登場者プロフィール
小林 えみ(こばやし えみ)
よはく舎代表堀之内出版にて哲学・思想、社会問題等の書籍、雑誌編集に携わった後、2020年に独立。よはく舎を設立し、編集者を務めるかたわら、マルジナリア書店を開業。店主を務めるとともに書評・小説執筆も行う。
小林 えみ(こばやし えみ)
よはく舎代表堀之内出版にて哲学・思想、社会問題等の書籍、雑誌編集に携わった後、2020年に独立。よはく舎を設立し、編集者を務めるかたわら、マルジナリア書店を開業。店主を務めるとともに書評・小説執筆も行う。
宮城 剛高(みやぎ よしたか)
その他 : 紀伊國屋書店経営戦略室長環境情報学部 卒業塾員(2000環)。2000年紀伊國屋書店入社。新宿本店勤務の後、マレーシア、アメリカ、オーストラリア各国の紀伊國屋書店に出向を経て、2017年紀伊國屋書店に帰任。2022年12月より現職兼秘書室長(創業100周年プロジェクトの事務局も兼務)。
宮城 剛高(みやぎ よしたか)
その他 : 紀伊國屋書店経営戦略室長環境情報学部 卒業塾員(2000環)。2000年紀伊國屋書店入社。新宿本店勤務の後、マレーシア、アメリカ、オーストラリア各国の紀伊國屋書店に出向を経て、2017年紀伊國屋書店に帰任。2022年12月より現職兼秘書室長(創業100周年プロジェクトの事務局も兼務)。
岩尾 俊兵(いわお しゅんぺい)
商学部 准教授塾員(2013商)。2018年東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学博士(経営学)。明治学院大学経済学部専任講師、東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員、慶應義塾大学商学部専任講師を経て、2022年より現職。
岩尾 俊兵(いわお しゅんぺい)
商学部 准教授塾員(2013商)。2018年東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学博士(経営学)。明治学院大学経済学部専任講師、東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員、慶應義塾大学商学部専任講師を経て、2022年より現職。
横山 千晶(司会)(よこやま ちあき)
法学部 教授研究所・センター 日吉メディアセンター長塾員(1948文、89文博)。1995年ランカスター大学大学院修士課程修了。慶應義塾大学法学部助教授等を経て、2002年より同学部教授、2017年より日吉メディアセンター長。
横山 千晶(司会)(よこやま ちあき)
法学部 教授研究所・センター 日吉メディアセンター長塾員(1948文、89文博)。1995年ランカスター大学大学院修士課程修了。慶應義塾大学法学部助教授等を経て、2002年より同学部教授、2017年より日吉メディアセンター長。
2023/08/08
大型書店の使命感
最近本が売れなくなっているとよく言われます。この春は都内大型書店の一時休業が話題になりました。一方でセレクト型書店の開店が各地で活発となっている状況もあります。
デジタルコンテンツが飛躍的に増大する中で、読書のかたちも変化していると思うのですが、あらためて「本」の魅力はどこにあるのか。今日は現場の方々にお聞きしたいと思います。
近年はSNSでライトノベルを発表し、ファンがついてデビューするといったように、売り手や書き手のあり方もどんどん変わってきています。また、小林さんのようにご自身で書店を立ち上げる方もたくさんいますし、紀伊國屋書店のような老舗では、アマゾンなどのオンライン書店に対抗して変わっていかざるを得ない状況もあるのではないかと思います。
まずは宮城さんに、老舗書店が今どのように変化を遂げようとしているのかを、お聞かせいただければと思います。
紀伊國屋書店は今年、96年目を迎え、4年後には創業100年となります。私は23年前に入社し、出版不況と言われる通り、この間、日本の出版業界の成長を経験することなく書店人として働いてきました。他の書店もいろいろと試行錯誤している状況ではないかと思います。
当社の新宿本店は最初の東京五輪が開催された1964年にビルが竣工しました。近年、2019年から4年近くかけて耐震補強と基幹設備の更新工事を行い、同時に売場の改装も進めてきました。
社長の高井が工事・改装に際してこだわったのは、その間も休業することなく同じ場所で営業を続けることでした。そのため工事は階ごとに着手し、フロアの半分は売場、半分は工事といった状態の時もありました。工事のために売場の商品を他階に移動させることを十数回繰り返してきました。
おそらくビルを建て替えた方が費用は抑えられ、社員にとっても容易だったかもしれません。それでも営業を続けることにこだわったのは、やはり街のランドマークとなる大型書店が新宿にある、という状態を続けなければいけないという使命感も大きいです。
