登場者プロフィール
中澤 公孝(なかざわ きみたか)
東京大学大学院総合文化研究科教授1991年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。国立障害者リハビリテーションセンター研究所部長を経て2021年より現職。専門はリハビリテーション科学。著書に『パラリンピック・ブレイン』。
中澤 公孝(なかざわ きみたか)
東京大学大学院総合文化研究科教授1991年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。国立障害者リハビリテーションセンター研究所部長を経て2021年より現職。専門はリハビリテーション科学。著書に『パラリンピック・ブレイン』。
谷本 歩実(たにもと あゆみ)
柔道家、日本オリンピック委員会理事筑波大学卒業。柔道選手としてアテネ(2004年)、北京(2008年)五輪で2大会連続オール一本勝ちで金メダル。10年に引退後、弘前大学大学院にて医学博士。18年国際柔道連盟柔道殿堂入り。
谷本 歩実(たにもと あゆみ)
柔道家、日本オリンピック委員会理事筑波大学卒業。柔道選手としてアテネ(2004年)、北京(2008年)五輪で2大会連続オール一本勝ちで金メダル。10年に引退後、弘前大学大学院にて医学博士。18年国際柔道連盟柔道殿堂入り。
水鳥 寿思(みずとり ひさし)
総合政策学部 准教授その他 : 体操男子日本代表監督日本体育大学大学院博士課程修了。博士(体育科学)。体操選手としてアテネ五輪男子団体金メダル。12年に引退後、史上最年少で体操男子日本代表監督となり16年リオ五輪で団体金メダル。日本オリンピック委員会理事。慶應義塾体育会副理事。
水鳥 寿思(みずとり ひさし)
総合政策学部 准教授その他 : 体操男子日本代表監督日本体育大学大学院博士課程修了。博士(体育科学)。体操選手としてアテネ五輪男子団体金メダル。12年に引退後、史上最年少で体操男子日本代表監督となり16年リオ五輪で団体金メダル。日本オリンピック委員会理事。慶應義塾体育会副理事。
稲見 崇孝(いなみ たかゆき)
研究所・センター 体育研究所准教授健康マネジメント研究科 委員中京大学大学院体育学研究科修了(早期修了者)。博士(体育学)。Edith Cowan University (Australia)、早稲田大学スポーツ科学学術院を経て現職。専門は運動生理学等。陸上の山縣亮太選手や塾高野球部等をサポート。
稲見 崇孝(いなみ たかゆき)
研究所・センター 体育研究所准教授健康マネジメント研究科 委員中京大学大学院体育学研究科修了(早期修了者)。博士(体育学)。Edith Cowan University (Australia)、早稲田大学スポーツ科学学術院を経て現職。専門は運動生理学等。陸上の山縣亮太選手や塾高野球部等をサポート。
加藤 貴昭(司会)(かとう たかあき)
環境情報学部 教授塾員(1997環、2000政メ修、03政メ博)。博士(学術)。慶應義塾大学時代は体育会野球部主将。1998-99年、シカゴ・カブス所属選手。専門はスポーツ心理学、人間工学。23年より体育会野球部長。
加藤 貴昭(司会)(かとう たかあき)
環境情報学部 教授塾員(1997環、2000政メ修、03政メ博)。博士(学術)。慶應義塾大学時代は体育会野球部主将。1998-99年、シカゴ・カブス所属選手。専門はスポーツ心理学、人間工学。23年より体育会野球部長。
2024/07/05
サイエンスが浸透するスポーツ
いよいよパリオリンピック・パラリンピックが近づいてきました。現在のスポーツを語る上で、サイエンスやテクノロジーは外せないテーマになっているかと思います。今日はスポーツについて、特にサイエンスとテクノロジーという視点を踏まえて、現在とこれからについて語っていただければと思っています。
最初に、まずは簡単な自己紹介をお願いします。
僕は現在、パリオリンピックの体操男子の日本代表監督として活動させていただいています。僕自身、ちょうど20年前、選手としてアテネオリンピックで体操男子団体の金メダルを獲得しました。そういった経験等を踏まえて現在、指導を行っていますが、谷本さんと一緒にJOCでもアスリート支援に取り組んでいます。
競技の指導だけではなく、アスリートのキャリアあるいはパフォーマンス、そして最近だとウェルビーイングとかインテグリティといったものをアスリートにどう提供するのがよいのかという支援に取り組んでいます。
また、加藤さんと一緒にSFCの体育スタッフとしても活動しているので、学生からアスリートまで指導しているという感じです。
私は筑波大学を卒業後、オリンピックの柔道競技で2度金メダルを獲得することができました。引退後、指導者となり服部栄養専門学校で栄養士の資格を取得し、同時にスポーツ医学の研究を長年行っている弘前大学大学院でスポーツ医学を学びました。
私の師匠は、バルセロナオリンピックで金メダルを獲得した古賀稔彦先生なんですが、常に神がかった指導をしてくださったものですから、はじめは理解するのにものすごく苦労しました(笑)。そういった意味でもサイエンスの領域について話をするのが大好きで、今日を楽しみにしていました。
