登場者プロフィール
牧野 光琢(まきの みつたく)
東京大学大気海洋研究所教授京都大学農学部水産学科卒業。同大学院人間・環境学研究科博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院修士課程修了。(独)水産総合研究センター中央水産研究所経営経済研究センター水産政策グループ長等を経て2019年より現職。
牧野 光琢(まきの みつたく)
東京大学大気海洋研究所教授京都大学農学部水産学科卒業。同大学院人間・環境学研究科博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院修士課程修了。(独)水産総合研究センター中央水産研究所経営経済研究センター水産政策グループ長等を経て2019年より現職。
長谷川 香菜子(はせがわ かなこ)
世界銀行中東・北アフリカ地域総局環境・天然資源・ブルーエコノミー環境専門官オックスフォード大学で環境政策学修士号取得。国連環境計画海洋部勤務を経て2021年より世界銀行入行。中東地域のブルーエコノミーに関するプロジェクト、海洋ごみに関する分析に従事。
長谷川 香菜子(はせがわ かなこ)
世界銀行中東・北アフリカ地域総局環境・天然資源・ブルーエコノミー環境専門官オックスフォード大学で環境政策学修士号取得。国連環境計画海洋部勤務を経て2021年より世界銀行入行。中東地域のブルーエコノミーに関するプロジェクト、海洋ごみに関する分析に従事。
滝本 麻耶(たきもと まや)
その他 : WWFジャパン自然保護室海洋水産グループ パブリック・アウトリーチオフィサー法学部 卒業塾員(2004政)。ドイツ アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク大学院環境ガバナンス修士号取得。2017年WWFジャパンに入局。海洋環境保全や水産資源保護に向けてパブリックアウトリーチの取組みを行う。
滝本 麻耶(たきもと まや)
その他 : WWFジャパン自然保護室海洋水産グループ パブリック・アウトリーチオフィサー法学部 卒業塾員(2004政)。ドイツ アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク大学院環境ガバナンス修士号取得。2017年WWFジャパンに入局。海洋環境保全や水産資源保護に向けてパブリックアウトリーチの取組みを行う。
竹田 大樹(たけだ ひろき)
一貫教育校 湘南藤沢中等部・高等部教諭東京学芸大学大学院在学時、海洋研究開発機構「みらい」北極航海に参加。教育学修士号を取得し現職。専門は海洋物理学・理科教育学。中高生に理科を教える傍ら、九州大学大学院総合理工学府博士課程で、海洋ごみ研究に従事。
竹田 大樹(たけだ ひろき)
一貫教育校 湘南藤沢中等部・高等部教諭東京学芸大学大学院在学時、海洋研究開発機構「みらい」北極航海に参加。教育学修士号を取得し現職。専門は海洋物理学・理科教育学。中高生に理科を教える傍ら、九州大学大学院総合理工学府博士課程で、海洋ごみ研究に従事。
武井 良修(司会)(たけい よしのぶ)
法学部 准教授塾員(2001法、03法修)。2008年ユトレヒト大学法学部(Ph.D. 取得)。世界海事大学准教授等を経て、2015年より国際連合法務部、経済社会局にて勤務。21年より現職。専門は国際法。
武井 良修(司会)(たけい よしのぶ)
法学部 准教授塾員(2001法、03法修)。2008年ユトレヒト大学法学部(Ph.D. 取得)。世界海事大学准教授等を経て、2015年より国際連合法務部、経済社会局にて勤務。21年より現職。専門は国際法。
2024/06/05
悪化・劣化する海洋環境
本日はお忙しい中、お集まりいただき有り難うございます。本日は、海洋の生態系や水産資源などが危機に瀕している中、どういった形で流れを変えることができるのか、様々な課題に対してどのように対処していくことができるか、海洋問題の専門家である皆さんからお話しいただければと思います。
最近は海洋プラスチックの話など海洋環境に関するニュースを耳にすることも多いと思います。皆さんが日頃から感じていらっしゃる海のサステナビリティーに関する様々な問題を取り上げていくことができればと考えています。
まずは、海洋の現状をどう見るかというところを自己紹介を兼ねて、牧野さんからお話しいただけますか。
私の専門は水産資源の管理とか、海洋生物多様性保全に関する制度、政策の研究です。そういう立場から海の現状を見ると、海洋の環境はどんどん悪化・劣化しているというのが率直な気持ちです。
まず、海洋汚染に関しては、海洋プラスチックに限らず窒素やリンの問題、あるいは近年、注目が集まっている医薬品による汚染などもあり、やはり人間の影響による汚染がどんどん広がっているという印象を持っています。海洋プラスチックはその最たる例で、海の生物や生態系にも様々な影響が懸念されています。
また、地球温暖化が海に与える影響も非常に強く感じています。日本近海で獲れる魚種がどんどん変わっていますが、そのほかにも海の酸性化、海中の酸素がなくなっていく貧酸素化、また海洋熱波と言って、ものすごく熱い海水が固まって1カ所に停滞するような現象も起きており、大きなインパクトを与えています。
そういった海洋環境の変化に加え、世界及び日本の水産資源の過剰漁獲、「乱獲」とも言われる問題もあり、改善が必要な状況にあると思っています。特に水産資源管理という意味では、世界の中で漁業の生産量の約7割はアジアですから、アジアの中の日本の役割というのは非常に重要なものがあると思っています。
「サステナブル・ディベロップメント・レポート」という、「持続可能な開発目標」(SDGs)の17のゴールの達成度を表すレポートが毎年出ていますが、そこでは日本のランクは最新の2023年では21位で、2017年の11位からどんどん下がってきています。
