登場者プロフィール
江藤 名保子(報告)(えとう なおこ)
その他 : 学習院大学法学部教授経済学部 卒業法学研究科 卒業塾員(1999経、2009法博)。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程修了。博士(法学)。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。国際文化会館・地経学研究所上席研究員兼中国グループ長。著書に『中国ナショナリズムのなかの日本』他。
江藤 名保子(報告)(えとう なおこ)
その他 : 学習院大学法学部教授経済学部 卒業法学研究科 卒業塾員(1999経、2009法博)。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程修了。博士(法学)。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。国際文化会館・地経学研究所上席研究員兼中国グループ長。著書に『中国ナショナリズムのなかの日本』他。
平岩 俊司(報告)(ひらいわ しゅんじ)
その他 : 南山大学総合政策学部教授法学研究科 卒業塾員(1989法修、95法博)。1987年東京外国語大学朝鮮語学科卒業。博士(法学)。専門は現代東アジア研究、現代朝鮮論、北朝鮮政治。静岡県立大学、関西学院大学教授を経て2017年より現職。著書に『北朝鮮はいま、何を考えているのか』他。
平岩 俊司(報告)(ひらいわ しゅんじ)
その他 : 南山大学総合政策学部教授法学研究科 卒業塾員(1989法修、95法博)。1987年東京外国語大学朝鮮語学科卒業。博士(法学)。専門は現代東アジア研究、現代朝鮮論、北朝鮮政治。静岡県立大学、関西学院大学教授を経て2017年より現職。著書に『北朝鮮はいま、何を考えているのか』他。
山口 信治(討論)(やまぐち しんじ)
その他 : 防衛研究所地域研究部中国研究室主任研究官法学部 卒業法学研究科 卒業塾員(2002政、05法修、10法博)。博士(法学)。専門は中国政治・安全保障、中国現代史。慶應義塾大学法学部助教等を経て、2011年より防衛研究所、15年より現職。著書に『毛沢東の強国化戦略 1949-1976』他。
山口 信治(討論)(やまぐち しんじ)
その他 : 防衛研究所地域研究部中国研究室主任研究官法学部 卒業法学研究科 卒業塾員(2002政、05法修、10法博)。博士(法学)。専門は中国政治・安全保障、中国現代史。慶應義塾大学法学部助教等を経て、2011年より防衛研究所、15年より現職。著書に『毛沢東の強国化戦略 1949-1976』他。
小嶋 華津子(司会)(こじま かずこ)
法学部 教授塾員(1993政、95法修、99法博)。博士(法学)。専門は現代中国政治。筑波大学人文社会系准教授等を経て2012年慶應義塾大学法学部准教授、19年より現職。慶應義塾大学東アジア研究所現代中国研究センター長。著書に『中国の労働者組織と国民統合』他。
小嶋 華津子(司会)(こじま かずこ)
法学部 教授塾員(1993政、95法修、99法博)。博士(法学)。専門は現代中国政治。筑波大学人文社会系准教授等を経て2012年慶應義塾大学法学部准教授、19年より現職。慶應義塾大学東アジア研究所現代中国研究センター長。著書に『中国の労働者組織と国民統合』他。
2025/03/09
本日のシンポジウムの第1セッション「権威主義国家が見る国際秩序」では、今日、中国と北朝鮮がどのように地域と世界の秩序を捉え、未来を展望しているのかを考えます。
今、私たちは先の見えない、混沌とした時代を生きています。かねてから指摘されてきた国際秩序のパラダイムシフト、一言でいえば欧米型のリベラルデモクラシーに基づく戦後秩序が後退しつつある。そのような潮流がコロナ禍、そしてウクライナ、中東の戦闘を経て、いよいよ顕在化してきたと言えるかと思います。
そうした混乱期にあって、新しい秩序をつくり出すためには、小手先の戦略や戦術というよりも、より根源的な哲学の打開が必要です。私自身は、新たな秩序は、世界の多様な国や地域の歴史・文化の文脈を踏まえたものでなければならないと考えます。その意味で、地域研究がもつ学際的、内在的な視点は、いっそう重要性を増しつつあるのではないかと感じています。
今日は、このテーマを語るに最高の専門家にお集まりいただきました。最初の報告者は、中国をフィールドに、経済安全保障の分野で活躍されている江藤名保子先生です。よろしくお願いいたします。
習近平政権の外交戦略