私はここ5、6年、東京オリンピック前にパラアスリートの脳を調べる機会があり、障害をもったアスリートの脳はものすごく変化するということがわかりまして、今そちらの研究ばかりやっているところです。もともとはリハビリテーションの研究をやっていたものですから、これがものすごくいいモデルだと思って、非常に興味を持って研究しています。
一方で、加藤さんとのつながりもあって、野球の科学的な研究も結構やっています。
私は医科大学のリハビリテーション施設でケガをしたスポーツ選手や高齢者の方、妊婦さんなどのトレーニングに関する仕事に従事したことをきっかけとして、運動やトレーニングを科学するスポーツ科学の分野を深めてきました。
専門領域が「筋肉」なので、何か1つの決まった競技のみの科学サポートをするということではなく、陸上や野球、水泳、ゴルフなど色々な競技のアスリートをサポートさせていただいています。
体操の採点へのAI支援の導入
それでは、最初のトピックですが、サイエンスもしくはテクノロジーといったものがもたらしたスポーツ界の変化について、皆さんが感じられているところからいかがでしょうか。
僕は体操競技にずっとかかわってきていますが、どちらかというとスポーツバイオメカニクス、スポーツ科学の対極に体操競技はありました。いわゆる科学的な側面より、自分の内面、自分の感覚に目を向けることが長らく大切にされ、なかなか科学を受け入れられない競技だったのです。
そのような中、体操は、採点の公平性やルールがどんどん複雑になってきています。ジャッジの種類がどんどん増え、また公平性を担保するために、今、4人のジャッジを切り捨てて得点を出すルールになっている。すると、1種目につき8~9人審判がいないと成り立たないので簡単には競技会を開催できない状況です。
そのような公平性と競技の持続可能性という2つの課題の解決策として、AI採点支援を導入してはどうかという議論があり、実際に東京オリンピックでは一部種目でリファレンスジャッジとしてAI採点支援が取り入れられました。そしてパリオリンピックでは男女の全ての種目においてリファレンスジャッジとしてAI採点支援が導入される動きになっています。
体操競技もルールの変遷があり、30年前に、熟練性、独創性というのは定義が曖昧だから、2秒止まっているか、基準となる関節角度が45度を逸脱していないかというような定量的な評価に採点が変わってきました。そのような土壌がすでにあったので、コンピュータが角度の判定や正確な2秒静止を測ったらいいのではないかという発想になったんですね。
ただ、ルール上では2秒静止、45度と決めているのですが、一番上級のライセンスを持っている審判の採点も実は実際の2秒とは違っていることがあるのです。すると、実際の2秒を前提とした採点をすべきなのか、あるいは人間が1.8秒を2秒と認識しているのだから、ルールを変えていくべきではないかという課題が出てくると考えられます。
また、45度という角度はどことどこの点を結んだ角度なのかという定義が明確にされていないので、AIの支援が導入されることで、きちんと定義しましょう、といったこともやっていかなければいけないような状況です。
いずれにしても、徐々に審判の確保やその費用など、体操競技の持続性と公平性、そしてわかりやすさというエンターテイメント性に鑑みて進んでいくと思いますが、感情論は置いたところで、われわれにとって何がいいのか。フラットに議論できるかどうかが大事なポイントだと思います。
実際、テニスのウインブルドンではイン/アウトの判定が機械でジャッジされたり、サッカーはVAR(ビデオアシスタントレフェリー)があったり、野球でも少しずつ機械導入の話が出てきています。
私の研究分野では、サッカーのオフサイドの判断の時によくフラッシュラグ効果という錯覚が起きることがあり、どうしても人間はオフサイド判定をしやすくなってしまうということがわかっています。人間の認知、判断がどうしても拭えないみたいなことがある。それはまさに中澤さんがやられている脳の仕組みなんだと思います。
そこにどうやって機械を使うかは真剣な議論が必要だと思いますが、やはり人間のほうが大事だよねという気持ちとの擦り合わせが、これからより出てくるということでしょうか。
そうですね。あとはやはり体操だとアーティスティックな側面があり、本当に機械に芸術性を評価できるのかみたいなところは最後まで課題となる部分だとは思います。ただ、最近のOpen AIのSoraという動画生成ソフトを見ても、AIだってすぐにできますよ、みたいな時代になるのではないかとも感じています。
「クセ」にフォーカスした分析
柔道も一本や技ありの判定についに角度が導入されました。定義の見直しがされたのですが、その結果、そもそも柔道の本質は何だろうということも問われるようになりました。