フロアごとに本を移動させるのは重労働ですね。
店を休業する上での難点はもう1つ、在庫をすべて一旦返品しなくてはならないことです。新宿本店の売場面積は1400坪ほどあり、その分の在庫を返品するとなると、出版社の負担が大きくなります。そうした事態を避けたいということも、営業継続の判断に至った理由の1つでした。
巷間言われている通り、書店を取り巻く環境は大変厳しいものがあります。そうした中で当社では、本を売る事業を営む企業としてこの先どのように経営を続けていくかが大きなテーマです。
現在、100周年の節目に向けたプロジェクトが始まっており、私はその事務局も務めていますが、100周年に向けて社長から号令がかかり、国内68店舗を100店舗に、また海外の40店舗も100店舗に増やすことを目指しています。
リアル書店の数が次第に減り、書店のない自治体が約4分の1に達したことが話題になるような状況下でどうすれば書店を増やせるか。これは当社でも大きな課題となっています。
理想の書店像を描く
書店が減り続ける中、店舗を増やしていくというのは大変だと思うのですが、リアル書店のゆくえという観点では、岩尾さんは新聞紙上(「読売新聞」2023年1月15日)で、「空想書店」というテーマでユニークな書店像を語っておられましたね。
あれは、新聞社から「理想の書店像を描いてくれ」という依頼があったんです。
私が描いた「空想書店」像は、真っ白い部屋にリアルの本棚とプロジェクションマッピングの本棚の2つがあり、客が本を選びながら部屋を1周すると人の動きを感知して別の本を揃えた棚に入れ替わるというものです。そうすれば、たとえ狭い部屋であっても世界一大きな書店になるのではないかと(笑)。
これは少し突飛なアイデアに聞こえるかもしれませんが、本はビジネス的にも大きな可能性を持つ製品領域だと考えています。
私が専門とする経営学の観点から言うと、書店にはビジネスモデル上の大きな強みがあります。それは、書店は基本的に在庫リスクを抱えていないという点です。日本の書店は再販制度(再販売価格維持制度)によって、出版社に自由に返品できる委託販売を主に行っています。これは他の業界ではあり得ないような大きな強みです。
そうした中、書店の課題は賃料と人件費でしょう。しかし、私は今、リアル書店には従来のイメージではない書店のかたちがあると思っています。
例えば地方都市には、街に書店がなく、文化的に貧しくなっていきそうな課題を抱えている地域があります。しかし、そうした地域には力を持った地元企業の経営者がいます。その経営者に、「本社ビルの1階を書店と図書館を兼ねるようなスペースにしませんか」と持ちかけてみるのはどうでしょう。そうやって地元企業の1階フロアにリアルの本を置かせてもらえれば、一定の規模の書店になります。
受付社員の方に書店員として応対してもらい、タブレットで売上管理してもらえれば、賃料や人件費の課題もクリアできます。地方に建物を持つ企業は地域に文化的な貢献ができ、老舗書店である紀伊國屋書店の看板を掲げることで喜んでくれる地元の名士も多いのではと思うのですけれど、いかがでしょうか?
一個人がある意味、公益として書店経営をやってみるというイメージでしょうか。
そうです。会社の工場やオフィスビルの1階などのスペースを活用して本との出合いの場を創り出し、企業が社会貢献する。こうしたビジネスモデルは十分ありえると思うのです。
岩尾さんの言う通り、書店というのは賃料と人件費というコストを負担した上でいかに利益を出すかというビジネスです。最低賃金も上がっている状況で新しい店舗をつくることは確かになかなか難しいのです。
「空想書店」のお話を聞いて思い出したのは、ディスプレイデザインを手掛ける丹青社が主催する「NEXSTO──次世代店舗アイデアコンテスト2022」でのことです。
このコンテストには主に学生や20代の若手デザイナーが応募され、当社の100周年プロジェクトメンバーが審査員で参加しました。この応募案の中に「壁面書店」という企画がありました。都市の地下空間の壁面にプロジェクションマッピングのようなかたちで小説の一文を流すという案で、審査員特別賞として選定させていただきました。
われわれも今までとは違う書店のあり方を模索する中でこうした新しいスタイルの店ができないかといった議論を重ねており、岩尾さんのアイデアはまさに私たちの方向性にもつながると感じました。
自分で書店を立ち上げる
一方、小林さんは「よはく舎」という出版社を主宰する出版・編集人であると同時に、マルジナリア書店というユニークな書店の経営者でもあります。出版から販売までをすべて行っておられるわけですが、どのような思いで書店を開いたのでしょう?