本日はこのような貴重な機会をいただき有り難うございます。
私からは経済安全保障に絡めた形で習近平政権の外交戦略についてお話しさせていただきます。これは今の問題であることに加えて、中国自身が外交戦略の中で重きを置き始めた部分です。経済安全保障、すなわち経済と軍事安全保障のオーバーラップする部分が、おそらく米中のこれからの競争戦略の中で大きなカギを持つと思います。
とりわけ先端技術の部分は、すでに半導体が現実に摩擦の種となっています。加えてデュアルユース技術は昨年、中国側も規制を強化していますが、軍事安全保障に直接かかわり、民生にも応用できる技術が経済安全保障の次の大きなカギになってきます。
経済安全保障の議論は、他国からの経済的威圧にどのように備えるのかということから始まり、技術の競争、そして最終的な目標は、国の経済が活性化し、発展することこそが自国の経済安全保障の最大の梃子となるというような理解が広がってきています。経済安全保障の概念自体も現実に合わせて、今まさに発展しています。
また、中国がなぜ経済安全保障を重視しているかということは、国際社会の中で中国像をどのように形成していくのかという議論にも直結しています。中国の一つの特徴である、共産党一党独裁体制の正統性をどこに求めるのかという議論が、今、中国が国際戦略を語る時のベースにあるからです。ですので、共産党が最終目標としている正統性の担保という議論をまず確認した上で、習近平政権の特徴についてお話ししたいと思います。
共産党は「人類運命共同体」という、最終的な国際社会はこうあるべきだというビジョンを打ち出しています。この構造についてお話をし、その後、経済安全保障の現実と、戦略的ナラティブ、どういった言説で自分たちの考えていることを国際社会にアピールしていくかをお話しします。
このことが中国が世界をどのように認識しているのかを形成するのと同時に、アメリカとの競争戦略の中でどうやって、グローバルサウスと呼ばれる国々、発展途上国、新興国を巻き込むかという議論として形成します。同時に今のガザ・中東の問題やウクライナ戦争等について、誰が正しいことを語っているのかという競争で自分たちが有利な立場をとることにつながる。このように緻密に練られた戦略を共産党政権は打ち出し始めています。それらを説明した後、2025年の米中関係の展望をお話ししたいと思います。
正統性の論理
まず正統性の論理ですが、端的に申し上げると、中国では「過去の功績」「現在の功績」「未来の功績」の3つの理由から共産党は一党独裁体制を敷くことに正統性があると説明されています。過去の功績は歴史です。列強の侵略に打ち勝って建国したのが共産党であるという理論です。これは必ずしも間違いではありませんし、実際に中国における歴史教育の中でこの言説がますます強化されているのが2012年以降の習近平時代の特徴です。
これがひいては日中関係に影響を及ぼすのですが、現在のところ、かつてのような日本を侵略者として批判することに重きを置いておらず、むしろ、日本に虐げられた屈辱の100年に中国は勝ったのだ、逆境をはねのけた強い中国というところに力点が置かれています。日中間の歴史認識問題は存在しているけれど、表面化していないというのが現在の状況です。
それに対して、より複雑な問題をはらんでいるのが現在の功績です。共産党が国を統治する体制を維持する理由として、共産党が統治すれば皆が豊かになるからだという経済発展の論理があり、これがもっとも一般の人に響きます。「30年前を思い出してください、今のほうが絶対にいい生活をしているでしょう」と言われたら、多くの中国の方は確かにそうだ、と思うわけです。これは、人々の生活実感として共感できるナラティブになっていてそれはいまだに影響力が大きい。
しかし、今の世代の中国の方たちは、おそらく初めて自分が持つ資産が目減りするかもしれないという状況に直面しています。今までは自然に不動産の価格は上がり、資産は増えるものだった。それが初めて、どんどん目減りし、損が増えていく状況になっている。その上、雇用に不安がある。あるいは社会保障についても、地方財政は逼迫しています。
便利にはなったけれど、この先、もっとよくなるかは保証されないのでは、という不安が膨らんでいます。これが今、中国経済が内需主導型に転換したいと政府が願っていても、それが頓挫している理由です。
つまり消費が伸びない。人々は将来不安を抱えているので、モノを買うよりも生活を守るために貯蓄するほうがよいと考えている。新聞等に5%成長達成と出ていますが、これは政策的に消費の先取りをしている部分があるので、今年はもしかすると経済はますます冷え込むかもしれない。共産党政権は今のところ効果的な政策は打てておらず、経済の功績は揺らぎ始めています。