少し話を変えると、柔道の場合、日本は金メダルを取らなければいけないという暗黙の重圧のなか、いかに金メダルを取るかというところに絞り込んだ視点を持つのです。野球やサッカーなどは、相手の弱点を研究し戦略を立てると思うのですが、柔道の場合、弱点ではなく、相手の「クセ」にフォーカスして分析をします。
クセというのは習慣づいたものなので、科学研究部の方々が一大会何百という試合を全部分析して、選手だけでなく審判のクセまで見抜いていきます。この審判は必ずこの時間帯に指導を取るとか、角度はどちらから見るかなど、選手のクセは、最初に何の技をかけるか、焦った時に、どこの襟の位置を持つかとか、全部出してもらうんですね。そうすると、だんだん勝ち方が見えてくる。柔道界もそこが大きく変わったと思います。
ただ、最終的に、オリンピックではやはり実力者が勝ち上がっていくんです。私は自分が優勝したのはたまたまだと思っていますが、研究でもオリンピックはその時にやはり一番強い人が勝つという結果が出たそうです。
一方でビデオ映像を見ると、先入観によって一瞬の躊躇が生まれるから絶対見てはいけないと禁じられた選手もいました。私もその1人ですが引退して動画を見ると、 簡単に勝ち方がわかるんです。でも、選手の時は一切見せてもらえませんでしたね。直感というか、一瞬の反応を迷わせないためにということでした。
面白いですね。よくピークパフォーマンスと言ったりしますが、その場で一番調子がいい人になるために何をするかということもあるのですか。
ありますね。私の場合、「幸せホルモン」をコントロールしていくというのが、おそらく言葉にできるところかなと思います。ゾーンに入るというのも結局、そういうことだと思います。とにかく平常心で戦うことを最大限に意識しましたね。
自分の感覚と科学的データの間
ぜひ皆さんにアドバイスいただきたいことがあるんです。先ほど体操では、自分の感覚を大事にしたがるという話をしましたが、そこは谷本さんがおっしゃった「ビデオを見ない」という話につながると思うんです。
体操も実際に今何センチだったということではなく、自分の感覚のほうが大事だと思っている選手がやはり多い。指導者でもそういう人もいます。しかし、科学的に数字で示したほうが、理解しやすかったり、納得感が得られることも当然あります。
たぶん計測ばかりしていると、それに依存してしまい、その数字が出ないと、調子が悪いんだ、と引っ張られたり、負の側面もあると思うんです。だから本当に大事な科学的な情報だけをしっかりと選手に伝えたい。だけど、それを伝えることによる悪影響を恐れて、科学を導入できないことも多いと感じています。
おそらくビデオは上手く使えば絶対いい側面があると思います。でも、逆にいい部分を消してしまうところがあるから、指導者も選手も変化を恐れるのかと思うんです。やはりオリンピックに行く選手だったら、自分の今までのやり方があるし、指導者も変化することで選手の調子が悪くなってしまったらどうしようという怖さがあって、あまり踏み込めないことがあるんです。
そういう心理を踏まえた上で、どのように科学と付き合っていけばいいか。スポーツ界がなかなか進まないところとして課題を感じているのですが、いかがお考えでしょうか。
今のお話は、すごいトップレベルに行った時の究極の高度なスキルの場合ですね。高度なスキルの場合、ほんの少しの本人の感覚の違いでそのスキルが発揮できなかったり、ものすごくデリケートですよね。脳神経科学でもそれはよくわかるところです。
体操の例で言えば、頭の中でイメージできないと絶対その技はできないですよね。そのイメージで動こうとした時にどういう感覚が返ってくるか、本人でなければわからない。こうやったらこう返ってきましたと、常に照合していると思うんですよ。
これが数値的に、角度が何度足りないとか言われても、おそらくピンと来ないだろうし、実際に10度動かした時にどういう感覚になったと照合して初めて本人は理解するわけですよね。だから数値的なものとか、視覚的な動画からの情報も、結局、本人の中の感覚と照合しないと真に理解されないので、トップレベルに行けば行くほど難しいのだろうと思うのです。
確かに科学を導入しやすい分野や、解釈が難しい領域はありますね。フィジカルを扱う私の分野は比較的ハードルが低めではありますが、それでもトップレベルの競技スポーツにすぐにでも活用可能な知見はそれほど多くないと思います。
水鳥さんが言われたことは科学のサポートのあり方に関する本質的な話で、科学で見ている(見ようとしている)ものとの向き合い方を選手、監督、アナリストなどチームとして関わる人たちが共有できているかどうかの重要性を示す話なんだと思いました。
また、アスリートが取られたデータを意識し過ぎてしまうこともよくあるケースですが、データを取る研究者側もそれは本意ではありません。客観的な情報の捉え方や咀嚼力にもトレーニングが必要でしょうし、よりわかりやすい伝え方や見せ方も重要ですね。そうした度重なるすり合わせによって、客観と主観の間が埋まり、真に理解されていくと信じたいです。
日本選手のメンタルは強くなったのか
