり現実味はなかったですね。これってやっぱりうちの優勝なんだよな、とにわかには信じられないというか。ずっとそれを求めていたにもかかわらず、実際に日本一となった時、現実かどうかよくわからないという気持ちでした。

上田

僕もアルプスで応援していたんですけど、慶應の応援がレフトスタンド、もしかしたらライト側までいて。もう衝撃だったんですけど、丸田君がホームランを打った時に、どのくらい慶應側の人がいるのかなと思ったら、バックネット裏まで全部立ち上がって。スタンドが揺れていたんですよ。あの応援はどんな励みになりましたか。

森林

もう本当に嬉しかったですね。甲子園のベンチって上に顔を出すから両側の応援が均等に目に入るんです。360度見えまして、ああ、アルプスどころか本当にこんなところまでうちを応援してくれる人がいるんだと。

あと、銀傘の効果もあって響き方も全然違うんですね。月並みな表現ですけど、本当に最高の後押しで、勇気が出るし、実力プラスアルファが出るし、痛いところなんか本当にそれこそ飛んでいってしまうような、不思議な感じになります。現実を超越していくような力を授けてもらったと思いますね。

上田

塾高出身者ではない方も一生懸命応援するんですよね。塾員のすごさというか、俺たちは仲間だよねと応援してくださる。あれがすごく嬉しいですよね。

森林

そうですね。OGは絶対いないはずなのに、すごい数の、女性の方も大泣きされている。そういう方々にこういう形で恩返しできたというのは本当に何よりの喜びで、本当に皆さまのお蔭です。本当にわがことのように応援していただいて、最高の応援でした。

変わり始めた高校生の頭髪

上田

準決勝の土浦日大の小菅監督とはよく試合をされていますが、向こうも髪の毛を伸ばしているチームだった。今大会は、随分いろいろなチームが頭髪も自由にされていた。うちは昔から自由にしていたので、頭髪についても取材されたんじゃないですか。

森林

そうですね。内心は、令和にもなってまだこういう話題かと思っていましたけど、それぞれの学校がそれぞれの信念でやればいいことだと思う。うちは、別に皆が髪を伸ばせとも思っていませんし、それぞれが決めていただいたらいいんじゃないですかと。

ただ、高校野球は坊主なんだ、みたいな、思考停止はあまり良くないと思います、というようなことは申し上げましたけれど。

上田

昔は開会式で並んでいて、あ、うちが映ると思ったら急にカメラが飛ぶんですよ。皆、帽子を取っているから、あんなサラサラヘアが映せるかと。「慶應だからな」「変わってるんだよ、あいつら」という感じでしたけど、今年はちょっと違った。

神奈川県も、他の県でも、丸刈りではない普通の髪の毛をしているチームが地方大会ですごく増えてきたんです。さらに甲子園でも随分と髪型自由なチームが増えてきたのがすごく喜ばしい。

森林

全国レベルで言うと、たぶん髪型自由な学校がもう過半数なんです。だけど、甲子園出場校になると、今年で言うと49分の7で、自由でいいのはまだ7チームぐらいです。今回、準決勝がうちと土浦日大の対決ということで目立ちましたけど、でも結局、甲子園に出るのは坊主じゃなきゃ強くならない、みたいな見方も逆に言うとできるので、まだまだそのあたりは……。

何でうちは髪型自由じゃないんですかと言われた時に合理的な理由は絶対ないですからね。今、いろいろなところで議論が起きているのではないかと思います。

上田

議論をする機会をつくったということは本当に良かったと思います。山がちょっとは動いてきたという感じがしますよね。

「高校野球を変える」とは?