そうすると強調したくなるのは未来の功績の先取りです。「今よりもよくなる」という説明です。そして2021年、コロナ下で共産党は結党100周年を迎え、歴史決議というものをまとめ上げる中で、われわれは十分な経済発展をした先で「共同富裕」という段階に入っていく。経済力のある人だけではなく、中国の皆が豊かになる社会になる、と打ち上げました。
でも最近、習近平政権はこのことをあまり言いません。今、経済が減速している中では豊かさを実感するのが難しく人々の心をつかむのは難しいからです。その中で国内世論を誘導するようなナラティブを打ち出しています。
中国共産党はもともと宣伝部という、人々の気持ちを搔き立てるナラティブを形成する専門部署を持っており、最近の報道では中国経済の悪いところを指摘してはいけないと、引き締めが厳しくなっていると言われています。国内で上手くいかない時はナラティブを共産党が誘導し、人々の不満が表面化しないように抑えるわけです。
抑え過ぎると不満が爆発する恐れもありますが、今のところは監視カメラやSNS上で言説を確認する技術などで、世論を上手く誘導し、世論統制はできている状態が続いています。
人類運命共同体と3つのイニシアティブ
そして国際的なビジョンとして打ち出されているのが人類運命共同体という概念です。これは何を意図しているのか。人類運命共同体は、世界の人たちはみな共通の運命を担っているというわけです。例えば地球温暖化が進めば、その苦労を皆が共有することになるのだから共に発展していこうと。これはとりわけ発展途上国の方たちにも受け入れやすい理論として構成されています。ここでのポイントは、この人類運命共同体を誰が主導していくのかということです。
もちろん内心では中国はリーダーシップを発揮したいと思っています。中国は公には決してアメリカの先を行く強い国になるつもりはない、アメリカに追いつくとは思っていないと言っていますが、もし追いつける可能性が出てきたら、自分たちがリーダーになりたい、中国中心の人類運命共同体にしていきたいと思っています。
そのために打ち出しているのが、グローバル発展イニシアティブ、グローバル安全保障イニシアティブ、グローバル文明イニシアティブです。この3本柱の上に人類運命共同体というビジョンを掲げているのが中国の国際戦略の大きな見取り図です。
この経済・安全保障・価値の3本柱は、言わば覇権国が有している経済・軍事・価値という3つの領域での圧倒的なパワーを中国なりの言葉で説明し直したものです。さらにに加えて、中国が今重視しているのは科学技術におけるイニシアティブです。
現代世界でゲームチェンジャーになることにおいても、自分たちがルール形成や技術開発でイニシアティブを発揮したいという意図が出てきている。そして、グローバルデータ安全イニシアティブ、グローバルAIガバナンスイニシアティブ、グローバルクロスボーダー・データフロー協力イニシアティブという3つのイニシアティブが発表されています。
ただし、一つ目のグローバルデータ安全イニシアティブというのは、ひと足早く2020年に発表されましたが、あまり言及されていません。このデータ安全に関しては王毅外相が発表したのに対し、その他のグローバルイニシアティブはすべて習近平本人が国際会議などの場で発表したもので、少し格下げの位置づけになっています。
概念としてのカギは国際戦略で、とりわけAIガバナンスとクロスボーダー・データフロー協力の2つは、英語でも発信していますから、国内向けだけではなくて国際社会に対してのメッセージであることも明らかです。
そしてもう一つのカギは、これらのイニシアティブの中で、自分たちは発展途上国の立場に基づきルール形成をしていきたい、ユーザーである国との連携を強めたいと言っていることです。
中国はアメリカと並ぶAI大国でプラットフォームを提供する側です。どんな経済活動でもプラットフォームを提供している側が圧倒的に有利です。AIも同じで、とりわけデータ収集においてシステム提供者のほうが有利なポジションを得るわけです。しかし中国はAI大国でありながらユーザーとなるグローバルサウスとの協力を全面に打ち出している。この狙いには、技術の重要性を訴えると同時に、他国を巻き込むメッセージを発信するという意味があるのです。
今の習近平外交には、経済、技術、軍事安全保障のナラティブをいかに他国を巻き込みながら形成していくのかという意図が如実に表れている。これはすなわち対米戦略の一環でもあります。アメリカと競争する時に誰が自分たちのチームに入ってくるのか。これをできるだけあからさまでないような形で、しかし中国と組むと確実にいいんだと発信している。これが今の国際戦略の特徴となります。