ところで、今のアスリートは体操の選手にしても柔道の選手にしても、昔に比べて、日本人はメンタルが弱いとかあまり思わなくなってきたように感じるんです。本当にメンタルが強いなと、思っているんですが、何か特別なメンタルのコンディショニングをいつ頃からやられているんですか。
僕は今の選手と言えるかどうか微妙ですが、いわゆるスポーツ心理学には相当取り組んでいました。前十字靭帯を断裂した1年半後にアテネオリンピックがあったのですが、そこに向けての準備期間に、JISS(国立スポーツ科学センター)の心理学研究室に伺い、自己分析と技分析の計画を立て、逆算してオリンピックを迎えました。
まず前提として、やはり試合で本当に力が発揮できるかどうかを考えることはすごく恐ろしいんですよ。だから、そのために自分が自信をもって臨める準備をしましょう、と自分の特性を知り、自分だったらどんな勝ち方をするか、どうやったら最大のパフォーマンスが発揮できるかを考えていきました。そうやって選考会でこの演技をすればきっと代表になれると確かめていく。そのために逆算して、いつまでに何をするかとやっていきました。
その中で心理学的な課題として、やはり自分は試合では緊張しやすい、得点や他の選手が気になりやすいという特性があることがわかったので、オリンピック代表選考会をイメージしながら、本番ではこう対処するということを自分の中でシミュレーションした上で、演技をするようにしました。そのように、疑似体験を重ね、余裕をもって自分が試合をできるようにする心理的な準備をして臨んだのです。
今の選手は、全体の傾向としては、主体性があるなという印象は持っています。自分が楽しいからやっている。自分が仲間と一緒に目標を達成したくてここまで来たみたいな雰囲気があって、そこは昔と全然違います。
お互いに夢を共有してそこに向かっていこうよという仲間同士のコミュニケーションが非常に活発で、技の情報共有や試合中の励まし合いは、明らかに増えています。もしかしたらそういう部分がいい影響をもたらしている可能性はあるのかと思っています。
チームとして何かやっていることはあるのですか。
僕が今取り組んでいるチームビルディングとしては、自分たちの求められている役割は何か、そして自分たちは何を達成したいかということを全体で共有するようにしています。
お互いに本当に思っていることを最初の合宿で出して、自分たちのやるべき行動などを言語化して貼り出したりしています。
体操は個人競技に見えますけれど、チームビルディングとして、組織としてやることで、ムードや押し上げるような力が出てきたりするということですね。
そうですね。個人競技ですが、感覚の重要性は高いので、その情報共有がいかにチーム内で生まれるかが大事なんですね。なので、選手が教え合うようなことは競技力向上には重要で、仲のよい雰囲気にできるだけしたいです。
そういう意味ではやはり団体戦は大事なんですね。
そうですね。団体を皆で勝とうよ、というモチベーションは一番重要なところになっています。
愛情の力と自己肯定感
柔道も団体戦がありますよね。
そうなのですが、対人競技なので、また変わってくると思います。
1つお聞きしたいことがあるのですが。経験から考えると、選手が愛情を受けた時すごい力を発揮するんですよね。これは何だろうとずっと思っているんです。成功する選手の共通点を探ると、確実にこのことが条件として入ってくるんです。また勝つ人というのは運も味方にすると思うんですが、この運というのは何によって動いているのでしょうか。
例えば、オリンピックで勝つためには、運を引き寄せるための準備をしたり、緊張する試合の前日でも眠れるように寝る練習、当日の朝、緊張してもエネルギーの源となる朝ごはんが食べられるように食べる練習までやるんですね。とにかくそういったところまで突き詰めていかないと勝てない世界だったので、これを科学的な言葉にして伝えていきたいと思っています。
愛情というのは誰からの愛情ということですか?
コーチだったり、家族だったり、周りの人からのものです。
例えばSNSで99%の人たちが誹謗中傷したとしても、1%の人から自分を信じてくれているという、ある種の愛情を感じていればとても強いと聞いたことがあります。レスリングの伊調馨さんも同じことを言うんですよね。やはり信じてくれる誰かがいて、そこに愛情があったから自分自身の中に何かが生まれる。それって何なのかなと思うのです。
僕も周りの人を見ていて、何か自己肯定感というか、自分にはできるという根拠のない自信を持っている人は結構強いと思っています。自分を信じられるということは、誰かが目茶苦茶自分のことを信じてくれているというような話なのかなと、お話しを聞いて思いました。
子どもがそうじゃないですか。「よかったね、すごいね、天才だね」と、ほめて伸ばすことで、自分には絶対できるんだ、という自己肯定感が養われるのかなと。
心理学だとよく自己効力感(エフィカシー)という言葉を使いますね。まさに自分ができると思うかどうかというのはすごく大事なんですが、それを自分だけではなく、集団効力感みたいに周りからもこの人だったらできると思ってもらえることが、愛情につながるのかもしれません。それが、本人の自信みたいなところに変わるのかなと。
