慶應義塾

【特集:アフターコロナのTOKYO論】座談会:コロナ禍を経て 明日の東京に暮らす

登場者プロフィール

  • クリスティアン・ディマ(Christian Dimmer)

    早稲田大学国際学術院国際教養学部准教授/空間・環境デザイナー

    2001年カイザースラウテルン工科大学(ドイツ)卒業。08年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(都市工学)。東京大学先端科学技術研究センター助教等を経て21年より現職。専門はコミュニティデザイン、アーバンスタディーズ等。

    クリスティアン・ディマ(Christian Dimmer)

    早稲田大学国際学術院国際教養学部准教授/空間・環境デザイナー

    2001年カイザースラウテルン工科大学(ドイツ)卒業。08年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(都市工学)。東京大学先端科学技術研究センター助教等を経て21年より現職。専門はコミュニティデザイン、アーバンスタディーズ等。

  • 谷川 拓(たにかわ たく)

    三菱地所株式会社エリアマネジメント企画部ユニットリーダー

    2003年東京大学工学部都市工学科卒業。同年三菱地所に入社し、不動産の売買仲介、企業再生アドバイザリー業務に従事。2017年より現職で、大手町・丸の内・有楽町地区のエリアマネジメントを担当。

    谷川 拓(たにかわ たく)

    三菱地所株式会社エリアマネジメント企画部ユニットリーダー

    2003年東京大学工学部都市工学科卒業。同年三菱地所に入社し、不動産の売買仲介、企業再生アドバイザリー業務に従事。2017年より現職で、大手町・丸の内・有楽町地区のエリアマネジメントを担当。

  • 田中 大介(たなか だいすけ)

    その他 : 日本女子大学人間社会学部教授文学部 卒業

    塾員(2001文)。2007年筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は社会学(都市論、メディア論、モビリティ論)。日本女子大学准教授等を経て22年より現職。

    田中 大介(たなか だいすけ)

    その他 : 日本女子大学人間社会学部教授文学部 卒業

    塾員(2001文)。2007年筑波大学大学院人文社会科学研究科博士課程修了。博士(社会学)。専門は社会学(都市論、メディア論、モビリティ論)。日本女子大学准教授等を経て22年より現職。

  • 本間 友(ほんま ゆう)

    ミュージアム ミュージアム・コモンズ専任講師

    塾員(2004文、06文修)。卒業後、慶應義塾大学アート・センターにて展覧会の企画、アーカイヴの運営、地域連携プロジェクトの立案を行う。2021年より現職。専門は、ドキュメンテーション、美術史、博物館学。

    本間 友(ほんま ゆう)

    ミュージアム ミュージアム・コモンズ専任講師

    塾員(2004文、06文修)。卒業後、慶應義塾大学アート・センターにて展覧会の企画、アーカイヴの運営、地域連携プロジェクトの立案を行う。2021年より現職。専門は、ドキュメンテーション、美術史、博物館学。

  • 小林 博人(司会)(こばやし ひろと)

    政策・メディア研究科 教授

    1988年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。2003年ハーバード大学大学院デザインスクールデザイン学博士課程修了。デザイン学博士。専門は建築設計、都市デザイン、まちづくり等。小林・槇デザインワークショップ代表。

    小林 博人(司会)(こばやし ひろと)

    政策・メディア研究科 教授

    1988年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。2003年ハーバード大学大学院デザインスクールデザイン学博士課程修了。デザイン学博士。専門は建築設計、都市デザイン、まちづくり等。小林・槇デザインワークショップ代表。

2022/08/05

コロナ禍を経た東京の開発の課題

小林

本日は、2年以上にわたるコロナ禍を経て、アフターコロナを見据えた東京の姿を、それぞれ異なる専門をお持ちの皆様と討議していきたいと思います。

コロナ禍で、在宅勤務という形態が拡がりましたが、実は今、東京都心の再開発が東京駅の東側、日本橋・京橋あたりだけで16カ所行われています。そこには三菱地所さんのTOKYO TORCHも含まれていますが、今後15年ほどで300万平米もの床ができる予定です。300万平米というのは、そのうちオフィスが5割だとしても、1人あたり10平米換算として15万人ぐらいが働けてしまうぐらいの床面積です。今、そのあたりの昼間人口は30万人ほどですからその半分ぐらいの床を今まさにつくっているのです。正直、これは今後の東京を考えたときに果たして健全なことなのかどうかと考えています。

去年、私はサバティカル(研究休暇)を頂いて、秋口にアメリカとヨーロッパの都市をいくつか回ってきましたが、欧米の諸都市は開発はあまりしていない。していても住宅系のタワーが多い。オフィスビルはもうほとんどつくっていないのではないかと思うぐらいです。

そのように東京を開発という目で見たときに、こういった新しい開発は今後東京にとってどのような価値になりうるのかということを考えなければいけないと思います。これからの不動産ビジネスは、オフィスに頼っていていいのだろうかという問題意識が僕にはあります。