「国際話語権」の強化
では、具体的にはどのような外交ツールを使っているのか。もっとも大きいものとしては誰もが否定できない巨大な市場の魅力です。どの国も中国にモノを売りたいと思っています。でも、進出してきた企業に対して、このようなルールに従ってくださいとか、中国国内ではこのような商慣行がありますと、それに従わせることで技術を吸い取ることもしています。企業関係者に対して国内ルールに従わせることが一つのツールになっています。
それから、企業に対して輸出管理をしています。ガリウム、ゲルマニウム、グラファイトなどの重要鉱物に輸出規制をかける。そうやって世界中に中国は影響力を発揮することができるのだと2023年から24年にかけて明確に示しました。中国が生産力を一番持っている重要鉱物等をあなたには提供しません、と言われることで、他国が中国のルールに従わなければいけないと認識するようになっている。
このようなツールを使う上で中国は国内での法律を整えてきました。海外貿易法、輸出管理法、両用品目(つまりデュアルユース)輸出管理条例、関税法と、2020年頃から様々な法律をつくっています。最後の2つは昨年12月1日に施行されたものですが、関税法に関してはトランプ政権の関税が問題になる中でタイミングよく打ち出された感があります。
これは第1期トランプ政権時の経験を踏まえて法整備をしたということで制裁案件ができるようにもなっています。反外国制裁法、信頼できないエンティティー・リストなどは、自分たちが問題だと認識していることのメッセージと同時に相手に痛みを負わせる法律となっています。このような法律の整備も対米戦略を念頭に置いていて、ルール重視の姿勢を鮮明にしている。中国はルールベースで競争していると内外に知らしめているわけです。
ルール重視であることこそが国際世論戦の一環で、中国ではこれを「国際話語権」の強化と言っています。「話語権」はディスコースパワーと訳すことが多いですが、発言する権利に加えて、発言したことに聞いた人たちが従うという権力を持っている状態です。国際社会で中国がこの話語権を高めるということを、2010年代半ばから盛んに打ち出すようになっています。
国際秩序から逸脱しないスタンス
国際話語権は中国式現代化の中でも謳い込まれていて、中国のことは中国自身が説明するから、国際社会はこれを受け入れてください。アメリカの言う中国は間違っているんだと、自分たちが説明する中国像をいかに西側を含む国際社会に受け入れてもらうかに尽力しています。経済を梃子にしたり、法律を使ったり、様々なメッセージを発することでこれを訴えています。
これが端的に強化されたのが昨年打ち出された、EUに対するアンチダンピング調査というものです。中国は、国内でヨーロッパからダンピングが来ているという要請に基づいて調査したと言っていますが、ヨーロッパを含めた世界は、これはEUが中国産の電気自動車(EV)に対して関税をかけたことに対する報復措置であると了解しています。関税措置に対してアンチダンピング調査や反補助金調査を行うことで、自分たちはルールに基づいて報復措置をとっているという姿勢です。ただし、報復措置と言うとルール外になってしまうので、国内からの要請に基づき、国内法に則って、WTOのルールからも逸脱しない形で措置しているというスタンスをとっています。
これは国際的な経済秩序を中国は逸脱していないというポジション取りになります。例えば、カナダは昨年8月に中国産EVに100%関税を課すと発表しています。それに対し、ヨーロッパにはアンチダンピング、反補助金をやりましたが、カナダに対しては初めて反差別調査をしています。反差別調査というのは対外貿易法第七条の項目の中に一項目ぐらい含まれているだけのもので、これを使うとは誰も予想していませんでした。
EUは中国に対してEV関税をかける時に200ページ以上の分厚い調査報告書を出し、このようなところに補助金が入っているから、自分たちはそれに対して対抗措置として関税をかけるという説明をきちんとしています。それに対してカナダは、そうした調査の形跡があまりない状態で中国に対してEV関税をかけた。すると、「カナダはちゃんと調査をしているのか」と、中国はそこを突いて反差別措置と指摘した。これは外形的にはカナダよりも中国のほうが筋を通した形です。