愛情による心の充実みたいなことが、高いパフォーマンスにつながっていくことが重要ということですね。
そうなんですよ。それが何かがわかれば、きっとそういう状態に意識的に持っていけるのかなと。
先ほど水鳥さんが言われたみたいに、科学的なエビデンスから少し外れているところが重要で、中澤さんもおっしゃった通り、データにはできない部分みたいなところが、いまだに皆あると思っているということですね。
そう思いますね。いかに本番で力を出すかということに、今、個人的にもものすごく興味があって研究しようとしているんです。結局、愛情を感じていたり、自己効力感といった感情ですが、情動系は脳で言えば感情のほうに作用して、この感情が良い状態だとパフォーマンスはよく発揮できる。
でも、怖いとかネガティブな感情は体の動きを悪い方向に持っていく。その非常に基礎のところを今研究していますが、この部分は実は科学の対象になるのがすごく遅れているところだと思うんです。感情系と運動系の間の影響のインタラクションみたいなところは、私もすごく興味があります。
脳への刺激というアプローチ
今、脳のある部分にバチバチバチと電気的な刺激を与え、感情の部分の活動性を変えてしまうことで、良いパフォーマンスに持っていくこともやれそうなところまで来ているのです。可能性は十分あるのですが、未知の世界なので、これからアプローチしていく段階です。
今、すでにうつ病とかの治療としてやられていますね。
経頭蓋磁気刺激法(TMS)といって、脳のある部分にバチバチバチと刺激を与える。うつ病では今、普通の治療になってきていて、薬のように副作用がなく、脳に孔が開くわけでもない。
これをスポーツ選手がモチベーションを上げるためにも使えるわけです。
もう直接脳を操作してモチベーションを上げてしまう。
試合前にバチバチと。でも、その時代も近いですよね。
もう技術的にはできるんです。TMSは生理学の分野では当たり前のようにやっていますね。
私も経験したことがあるんですが、びっくりするのは、痛みは感じないんですが、運動野にバチバチとやると意識とは関係なく手が動くんです。あれは本当に不思議というか、ちょっと怖いですよね。
SFCの牛山潤一先生もやっていますよね。僕も被験者になったんですけど、体操選手は退化した神経回路が活性化されるトレーニングを行っているので普通とは違う反応もあるようです。
義足の幅跳び選手で、義足を動かす筋肉は同側の脳刺激で動く人がいることがわかっています。そこから私はパラリンピック選手の脳の研究を始めたのです。
直感を生かすということ
試合に強い人というのが絶対いるので、その仕組みが解明できたら本当にすごいことです。
心の部分までどう切り込めていけるのかですね。例えば、メンタルトレーニングとか応用心理学というのはデータになりにくいので、なかなか科学になりづらい。でも、やはりメンタルトレーニングをやっている現場の人たちが変化していくのは面白いんです。
まさに直感とかゾーンに入るみたいな話はそうです。以前、将棋の羽生善治さんにお話を聞いた時、棋士の皆さんはいろいろなことを考えて将棋を指しているのだと最初は思っていたんですが、実はできるだけ考えないようにして直感を働かせたいと言うのです。その場で1、2秒で判断することがすごく大事で、その直感が大体7割は合っているそうなんですね。
それはスポーツとかなり近い話で、できるだけ余計なことを考えずにパッと瞬間で直感で反応すれば体を良く動かすことができるのかなと。そのあたりは実はメンタルの持ち方としても大事なことになるかなと思います。
そこで1つ伺いたいのですが、谷本さんから「クセを見ます」という話があったじゃないですか。クセを見るということは、「よしそろそろ来るぞ」と、「その動き」が来たみたいな感じで自分が動くわけじゃないですか。すると、準備の大切さみたいな話と、直感とはどういう関係なのでしょうか。分析してこういう選手はこういうクセがあるということは絶対に頭に残しておく、という理解でいいでしょうか。
基本、私は直感型です。なので練習の段階でどんな状況でも、まず体が反応できるよう準備をしています。
谷本さんはおそらくいろいろな引き出しを持っていたのかなと思います。相手のクセは、ずっと意識しているのではなくて、いざという時にすぐ使えるようにしておく。そういうことを、ロングタームワーキングメモリといって、ワーキングメモリの中でも長期記憶にあって一時的に使えるものと心理学では言われているんですが、要は引き出しをいっぱい用意してあるということです。
余計なことを考えずに、引き出しを開けておきつつも常にすぐ準備できるのが、直感みたいなところになってくるのかもしれません。そのあたりがたぶん経験としてあるのだと思います。
もう自然と身に付いている引き出しがあるからこそ、相手の動きを見た時に反応できるということですね。
実際、実験で1秒ぐらいクリップを見せて、「次、何をしますか」と答えてもらうと、やはりたくさん経験した人のほうがすごく選択肢が多く、かつ速いんですね。
「ゾーン」とは何か?