もう少し広げて考えてみると、この2年間、予想もしなかったパンデミックに直面して、「街に出るな、人に会うな、家にいろ」と言われた。それまで想像もしないことでした。

都市というのは人が集まって成り立っていて、集まることで文化が生まれる。それが都市の魅力だし、強さだし、活力ですよね。人が集まると、そこに情報もお金も集まるわけで、それが都市なんだけれど、「集まるな」ということは、都市の根本的な価値、意味がかなり否定されることになる。ですので、果たしてこれから都市、東京を考える時に、今までの都市観で考えていていいのだろうかと感じるわけです。

何のために僕たちはこれから都市にいたいと思うのか。これからは実は都市にあまり人が集まらなくていいということに気づいてしまったのではないか。そうしたときに、では何のために東京に出てきて、どう過ごすのかという意味を一度きちんと考えておきたいと思うのです。

また、インターネットでも人はつながれることがよくわかった。これからオンラインなしでは生きてはいけないと思うけれど、デジタルに、バーチャルにつながるということを踏まえた上で、リアルな都市の価値というのはすごく高まるようにも思うわけです。

通勤して働くオフィスビルといったものが、今まさに見直されて昼間人口が減った中で、働くだけではなくて都市に住むであるとか、楽しむということがその都市の魅力になるのであれば、「都市に暮らす」という部分に都市の魅力は移っていくのかもしれません。

一方でコロナの影響で2021年の東京の人口は減りました。東京にだけは人が増えていっているのかと思いきや、東京からも人が流れ出ています。

また、グローバルに見て、東京をどう位置づけるのかという視点もあります。他の都市、特に今伸びつつあるアジアの都市や、ヨーロッパの成熟した都市との比較の中で、東京をどのように考えるべきか。

建築家の槇文彦さんは、東京というのは穏やかな都市だと言われています。その意味は、他の諸都市とくべて安全であるということとともに、平穏に時を過ごせるということかと思います。あまり目立たないけれども、それはすごく高い価値なのではないかと思うのです。

ぜひ皆様ご自身の専門分野に引きつけて、お話をして頂きたいと思っています。では田中さんから、これからの東京、いかがお考えでしょうか。

田中

私は社会学の視点からお話ししますが、今、小林さんがおっしゃっていた都心の再開発が、今もかなりの規模で進んでいるという話は非常に興味深いものです。

少し大きな話から入ると、東京一極集中と言われる状況が1990年代後半から進んできています。高度成長期は都市拡大と郊外化が進み、20世紀末以降は都心回帰や再都市化が進むと言われます。経済がある程度停滞し、人口が減少してくると、都心部が再開発されて、再都市化していくようなトレンドがあると思います。

郊外化の面的な拡大から再都市化による点的な集中へというこの状況が、コロナ後、どうなるかわかりません。ただ、確かに人口流入は少し止まったのですが、実は基本的に人口は東京圏の中で移動している。つまり都心にいた人たちが周辺部に動いており、都市内分散という形で進んでいる。そうした時に、これまで進んできた再都市化のトレンドに基づいた都市内部の再開発はどのようになるのかと思うのです。

一方、穏やかな日本の都市に関連して、東京というのはかなり鉄道に依存した、鉄道都市というところがある。私自身、通勤・通学の社会史のようなものを社会学的な視点からやってきたのですが、電車の混雑率が、1980年代から90年代にかけて200%を切り始めていたものがコロナで激減し、100%程度になっていったことに注目しています。もしこれが続くのなら、マナー良くおとなしく満員電車に耐えるのが前提だった東京の生活様式も少し変わるのではないかと思うのです。

それに関連して、日本人がマスクを外さないという選択肢を維持していることも気になります。そこがおそらく日本的都市のコミュニケーションの特徴なのかなとも思っています。

小林

確かに東京は、鉄道を中心とした都市の発展というのがすごく成功している。鉄道事業というのは今まで失敗したことがないと思っていたら、コロナでJRが赤字になってびっくりしましたが、あれだけインフラ整備をして、乗ってくれなかったら困りますよね。

田中

そうですね、維持費はやはり相当かかります。JRになってから、収益の柱が、どちらかと言うと不動産開発やショッピングセンターとかに移ってきているので、そういうところでも鉄道事業、鉄道がつくる都市ということが曲がり角に来ています。

先ほど言われた穏やかな日本の都市の中で全然穏やかでなかった部分があるとしたら、やはり満員電車の殺人的な混雑というのがあった。それが、かつてに比べるとかなり穏やかになった。そうすると、鉄道は安定したSDGsにも貢献するようなサステナブルな交通ではあるんですが、満員電車が解消されて、運賃だけではない収入で維持できるのであれば、またさらに穏やかな都市というものもあり得るのではないかなとも思います。

都市の「更新」という意義

小林

鉄道都市東京という視点は東京の都市の特徴を考える上で大切ですね。では谷川さん、いかがですか。

谷川

都市再開発についてですが、今、当社を含めていわゆる不動産デベロッパーと言われる、三井不動産さんや森ビルさんなどとの議論でも、再開発の多さは話題にあがることは確かにあります。しかし、働いている人の目線に立った場合、自分の会社が比較的古いビルからきれいで便利なオフィスに移転したらきっと喜ぶと思うんですよね。だから、民間デベロッパーがやっている再開発というのは、つくりすぎかどうかの議論はあるにせよ、東京という都市を更新していくという意味では、やはり必要な行為なのではないかと思うのです。