今年も何らかトランプ政権が打ち出してくる対中措置に対して、中国はできるだけルールに則るように見える形で打ち返してくるでしょう。必ずしも関税をかけてきたら関税で打ち返すとは限りません。中国は国内法を整備して様々なツールを持っており、どれで打ち返すかはその時々の相手が打ってきた手に合わせて選んでいくという姿勢をとっています。言ってみればファイティングポーズをとっている状態で、中国側は準備が整っているわけです。
トランプ政権との対峙
この中でトランプ政権と対峙することになります。人事を見ても対中強硬派と言われる人たちが政権に入っている。現実主義者なのか、本質的な対中強硬派なのかというニュアンスの差はあるけれど、中国の識者の間では基本的に中国に対して厳しいという見方は一致しています。
トランプはすでに中国に対しては10%の追加関税、メキシコ・カナダに対しては25%関税をかけると発表しています(2月1日に正式発表)。議会からはPNTR(恒久的通常貿易関係)を撤廃すべきであるという議員立法案も出ています。中国の最恵国待遇そのものをやめるべきだという議論が出ているわけです。
関税に対してもPNTRに対しても、中国は関税法の中で対抗措置を取ると明記していますので、国内法で対応できるようにしました。最恵国待遇に関して、以前の関税関係法に含まれていなかったことを新たに書き込み、このような議論が出てきたことを受けて準備を整えています。
金融制裁に関しても、台湾に対する行為に絡めた中国の高官に対する金融制裁案が復活しています。技術・経済・金融にまで波及するような様々な打ち手が準備されてきています。
ただし習近平の新年に向けての挨拶の中では、中国の外交戦略は基本的に変わらないということが打ち出されていた、と私は解釈しています。国際情勢の変化はいろいろあるけれど、中国自身の対応は変わらない。台湾に関しても言説として大きく変わったわけではないし、言説の量も増えたわけではない。つまり、中国は自分たちが目標を定めて準備してきたものを着々と実行に移す段階にある、という構えでいると思います。
一つ興味深いことに、今年の初めに外交部、外務省主管で人類運命共同体研究センターというものが設立されています。王毅外相が開幕スピーチをして、「人類運命共同体」の考えは、どのような世界を想像し、どのように構築するかという課題に対しての中国の答えであると言っています。研究センターでこれを理論化し、より戦略的に世界に対して臨んでいく段階に入っていくということだと思います。言説においても、アメリカと競争する準備が進んでいます。そうした中で現状は、トランプ政権と台湾の関係にも懸念があり、他方で日中関係は融和のモメンタムを迎えているというのが今の東アジアの状態です。
では、この中で日本は何を選択するのか。私は決め打ちをしてはならないと思っています。状況が刻々と変わっていく中で適切なものを、その時々で考えていかなければいけない。ただし、どこに向かうべきなのかという戦略的な見取り図は必要です。海図のない航海はすべきでない。私たちには今、中国を含む東アジア情勢に対する戦略論が求められていると思います。
有り難うございました。お話しいただきましたように、中国は、パワーの増強を進める際、軍事力や経済力・技術力のみならず、国際規範の形成における「話語権」の増強を図ることによって、その正当性を担保しようとしています。
そうなると、規範形成に関与を強める中国こそが、国際秩序の擁護者になり、自国中心主義を掲げるアメリカ、さらにそのフォロワーがこの面において対外的な説明力を失っていくような事態も考え得るということでしょうか。世界に、中国が主導する法空間がつくられつつある中で、日本はどのように国益を維持し、国際秩序の形成におけるプレゼンスを高めていくべきなのかという問いが浮かんでまいりました。
北朝鮮の正統性の根拠
2人目の報告者は、平岩俊司先生です。われわれからもっとも見えない隣国である北朝鮮という国について、その統治と対外行動のロジックを内在的に解明してくださる第一人者です。よろしくお願いいたします。
本日は北朝鮮を主語にして「権威主義国家が見る国際秩序」ということでお話ししたいと思います。
ご案内のとおり、金正恩委員長は2021年に「新冷戦」という言葉を使いましたが、北朝鮮にとっての新冷戦とは何か。その翌年からウクライナの情勢が大きく変わり、その過程でロシアと北朝鮮が接近しています。このような状況の中で新たなアメリカのトランプ政権がまたスタートするというタイミングです。
そこで北朝鮮が見る国際秩序という観点ですが、その際、北朝鮮にとってのキーワードとして「主体(チュチェ)」というものがありますので、これを手がかりにしてお話ししたいと思います。