「ゾーンに入る」という話ですが、心理学でも実はゾーンという言葉は使うのですが、明確にこれがゾーンだとは言えないんですね。というのも、誰もがそこに入ることはできないし、どうやって入るのかは本人も説明ができない。そうすると客観的には評価できないんです。
もしかしたらお2人は経験されているかもしれないのですが、何か不思議な感覚というか、体が勝手に動いてしまっているとか、結果的に意識としては遠のいて、みたいなことを語る方は多いので、たぶん実際にあるんだと思うんですよね。いかがでしょうか。
私もゾーンが気になっています。私はゾーンの扉と表現するんですけれど、たまにノックすると開くんですね。オリンピックで3連覇した柔道の野村忠宏さんにどうなのかと聞いたら、「僕はノックすれば基本的に開けてくれる」と言うんです。
それから気になって同じく3連覇したレスリングの吉田沙保里さんに聞いたら、ゾーンの扉自体は見えない、と言ったんです。でも、リオのオリンピックの4連覇がかかった決勝戦で負けた時だけはゾーンの扉が閉まっているのが見えたと。
本当にトップのトップにいる人の感覚なのでしょうね。たぶん究極の状態にどうなれるかというのは皆が経験できないので、そこは難しいところかなと思います。皆それができたらすごいことですよね。
解明を期待しています。脳のこの部分を刺激したら入れるとなったら、すごいですよね(笑)。
僕も何がゾーンなのかはわかりませんが、内村航平君と話していたんですが、跳馬でたまにスタートラインに立った時に、「あ、絶対できる」みたいな感覚になることがあるのです。内村君はもう自分の演技の軌跡が立った時に見えるので、それを自分が追いかけているだけだと話していました。僕はそこまで鮮明に自分の演技は見えませんが、できるかどうかがわかる感覚はあります。
それは試合全体でもあって、この試合は絶対失敗しないというのが自分で見えているから、早く演技をさせてくれみたいな感覚になる時がたまにあるんです。そういう感覚がゾーンに入っている感じなのかなと思います。
わかります。やはり何かそういうものがありますよね。
ゾーンと言われる状態というのはもう自動化されて、集中していることすら忘れて、体だけ動いたみたいなことなのかなと思っているんですが。
僕も人から聞くゾーンの話はそういう感じです。夢中になるということですよね。
ゾーンではないかもしれませんが、あの時こうなっていたんだと、後から振り返って意識化するという話はよくあります。まさに脳の話でポストディクションという言い方がありますが、脳で判断していることは、わかってから感情が生まれ、行動するのではなくて、最初に体が反応した後で、「あの時こうだったんだ」と後から意識に残るというものがある。ゾーンというのは、もしかしたらそれに近い話かなと思います。
体が勝手に動いてしまって、後から考えたら自分はこうだったんだと時間的には逆転していることが起きている可能性はあるのかなと。
私も金メダルを取った直後に、まだ顔を叩いて気合を入れて準備をしていたんですよ。それで、「あ、そうだ。勝ったんだ」と思うぐらい、後から意識がついていきましたね。
試合を振り返ると、通常の自分の感覚で10秒と感じたところが、映像で見ると本当に一瞬のことなんですね。だから、やっぱり超集中状態だったのだろうなと思います。
それはたぶん完全にゾーンだと思います。時間が延びるという感覚ですよね。脳内でどうやって時間の整理をしているかも面白いです。
情報が遅れてやってきます。
そう言いますよね。時間の感覚が狂って、延びてしまうんでしょうか。
それは本当に不思議ですよね。
環境を肯定的に捉える力
ちょっと話題を変え、アスリートのライフ、キャリアの話をしていきたいと思います。アスリートはどうやって上手くなっていくのかなど、いろいろな形で皆さん携わっていると思うので、そのあたりの話はいかがでしょうか。
努力、才能というところで言うと、僕自身はどちらかというと努力型という認識ですが、リオのオリンピックに監督として帯同した時、内村君とか白井健三君とか5人の金メダリストを含めて、どういうタイプかの調査をしたことがあるんです。
すると、皆、「自分は努力型です」みたいな回答をする。僕から見たら、内村も白井も才能のかたまりのように見えるんですけれど、本人の中ではやはりやるべきことをやった結果、そうなっているという理解のようでした。
また、その回答の中で、練習環境はよかったですか、悪かったですかという項目があったんですが、必ずしも周りから見て、環境がよくないと思われる人が「よかった」と回答していた。
これは僕の勝手な解釈ですが、与えられた環境に対して肯定的に捉える力というのもあると思うのです。僕はオリンピック前に前十字靭帯を切って客観的には運が悪いと思われていました。でもその時、スポーツ心理学に出会うことができたので、オリンピックに行くために、そういった準備は必要だったという認識があるんです。
たぶん、「よかった」と回答した彼も練習環境自体は必ずしもよくなくても、この環境があったからこそ、自分はこの能力を身に付けることができた、みたいな肯定的な捉え方をおそらくしているのではないかと感じました。
去年から慶應の体育会の学生たちにいろいろなアンケートをしているのですが、結果を出している部の子たちからは自分たちの環境はそこまでよくはないけれど、その中でどうやれば勝てるのかということを常に今考えています、という話がありました。
私も、恵まれていないかもしれないけれど、与えられた環境で何をすればいいのかを、きちんと客観的に捉えられることはすごく大事だと思うんですね。逆に恵まれた環境というのは、なかなか難しいところもあると思います。