そうなると、いわゆる従来の中小ビルが今のままでよいかを考えなければいけないわけです。見直しの動きが地区全体の再開発になるかもしれないし、建物が違う用途に変わっていくきっかけになるかもしれない。オフィスビルが住宅やホテルになるかもしれない。おそらくそうやって街は変化していくものだと思うのです。

そういうことを念頭に置いて、お話ししますと、今、私が働いている大手町・丸の内・有楽町地区(大丸有)のオフィスの就業者の戻り率は、コロナになる前を100とすると、せいぜい60くらいです。雨が降ると40になったりする。要は全員が毎日会社に来なくても仕事ができる環境になってい るのです。

特に大手町・丸の内・有楽町は基本的にオフィス街なので、その影響をもろに受けています。例えば今日もそうでしたが、ランチタイムにご飯を食べに行っても、コロナ前だと混んでいて中々入れなかったお店も空いている、みたいなことが起きています。

ゆえに我々は、ではオフィスに来た人たちに、どんなサービスが提供できるのかという視点と、都市として生き残っていくために何をしたらよいのだろうといったことを、とても危機感を持って考えています。

オフィスに来る理由の1つはやはり偶発性・偶然性だと思います。皆がリモートワークしていると、たまたまオフィスで見かけて、「あ、彼に何か言うことがあった」とパッと思い出すようなことが起きない。やはりオンラインよりも、皆がオフィスに出ているほうが仕事の進みは速いんです。いちいち会議をセットしなくて済む。すると、我々がこれから取り組まなければならないサービスは、偶発性が高まるようなオフィスの使い方やつくり方を提案していかなければいけないんだろうなと思うのです。

もう1つ、キーワードとしては、「食とエンタメ」があると思っています。これまで平日のランチというのは特別なものではなくて、会社や学校の近くの食堂で食べる、と言ったある種作業的なところもあったと思います。

しかし人に会えない時間が長過ぎた結果、食をきっかけに人と会い、しゃべりたくなる。するとそのときの食は、500円のラーメンを急いで食べる、とかではなくて、1,000円、2,000円する、少しいいものをおいしく食べながら1時間ゆっくりしゃべる、といった機会が増えているのではないかと思うのです。ですので、これから街に人が来る理由の大きな一つに、食があるということになるのではないかと思っています。

エンタメは言わずもがなですね。やはりオンラインのエンタメだけだとつまらないので、ライブ感のあるエンタメ、音楽かもしれないし、野球、サッカー、ラグビーのようなスポーツかもしれませんが、そういうことが街に人を引きつけていく大きな要素になっていくのではないかと思っています。

小林

今お話があったように、新しいオフィスをつくることが、都市の更新の起爆剤になるというのは、その通りだと思います。新しいオフィスができると、やはりそこにはきちんと人が入る。その人たちはどこから来ているかと言うと、少し古いビルから来ている。そこで空いたところに、またそうではない、もう少し小さいところがまた入る。すると最終的に残った古いビルが空いてしまうことになる。

ですから、おっしゃったように、中小のビルを今後どのように、コンバージョンなのか、リフォームなのか、上手く計画できれば、好循環ができるような気がするんですよね。

まさに谷川さんのお仕事は、今の日本のいわばホワイトカラーの生産性に直結しているわけですよね。そこでたくさんの人が電車に乗って集まって毎日やってきていた。何の疑いもなく繰り返していたことが、そうでなくていいんだということになって、生活様式が変わったということですね。

谷川

そうですね。例えばお店の選別がされるようになったと思うのです。つまり人気店は、今、最近コロナ前とあまり変わらないぐらい行列になっている。一方、そうではない、チェーン店のようなお店は選ばれづらい状況になってきていると思います。例えば週に2回ぐらいしか会社に行かないからその時はせめておいしいものを食べたい、と言ったことなのかもしれません。

それと、なぜ食とエンタメかと言うと、2年以上にわたるあまり外に出ない生活で、皆さんすごく五感を使いたくなったんだろうなと思うんです。やはり人の動いている雰囲気を何となく感じるとか、皮膚感覚をもっと感じたいとか、五感がすごく敏感になったのではないか。きっとその五感を刺激するものがこれから、選ばれていくようになるのではないかと思います。

中小ビルのところにしわ寄せが来るというのはまさにその通りで、これから大きな再開発をするときには、そういうまわりの地域の循環もセットにして提案しないとだめかもしれません。例えばこういうエリアでくくって再開発するのだったら、こちら側の面倒はどう見るかという話を一緒に考えていく。地域に貢献してやっていきますよということをお約束することが大事になるのかなという気がします。

自分の会社の話ではないですが、日比谷ミッドタウンが建っているエリアには日比谷エリアマネジメント(日比谷エリマネ)という組織があって、線路沿いの小さいお店が入っている場所のエリアも実はエリマネの範囲の中に入っている。三井不動産さんはこうした方々ともまちづくりを一緒やりますよと約束しているのです。