まず、権威主義体制としての北朝鮮は、金日成・金正日・金正恩と3代にわたって権力が継承されていますが、このことを体制の側から考えてみたいと思います。もっとも重要なのは分断国家であるということですが、これは韓国の否定が前提で、朝鮮半島における唯一合法の政府であるということが彼らの、自分たちの政権の正統性の根拠になります。この分断国家というのはかなり理解しにくいところがあります。
かつて韓国の金大中政権時の統一部長官であった丁世鉉(チョンセヒョン)さんとお話しする機会がありました。統一部長官として何が難しいですかと聞きますと、「外交であれば長い間の貸し借りがあるけれど、分断国家における韓国の立場からすると、北朝鮮との関係は瞬間、瞬間においてどちらが正しいかということが常に問われる。相手に譲ることは一切ない。それが非常に難しい。他の外交とは違う」と言われていました。
北朝鮮も韓国と向き合う時、対立が前提になっている時は相手の存在そのものを否定しているわけですから、韓国の政権とどちらが正しいかということと常に向き合う。その際に正統性の根拠になるのが、実際にはかなりフィクションの部分があるけれど、抗日パルチザンや、朝鮮の独立を自分たちで勝ち取ったという彼らの主張です。
現在、韓国で弾劾訴追に遭っている尹錫悦は保守政権です。それに反対する進歩派と言われている人たちがまだ学生運動をやっていた頃、その人たちの基本的な考え方は、韓国の政権には正統性がない。むしろ北朝鮮のほうに正統性があるというものでした。
その根拠は、韓国は自分たちで独立を勝ち取ったわけではなく、連合国の勝利によってもたらされたものだという理解です。それに対して、北朝鮮は抗日パルチザンで独立を勝ち取ったから彼らのほうが正統性があるという極端なことを言う主体思想派というグループがあって、彼らが政権に入っていたこともあるのです。
このように韓国も北朝鮮も分断国家であることが一つの特徴となっています。慶應で勉強した人間は分断国家ということを常に意識し、韓国と北朝鮮のある種の一体感というか、一つのユニットとして考えるという姿勢があり、それは小此木政夫先生以来の伝統だと思っています。
北朝鮮の権力構造と権威の正統性
北朝鮮の権力構造は、権力の部分で言うと党と国家と軍というのがオーソドックスな社会主義国の3つの柱となり、その一つの特徴として、すべての柱で最高指導者がトップを取っている。これが分散することは基本的にないのが北朝鮮の特徴かと思います。例えば金日成から金正日に移行する時、金日成が3つの柱のトップでしたが、1980年の第6回党大会で全てにおいてナンバー2だったのが金正日でした。それゆえ、当時から金正日が後継者だと言われていた。これは今も変わっていないと思います。
それにプラスして、権威の問題が大きくかかわってきます。北朝鮮の権威として、金日成から金正日、金正恩は「白頭(ペクトゥ)の血統」と言われています。この白頭の血統とは何か。金日成の曾祖父の金膺禹(キムウンウ)は北朝鮮の歴史の中ではシャーマン号事件で活躍した人と言われていますし、父の金亨稷(キムヒョンジク)も朝鮮革命で活躍したことになっている。北朝鮮における白頭の血統、すなわちなぜ金日成・金正日・金正恩が最高指導者でありうるのかということは、「革命伝統」という魂のようなものを代々受け継いでいくことが北朝鮮における権威の継承になるからです。
今、妹の金与正(キムヨジョン)さんや金主愛(キムジュエ)という娘さんが登場し、将来的に金主愛さんが後継者だとよく言われますが、党のポストや国家、軍のポストをどうやって継承していくのかという議論は一切ない一方、権威に関しては今お話しした流れで十分説明できるのです。
「主体」とは何か
権力基盤の考え方として、北朝鮮の対外姿勢は外部環境と国内政治が密接に連携していることが一つの特徴だろうと思いますが、これは何かというと「主体」という考え方になります。
主体という言葉は、1955年12月に金日成が演説し、もはやソ連式でも中国式でもない、われわれ独自の式をつくる時が来たのだと言った時に登場します。これは国内のソ連につながっているグループ、中国につながっているグループとの権力闘争の中で出てきた発想です。北朝鮮における国内の権力闘争は常に国際関係を意識したものであらざるをえなかった。これが今の北朝鮮の国際秩序観にも大きく影響を受けていると思います。
「主体」というのは具体的に3つのもので構成されます。一つ目は「政治における自主」です。1956年の「八月全員会議事件」、58年の第一次代表者会で確立されたというのがわれわれの見方です。