その中で日本の弱点として指摘されているのが、SDG5のジェンダー平等、13の気候変動と並んで、14の「海の豊かさを守ろう」なのです。それくらい海洋のことは日本の課題です。逆に言えば、ここにしっかり取り組めば、一気に日本の貢献度は上がり、評価も高まります。つまり伸びしろがたくさんある。それから、ブルーエコノミー(海洋経済)という意味でも経済発展のチャンスも今、生まれてきています。
今、我々が直面している海の問題にはどのようなものがあるのか、非常に包括的にお話しいただきました。その中で、ブルーエコノミーの話が出てきましたが、まさに長谷川さんのご専門はこの分野ですね。
私は世界銀行で環境専門官として働いており、現在はモロッコとチュニジアを中心にブルーエコノミーに関するプロジェクトと分析業務を行っています。世銀に勤める前には国連環境計画で、地域海に関する条約のコーディネーションや海洋ごみのグローバルパートナーシップに携わっていました。
海洋の現状については、私も牧野さんに同意で、状況はどんどん悪化しているのではと、とても危機感を覚えています。よく言われるのは、気候変動と生物多様性の危機と、環境汚染というトリプルクライシスです。しかし、それ以外にも新しい危機が海洋にはあります。例えば、気候変動にかかわる取り組みで、海洋アルカリ化という、海水にアルカリ性の物質を添加して炭素吸収を促進させる技術がありますが、これはまだ環境への影響がわかっておらず、少し心配です。
他にも、例えば深海採鉱という海底からの鉱物採掘の話がこれからどのように海洋の生態環境に影響を与えていくのかという懸念もあります。
さらに、私が働いている中東地域では、安全保障にかかわる問題が環境にも悪影響を与えているのではないかと言われています。例えば紅海では商業船への襲撃など安全保障上の問題が出ており、燃料流出など海洋にも影響があると思っています。
一方、2010年代くらいからブルーエコノミーの話が盛り上がってきています。海が「最後のフロンティア」と言われ、海に投資をすれば経済発展につながり、さらに雇用の創出につながるという考え方が出てきました。ただ、経済発展と環境保全のバランスがどこにあるかがわからない状況で進んでしまっているところがあり、ブルーエコノミーがどのくらい持続可能なのかを判断することがとても難しい。
ブルーエコノミー自体、定義が曖昧で、どれだけ海の環境を維持し、持続可能な発展につながっているのかがわかりにくいところがあるので、私たちも注意して取り組んでいかなければいけないと思っています。
水産資源の過剰消費
次に滝本さんからお話を伺えればと思います。
私はサイエンスコミュニケーションのキャリアを積んできて、今、環境保全団体WWFジャパンの海洋水産グループという立場で、海洋の問題について、一般の方、メディアの方に何をどう伝え、行動変容を促すか、を課題にしながら活動しています。
現状は牧野さん、長谷川さんがおっしゃったように海洋環境の劣化を認識しています。WWFには「生きている地球指数」という生物多様性を示す指数があるのですが、その指数は、海の生物多様性が1970年代に比して、半減していることを示しています。また世界の水産資源に関しても3割以上が、乱獲(獲り過ぎ)の状態で、海洋環境、また資源の劣化はかなり危機的な状況にあるのではないかと認識しています。
私の今の活動はどちらかというと消費に近いところが中心ですが、このような状況にもかかわらず、まだまだ私たち人類は生物資源をどんどん消費しています。個々の消費者だけではなく、調達する企業にもトレーサビリティの確保や持続可能な調達改善に向けて、アプローチをしています。
海の話に限りませんが、エコロジカル・フットプリント(人間の活動が自然環境に与える負荷の大きさを測る指標)は、去年は8月2日がアースオーバーシュートデー(1年間の資源を使い果たしてしまった日)でした。1年の半分くらいで人類は地球が1年間に生み出す生物資源を使ってしまっている。こんなに環境問題やSDGsが叫ばれる中でも、使う側の現状は、全然いい方向に向かっておらず、オーバーシュートデーは毎年前倒しになっています。
また、水産資源や海洋生態系の問題に拍車をかけるものとして、IUU(違法・無報告・無規制)漁業の問題にWWFも注力しています。これは、乱獲の問題や資源管理にもかかわりますし、また、操業実態を隠すための漁具の海洋投棄は海のプラスチック問題にもかかわります。
さらに、IUU漁業は、奴隷労働の温床となっている等、人権の問題もはらんでいます。そのようにして獲られた魚を私たちが食べている可能性もある。日本人が消費国として、そこに知らず知らずに加担してしまっているという問題があると思っています。
知らないうちに漁業の分野における奴隷労働に我々も加担してしまっているかもしれないというご指摘には、読者の皆さんも恐らくショックを受けるのではないかと思います。
海のことを知らずに育つ子どもたち
では、次に竹田さんにお話を伺いたいと思います。
私は現在、慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部で理科を教える一方、九州大学大学院で、社会人ドクターとして海洋マイクロプラスチックの研究をしています。また、職業が中高の教員ですので、理科の授業と教育に関する研究も併せて行っています。
きれいに見える海岸や海でも、「実際はごみ問題があるんだよ」「北極海の氷が溶けているんだよ」と子どもたちに話すと、「地球温暖化しないほうがいい」とか「海洋にごみを捨てないほうがいい」という結論はすぐに出てくるのです。でもそれは、「問題があるから、そうしないほうがいい」というただの反応であって、何か根拠があって子どもたちが考えているわけではない。