そうですね。アーティスティックスイミングの井村雅代さんの話ですが、もともとJISSができる前はシンクロ用の深いプールが日本にはほとんどなくて、日本代表ですらどこかの大学の施設を借りなければいけないという状況だったんです。
東大でやっていました。
大学をお借りして2時間しか時間がない。でも、その時の集中力というのは半端ではなく、そこでしかできないから、全てやり切るという、練習に対する貪欲さや集中力がすごかったそうです。
それがJISSができてから、一時、競技力が落ちてしまった。それはいつでも練習ができるという環境になって、その集中力が鈍ってしまったからだと。確かに環境はよくなったけれど、結果的にどちらがよかったのか、というような話をされていました。
そのように環境をどう捉えられるかという意識が、競技力に非常につながるのではないかと感じています。
他競技との交流から生みだされるもの
面白いところですね。今、谷本さんは選手村をどうやって選手のためによくすればいいのかというあたりは、どんなことをされているんですか。
選手村に関しては、選手の希望を満たすことも重要だと思っていますが、他競技との交流の中で生まれるプラスアルファの部分を生み出したいと思っています。いいものは必ず相乗効果としてポジティブに働くと思うんです。
それを私はアテネオリンピックで感じました。ちょうど向かいの部屋に北島康介選手たちがいて、水泳チームが盛り上がっていく。すると柔道も一緒になって盛り上がっていったんですよね。
そのように他の競技の人たちにも伝わっていくことを感じていたので、選手村に交流できる場があるといいなと思っていました。今、それをどんどん形にしている感じです。
少し具体的に言うと、選手村に部屋を作り、そこにアスリート・カフェや漫画喫茶みたいな形で日本から漫画とかを持ち込んで、アスリートはそこでリラックスして、他競技の人とも、自然と交流が生まれるようにしようとしているんですね。
ウェルフェアオフィサーという形で、メンタルコンディションを整えるような人を置くことをIOCも今すごく重要視しているんですが、ウェルフェアオフィサーに漫画喫茶に立ち寄ってもらったりして、気軽に話をできる環境を整えたり、アスリートが最も通るところにトレーナールームを設置すると、そこに立ち寄ってケアをお願いする選手が相当増えました。
アスリートと研究職
アスリートとしてのキャリア後に研究をされる方も増えてきていますね。
水鳥さんや谷本さんのキャリアもそうですが、私の身近なところではロンドンオリンピックのフェンシング団体で銀メダルを取られた千田健太さんという方がいます。現在、慶應の大学院(システムデザイン・マネジメント研究科)で学びながら総合政策学部の教員をされています。
自身の経験を言語化して上手く伝えるためのバイオメカニクス研究を一緒にしていて、サイエンスに裏付けされたコーチングを目指す姿勢にはとても共感しています。
キャリアを移動する時に、全く違う分野へ入っていくのには、とても勇気のいることですが、メダリストや大きな大会に出たという経験は多くの方が持っていることではないので、そういうトップで得た知見を一般化し世の中に広めていくひとつの形として研究者や大学の教員という立場も期待できるところではないでしょうか。
長く研究に従事してきた研究者にとっても引き出しが増えていいんじゃないかと思います。
私もアスリートだった人が研究の分野にどんどん入っていくのは、すごく大事なことだと思います。私は、アスリートはそもそも皆研究者だと思うんですよね。
どうやったら勝てるのか、どうやったら上手くなるのかということを普段からずっと考えている。それはまさに研究者の姿だと思うので、ぜひ研究分野にどんどん入ってきてもらえるといいのかなと思います。
科学にしにくい分野があるのは確かですが、アスリートならではの視点で定量化しやすい分野もあります。
例えば先ほどのバイオメカニクスや体に関する分野は客観的に捉えやすい領域なので、主観と客観のすり合わせがよく研究テーマになったりしています。研究者もそうですが、日本代表だった方がヨガやピラティスのインストラクターになったり、トレーナーになったなどはよく聞く話で、体を資本としていたアスリートと親和性のある分野である気はします。
サイエンスを現場に伝える
サイエンスの話というのは、テクノロジーがたくさん出てきて、いろいろな計測もできるんですけれど、それを現場にわかる言葉で伝えるということもとても重要で、ここのところが実はものすごく難しい。
研究で解析したら、こんな角度になっていましたと見せて、ああ、そうですかで終わってしまっている。だから、それをどのようにパフォーマンスアップにつなげていくのかという、橋渡しをやる人材を育てることを今やっています。その時に元アスリートは現場の自分のやってきた経験や知識を一番持っているので、うってつけの人材だと思います。
様々な形でスポーツに携わる人が本当に増えてきていますね。元アスリートでない人でも、アナライザーになりたいとか、アプリを作りたいとか、テクノロジーを駆使して活躍できる可能性はあると思います。
慶應もそうなのではと思いますが、東大の運動部だと、選手ではなくて最初からアナリストになりたいと言って入ってくる子がどんどん増えています。以前だったら、ケガをした選手がなるという感じでしたが、最初からなんです。
うちの野球部も10名ほど、アナリストがいますが、野球経験なしの学生も多いです。確か東大のサッカー部のアナリストはヨーロッパリーグのチームと契約していますよね。
そうです。ビジネス化していますね。
きちんとデータを見える化して関係者以外の人にも理解できるようにしよう、ということにこだわる企業も増えていますね。