私は「よはく舎」と「マルジナリア書店」というネーミングがとても好きです。古書を買うとよく紙面のマージン(余白)に書き込みがあって、それを読むのも好きだからなのですが、この2つを屋号にしたところがとてもユニークだと感じました。
有り難うございます。私はもともと出版社の出身なので、その立場から業界を見ていて、圧倒的に売り場が足りないなと感じていました。
紀伊國屋書店のような大型店は小規模な出版社の本も取り扱っておられますが、やはりどうしても店頭にない本というものはある。日本は年間数万点(2021年、約6万9千点)の本が出版される国なのでそれも無理はないのです。
その一方で、出版社自体が良い本をつくり売り場を持つことは、直接的なマーケット展開という意味からとても大事だと考えていました。
マルジナリア書店を開いたのはそうした考えがあってのことです。私の住む最寄り駅、分倍河原駅前のビルのテナントに空きがあり、ここならば経営的に成り立つと算段できたことが直接のきっかけです。
分倍河原駅はJRと私鉄の2線が通っており、1日の平均乗降客数が合計6万人を超える駅なのですが、この商店街にしばらく新刊書店がありませんでした。
書店空白自治体が4分の1を超えたという話がありましたが、私は、自治体数ではなく対人口比で見るべきだと思うのです。すると、実はむしろ都内近郊や都市部のほうが、住民が多いのに書店が足りていないという実態が見えてきます。
自治体ごとに見ると、例えば人口が少なく、読書からも離れた高齢者がいるような自治体にも書店をつくるべきだという話になりますが、そんなことはないですよね。
なぜ需要はある都内で店舗が減っているかというと、賃料の問題が大きいからだと思います。都心、まして駅前や駅直結のビルの賃料の高騰によってビジネスが成り立っていたエリアが減っている。
そもそも出版業界で賃料が大きな問題になるのは、書店が得る粗利が低いためです。書籍販売での書店の利益率は一般的に20~25%程度です。それを直取引で買い切りにした場合、30~45%で設定されるケースが多いです。
1000円の本が売れた時、200円の儲けと400円の儲けではインパクトが違います。粗利が増えるとその分たくさん売る必要がなくなります。
街の人たちに開かれた場所としての書店なのだと思いますが、やはり地域の人たちのことを考えながら店づくりをなさっているのでしょうか。
そうですね。独立系書店をやっていると、並んでいる本は小林さんが好きな本なのですかとよく訊かれます。
例えば、マルジナリア書店ではスポーツ本のコーナーがあるのですが、私自身はスポーツにあまり関心はありません。でも府中に東芝のラグビーチームや競馬場があり、近隣の調布に大きなサッカー場もあるので、近所にスポーツがお好きな方も多いのです。
府中市には東京外国語大や東京農工大があり、また一橋大や津田塾大も近く、本を買う大学関係者や学生が多いので、人文書やサイエンス系の本も多めに仕入れています。このように街や立地のことも考えて選書しています。
岐路に立つビジネスモデル
先ほど、書店は委託販売によって在庫リスクを抱えていないと申しましたが、実は書店には売り逃しという隠れた在庫リスクがあるようにも思います。
書店はこういう本がありますよという、いわば情報提供機能を担っている業態ですよね。大量の本を並べて紹介し、売れなくても返品できることでリスクを回避できることになっている。
しかし、売れなかったら返品できる、と言っても、その間、その面積分の賃料が発生しているわけですね。書店の人たちはこうしたコストをあまり考えずにビジネスをやっておられる気がしているのですが。
岩尾さんの問題意識はよくわかります。書店業界であまり使われない言葉に「マーケティング」があると思うんですね。
書店とは基本的に老若男女、誰でもウェルカムな場所です。とくに紀伊國屋書店のようにあらゆる本を揃えている大型店はそもそも、特定の層をターゲットにする発想にはなりにくい。皆さんに来ていただき、気に入った本を買っていただくというスタンスです。
それはそれで正しいのかもしれませんが、一方でマーケティング的な発想は少ないとも言えます。どの層ならばたくさん買ってくださるとか、それによって売上げが上がるといった考え方に与していない部分はあるように思います。
小林さんがおっしゃった粗利の問題は大型書店ではいかがですか?