ミュージアムを襲ったコロナ禍

小林

では本間さん、アートの面からコロナによる都市の変化はいかがでしょうか。

本間

やはりコロナ禍では、ミュージアムはすごく打撃を受けました。最初は国立、公立、私立を問わず、東京のミュージアムは閉じるという選択をしたと思います。基本的にミュージアムというのは、やはり足を運んで、見てもらうことを前提につくってあるものなので、閉じてしまうと手も足も出ないのです。人気がなくてお客さまが来ないことはあっても、そもそも「開けられない」ということを、どこのミュージアムも今まであまり考えたことがなかった。

一方で、ミュージアムの大事な機能には、収蔵するコレクションのケアと調査研究があります。展示の華々しさの影で忘れられがちな機能ですが、コロナ禍でコレクションに関する調査研究と情報発信の重要性が見直されました。先日改正された博物館法では、デジタル・アーカイヴの構築などを通じたコレクション情報の公開を、ミュージアムの事業として正式に位置づけるようになっています。

しかし、デジタル・ミュージアムというのはやはり難しい。ここ2年間で様々な試みが出ましたが、どうしても作品を見せたいと思いますし、実物の作品を目の前にした体験というのは代替できません。もともとミュージアムにある作品の多くは、現実の空間の中に置かれることを想定してつくられているわけで、デジタル空間上に切り出しても十分には機能しないのです。

コロナ禍という状況下で物理的な空間を開け続けるための一つの方法は、もちろん、予約制にしたり、あるいは会員だけに見せるような、オーディエンスの数を絞っていくという方法です。これは現実的な解決ではありますが、実はミュージアムの役割からすると逆戻りしているように感じます。ミュージアムというのは、もともと資産がある人たちのプライベート・コレクションだったものを、社会に対して開いていくためにつくられたものだからです。

小林

なるほど、そうですね。

本間

また、やはり物理的な場所がないと難しいということは別の点でも感じています。雑多性というか、何だかよくわからないものを上手く置いておける場所を、デジタル上につくりだすのが意外に難しい。

デジタル上でものを見せる時には、例えばHTMLで記述するとか、何か共通のプロコトルが必要で、そのプロトコルから外れてしまうものの居場所がないのではないか。芸術というのは約束事から逃げていく要素が強いものなので、その意味でデジタルの世界の中に芸術の居所はあるのだろうか、と考えることがあります。

アートだけではなく、コロナ禍でデジタルでの活動が日常生活に浸透してきたことによって、いろいろなところで約束事がすごく強くなったと思うんですね。東京などの、たくさんの人が集まっている都市の面白さというのは、ある種の無秩序性というか雑多性にあると思うのです。つまり一つのプロトコルに回収されないダイナミックさが大事なのですが、その部分がコロナ禍で大きく影響を受けたのではないかと感じています。

雑多性という都市の魅力

小林

ミュージアムというのは、それこそ都市にあるエンタメの一つかもしれませんが、実際にアートというものはまさにリアルな空間でつくられ、リアルな空間で見て、感じてもらうためにつくられたものだと考えると、その空間から外してしまうのが非常に難しいということだと思います。

おっしゃるように都市こそ雑多性があると思うんですよね。人があまりいない疎な空間では雑多性というのはあまり重要ではない。ギュッと集まっていて、別にそこにいなくてもいい人がいたり、なくてもいいものがあるといったことが許容されるのが都市だったりする。何かそういう都市の隙間みたいなところに面白さがある。

本間

先ほど更新というキーワードが出てきましたが、やはり都市の文化の面白さというのは、いろいろな人が集まって、それぞれのタイミングで文化に関わっている、その更新の、代謝のタイミングが一様ではないところにあると思います。今の若い人がアナログレコードの良さを見出しているように、「ズレ」がある。ある文化に対して焦点が当たるとか、新しい文化が生まれるといったことが、一様ではなくてズレながら行われていくところが、都市の文化を面白く、また強靭にしていると思うのです。

都市の再開発の話で言うと、300万平米という物理的な空間が一時に建て替えられ、一定の価値観を共有する人たちのコントロールの下に一斉に書き換えられる時、もしかしたら代謝のタイミングのズレで担保されているかもしれない都市文化の強さみたいなものに、脆さが生まれてしまうのではないかという危機感が少しあります。

小林

一遍に変わることで、それが失われてしまわないかということですね。

一つ伺いたいのは、アートはやはり経済が発展してこれから伸びようという時代ではなかなか余裕がなくて、ある種、成熟した都市や国家でこそ、評価されるのではないかという考え方があります。この何十年か日本は停滞というか成熟してきたと言えるかもしれないので、ようやくアートに目が向けられるような時代が来ているのではとも思うのですが。

本間

そうですね。でも日本の芸術が、今、元気がいいのかと言うと、それはよくわからないですね。

例えば第二次世界大戦後の厳しい時代、日本の前衛芸術は、国際的に見ても先端を行くものだった。そういった活動は今、アメリカなどで高く評価されています。そうなると、クリエイターたち、アーティストたちの作品をつくる力は、経済的な余裕と必ずしもリンクしないとも考えられます。