データを共有する方法も、今はSNSを使ったり、ネットワークを駆使することで、別の場所にいる人にもすぐに動画や解析された映像が閲覧でき、情報が伝わるようになっています。目的が明確にできればレファレンスとしてはすごくいいものになります。
最近、YouTubeで、例えば野球だとダルビッシュさんなど有名選手がすごい技術を伝えてくれますね。だから、今、少年野球のコーチたちより、子どもたちのほうが知識があって、コーチの言うことを聞かないみたいな話が一部ではある。
でも、それは社会全体で変わっていけばいい面もあるので、面白い時代だと思いますね。
同じ話をプロ野球で聞きます。コーチ、違うみたいな(笑)。
スポーツ教育と大学
最後に、今後どんな形でスポーツが発展していくのかというところを、サイエンスやテクノロジーも含めて皆さんのご意見をお聞きできればと思います。大学に期待されていることなどもお話しいただければと思います。
すでにサイエンスはものすごくスポーツに入ってきていて、野球などは今の科学の最先端ですね。データアナリシスにしても動画解析にしても、軍事技術が転用されて、ボールの軌道などはロケットの弾道解析が入ってきています。嫌でも変わらざるをえなくなっている。
一方、水鳥さんの体操の話はすごく興味深くて、実際の体の動きのほうが科学よりやはり進んでいるんだろうと思うんです。そういうところもまだたくさんあるのだけれど、今の速さでテクノロジーが浸透していくと弊害も出てくるのではないかと思うのです。
例えば、オリンピックのトップアスリートの活躍を見てすごく感動するという今までスポーツが持っていたよさみたいなものが、あまりにサイエンスが入り過ぎることで、少し白けてしまうこともあるかもしれません。エンターテイメント性から言うと、今までより面白くなくなってしまう可能性もあるのかなと思い、弊害の部分にも少し目を向けたいとは思います。
ちょっと違う視点になりますが、子どもの数が減ってきて、ある地域では特定の競技をやる子どもが減ったことで大会そのものを開催できなくなってきています。だから、海外のように1人で2つ以上の競技をやる子も増えてくるのではないかと思います。
一方でスポーツが苦手な子もいると思うので二極化はさらに進む恐れがある。でも、得意でない子の中にも、例えば先ほどの話にもあったアナライザーとして活躍できる可能性がある子とか、他にもマネージャーやトレーナーに必要なコミュニケーション能力に長けた子がいると思うので、個人的には大学には大学院も含めてそういう潜在性を引き出したり、将来的に他分野へも裾野を広げていける人材の育成を期待したいです。
そうしていかないと、スポーツに携わる人そのものが減り、アスリートを支える人やスポーツを見る人が少なくなってしまうのではないかなと思います。
全てを大学が担うのは難しいですが、適材適所を見つけられるような環境を大学がつくることも必要だと思います。慶應は一貫教育校の強みもあると思うので連携を強めていきたいです。
私が大学に期待するところは、専門領域を学べるところです。引退後、私は表現力を学びたいと思ったんですね。金メダルを取った後の講演で皆に伝わらないというもどかしさを感じ、知識をもとにした数字や語学などの能力が万人に伝えるための表現力として大事だなと。
オリンピックの金メダルの体験を伝えていく人間になる。プラスアルファの人間になっていくためには、そういった表現力を学ばなければならないと思って大学で学び直しました。学生の方には専門的な知識を伝えていくための、表現力もぜひ大学で学んでもらいたいと思います。
科学への期待と行き過ぎへの懸念
科学の知見やテクノロジーが入ってくることで、スポーツによって、進化する部分と、逆に退化してしまう部分がもしかしたらあるのかとも思います。
退化という話では、例えば体操でいうと、最近なくなってきているものに鉄棒の片手車輪という技があります。池谷幸雄さんの時代には結構やっていたんですが、最近はほとんどやらない。片手で回ることによって肩の障害の発生率が高まるとか、科学的に身体的負荷が大きいということがわかってきたからです。
また、現在、社会的にも熱中症にならないようにとか、どんどん社会の目が厳しくなってきて、科学的な判断で、これはよくないからやめましょうということが様々に起きているような気がします。
もちろん、安全のための科学的視点の導入は不可欠なことですが、結果的に常識を逸脱して生き残るとんでもない選手や記録が出にくくなるかもしれない、ということもあるかもしれません。
記録やトップアスリートにフォーカスするのか、安全性や普及の側面からスポーツを捉えるのかによっても変わると思いますが、科学に期待するところと、行き過ぎへの懸念みたいなところは両方あるかなと思いました。
科学が入り過ぎて退化する面も確かにあるとは思います。例えば夏の甲子園なんて正論を言えば、もうやめましょうですよね。でも、高校球児はあれを目指していてやめられない。
皆さんのお話を聞いて、いろいろな変化が起きること自体、すごく面白いなと思いました。これからもどんどん新しいことが起きると思います。その中で国際的な視野で日本人のよさがどういうところにあるのかをあらためて考えると、実は8月に野球部でアフリカに野球をしに行くプロジェクトがあるんですが、そこで重要視されているのは、礼儀正しさとか挨拶ができるといったことなんですね。
そこはやはり、日本人らしさとして持っていなければいけないところかなとあらためて思います。変わるところと変わらないところという中で、さらに新しい科学がどんどん入ってきた時に、今後どのようになっていくのか、いろいろな意味で期待したいと思います。
本日は大変有り難うございました。
(2024年5月21日、三田キャンパス内にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。