2つ目は「経済における自立」です。これはソ連からCOMECON加盟を強要され、それを拒否する。その時の理屈が自立的民族経済論です。朝鮮半島はまだ分断状態でCOMECONに参加しても大して役に立てない。統一して一つの経済ユニットになってから参加するというのがCOMECON加盟拒否の理屈です。
3つ目が「国防における自衛」です。キューバ危機に対するソ連の対応を見て、国防においても自分たちで守らなければいけないという発想から自衛力強化になります。この3つが主体を構成するもので、1960、70年代には幼稚園の子どもたちが「自主・自立・自衛」と歌うこともあるぐらいでした。
それを対外姿勢に拡大したのが自主路線で、これを1966年の第二次代表者会で確立したというのが一般的な見方です。「対中・対ソ自主」ということで、きっかけは中国の文化大革命に対応する形で中国との距離の取り方を考えるということでした。この北朝鮮自主路線というのは特定の国の絶対的な影響を嫌うわけです。大国間の対立を利用しながら、そのバランスの中で自分たちの自主独立を獲得していく。これが北朝鮮の言う「主体」になろうかと思います。
最近、年号を主体何年と、金日成の生まれた年からの数え方がなくなったり、主体思想そのものへの言及が少なくなっており、金日成、金日正よりも金正恩自身を喧伝する方向に行っているのではないかという指摘があります。金正恩を中心とする体制へと変化しているというのも事実だろうと思いますが、それでも今の北朝鮮の政治、外交あるいは国際関係を説明する時に、依然として「主体」という考え方は十分有効だろうと私は思っています。
北朝鮮にとっての国際秩序
では、具体的な朝鮮半島の国際秩序とはどのようなものでしょうか。北朝鮮にとっての国際秩序は朝鮮戦争によって形成されました。当時はどのような対立構造にあったのかというと、北朝鮮が韓国に対して民族解放戦争を仕掛ける。これに対して国連軍が介入して、当初は内戦としてスタートしたものが国際戦争になっていく。さらには中国人民志願軍が参戦します。朝鮮戦争はインターナショナル・シビル・ウォー、いわゆる国際内戦とされますが、朝鮮半島の対立構造は、韓国・北朝鮮による民族間の対立と東西陣営間の対立、この2つの対立による重層的構造をなしています。そして停戦後、61年に北朝鮮は2つの友好協力相互援助条約(対ソ、対中)を締結し、この対立構造がさらに深化します。
この構造は1980年代後半から始まる冷戦終焉のプロセスで解体される可能性がなかったわけではありませんが、残念ながらうまくいきませんでした。まず90年9月ににソ連が韓国と国交正常化を行い、本来であれば次に北朝鮮が日本・アメリカのいずれかと関係を正常化する番だったのですが、中国が当時の李登輝台湾総統の弾力外交への対抗から、急いで92年8月に中韓国交正常化を実現します。
北朝鮮からすると、対立構造の中で孤立することになった。それまでのようにソ連が北朝鮮に核の傘を提供してくれるかどうかわからない。一方的にアメリカの核の脅威にさらされる状況を解消するため、自分たちが核保有をするというのが彼らの理屈になろうかと思います。
北朝鮮がイメージする新冷戦の原型は、対立するアメリカといかに向き合うかです。北朝鮮が向き合っているのは韓国ではなくアメリカであり、自分たちの後ろ楯として中国・ソ連、アメリカの後ろには韓国・日本がある。これが大ざっぱな北朝鮮の対立構造のイメージだと思います。
アメリカは北朝鮮からすると唯一、自分たちの体制を無きものにしうる意図と能力を持った存在である。それといかに共存できるのか、関係を構築するのかが北朝鮮の体制を維持するための最重要課題となります。北朝鮮からすると、ロシアが、冷戦の解体過程で朝鮮半島の対立構造から退場してしまったので中国が唯一の後ろ楯になってしまった。これが何十年も続いているのが今の状況です。
主体という考え方から北朝鮮の立場を考えると、この状態はあまり快適ではない。中国の影響力が強すぎてバランスをとりづらい。一時的にアメリカと中国の間でバランスをとることを考えたようですが、それもなかなか上手くいかない。そうすると、快適な対立構造というのは中ロが後ろ楯にあってアメリカと向き合う。これが北朝鮮にとっては望ましい国際秩序になろうかと思います。
このように考えると、冒頭にお話ししたロシアと北朝鮮の接近は中国の影響力を相対化するという意味合いが一つあるのではないか。ロ朝関係について、ロシアにとって北朝鮮はそんなに重要でないから、ウクライナが終われば北朝鮮は捨てられる、北朝鮮もそれをわかった上での接近と見ていました。しかし、北朝鮮からすると、ロシアから短期的に軍事技術や援助を受けたいというだけではなく、大きな枠組みの中で彼らなりの生き残り戦略を賭けているのかもしれない、と思うようになりました。