粗利の問題は書店の規模にかかわらず大きいと感じます。他の業界と比べてとても低い。当社はショッピングセンターに出店することも多いのですが、飲食店やアパレル店と同じ条件で賃料を設定されてしまうと、ビジネスとしては苦しくなります。
もちろん、委託販売によって在庫リスクを負わずに済むことは大きなメリットです。とはいえ、それに甘えている面もあると思うのです。極論すれば、いつでも返品できるから注文を多少誤ってもいいということです。
また、書店側から注文しなくても出版社や取次からの見計らいで入荷される業界の特殊な仕組みもあります。ですが、その結果として業界平均の返品率が雑誌で40%以上、書籍でも30%台後半となっている。当社の返品率はそれよりも低いのですが、それでも平均で30%を下回る程度です。
出版物流も今大きな問題の1つになっています。それを担うのが取次、とくに日販とトーハンという2大取次が大部分を負っています。ところが、先日公表された最新の決算を取次事業単体で見ると、トーハンが10億円程度、日販が20億円程度の赤字となっている。
つまり今のやり方では、運んだだけ損が出るビジネスモデルになっているのですね。さらに物流業界では、トラックのドライバーの時間外労働時間が制限される2024年問題がある。来年以降、出版物流をどう効率化していくか、考えなければいけない局面に来ています。
大型書店のチャレンジ
紀伊國屋書店では2015年に村上春樹の『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)を大量買い切りで仕入れていましたよね。あの時は社内でどのような議論が持ち上がったのでしょうか。
以前から当社の社長が出版流通の課題を解決するためには書店もリスクを取らなければいけないと話していた経緯がありました。
その流れの中で委託販売ではなく出版社と書店が直接取引し、買い切りで仕入れるケースを試験的にやってみたのです。
書店が在庫の責任を持つということですね。
はい。初版部数の9割を紀伊國屋書店が買い取り、さらに他の書店にも当社が卸すスキームで取引しました。
思い切ったチャレンジですね。
当時はやはり話題になりました。社内でも、取次経由で仕入れることが前提で業務がシステム化されている中でどう対応するのかといった議論もあり、イレギュラーな対応が多かったのを記憶しています。
こうした試みができたのは、当社は海外店舗が多かったことも背景にあります。国内と海外では粗利率が異なり、例えば米国では、書店の利益は1冊当たり大体45%くらいあります。その代わりに売れ残ればディスカウントバーゲンすることになる。
米国はアマゾンのお膝元ですから、ネットの売上げが増え、書店以外にもいろいろなチェーン店が影響を受けました。昔、ボーダーズという書店チェーンがありましたが倒産してしまい、もう1つのバーンズ・アンド・ノーブルという書店チェーンも一時だいぶ落ち込んでいました。
ただ米国では今、書店の売上げが持ち直し、独立系の書店が増える現象も起きています。小林さんのように自分で好きなお店をやり、そこがある種のコミュニティ的な役割を果たしていて、その店で本を買いたいというお客様がそれぞれに付いている。そういった店の影響はとても大きなものです。
アマゾンの売上げは今は停滞しているという話も聞こえます。リアル書店で本を買うことの大切さが読者に再認識されているのかもしれません。そうしたモデルが成り立つのは利益率が大きいからだとも思います。日本ではすぐに同じことができないとしても、やはり今までとは違うやり方で、時には書店がリスクを負って新たに利益を確保する方法を模索する必要があると思います。
“初速主義”のリスク
ただ、書店が買い切りにすると在庫リスクを抱えますよね。その結果、発売から1週間で初版部数の10%を売らなければならないような“初速主義”のリスクが強まりませんか?
それに陥らないために、例えば、買い切り対象の書籍は、半年や1年ほどは委託で様子を見ながら本当に売れているものを見極めて、買い切りに切り換えていくといった方法が良いように思います。
今はユーチューバーやインフルエンサーが書いた、話題性は高く、初速の勢いは良いけれど本当の読者がいるのか微妙な本がありますが、そういうものを買い切りにすると経営リスクに繫がるおそれもありますよね。
初速主義は書店というより出版社、特に大手が意識するところかなとは思うのですが、宮城さんはどれくらい意識されていますか? 実際はもう少し長い期間で展開の仕方を考えておられるように感じるのですが。
例えば、紀伊國屋書店新宿本店の1階にユーチューバーの本を置くのは、話題づくりや新宿という繁華街の土地柄もあるからですよね。
もちろん実売数もチェックしていますが、当社の場合は売場の担当者に仕入れの権限を委ねています。当然、出版社からいろいろな売り込みはありますが、最終的にどの本を売るかというのは、各担当者が判断しています。