そうすると大人になってもサイエンスの根拠なしでキャンペーンに踊らされて行動してしまう恐れがあり、教育としてあまりよくないだろうと思っています。私は、大学院修士まではJAMSTEC(海洋研究開発機構)で北極航海に参加し、北極海の研究もしていましたので、地球環境に関する教育をしっかりやっていかないといけないという認識があります。
しかし、実際の日本の教育のカリキュラムには、小学校から高校まで、理科で海洋科学を学習する機会がほとんどありません。これはアメリカやヨーロッパと比べても圧倒的に少ないです。ようやく高校の「地学基礎」という科目の中で、70時間ある標準単位の中の3時間くらいを海洋について触れるようになっていますが、恐らく現状としてはせいぜい1、2時間くらいしか触れられていないでしょう。それにそもそも「地学基礎」は日本全体の約3割程度の高校生しか履修していませんので、海洋科学についてほぼ何も知らずに子どもたちは大人になっていると思います。
そこで本校では、「物化生地」をバランスよく学習することが重要と考え、尾上義和部長のもとで地球環境の理解のために「地学基礎」を最近新設し、その中で、海洋分野に8時間程度確保して教えるようにしています。
この知見が日本全体の子どもたちの教育に展開していくためにはどうすればいいかが、僕の中の今の課題の1つです。
SDG14の意味
皆様、有り難うございました。次に「海の保全/利用のために何が必要か」という点について考えていきたいと思います。先に私のほうから簡単に国連のSDGsについて少しお話しします。
私は2021年に慶應に着任する前は国連の法務部と経済社会局というところで、海に関する問題を扱ってきて、SDGsのゴール14の作成・実施にもかかわってきました。
もともとSDGsというのは、2000年に国連が行ったミレニアムサミットで出された「ミレニアム宣言」に基づいてMDGs(ミレニアム開発目標)がつくられたことに端を発しています。そのときは目標が全部で8つあったのですが、そのうちの7番目だけが直接環境に関するものでした。
その後、2012年に国連持続可能な開発会議というところで持続可能な開発目標をつくりましょうとの合意がなされ、2015年に結実したのが「2030アジェンダ」という、国際社会の2030年までの目標でした。その一部として、17のゴールと169のターゲットにより構成されるSDGsが合意されたわけです。
そのうちの1つ、ゴール14が海に関する目標です。キャンペーンのためのロゴには、「海の豊かさを守ろう」とあり、保全の部分が非常に強調されていますが、実際には、先ほど長谷川さんの話でも出てきましたが、保全と持続可能な利用の双方をバランスのとれた形で達成していくことが求められています。
ゴール14にはターゲットが10あり、その中で様々な問題が扱われています。大きくわけると、生態系とか水産資源に関するもの、汚染に関するもの、それから気候変動に関するものがあり、相互に関連しあっています。
まず気候変動に関してですが、先ほど海水温などが変化し、獲れる魚も変わっているということを指摘していただきましたが、このほかにも、気候変動が海に与える影響には様々なものがあると思います。どういった形で解決策があり得るのかも含めて、北極海で観測をされていた竹田さんから、お話しいただけますか。
自然科学と社会科学にまたがる課題
気候変動や海洋変動というのは、もちろん地球の長い時間で見れば、変化していくのは当たり前のことですが、我々が人間としてこの地球に住む時間スケールの中での急激な変動というのは、とても重要なテーマの1つだと思います。
その中で、例えば北極海の氷にしても、海洋プラスチックにしても、海洋の酸性化にしても、影響やその原因が1つではなかったり、その原因が複合的であったり、その結果が、また次の結果につながるような仕組みになっているので、これを改善すればすべてがよくなるという類のものではないことが一番の課題かと思っています。
中高生に教える立場で言うと、海洋を取り巻く複雑な関係性を理解するような素養が育つカリキュラムに、日本の現状はなっていないことを非常に懸念しています。海洋に関してはほとんど勉強していないし、環境問題についても、ホッキョクグマが死んでしまうから大変だといった程度しか教科書にないようなところが、まず1つは問題です。
気候変動を止めるのが正解なのか、止めないまま付き合っていって、最終的にその道でベターな策を考えていくのか。これらが人間社会として次の課題になっていくかと思います。例えば北極海の氷が溶けると、一方で北極海航路というものが開発でき、日本からベーリング海を抜けてヨーロッパのほうに海がつながり、実は効率がよかったりする面もある。
一方、そうなると、では領海はどうする、他の国の航路はどうするという、政治との兼ね合いも絡んでくるので、海の環境問題は、実は社会的、政治的な問題につながり、そのあたりは難しいところだと思っています。
今、言及された北極海に航路ができたらどうなるのかという問題は、まさに法的、政治的な問題です。今の海洋にかかわる国際的な法秩序というのは、国連海洋法条約という、「海の憲法」と言われる文書の内容を基にしており、この条約の枠組みに従って各国が行動していかなければならないことになっています。
その中で北極を具体的に想定しているような条文は1つだけで、これはまさに北極海の環境保護に関する部分です。北極海の中でも今後航路として開発されるであろう海域の大部分を占めているのはロシアで、昨今の政治情勢はこの航路の利用にかなり影響を与えています。
まさにおっしゃったような政策の話と自然科学の話が両方からみあってくる分野だと思います。
「厄介な問題」にどう取り組むか
ちょうど政策の話がでてきましたが、牧野さんいかがでしょうか。
竹田さんのお話は本当にそうだと思うのですが、気候変動というのは環境保全あるいは環境科学、サステナビリティー・サイエンスの文脈では、ウィキッド・プロブレム(Wicked Problem)の典型だと言われます。