一方で、それに相対する社会の側には、おっしゃるようなことがあるのかもしれません。ある学生が、現代アートはよくわからないと感じるけれど、それが展覧会などの形で目に見えるところに出てくるのは、それを支える人たちがいることを示している。だから今、自分のいる社会が、よくわからないものを支えることができる社会で、自分も受け入れてもらえると思える気がする。つまり、現代アートの存在に、社会に対する信頼みたいなものを見いだせると言うので、ハッとしたことがあります。

「つながりづくり」が必要

小林

アートと都市のつながりを考えることは面白くかつ大切ですね。さて、ディマさんは、都市デザインとかまちづくり、都市計画などがご専門ですが、一方でドイツから日本に来られているという視点は日本人には持ち得ない視点です。もう日本はずいぶん長いですよね。

ディマ

21年です。

小林

じゃあ人生の半分ぐらい日本ですね(笑)。それでもある種きちんと外から日本を見る目をお持ちだと思いますが、どんなことを感じていらっしゃいますか。

ディマ

そうですね。やはりすごく東京や日本の都市がレジリエンスを持っていることは理解できました。密度が高く、満員電車であっても、コロナの感染率は高くなっていなかったですよね。アメリカやヨーロッパの都市と比べると、そのレジリエンスがあったんですね。でも、強い点が同時に弱点でもあるとも言えます。

例えばパンデミックの前から「孤独」がすごく感じられた。そもそもコロナ前から日常生活で人とあまりつながっていないんですよね。例えば新しい家は窓がだんだん小さくなっていたり、人はあまり外に出て交流していないように思えました。人の間のつながりが非常に弱かったから、感染症流行の中では、逆にそれが強みになったんですよね。

でもやはりこれから、少子高齢化が進んで、温暖化も進んで、国際的なエネルギーや食料品の問題など、大きい課題は残っている。それをどうしても考えなければいけない。その際に、やはりディープアダプテーション(「深い適応」)という概念がありますが、本当に深くアダプテーションしなければいけないと思います。

これから社会的なレジリエンスをつくるためには、社会的なネットワーク、人の間のネットワークはすごく重要なポイントです。でも、新しい公園を見ると、だめなサインがたくさんある。テニスコートの周りもカバーがあって、公共空間の中でも、すごくプライベートな閉鎖感があるんですよね。それはどうしたらいいか考えなければいけないと思います。そのきっかけづくりが重要なポイントになると思います。場づくりとかつながりづくりですね。

谷川さんが言われた通り、新しいビジネスの環境はそれも提供できるし、本間さんが言われた通り、アートはネットワークをつくるためのツールとしても考えられるし、これからそうしたことを考えなければいけないですね。

小林

「つながりづくり」ということですね。日本の公園なんかを見ていても、あれはするな、これはするなばかりですよね。あれはがっかりしますね。

ディマ

知らない人とつながりたいと思っても、怪しいとか変な人と思われて会話もできないですよね。会話をしたいなら、古い銭湯とか下町のおばちゃんの店に行かなきゃいけないです。それ以外はあまりつながれないですね。

仕事はすごく重要なことですけど、仕事のために生活していた人がかなりいました。それはたぶんコロナによってこれから変わるんですよね。ワークライフバランスが重視されて、新しい可能性が生まれてくるから。

小林

私はディマさんは大きいスケールの話をするのかなと思いきや、一番人間的な話でした(笑)。人と人のつながりが一番大事だと。それはその通りだと思うし、そういう言葉を言っていただけるというのは、日本のよさは本来、人と人とが本当に信頼してつながり合っているところにあるはずだということなのだと思います。でも、本当は、子供が転んだら起こしてあげたいけれど、子供好きな変な人が来たと心配させたくないから放っておくみたいな、過度な気遣いをしたりする。

そういう、先回りして気を遣うところがあるから、皆マスクを外さないのかもしれない。何かそういうところが少し人間の関係を疎にして孤独にしてしまっているところはありますよね。

アフターコロナの東京を考える際にも、人のつながりを考えることは、大事な話のような気がしますね。人間のスケールで言うと、そのように、つながることをもう一回考えろと言われているような気がします。

ディマ

そうですね。海外だと公園の中にも、または丸の内みたいなビジネス街にも、アーティストがいます。でもそれはエンターテインメントのためではなくて、人をつなぐためのアーティストです。

例えばコロンビアのボゴタに「トラフィック・マイム」という人たちがいます。寂しいおばあちゃんたちをつなぐためのアーティストです。政府がそのお金を出しているんです。今までは日本はそういう意識はあまりなかったですね。東北の復興でも、ハードウェアのためにお金だけを出していて、ソーシャルカフェをつくるためのお金とか、ソーシャルアーツをやるためのお金は出ていないですね。