もちろんすべての担当者が初速主義ではないとまでは言い切れませんが、うちはある程度現場の意思が反映されている方だとは思います。
例えば、これはいい本だから長い目で見て店頭に置き続けようといった判断は許されるのでしょうか。
そうですね。お店によって違う部分もありますが、当社は「担当者がやりたいならやってみてよ」で通せてしまうところがあります。
出版社が発売から1週間で10%売れたとなると発売即重版をかけたりする。そうなるととにかく出版社の営業にはプレッシャーがかかりますよね。だから、たとえ実際にはそれほど売れてなくても、即重版ですと、書店員に営業をかけることになります。書店員も、それを真に受けて何十冊もの在庫を1週間、2週間、1カ月と面陳列で置いてしまう。
一番目立つ所に何十冊と平積みされると、当然目立つので多少は売れます。ですが、本当に見るべきなのは賃料を棚差しと面陳列と平積みで割り算した時に、そこにどれだけの販売努力がかけられたかということです。
大量の面陳列は賃料からいっても大変な販売費用がかかっています。でも、100冊面陳列して1カ月で10冊しか売れない場合もある。一方、棚差しで1冊売れ、補充分もすぐに売れるような本は、わずかな販売費用で2冊売れたわけです。数だけ見ると面陳列の方が売れているように思えますけど、比較するとかけた労力ほどの力はない本だった、ということがわかります。
こうした、売れる本を売れない本が駆逐していく状況を、「悪貨は良貨を駆逐する」に倣い、私は書店におけるグレシャムの法則と呼んでいます。
出版社がなぜ初速主義になっているかと言うと、点数主義になっているからです。ざっくり言って、発行点数×発行冊数が出版社の売上だとすると、1点あたりの冊数が減っているから、昨年と同じ売上を確保しようと思ったら点数を増やさざるを得ない。
仮に年間10万冊を出さなければいけない出版社があるとします。それまで1点あたり1万冊売れていたうちは年間10点出せばよかったところが、1点あたり5000冊しか売れなければ、単純に2倍の点数をつくらないと資金が回らなくなります。
そうして絶え間なく新刊が出続けることになって売場の奪い合いとなった結果、初動が強い指標になっていったんです。
なるほど。そういう経緯なのですね。
リアル書店のスピリット
本はたしかに消費するものではありますが、実際に手に取ってパラパラとめくってみるという身体的な感覚も大切にしたい。本と出合い、大切に読むべきものだという魅力を伝えるために、皆さんはどこに力を入れていますか?
小林さんは本との出合いをつくるためにどのようなことに取り組んでおられるでしょうか。
まずリアル書店として、地元とどう関わるかというところを大切にしています。すごくベタですが、路面設置の看板にチラシを貼っておく。するとそれをご覧になる方が結構いらっしゃるんですね。看板のチラシに書いてあった本はありますか? と訊かれることが多いです。
やはりお客さんにとって目にした情報が手がかりになるので、その機会をどう増やすかということを考えます。今はやはりSNSが大きいですね。
私は今、ツイッターとインスタグラム、あと中華圏向けのレッド(RED、小紅書)という3種類のSNSで発信しています。お客さんがインスタを見てうちの店を訪れ、その画面を取り出してこれありますか? と訊かれることが多いです。その次がツイッターですね。
レッドは実験的にやっているものです。私は出版社もやっていますので、自社の本を海外に売り込みたいという気持ちもあってやっています。
レッドとはどういうものですか?
中国発のアプリで、アプリ自体は中国語か英語ですが、日本語でも投稿はできます。向こうでも日本語圏の漫画や本を知りたいという読者が非常に多いですし、日本に留学している中華圏の方がフォローしてくれたりしています。マルジナリア書店にもそういう方が来店してくれたりします。
マルジナリア書店はカフェスペースもあり、本当に入りやすそうなお店ですよね。
ビルの3階にあるので、子どもの入りにくさなど来店のハードルはあるのですが、カフェは来店動機として入りやすさに貢献しています。
いいですね。最近はブックカフェも増えましたし、「箱根本箱」のように本をコンセプトにしたブックホテルも登場していますね。
これはリアル書店の良さにつながる話かもしれませんが、最近はアマゾンのレコメンドの質が下がっている気がしています。書店で面白そうな本に出合う頻度のほうが高く、他方、アマゾンでおすすめとして表示される本には買いたいと思う本が1冊もなかったりする。
やはり書店の良さは一度に大量の本を見られることと、書店員の方がお店の規模に応じて棚をキュレーションしているところです。それらを見ながらこの本も読みたいなとか、こんな読み方ができるかもと思えるのがリアル書店の良さですね。
紀伊國屋書店ではいかがですか?