日本語ではよく「厄介な問題」と訳しますが、気候変動や生物多様性のロスみたいなものは、まず目の前の課題もあるし地球規模の課題もある。それから、今日、明日の喫緊の問題でもあるし、数十年後という長いタイムスパンの問題でもある。しかもそのメカニズムは様々な要因がかかわっていて、科学的に全体像を理解することは、現在はほぼ不可能です。
将来予測もシミュレーションすれば数字は出ますが、不確実性が非常に大きい。なおかつその影響を評価する時、利害関係者がすごく多く、多様な価値観と多様な社会的背景があり、問題が何かすら合意をすることが非常に難しい。気候変動や海洋の問題は、まさにウィキッド・プロブレムなのですね。
では、こういう問題に科学的に対処するには何をしていけばいいかというと、もう人文・社会科学と自然科学が連携するのは当然ですが、科学だけでやっても、多分問題は解決しないのですね。
世の中にはいろいろな知があり、科学知というのは、あくまで人類が有している知の一側面に過ぎません。科学知のほかにも、様々な地域にある知、実業界にある知とか、行政が持つ知など、いろいろな知を集結する必要があります。皆で話し合い、問題を決めて、その問題に対してどういう科学的な知見で「エビデンス・ベースド・ポリシーメーキング(EBPM)」をしていくのかという研究をしなければいけないと考えます。
こういう研究のアプローチを、最近トランスフォーマティブ・サイエンスと言ったりしますが、要は研究者だけが研究室の中で研究していても、問題解決には絶対つながらない。
解決どころか問題の適切な定義すらできない。いかに実業界、市民と共にサイエンスを設計して実行し、それを社会実装して政策につなげていくかが、今、我々に突きつけられている課題だと認識しています。その意味において、滝本さんがやっておられるようなサイエンス・コミュニケーションは重要なトピックだと私は考えています。
牧野さんがおっしゃった厄介な問題を、さらに伝えることはまた厄介な課題です。今、気候変動問題も海洋の問題も、どんどん複雑化し、一般の人からするととても遠い問題になりつつあり、最近では誰もが皆知っている話題がなくなっている時代です。それぞれが自分の興味を持ち、その興味の網の目に引っかからないとまったく知らない。その人の関心外のことを、どう伝えるかはすごく大きな課題です。
例えば、気候変動が海の状況にどう影響しているかという話で使うのがウナギの話です。ウナギは絶滅危惧種であり、その稚魚であるシラスウナギは高値で取引される魚ですが、これにも気候変動の影響があると言われています。ニホンウナギは日本から約2500kmの海を隔てた、西マリアナ海嶺付近で生まれ、卵から生まれたその仔魚(レプトセファルス)は、自力では泳ぐことができず、海流に乗って流されながら東アジアの沿岸域にやって来て、日本や台湾、韓国の河川に遡上します。
それが、この温暖化による海水温の上昇で産卵位置や海流の分岐等が変わってしまい、南に行ってしまう個体が結構いて、東アジアに来なくなっているという話から温暖化の話、さらに私たちが今どういう消費や食べ方をしているかという話につなげられます。また、高値で取引されるウナギは、IUUのリスクも高い。ウナギのダイナミックな生態には、皆すごく関心を持ってくれますので、様々な問題点を話す際の入り口として、私もよく使っている事例です。
あとは伝え方とは違うのですが、SDGsの取り組みで何をやりますかと言うと、「未利用魚の活用をします」というものが多いのですね。そのイニシアチブ自体は悪くないのですが、未利用魚というのは、目的の魚種に混ざって獲れていて捨てていた(使っていなかった)、混獲種(漁獲対象以外の生物を捕獲すること)である可能性もあるのですね。未利用魚の資源管理をどうするかといったところまで踏み込んだ活動にはなかなかなっていないのです。
SDGsの取り組みが、ある意味表面的なものになるのも課題です。牧野さんが言われたように、まさしく目の前の課題に取り組む、長期的な問題解決にはマイナスの影響があるかもしれない。そこまでは、考えが追いつかずに進んでしまっていることもあるかと思います。
複雑化する気候変動問題
ある行動がSDGsのほかのゴールの達成に対して影響を与える、ポジティブなインターリンケージの話もありますし、逆に、よかれと思って行った行動が、もしかするとほかの面で悪影響を及ぼしてしまう可能性もあるということですね。
冒頭の長谷川さんの発言中に、海洋のアルカリ化の話がありました。気候変動の緩和のための行動にはいろいろなものがあって、地球工学を用いたものも最近、様々なものが提言されていると思います。そのあたり長谷川さん、いかがでしょうか。
気候変動に関して皆さんが持たれている危機感に私もとても同意しています。そもそも気候変動というのは、化石燃料補助金を減らし、化石燃料のエネルギーの使用から再生可能エネルギーへ移行し、二酸化炭素を削減していくという科学技術の話だったと思います。
海洋プラスチックの問題も、プラスチック製品が溢れているのは化石燃料補助金によって石油からプラスチックを作るコストが安過ぎることがそもそもの原因で、根源的な問題は気候変動と同じだと思います。ただ、最近は、気候変動の話が科学的な問題から、だんだんビジネス機会の話になっていると私は思っています。
さらにエネルギー問題は国家安全保障の話にかかわってきています。例えば太陽光パネルなど、ビジネスと国家安全保障が複雑に絡み合った問題に変化しつつある。気候変動の話がだんだんと環境問題から離れていっているように私には思えます。
先ほど申し上げた、海洋のアルカリ化の話や「CO₂を削減すれば問題解決できる」といった議論も出てきている。それが環境にとっていいか悪いかというより、CO₂を削減すればいい、というような考え方が生まれていて、もしかしたら気候変動自体の問題の質が変わりつつあり、複雑化してきているのではないかと感じます。