今までは経済的な利益が見せられなければ難しかったけど、新しい施策をつくりたいなと思います。

本間

ソーシャリー・エンゲージド・アート(SEA)と言いますが、コミュニティへの参加や協働を通じて、社会的価値観の変革を促す活動があります。アーティストがある種異物として社会に挟み込まれることによって、固まっている枠組みをずらして隙間を作り、コミュニケーションを生み出す役割を担うわけです。

しかしディマさんのお話のように、ちゃんとそこに予算がつくかというところが難しい。

小林

なるほど。都市は他人同士が無関心でなければいけない、介入してはいけないルールみたいなのがあるけれども、興味を誘発して、そこから何かコミュニケーションや関係が生まれるようなことを、もっとやったらいいのにと思いますね。それは本来の都市の、知らない人たちがそこで出会う。セレンディピティのような話だと思うのですが、偶発性のようなことを誘発していこうという活動ですよね。

加速する都市の「体験化」

田中

コロナで変わったこともあるのですが、私はコロナがなくても日本の都市で進んでいたことが、よりはっきりわかったことのほうが多いのではないかと思うのです。

例えばこれまでも続いてきたことの延長で情報化がどんどん進み、テレワークが促進され、離れていても用事を済ますことができるようになった。ATMにお金を下ろしにいかなければいけないとか、印鑑を押したり、郵便を出したり、いろいろな手段が集まる場所として都市というものはあったと思うのですが、それが情報化によって離れていてもできるようになった。

そういう手段が遠隔で代替され、社会が情報化すればするほど、都市はどんどん「体験化する」ことに重きがおかれるようになったのではないかと思います、それは食とエンタメとおっしゃっていたことにつながります。

つまりバーチャルなテクノロジーが進んで味覚を再現できるかと言うと、すぐには難しい。すると、そういう体験性の価値が高まっていき、それを発見していくというサイクルができるのだろうと思います。その中でもアートというものが非常に価値を持つというコンテクストが見えやすくなってきたのだろうと思うのですね。

ワークショップとか参加型ということが、ずっと言われてきています。単に鑑賞するのではなくて、関わり合って、何か手触りを持ったものとして価値を持たせることは、コロナ前からずっと続いてきたし、都市計画の場面でも、タクティカル・アーバニズムというプロセスを重視した都市計画のいろいろな手法が発達してきている。

ファンカルチャーのような、アイドルオタク的な活動もそうです。『コンヴァージェンス・カルチャー』という有名な本がありますが、それも参加型のファンの活動、つながりのようなものを非常に重視している。

ただ、コロナになってよりその価値が高くなったと思うのですが、それが、とにかく何かイベントやアクティビティをやらなければとなってくると、その場限りの消費になってしまうのではないかという危惧もあります。

アートとか文化というのはある程度経験として蓄積されていくようなものでないと、地域社会の中にたまっていかないし、ある程度の持続性とか、それを受け止める人の厚みのようなものがないと、一時的な騒ぎに過ぎないこともあると思います。

小林

継続性が大事ということですね。

田中

もう1つ、谷川さんから60%の戻りという話がありましたが、すると残りの40%を取り戻すために客単価を上げます、という話になってくると、それは「格差」を強く押し進めることにもなりかねない。これは非常に悩ましいところだなと思います。

社会学だと、経済的に豊かになることと人間関係を広げることを「ライフチャンス」と表現するのですが、そういったライフチャンスを得るために都市に出てくるということがあったわけです。都市環境の価値を上げ、豊かな環境に住むということが非常に重視されると、格差が広がってしまうのではないかというネガティブな要素がある。ですので、持続性に加えて、包摂性のあるものとして、どういう価値がその場所にあるのかということは考えなければとも思います。

もう1つ、日本的な都市のあり方ですが、ディマさんがおっしゃったことはすごくよくわかるのです。つまりコロナの感染者数が日本は少なかったのは、皆、政府が要請したら自粛してくれるという、自己抑制の強さにあったのでしょう。海外のライブ会場を見ると、皆マスクを取って騒いでいますが、日本だとやはり皆が抑制してしまう。

昔、神島二郎という政治学者が日本の都市というのは「第二のムラ」だと言っていました。戦前から戦後にかけて地方から出てきた人たちの集まりでできたムラがたくさん集まったのが東京だというわけです。そこでは内輪ではコミュニケーションをとるのだけれど、知らない人には人見知りをしたり、抑制的にふるまってしまう。そうした時にマスクというのは、見知らぬ人に対するシールド、盾になっているとも言える。表情を読み取られないとか、自分のことを知らない人にあまり知られないようにする、ということです。

コロナの前から「だてマスク」という、風邪でもないのにマスクをする人たちが結構いました。女性の場合は化粧しなくてもいいとか、表情を読み取られないとか、ある種、値踏みされないようなシールドになっているところがある。すると社会学だと、サードプレイスで自己開示をして、コミュニティの核をつくっていくことが理想像として言われたりもしますが、そこで自己抑制の作法が強すぎると、壁になることもあるのかなと思っています。

小林

日本人の自己抑制心というのは本当に強いですね。皆の迷惑にならないようにしようという態度は美徳ではあるけれど、それがいろいろな意味でこぢんまりとコンパクトにしてしまって、伸び伸びと何かをしようとすることができなくなってしまっているという面もあると思うんですね。