上田

森林さんはご著者などでも、以前から「高校野球を変えたい」と言われてきた。このことをもうちょっと詳しく教えていただきたい。

森林

高校野球というのは今まで甲子園を中心に大成功してきたわけで、ただのスポーツというよりも1つの文化みたいな形で根付いてきていると思うんですね。今まで大変盛り上がり、人気が定着してきた分、なかなかそれを変えていくのが難しい面があるわけです。旧態依然な考えや固定観念がかなり残っていて、このままでいいんだという方々がやはり多い世界だと思うんですね。

ただ、上田さんや、大学野球部監督を務められた前田祐吉さんなど、慶應野球には、ずっと前から、高校野球はこのままでいいのか、もっと良い方向に変えていけないかという考えがあったと思うのです。

「エンジョイ・ベースボール」という言い方を、前田さん、上田さんがされ、それが1つの切り口になって、高校野球の古い部分とか、昔から捉われている部分に対する挑戦は今までもずっとされてきたと思います。それがこのように優勝という形で実を結んだので、今、発信力が強い状態になっているのだと思います。

日本中のどのチームも、例えば髪の毛を伸ばしてほしいとか、慶應のような野球をしてほしいわけではなく、ただ既存の高校野球は許される幅がすごく狭かったので、その幅を広げたいということです。

最後の優勝インタビューでも申し上げましたが、これからはより多様な社会になっていくと思うので、高校野球もやはり多様化していろいろなチームが認められていいと思います。そういった動きにうちの優勝が貢献するのであれば幸いです。

森林監督の優勝インタビューを映し出すバックスクリーン
上田

僕は、前田祐吉さんからエンジョイ・ベースボールということを年中お聞きして、「高校野球は変じゃないか」といつも言われていたんです。それで僕は前田さんのやっていることを実践してやってきたつもりなんですけど、それを森林監督が進化させて、しかも日本一になり、ものすごく発信していただいた。

慶應義塾が普通に考えていたことが意外と世の中では受け入れられていない。例えば生徒が「森林さん」なんて呼ぶことは別にどうってことないことですけど、「さん付け」は信じられないとか、そういうことがたくさんありますよね。

だから、慶應義塾がやってきたこと、塾風をそのまま野球に落とし込んだらこうなるに決まっているじゃないかという思いが常にあります。森林さんの優勝インタビューは非常に素晴らしいコメントでした。

森林

学校全体が全社会の先導者となることを、福澤先生の言葉で目的としているわけですから、おっしゃったように、野球部が特別なことをしているというより慶應義塾全体がそういうところを目指している。

その中にある野球部なので、当然、高校野球の中で先導者というか、新しい道を切り開いていく役割、責任があるとずっと思っています。今回の優勝がそれを切り開いていくきっかけにしていきたいですね。

でも、今年の夏の甲子園は、スポーツマンシップというか、相手をちゃんと尊重する部分は、5年前に比べて明らかに改善され、気持ち良かったです。サイン盗みも、うちが対戦した学校は全然なかったですし、それこそお互いに笑顔があった。いい顔をして、気持ち良く野球をやっているチームが本当に多かったので、そういう意味では変わってきているなと感じます。

自分で考える野球

上田

森林さんは『Thinking Baseball』という本を書かれている。エンジョイ・ベースボールとシンキング・ベースボールの違いを今日はお聞きしたいなと思って来たんですけど(笑)。

森林

同じ題名だと本を出せないので、出版社からの勧めです(笑)。私は上田さんの1期生という形で野球をやらせてもらって、本当にその出会いが大きかったのです。

上田さんの影響を受けて、こういう野球をやはりやるべきだし、広げるべきだという思いでやってきたので、思いは今も変わりません。申し訳ないですけど部訓もそのままきれいに残させてもらっていますし。

上田

俺はこれは進化させているぜ、というのを聞き出したい(笑)。

森林

進化というわけではありませんが、自分が好きでやっている野球を自分で追求してほしいですよね。「シンキング」ということで言うと、子どもの時からこう習ってきたからとか、高校で指導者にこう言われたからやるのではなくて、自分で考えて試行錯誤をしてほしいというのが一番にあります。