しかし、現実的に気候変動が海に与えている問題もあり、早急な対応が必要です。例えばチュニジアやモロッコでは、海岸の浸食が大きな問題になっています。チュニジアでは、1年で70センチくらい海岸線が後退していて、それが観光のみならず都市計画などにも影響が出てきている。これは具体的な問題で対応が必要です。
緩和策(人間の活動によって発生する環境への影響を緩和する行為)だけではなく適応策の必要性が増してきています。海岸侵食への適応策として、例えば、1つの海岸の侵食を防ぐために人工的な構造物を建てることがあります。ただこういった対応策によって、ほかの海岸の侵食が余計に進んでしまうことが現実問題として起きています。
自然に基づく適応策をもっと活用した方がいいと言われており、世銀でもモロッコで沿岸部の森林の保全を支援したり、海岸、ビーチの侵食対策事業を支援しています。ただ、こういった取り組みは、公共事業なので、持続的に資金を投入していくことが難しかったりします。
では、ブルーカーボン(海洋生態系に取り込まれた炭素)を使って、このような適応策への資金に回せば持続的になるのではないかという話も出ているのですが、まだマーケットが発展途上で、ブルーカーボンを使って大規模な保全事業につなげていくという流れは上手くできていません。
もちろん、チャンスはたくさんあると思いますが、気候変動への対策と環境保全のバランスを上手く取りつつ、かつ社会と経済の問題を見ていかなければいけないということは、極めて難しいことだと感じています。
沿岸域の生態系回復の試み
ブルーカーボンの話が出てきましたが、沿岸域の生態系を回復させることによって気候変動に対応することができるのではないかという話が、日本でも議論になっているかと思います。牧野さん、日本で生態系の保全に関して行われている取り組みのなかで、上手くいっている例についてお伺いしたいと思います。
日本は特に藻場(もば)を使ったブルーカーボンとか、カーボンクレジットの社会実装が世界でもかなり進んでいると聞いています。藻場は「海のゆりかご」とも言われますが、日本では高度経済成長の時にものすごく減ってしまったのです。特に東京湾の西側、東京から川崎・横浜にかけてはほぼ自然海岸が残っていないのですが、その多くは垂直護岸であり、魚がそこで卵を産むこともできないし、仔魚も稚魚も育たないわけです。
そこで、カーボンクレジットを目標としたものでもいいから、とにかくブルーカーボンで藻場を増やせば、そこで自然再生が起きて、生物多様性が増えたり水産資源が増える。コベネフィット、つまりいろいろな副次的なプラスの効果がある。
なおかつそういう場を、海洋保護区(MPA)という形で特定し、そこを集中的に守る活動をして、地域の住民、特に子どもたちが参加して、科学者と一緒に観察会をやったり、アマモを植えたりすることにより、環境問題をより自分の問題として環境学習ができるという効果があると思います。
竹田さんがおっしゃったように、中高生の意識をどう変えるか。リテラシーにどう働きかけるかがカギですから、そういう意味ではブルーカーボンの活動は、東京湾でも面白い可能性を持っている事例だと思います。
もう1つ、世界で評価されている日本の活動としては、日本は知床の亜寒帯の海から石垣の熱帯の海まで、いろいろな生態系があり、そこにたくさんの漁師が何百年も代々住んで、そこの生態系とともに生活しながら、いろいろな文化や技術を構築してきました。
彼らはその地域で蓄積してきたナレッジに基づいて、生態系保全とか、生物資源の増殖のためのいろいろな取り組みをやっているのです。こういういわゆるボトムアップの多様な取り組みの中にかなり面白い知恵があるのではないかと、今期待されています。
いわゆるローカル・エコロジカル・ナレッジの中から、いかに科学的なイノベーションを見つけ出すかという研究も注目されていると思います。
今、MPAの話も出てきて、そこに住民や子どもたちを巻き込む必要があるという点についてお話しいただきました。
竹田さん、先ほど中高生にどう関心を持たせるかが課題とお話しいただきましたが、教室の外で何かSFC中高生たちと一緒に取り組む海洋の理解の増進に資するような活動はできるのでしょうか。
海洋教育に関しても、現状では日本の学習指導要領の中にほとんど記載がないのですね。一方、アメリカでは、幼稚園から高校卒業までの間に海洋に関するリテラシーを身につけさせることとして、7つの項目が挙げられているような動きもあります。
子どもたちにはやはりいろいろな活動を通して何回も知識や体験に触れさせるという活動が重要なのかと思います。「この授業をやればこのリテラシーが育まれる」ということではないので、いろいろな活動を通じて、彼らの中で身についてくるものがリテラシーとかコンピテンシーというものだと思っています。
しかし、今、実際の社会で課題になっているテーマが、そもそも子どもたちが使っている教科書に書かれているかというと、そうではない。つまり、社会と乖離するような内容を学んで、結果、大学に進み、社会に出てきた時に、「これは実はビジネスと絡む話なのだ」とか、「法のことも考えなくてはいけないのだ」とだんだん視野に入ってくるのが現状です。
そういう意味では、生徒にいろいろな体験をさせてあげたいと思いつつ、現状では、なかなか海洋に関して外に連れていくことができていないところがあります。特に慶應は船を持っているわけでもないですし、かつ大学に海洋学の先生がいらっしゃらないので、難しいところもありますが、海岸で、実際に海岸の砂を拾ってきて、例えばマイクロプラスチックの採取みたいなことを子どもたちにやらせる取り組みは、今考え、準備しているところです。
海洋プラスチック問題への視点
プラスチックごみ全般、海洋ごみ全般について、おそらくこれまでになく日本の中で関心が高まっているとは思うのですが、これはなかなか対処するのが難しい問題です。