最近、例えば学生が外国に留学をしたいという意識は30年前に僕たちが持っていた意識に比べて相当低いと思うのです。別に日本でいいです、とても居心地いいし、無理して英語をしゃべる必要もないしと。もったいないなと思うのだけれども、いや、日本っていい国だからみたいなのがある。

そういった傾向がある時に、できるだけ外に出ないでくださいと言われ、安穏と暮らしていけるというようなことが逆に閉じた日本にしてしまっていないか。私はすごくそれが気になるところです。

アーティストがいる街

本間

芸術の領域でもクローズドにする動きが少し増えているのは私も気になっています。「あいちトリエンナーレ」が大きな論争を呼んだように、展示することに非常なテクニックを要する作品というものがあります。そういった作品は、まず限られた人たちの中だけで共有すれば良いのではないかという声が存在する。しかし私は、そのように閉じていく傾向は、ちょっと危険だと思うのです。

文脈はだいぶ違いますが、最近、映像を部屋全体に展開して、高い没入性を生み出す展覧会が人気ですよね。また、とても強いナラティヴがあって、一つの閉じた、一貫した物語に浸るような仕立ての作品や展覧会も増えていると思うのです。

これらは、現実と展覧会の間に接触がないという意味で、閉じた展覧会とも言えます。ナラティヴの強さは魅力であると同時に、閉じることにつながりかねないという意識をどこかで持っていたほうがいい。あえて、何か異なったものを差し込んだり、ズレを見せていくことも必要ではないかと感じています。

谷川

当社のエリアで言うと、特に有楽町のJRのガード下とかは、猥雑性もあって、「大丈夫? ここ」みたいな店がたくさんあったりするんです。

本間

大好きです(笑)。

谷川

実は最近アーティストの方々に、有楽町の街を調査してもらったのです。すると、アーティストの方々は、まさにガード下が好きだと。大手町はきれいすぎるし、丸の内もピカピカすぎて触れない感じで有楽町いいねと。「こんなところにこんな看板が」とか「こんな裏にこんな店があった、あの都市の隙間はなんなのだ」と、すごく有楽町は面白いと言ってくれるんですよね。

そんなこともあって、今、有楽町はアートがある街ではなく、アーティストがいる街になるといいのではないかという議論をしながら、「有楽町アートアーバニズム」というプロジェクトとして取り組んでいます。その関連プロジェクトで、新有楽町ビルというビルの1階の路面店舗だったところにアーティストに滞在してもらって制作してもらっているんです。

本間

今日、実はたまたま通りかかって写真を撮りました。

谷川

そうなんですか。「ソノアイダ」と言うのですが、藤元明さんというアーティストが様々なネットワークを駆使してアーティストを招聘し、アーティストの制作のプロセスがきちんと見えるみたいなことをやろうと、ご一緒しています。そういうことをやってみてわかるのは、まさにおっしゃるとおり、閉じたところにあったものが過程を含めて、プロセスが見えるというところにとても興味が持てます。

また、有楽町ビルの10階の区画に、アーティストの方々に滞在していただいて、そこで4カ月間ずっと制作してもらっていたのですが、その方々が有楽町で制作した素晴らしい作品が今アーカイブされているのですね。それは今の街を残していくという意味でも、文化の蓄積という面でも貴重だと思っています。

アーティストがいる街というのは、別にビジネス側にとってアーティストがいるから良いとかだけではなくて、アーティストの方々にとっても、街に支えられた、みたいな経験が積み重なっていくということも、たぶん都市をよくするための一つのきっかけになるのかなと思っています。

小林

閉じたものを閉じたままにするのではなくて、見せていく努力をすると、そこから自然に出会いのようなものが生まれるみたいなことがあるんでしょうね。

ドイツの千人の村と東京をつなぐ

ディマ

僕は、この3年間ドイツに戻れなかったんですが、人口千人の故郷の村で300人ぐらい参加している、その村の歴史を辿るFacebookのグループがあるんですね。そこに今の住民と世界中に住んでいる住民が参加していて、百年前の写真を通して議論している。この人はどんな人でしたか、この窓、このドアはどこの場所でしょうとか探っていくんです。

3年間離れていて、全く話せなかった人とつながったんですね。いろいろなアーカイブズが見つかって、18世紀の古い資料も見つかった。その研究をしたいと思っているんです。8月に戻るので、80歳、90歳のおじいさんたちにインタビュー調査をしたいんです。

自分の村を深く勉強すると、今、自分の住んでいる東京といろいろな共通の問題点が出てくるんですね。どうやってコミュニティの中で責任を分配するか。どうやって人が集まるようにするか。どうやってボランティアの活動を活用するか。もちろん法律は違うし、様々な違いはあるけれど、共通の問題点がたくさんあるから、お互いを学び合う機会をつくりたいですね。

ドイツの地域創生を見ると、再生エネルギーの使い方は得意だけど、日本は場づくりとか、新しいサービスをつくったり、古い工芸とかを活用して全く新しいことをつくるのは得意です。そういうエクスチェンジをするような場をつくりたいです。日本を離れてドイツに行かなくても、アイデアは出せるんですね。