最近、若者の間で短歌が評判になっているという話があるのです。うちのいくつかの店舗にも短歌が好きなスタッフがいて、彼ら彼女らがもっと世の中の人に知ってほしいという主旨で、短歌集のフェアをやったり、それをSNSで発信したりしているんです。そうしたことを各地の店舗で展開しています。
それは初速の効果が期待できるからというよりも、純粋に好きでやりたいからという動機なんだと思います。うちはチェーン店ですが、その中でもスタッフの個性が見えた方が、お客様に伝わるのだろうなということは感じます。
「本屋大賞」の影響力は大きく広がりましたし、書店員の顔が見えることは本当に大切ですよね。店員さんの個性がうかがえる書店からは独自のスピリットが感じられます。
「あの書店で買いたい」理由
個性的な書店や棚が合わない人ももちろんいると思うんです。ですが、尖ったやり方であっても、上手に経営すれば、ひと家族が暮らしていけるぐらいにはビジネスとして成り立つのかなと思います。
品揃えも大切ですね。マルジナリア書店を目当てに分倍河原まで来る人がいるというのは、小林さんとの間に関係性が生まれている証しですよね。そこには、皆で本屋さんをつくっているという感覚があるのかもしれません。
独立系の書店のオンラインでの販売の可能性は、どのように考えておられますか?
品揃えの量で言えばもちろんアマゾンが強いわけですが、プラットフォームの種類が増えたことで個々にオンライン書店を開き、読者の方でも店をセレクトする動きが拡がっています。
例えば、幕張に関口竜平さんという方がやっている本屋lighthouseという書店があります。関口さんは尖った発言をされる方で、お店でもLGBTQに関する本や、政治に関するラディカルな本を推していますが、彼はこうした本をオンラインでたくさん売り上げています。
幕張まで行けないけれど関口さんから買いたいといってlighthouseのオンラインで本を買う人が多いからだと思います。マルジナリア書店もオンライン比率は実は高く、こうした傾向を見ると、オンラインはアマゾン一択という状況ではなくなっているように思います。
独立系書店の実売部数も侮れないんですよ。マルジナリア書店では2021年に『サラ金の歴史』(中公新書)という本が、オンラインを含めて100冊以上売れました。
この本はその後、新書大賞を受賞したように、もちろん内容がとても素晴らしい本なのですが、発売前からその内容が知られていて評判が高い、という状況ではない中で、口幅ったいですが小林が推している本だから買おうと受けとめられたところもあります。
「読書離れ」は本当なのか?
出版不況と言われますが、活字自体の需要は減っていない気がするんです。むしろ文字を読む人自体は増えているのではないでしょうか。
私もそう思います。「活字離れ」という言い方がちょっと変なのかな。
私はきっぱりと「活字離れ」を否定しているのですが、ちょうど先日、ライターの飯田一史(いちし)さんの『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社新書)という本が出版されました。飯田さんはデータを使ってきちんとお書きになられるのですが、今回も様々な調査を使って中高生の読書の実態を明らかにしています。
それによると、若者も本当にしっかり本を読んでいますし、ラノベ(ライトノベル)が人気と言われますが、それ一辺倒というわけでもない。
ラノベにしても、学校の図書館には入れにくいなど軽視されがちですが、昔の女性たちは今では古典になっている吉屋信子のような少女小説を読んでいたわけで、軽めのものを子どもや若者が読むのはいつの時代も当たり前の話なんですよね。
むしろそこで読書習慣がつくられるのであれば、ラノベもマンガも重要です。そこから私たちがいかに、さらにその後も、広くさまざまな本を読んでもらえるようなセグメントをつくっていくのかが、これからの読者の層を厚くするカギですね。
私も活字離れと言われている今、売場の担当者にはどう見えているのか社内で訊いてみたところ、やはり、「それって本当なの?」という意見が結構挙がりました。現場の感覚では、本離れ、活字離れは当てはまらないのかなと思います。
活字と言ったらツイッターも活字ですよね。それも含めたら、1週間で読む文字数は昔よりも多いんじゃないかという気がします。
紀伊國屋書店では近年、学生さんによる選書フェアをいくつかの店で展開しています。地元の高校や大学に声を掛け、店頭の1等地の棚を1カ月提供するので、学生さんが選んだ本を並べて売りませんかという提案です。
すると、結構乗り気になっていただけて、いろいろと考えて選書してくださるのです。とても凝ったPOPをつくってくれたり。そうしたら親御さんや知り合いの人も見に来てくださるのですね。
もちろん本を選んだ学生さんも、より本を好きになってくれるでしょうし、われわれにとっても気づきの多い試みになりました。彼らが将来のお客さんになってくれるかもしれませんし、そういうことも書店ができる役割の1つだと思っています。
棚をキュレーションする