例えば海岸のごみを拾うことで、今そこにあるごみに対処することはできても、それだけでは根本的な解決には至らない。もっと根源にある部分も見ていかなくてはいけないということだと思います。
今、国連環境総会の下でプラスチックに関する条約づくりが進められていますが、こういったグローバルなプロセスと、身近な課題の両方が混在していると思うのです。この海洋プラスチックについて、日本として、それから国際社会としてどういう取り組みができるのか。長谷川さん、いかがでしょうか。
プラスチックについて国際的な条約ができそうだというのは、とてもいいニュースだと思うのですが、条約ができたから問題が解決するわけではないことは、気候変動の話でよくわかっていることです。やはり国別、地域別、そして個人の取り組みがとても大事になってくると思います。
プラスチックの話は、よく上流から下流までサプライチェーン全体での取り組みが必要と言われます。これは、上流か下流どちらか一方だけをやっても駄目で、プラスチックのバリューチェーンの全ての段階において、行動していかなければいけないということです。
私が思うに、今までは海洋ゴミは廃棄物処理の問題だととらえられることが多かったのですが、国際的な世論としては、リサイクルだけが解決策ではないということがだんだんわかってきています。国際的に見てもプラスチックのリサイクル率は10%以下で、これを2、3年で90%ぐらいに上げるのは現実的ではない。
そうすると廃棄物処理だけに頼るのはほぼ不可能ですので、上流部分の取り組みで、どうやってプラスチックの生産や使用を減らしていくかが課題になってくると思います。
これは難しい問題です。私が支援しているモロッコやチュニジアだと、代替される材料、例えば日本で言えば竹のスプーンなどがあまり生産されておらず、あってもヨーロッパからの輸入で、プラスチックより値段が高くマーケット的に難しい。
さらに、新しいプラスチックのほうがリサイクルされたプラスチックよりも、安いためにリサイクルプラスチックを使った商品が普及しない。マーケットがまだ上手く機能しないために、プラスチックの利用を削減していくことが今の段階では難しくなっています。
各国の取り組みで、例えばプラスチックのレジ袋などの使用を禁止することがありますが、結局、法の執行の問題になります。ケニアなどでは警察がレジ袋を持った人を取り締まったりしていたのですが、法の執行力がないと、削減がなかなか難しい。そうすると、やはりある程度マーケットの機能を使わないと削減には向かっていかないのではないかと思います。新しい条約の枠組みの中で、何らかのマーケットメカニズムが上手く機能するようになれば、希望が見えてくるのではないでしょうか。
世銀でも元本保証型プラスチックごみ削減連動債を発行していて、ゴミの収集とリサイクルによって発生するプラスチッククレジットに連動した金融リターンを提供するような新しいメカニズムがあります。こういった新たな資金調達メカニズムもだんだん出てきています。
ただ、こういった新しい資金調達がグリーンウォッシング(環境に配慮しているようにごまかすこと)につながっているのではないかという懸念もあり、いろいろな問題もあるのですが、新たな資金調達メカニズムができれば、海洋ゴミの削減につながっていくのではないかと思っています。
エコラベルの意味
まさにマーケットをどのように使って政策を進めていくかということですね。
補助金が保全のネックになってしまうこともありますね。例えば、漁業の文脈でいくと、漁業補助金の規律のための協定が一昨年WTOで採択されました。これは、燃料油に対する補助金などが出たりすることで、経済的効率性の面からするとペイしないはずの漁業が行われ、水産資源に対するプレッシャーが高まっているのではないかという指摘が背景にあります。
それから、マーケットの力ということで言えば、例えば日本ではいろいろなエコラベルがあり、そういったものを使って、消費者を巻き込むような形で水産資源の保全のための施策が行われていますが、滝本さんいかがでしょうか。
漁業補助金は、過剰漁獲をもたらすということで、「有害」だと言われている部分もありますね。サステナビリティに配慮した漁業への補助など、水産資源の保全や回復につながるよう、今後、その配分を見直す必要はあるかと思います。現状、燃料費もものすごく上がっている中、経営安定のための対策は必要な面もあるものの、補助金漬けで逆に産業が弱くなるようなことは避けなければいけません。
マーケットの力というところでは、WWFもMSC認証・ASC認証という国際認証ラベルを、サステナビリティを確保するという点から推奨しています。
一般の人が魚を買う際、今はサプライチェーンがとても長く複雑なため、「いつ、誰が、どのくらい、どのように獲ったか」を確認することが難しいので、この認証ラベルの安心感というのはあると思います。ラベルがついていれば、サステナビリティを確保して獲られた、もしくは養殖されたもので、それがほかのものと混ざらずにサプライチェーンに乗ってきたことがわかる証明になる、すごくいい仕組みだと思います。
海洋教育にもかかわりますが、消費者教育があまり日本ではされておらず、認証制度自体、よく知らない人も多くいます。そもそも日本人は商品のラベルに何が書いているかをあまり見ないですね。新鮮さや値段は見ると思いますが、「環境的にどうなのだろう」「どこでどういう獲り方をした魚なのだろう」と意識する人というのは少ないです。
今、スペインとギリシャに出張で来ているのですが、こちらのスーパーでは、認証ラベルがついた商品が日本より多く、また認証ラベルがなくても、FAO(国連食糧農業機関)の漁獲統計海区の番号が示され、どこの海域で獲られたものなのかがわかるようになっていました。また獲り方も、日本だと一本釣りは書いてあることがありますが、こちらでは、巻き網漁、トロール漁などの漁獲方法も書いてあるものが多くみられました。