日本が提供することは槇さんがおっしゃった通り、安全性とかたくさんあると思います。ドイツやアメリカに行くと怖いことがたくさんありますので。

実際の村の中では何も動かないんだけど、バーチャルな村は動いている。リアルでは若い人と年配の人はあまりつながっていないし、外にいる人と住んでいる人とも弱いつながりしかなかったのがつながってきている。それは日本でも同じだと思うのです。

小林

なるほど。今のドイツの千人の村と東京の1200万人の話との共通点を見つけようというような話が、もっとたくさん起きたらいいですね。それはたぶん、閉じないで開いていこうよ、ということとすごく関係していると思うのです。

日本人というのは、感染を抑えるための自己抑制力があるけれども、一方で、だから閉じてしまいがちなところがあるわけで、どうしても自然に任せておくと、日本人はとても律義にこぢんまりとコンパクトに収まってしまいがちなのでしょう。東京のようなところでも、若い人たちが少し閉じがちのように感じる。

やはり自分たちの内側だけという目線だけではなくて、外とのつながりを持つことが自分たちのことを理解することにもなるので、他者へ向けて理解してもらうように努力をしていくことは重要なのではないかとは感じます。

身近なつながりから新しい東京を創る

本間

「慶應義塾ミュージアム・コモンズ」という名前の大学ミュージアムの立ち上げに関わったときから、「コモンズ」(共有地)について考えています。やはり開き方にもいろいろある。つながり方にもいろいろあるということを示せたらと思っていました。

全部開いていなくてもいいし、全部閉じていなくてもいい。全部つながっていなければいけないわけではない。部分的でもいい。そういう曖昧さとか、ある種の適当さを、どうやって律義な日本人がつくっていくのかということを考えたいなと思います。

小林

そうですね。コモンズみたいなところをあえてつくってあげて、何かそれでいいんだよと言ってあげるというようなことは大事ですよね。

田中

私もコロナでいろいろ嫌なことはあったんですが、よかったことは、テレワークがある程度進んで、通勤が少なくなった結果、自分が住んでいる街に関われることが少し多くなったことです。都心に行ってグローバルに開くというよりも、自分が住んでいる街に少し開いていくというような余地が生まれたのがいいなと。

これまでの性別役割分業だと、夫が都心に出て仕事をして、妻が家にいて地域活動を担っているみたいなことがありましたが、それが少し解消できるのであれば、街への開かれのようなものもいろいろと出てくるのではないかという気がします。

谷川

田中さんのおっしゃった身近な世界につながりますが、先ほどディマさんも公園のことをおっしゃった。緊急事態宣言になっている時は、身近な公園ぐらいしか行くところがなくて、公園の再評価みたいなことがありましたよね。それは、そこに暮らす人にとっては、とてもいいことだったんだろうなという気がします。

遊具が一杯でつくり込まれた公園は、小さい子にはいいかもしれないけれど、本当にこれがいい公園なのかと考えたりする。何もないただの芝生だけがいいのではないかとか、皆の意識が緑とか公園とかに向いたのは、私は正直すごくよかったなと。私自身今までこんなに公園や緑が好きになったことはありませんでした。

公園を評価するようになってから、都市構造への見方が変わったのではないかなという気がするんですよね。例えば開発における緑の考え方も大きく変わった気がするので、それは今後の東京都市像にすごく影響があるのではないかという気がします。

ディマ

それはすごくいい機会ですね。これから参加型のまちづくりの中で公園を通じてよくなる可能性があります。うちの家の前には素敵な古い公園があるんですが、あと2カ月ぐらいでリフォームされるんです。いっぱい舗装を入れて、古い木を切ってしまうという知らせだけが来たんですね。

実は同じようなパターンの都市づくりはいろいろなところで進められています。私たちが新しい可能性を見せられなければ、そういうことが進んで行ってしまう。今、すごく暑くて、大雨が降るのになぜアスファルトを入れて、古い木を切ってしまうのか。神宮外苑の問題もそうです。

小林

やはりこれからの都市のつくり方は、ボトムアップで、何が課題でどうしたらいいかということを一人一人が考えることが求められていると思います。おっしゃるように、そうしないでいると、あるときトップダウンで決められてしまうようなことが起きる。

身近な公園や自分の周辺の地域に対する意識が強まって、自分たちの街はこうあったらいいよねという意識が高まり、それが行政を動かすという順番になっていくと、少しずつ変わっていくのだろうなと思いました。

その身近なこと、身近な場所への意識は、人と人とのつながりを高めることにつながり、そしてもう少し大きいムーブメントになっていく。そういったことが、実は巨大な都市東京でも可能なのではないかと思います。

東京の強さというのは、そういう小さいものの集まりでできているというレジリアンシーだと思うのです。一人一人のつながり、その人たちの意識、その人たちの動きが、都市そのものを淡々と変えていくことになるのかなと思いました。

今日は有り難うございました。

(2022年6月30日、三田キャンパス内にて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。