僕は本を売る立場ではないのですが、昨年6月に出した『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)が3冊目の単著になりました。6刷り、電子と合わせて2万部と、書店になかなか置いていないわりにはクチコミで結構売れています。こうした本を制作するときにも感じたのですが、僕はやはり紙の本の方が、本を書く際にも便利だと感じます。
本を書く時には、どの本からどのネタを引用して使おうかなどと、セルフキュレーションみたいなことが必要になるのですが、執筆のためにすでに一度読んでいる本であっても、別のテーマで新しい本を書く時には、出合い直しのようなプロセスが必要になります。その時にやはり、本棚にリアルな本があることがすごく大事です。
背表紙が一目瞭然であることで、この本にはこんなことが書いてあったな、それならその本とも関連するからこっちも必要、という具合に執筆中に使う資料集の棚をまとめていくんですね。
次に書く本に合わせて棚をつくるんですね。
そうです。例えばいま僕が書いている本の1冊は、オペレーションズ・マネジメント、生産管理の教科書なのですが、本棚を眺めているうちに、生産管理を料理にたとえることができると気付いたりすることがあります。本棚を眺めてみると、『トウガラシの世界史』という本と、グローバルサプライヤーシステムの専門書とが結びついたりする。
例えば、ほとんど南米でしか作られていなかったトウガラシを韓国まで運ぶとキムチが誕生する。サプライチェーン・マネジメントと言われると難しそうと思われてしまいますが、トウガラシを例にすると理解しやすくなる。リアルな資料棚をつくると、そういう新しい発想が生まれやすくなるんです。そうした本との出合いや棚づくりはリアルの本だからこそだと思います。
それは学生にとっても一緒ですよね。あることについてレポートを書くようにと言われるとそのテーマの資料ばかり集めがちですが、実は全然違う分野ともつながっているな、という感じは、リアルな書棚の前で初めてわかるという体験はありますよね。
僕は、尊敬する経営学の先生とお会いするために研究室に伺うと、了解をもらって書棚の写真を撮らせていただくんです。その写真を見て僕が持っていない本を後からごそっと買う。そういう出合いもリアルな本じゃないと起こりませんよね。
それは面白いですね。私は普段日吉キャンパスのメディアセンター(図書館)を利用することが多いのですが、図書館や大型書店は本の配置が分野ごとに決まっています。でも岩尾さんは分野の違うものをつなげて考えている。これはなかなかできません。
そういった新しい発想で書店を楽しめたらと思うのですが、紀伊國屋書店ではそうしたことに取り組んでいたりしますか?
トライアルとしてやっているのが文庫コーナーです。文庫の棚は出版社別になっているのが一般的ですよね。そこである店舗では、時代小説の文庫の棚というのを実験的につくってみたのです。
例えば池波正太郎や司馬遼太郎といったさまざまな出版社から出している作家も「時代小説」で括り、同じコーナーに入れる試みです。すると売上げが伸びたりするんですね。
他方、コミックは出版社別で、ジャンプやマガジンといったより細かい分類となっています。さらにタイトルごとに五十音順に並んでいることが多い。それってそもそもお客様にとって探しやすい配置なのかなとも思います。そういう点も疑ってかかる余地があるというか、新しい棚づくりにトライするとまた違う結果が出てくるかもしれません。
本を媒介にして体験をつなぐ
ぶらぶら歩き回って出合う楽しみもある一方で、目当ての本と接しやすくする工夫も必要ですね。
そうですね。出版社やタイトル以外にも、この本とこの本は割と近いものですよといったつながりを見せるのも必要かなと思っています。
リアル書店がアマゾンに勝てる一番のポイントは、やはりキュレーション力なのかもしれませんね。
その点でマルジナリア書店はすでに空間そのものが本と出合う場所になっていますね。
そうですね。私たちの棚は新書コーナー、文庫コーナーという分類ではなくジャンルごとの分類になっています。サイエンスのコーナーであれば、新書もありますし、単行本や専門書もあり、子ども向けの本も揃えてみたり、といった並びになっています。
マルジナリア書店では先日、『巨大おけを絶やすな!──日本の食文化を未来へつなぐ』(岩波ジュニア新書)という本に結びつけてお醬油のイベントをやったんです。
この本は小豆島の醬油蔵の職人が、巨大桶の職人さんが絶えてしまうというので、自ら桶職人に弟子入りして木桶を作れるようになったそのいきさつを書いた本なんです。その活動の面白いところは、醤油メーカーが自分の所で桶をつくれるようになって良かったね、で終わるのではなく、ほかの醤油蔵や酒蔵、味噌蔵といった巨大桶を必要とするところと一緒に桶サミットという集まりを開き、巨大桶づくりの技術の伝承という問題に踏み込んでいるんですね。
このままでは木桶がなくなってしまうという危機感に溢れていて、その本が面白いと評判になった時に、せっかくならその蔵のいいお醬油を試してみたいね、となり、マルジナリア書店ではお醤油も販売することにしました。