そのように消費者が情報を求めることや、批判的に商品を見ること、私たちが食べる生物資源がどのように獲られたり、生産されたのかに関心を持つことが大事かと思います。海洋教育は、消費者教育とセットでできるといいのかなと思います。
MSC・ASC認証を広める場合、消費者が環境や資源について知らないと、環境に配慮した生産者の取り組みが進んでいきません。配慮した分だけコストはかかりますが、そのコストが価格に反映されると、価格しか見ない消費者には選んでもらえないからです。
やはりサプライチェーンの川上から川下まですべてが意識を高めない限り、なかなか状況は変わらないですし、どのサプライチェーンのステークホルダーもそのコストを負担していかないといけない。それほど、海の資源を人間が享受し続けていくには、現状はかなり危機的な状況にあると思っています。
海は誰のものか
少し視点を変えて、「海は誰のものなのか? ナショナリズムを超えられるか」という点についてお話を伺いたいと思います。
先ほどレジ袋の取り締まりの話がでましたが、やはり海洋問題に関する法的な枠組みを、きちんと守らせることはかなり難しいとは思います。特に、国際法枠組みについては、各国が権利、管轄権を持っているような領海やEEZ(排他的経済水域)と言われるエリアですら難しいですし、さらにその先の公海と言われる場所では、いずれの国も独占的に権利を行使することができないので、そのためにより問題が複雑化しているのではないかと思います。
例えば、先ほど牧野さんから海洋保護区の話がありましたが、去年、国連で「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下での協定」が採択され、その中で、公海上でも海洋保護区をつくれるようにしようという枠組みが合意されました。
公海に限らず海洋保護区というのは海洋の保全に関して非常に重要な枠組みだと思うのですが、この海洋保護区という枠組みをどのようにすれば上手く使えるのか、牧野さんからお考えを伺えればと思います。
海洋保護区(MPA)、あるいは昆明・モントリオール生物多様性枠組では、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)という新しい概念が出てきました。生物多様性保全を主たる目的としていなくても、副次的に生物多様性保全の効果がある地域ということになっていますが、今、日本でも環境省及び水産庁で検討を進めています。
保護区として場を区切り、そこを集中的に守っていくのは、1つの重要な考え方だと思います。海をいかに賢く持続的に使うかという時、マリンスペーシャルプランニング(海洋空間計画)という概念があります。海というのは皆のもので、しかも陸と違って面白いのは、深さによっていろいろな使い方ができるのです。また潮の満ち引きによって全然変わる。時間によって、あるいはその季節によって同じ海面を様々に使えるわけですね。
海は基本的に誰かが占有できるものではないですから、皆がこの「海」という空間とその機能をどうやって上手に使っていくか。そして守るべきところは守り、使うべきところは使うという、その計画を科学に基づいて賢く立てていく上で、MPAあるいはOECMというのは非常に重要な政策ツールだと思います。
公海のMPAは、今年から議論が始まると思いますが、沿岸に比べて設定しても効果が出てくるまで時間がかかると言われています。しかも監視、執行にお金もかかる。ここをサンクチュアリにして全く漁業禁止にした時、沿岸だったら観光とかブルーカーボンで代替収入があるかもしれませんが、沖合は漁業しか収入がない場合も多いので、どうやって守っていけるのか。
しかもその効果は、外洋へ行けば行くほど、自分のところに便益が返ってくるより、ほかに散らばっていきますから、便益とコストの関係でいかにこれを持続できるかということは、これからまさに自然科学と社会科学の両方の検討が必要になっていくと思いますし、新しい金融手段をつくるのも大事な取り組みなのだろうと思います。
海洋リテラシーを上げるには
最後に、環境教育の必要性、大学・研究機関の役割ですとか、市民社会・NGO、ビジネスに対してどのように意識を高めていくことができるのか、海を守るための啓発・広報活動などについてもお話しいただければと思います。
これは海洋の問題に限らないとは思いますが、やはり自分事として問題を捉えるということが人々の意識に根づいていかないと、問題解決につながらないのかと思います。例えば、プラスチックの問題も、プラスチックは確実に人工物ですので、人が起こした環境問題であることは間違いない。その前提の上で、プラスチックの「安い、軽い、腐らない」という、メリットとして人類が捉えてきた性質が問題化している。要は反作用として問題になっていることが、本質なのではないかと思います。
実際に生徒に海洋プラスチックに関してアンケートを採ってみました。「海洋マイクロプラスチックを知っていますか」という質問には本校の93.3%の生徒は「知っている」と回答しました。では「実際に見たことがありますか」という質問をすると、14%ぐらいしかおらず、あとは「何かしらで見たことがある」、つまり、写真や映像でしか見たことがないのが8割ぐらい。
そして「海洋マイクロプラスチック」という言葉は知っているけれど、何も見たことがない生徒が1割弱いました。そのように「何となく知っているけれども見たことがない」という層もかなりいる。子どもたちは本質的なところを理解しないで、ただ知識を受け入れているにとどまっているという実態も感じています。
「海にごみを捨てるのはよくない」から本人がポイ捨てしないというだけの話になってしまうと、漁業で出た網が細くなっている問題や、農業のカプセルみたいなものもマイクロプラスチックとして海に放出されている点は見過ごされる。もっと活動の範囲を広げて、世界的に見てみれば違う問題に見えてくる。その視点もとても重要だと思います。