本来は自分が上手くなりたいからこうやって投げたほうがいいかなとか、いや、やっぱり違うかな、とか、遠回りかもしれないけど、自分で考えることが重要なはずで、それを基本に据えたい。上手くいかなかった時に、監督やコーチのせいにしても不毛なので、まずは自分でこうやってみたいというものがあるべきだろうと思うのですね。

上田

森林さんは、もちろん技術指導はされていると思うんですが、まず考えさせてひたすら待つんですよね。そして、自分でやってこいという。僕なんか一番違うのは、せっかちなんですよ。すぐこうしよう、ああしようとやるタイプなんです。大学の堀井監督はもっとすごい。せっかちの3乗ぐらい(笑)。

選手たちが自分たちで試行錯誤し、それを森林さんが技術指導されて上手く成長していったということだと思うのです。成長至上主義というんですかね。成長を待てる監督、これが僕は新しい時代の高校野球監督像のキーワードになるのではないかなと思って見ていたんです。なかなか待てないんですよ。高校野球は時間が短いんでね。それを待てる監督なんだなと。

選手との人間関係はどんな感じでやっておられるんですか。

森林

選手とは普通に会話をするのが大前提ですけれど、こちらからあまり無理やり話し掛けたりはしないです。100人以上も部員がいますし、それよりは、よく選手を見るようにしています。例えば変化に気付き、調子や体調もよく見ていてくれているなと思ってもらえるように、私もコーチもスタッフ側が心掛けてきました。

「フラットに、いつでも話しにこいよ」と言っても、高校生は「いや、50歳の人に話せるかよ」と絶対思いますよね。そこは大学生コーチとかスタッフにコミュニケーションはお任せして。

上田

それがいいよね、中間管理職がいるからね。

森林

あまり1人で何もかもやろうとしていない。無力を感じながらいつもやっていますので。みんな助けてと。

メンタルだったり、治療の方だったり、いろいろな専門家の方に入ってもらって、どんどんうちの野球部で好きにやってくださいと。私が言うよりその道の専門家の方がちゃんと話してくださったほうが選手の耳に入っていくこともありますので。

エンジョイ・ベースボールの理想形

上田

森林さんが考える「エンジョイ・ベースボールの理想形」を聞いてみたい。これからどうしようとされているか。日本一を取ったら、もうやることがなくなっちゃった感じですか(笑)。

森林

いやいや、そんなことないです。優勝したからと言って次のチームはご褒美をもらえるわけでもない。この秋の大会はまた1から戦っていくので、私自身も優勝の余韻に浸っているわけではなく、次のチームに気持ちは向いています。

今回は日本一になりましたけれど、その年、その年のベストを尽くして、やはりうちの野球を発信していくということを気力、体力が続く限りはやっていきたいです。

今夏、横浜高校との試合で渡辺千之亮のバットの当たる位置が1ミリずれていればレフトフライで、あそこで終わっているわけです。スポーツは本当に紙一重の世界で、今年は勝ったから良かったとか、負けたから駄目だったというのでは全然ない。今年、勝たせてもらいましたけど、これは107年分の努力の蓄積の優勝と捉えたいと思います。

どの代も皆頑張っていますから、そこは今年の代だけをヒーローにしてほしくないとは思います。そこは私自身も勘違いしないようにしたいですし、歴代の監督、部長、選手、コーチ、皆がやってきたことが今年1つの形になったのだ、と是非見ていただきたいなと感じています。

理想形は、ベンチに私がいなくてもいいチームができたら一番いいかなと思いますね。最終的には、サインを出さなくてもよくて、ベンチに監督がいなくても大丈夫なチームになったら理想です。実際は難しいことですが、より1人1人が自立して考え、チーム、組織としても指導者やコーチに頼らずに、試合も練習も進めていけるようなチームになっていくことは理想かもしれません。

塾高のスタイルが普及すれば、それこそ高校野球の幅が広がることになるし、そうすれば高校野球を目指す子とか、高校野球をやらせたい親も、今までより増える可能性はあると思います。

上田

本当にそうですね。これからも他校から憧れられるチームを作ってください。