お客さんの中には本にそれほど興味がなく、お醬油だけを買っていかれる方もおられるんですが、こうしたことをやるうちに、こんな本が出ているんだという認知につながっていくこともあります。お客さんを本の世界に巻き込んでいくというのが大事ですね。
当店ではカフェ席でコーヒーも提供していますが、コーヒーだけ飲みにくるお客さんも多いんです。ただ、10回来れば1回は、この本面白そうといって買っていかれることもある。いろいろなかたちで本と接触する機会をつくっていくのがよいのかなと思っています。
読書文化を創造するような活動ですね。
実際に本を手に取ってわかること
図書館は、大体カバーを外して保管されてしまうことが多いのですが、日吉メディアセンターではカバーごとコーティングして保管するようにして、装丁も楽しみながら本を選べるようにしました。
装丁の魅力も本を手に取る愉しさの1つですよね。私は和書も洋書も結構装丁買いをしてしまうのですが。
装丁に関して言うと、独立系書店の他にも今、独立系出版社が増えていて、小規模ながらも皆、本当にいろいろな装丁の本が出ています。そういう中で本好きな人たちが、横山さんの言うようにいろいろな本のかたちを楽しんでいます。
装丁の話から少し脱線しますが、こうした独立系出版社増加の指標として、出版社の団体である版元ドットコムの会員出版社が2023年7月現在、520社に及んでいます。
会員出版社は大手ではなく1人出版社が多く、それぞれに特色ある本をつくっています。例えば、ちとせプレスさんは心理学を中心とした専門書をお1人でつくっていたり、吉田書店さんは政治・歴史・フランス関係の本をつくり続けておられ、12年で2023年4月で111点を出版したと聞きました。
そういう小規模出版が盛んになることで魅力的で多様な本が増えるというのは、先にお話しした点数がただ増えるということとは違い、マーケットを豊かにする動きです。その中で、どのように出版物を見せていくかという点で装丁はとても大事で、書店でも面白い売り方をしているお店もあります。
例えば、内容や種類を問わず赤い表紙の本を集めた、赤い本のフェアを、すずきたけしさんという方が実施されたりしていました。そうした遊び心のある並べ方をすることで、知らない本を偶然手に取るきっかけになったりします。
モノであるところから、いろいろなかたちで楽しむことができることも本の魅力ですね。
紙の本の魅力というのはやはり捨てがたいものがありますよね。私の『13歳からの経営の教科書』も紙でしかできなかった試みをしているのです。
小説仕立ての本編とは別に、後ろから読む「みんなの経営の教科書」というのがついているんですよ。これは電子書籍では上手くつくれないんです。
当社の新宿本店では5月25日に岩波書店と共催して「広辞苑生誕祭」というイベントを行いましたが、日本の本づくりは本当に質が高いことがわかりました。
私は海外の勤務が長かったので、向こうでペーパーバックの本にも親しみましたが、紙はすぐにぼろぼろになるし、値段が高い割に背表紙もすぐにほどけてしまう。それに比べると日本の本ははるかに良くできています。
広辞苑は、あれほど分厚いのに本文の紙はすごく薄く、大変な情報量が詰まっている。イベントでは、広辞苑をコピー用紙でつくるとこれくらい分厚くなりますというデモンストレーションも展示されていたのですが、そういうモノとしての広辞苑の魅力というのを再認識するいい機会をつくることができました。
「広辞苑生誕祭」、私も参加してみたかったです。
とても好評で、お客様も大勢集まりました。こうしたことはリアル書店じゃなければなかなかできないのではないかなと思います。
リアル書店は、マルジナリア書店でのお醤油のイベントや紀伊國屋書店での「広辞苑生誕祭」のように、本を媒介に著者や店主と会う場や、さまざまな集まりを提供したりできるのが何よりもよいところですね。
そうですね。当社も新宿本店のリニューアルを機にイベントスペースを増やしたんです。3階にアカデミック・ラウンジというスペースを設けて、主に学術書などのイベントに活用しています。先ほどの広辞苑についてのイベントもここで行ったのですが、大変引き合いが多く、結構先まで予定が埋まっています。
コロナ禍による不幸中の幸いはリアルとオンラインのハイブリッドでイベントを打てるようになったことです。コロナ前から新宿本店で継続的にやっていたイベントの1つに、光文社の古典新訳文庫の読書会というものがあるのですが、それまでは対面で30名ほどの方に出席してもらっていたのです。コロナを経てオンライン参加も受け付けるようにしたところ、各地から合計100人くらいの方が毎回参加してくださるようになりました。
本というものは新しい世界を拓いてくれるだけでなく、人との出会いのきっかけになることがよくわかりました。今日は私が知らない本の世界を教えていただき、有り難うございました。
(2023年6月14日、三田キャンパスにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。