一方で自然科学の役割としては、どうして海岸にゴミが漂着するのだろうか、どういう力学でゴミが動いているのだろうか、そもそも海の流れはどうなっているのだろうか、という基本となるサイエンスがないと議論ができません。ですので、やはり小中高の学校現場における自然科学、特に理科の役割は重要だと認識しています。
この海洋全体の様々な、人文・社会科学ともかかわる複合的な問題に対して、理科以外の教科とも横断的な視点を持って、小中高でどのように、何を目的として授業、カリキュラム、教育活動を行っていくのか。
少なくとも学習指導要領は、このめまぐるしく変わる自然環境を反映させ、教科の縦割りではなく、あらゆる教科と横断しながら複合的に問題を捉えるような姿勢が必要ではないかと、教育現場の一教員としては思うところです。
WWFではアウトリーチ施策で、いろいろな人が関心を持ちやすいようなツールをつくっているのですが、一方で、メディアの取り上げ方を変えていくということにも、注力していかないといけないと感じています。
魚で言えば、「今年はこれが不漁です」とか、「ここの海域で今まで獲れなかった魚がたくさん獲れました」といったニュースはよくあります。それを取り上げた時に「なぜこれが今起きているのか」というところまで、もう少し深くカバーできるように、メディアの方々のリテラシーを上げていく活動もしていかないと、その先の多くの人に問題の本質や危機感がなかなか届かないかと思っています。
また、今まで日本は海に囲まれて、豊かでおいしい水産資源が安く豊富に手に入れられたわけですが、今の生物資源の状況を考えると、そういう状況ではなくなっているということを一般の方も改めて認識する必要があります。あとは一次産業にきちんとお金が回るような社会をつくっていかないといけません。
そのように、社会構造を見直し、変えていくためにも、人類がこれから直面する大きな課題が待っているというリスクを誇張も過小評価もすることなく、きちんと伝え、社会で向き合うきっかけをつくることがまず大事かなと思っています。
「海の魅力を伝える」役割
技術的な面から言うと、国別の取り組み、地域単位での取り組み、国際的な取り組み、個人的な取り組みと、いろいろな段階の取り組みがありますが、それに共通する縦軸となるのがインテグレーテッド・アプローチと言われる包括的な取り組みの方法なのではないかと思っています。
今まで海洋のマネジメントというのは、漁業の人、観光業の人、海洋保全の人とセクター別に進んできたかと思うのですが、もっと包括的に海洋資源の利用を計画し、管理していくことが必要です。例えばブルーエコノミーもそうですが、経済的社会的な面だけではなく、海の持続可能性をきちんと見ていくことが大事になるのかと思っています。海の資源を使った経済発展が、持続可能な開発のモデルになっているかどうかをきちんと測っていかなければいけません。
最近読んだジャック・アタリの本で、集団の活動に大きな変化がある場合、そもそも個人の行動が変わることから始まると書いてあり、それはそうだなと思いました。もちろん社会の仕組みが変わらなければいけないということもあると思いますが、忙しすぎて海洋とか環境について考える余裕がないという状況で過ごしていると、自分のことでいっぱいいっぱいだと思います。なので、まず皆が自分を大切にして、その上で海とつながる。そうすれば、海について考える心の余裕が出てくるのではないかと思っています。
そういう余裕がある社会になったら、もう少し環境について皆が考え、学ぼうという意識が芽生え、ほかの人の将来のために自分の行動をちょっと変えてみようかなという考えが生まれやすくなるのかなと思います。
うちの学生を見ていると、本当に環境問題への関心が高いです。大企業ではなく、そういう仕事に就きたいと言っている学生もたくさんいます。それは意識が高く、また勉強して知識があるのかもしれませんが、同時に、種としての危機感を感じているようにも思います。
「人類は大丈夫か」と。「俺たちの生存のためには、なんかマジでやらないとまずいぞ」という実感があるような気がします。ですので、私はそんなに将来は悲観していないです。「この学生さんたちが本気で頑張れば何とかなりそうだ」という期待を持っています。
もう1つ、慶應義塾大学さんもそうですが、リカレント教育も大学ですごく伸びています。私の研究室にも例えば政府の行政職の方とか、環境NGOの方、コンサルの方がおられますが、こういう方々が社会に出て仕事をしていく中で、本当に科学が必要になった時に、教育が必要な時にそれを提供できる。そういう機関として、大学はあるべきだと思います。それがサイエンス・ベースド・ポリシーメーキングにもつながっていくと思います。
もう1つ、大学の役割としては、やはり子どもや社会に対して「海の魅力を伝える」ということだと思います。海の夢を語るのも、我々研究者の重要な仕事の1つです。「海は面白いんだよ、儲かるよ」「海からビル・ゲイツや本田宗一郎がまた出てくるよ」と。
最後に一番伝えたいことは、先ほどの論点提起にもありました「ナショナリズムを超えられる」ということです。海というのは国と国をつないでいますし、人も生物もつながっていますし、文化もつなげるところです。「海のサステナビリティーを考えることはこんなにも楽しく夢があることだ」というメッセージをしっかり社会に対して、大学や研究機関から発信していくことが、私ができる小さな貢献かなと思っています。
大変上手くまとめていただきました。我々が何をしていかなければならないのかという点、さらにはいろいろなアクターに対してどのように働きかけていく必要があるのかということなどを皆さんからお聞きし、非常に私自身も勉強になりました。
本日はお忙しい中、非常に重要な議論をしていただき、有り難うございました。
(2024年5月1日、オンラインにより収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。