尹錫悦の対北朝鮮政策
一方、韓国はどうか。韓国は今、政局があのような状況になってわかりにくくなってしまいましたが、尹錫悦政権の対北朝鮮政策はどうであったのかを考えることは意味があると思います。
去年の8月、尹錫悦は北朝鮮政策として新しい統一政策を出しましたが、その時に自由民主主義による統一だと言ったわけです。尹錫悦政権は発足当時から人権問題で北朝鮮に圧力をかけると言い、それに対して北朝鮮は平和統一論を放棄するという一連の流れがあります。尹政権が人権問題を前面に押し出した時、当然北朝鮮は反発して南北関係がうまくいくはずはないので、私はなぜそんなことをやるのかと思いました。しかし、韓国としては北朝鮮の社会には今大きな変化が起きている。とりわけ韓流コンテンツなどに傾倒する若い世代を政府がコントロールできなくなっている。ここに働きかけて、中から崩壊させるというのが一つの見方だったようです。
結果的にどうなったのかわかりませんが、北朝鮮自身も国内の社会変化には神経を尖らせ、とりわけ若い世代に対して警鐘を鳴らしています。金正恩も社会主義労働青年同盟などに言及して、いろいろなところで引き締めをしなければいけないと言っています。
今の北朝鮮は国内のそのような状況を前提にして対外関係を考えていますが、圧倒的な中国の影響力を何とか相対化したいのでロシアとの関係を強化しようとしたのだろうと思います。北朝鮮はコロナを過度に警戒し、中国との交易もシャットアウトしました。コロナ前、北朝鮮の対外経済の95%は中国との関係でしたがコロナが終わっても、中朝関係は以前のようにはなかなか戻ってこない。
思い出すのは、中国の専門家に昔言われたことです。中国は北朝鮮を改革・開放させようとしていました。当時の最高指導者だった金正日が来ると上海など改革・開放が進んでいるところを見せようとする。上海では、江沢民の時代は改革・開放が一番進んでいるにもかかわらず中国共産党に対する支持率が一番高かった。だから、改革・開放と政権に対する支持率は必ずしも矛盾しないと金正日に伝えたいという意図です。
ところが、ある時中国の朝鮮半島専門家が、もう北朝鮮は改革・開放しなくていい。中国にだけ開放していれば、中国は改革・開放しているのだから、北朝鮮も事実上改革・開放しているのと同じだ、と言われました。これでは北朝鮮の立場は中国の属国と変わらないではないかと思ったことがありました。中国側からそのような発想が出てくることは、北朝鮮からすると非常に不愉快だったろうと思います。
北朝鮮はいま国防5か年計画を進めており、その中で7度目の核実験をやるのではないかとも言われています。これをやらないのは中国の圧力だという説明がありますし、私自身もその影響はあるだろうと考えています。しかし、北朝鮮からするとこれは非常に不愉快な状況だろうと思います。主体という考え方からすると、中国の圧力で自分たちのやりたいことをやれないのはまさに主体が立っていない状況です。それを相対化するのがロシアとの関係だろうと思うのです。
北朝鮮は当初からロシアのウクライナ侵攻に支持を与えていますし、武器・弾薬の提供のみならず、派兵を行っています。ロシアとの間でロ朝包括的戦略パートナーシップ条約を結び、軍事条約も中国と同等の立場に引き上げ、なおかつ経済に関しても、一つの選択肢としてロシアを求める。
北朝鮮が将来的に考えているのは、アメリカとの関係を正常化して各種の制裁を解除してもらい、貿易を多角化していくことでしょう。韓国との貿易も復活したいだろうし、東南アジア、ヨーロッパ、さらには日本なども含めて貿易を多角化し中国の影響力を相対化したいと考えていると思います。中国との経済関係が圧倒的に強い中、バランスを取って対中自立をいかに獲得していくか。これが北朝鮮の国際秩序だろうと思います。
有り難うございました。お話を伺いながら、北朝鮮にとっての外交とは、単に、「主体」の維持、拡大に奉仕するべきものと位置付けられているのか、それとも何か別の国益を追求する手段でもあるのか、といった疑問が、私の中には湧いてきました。
例えば中国では、江藤さんのお話にありましたように、経済をはじめとする国家の発展こそが中国共産党の一党支配体制の正統性根拠として重要性をもっています。そうした志向が、少なくとも表面上はルールベースの国際秩序を目指す動機となっているわけです。
それに対して北朝鮮は、中国依存からの脱却、主体の維持が大事であって、経済発展や人々の生活の向上という命題は、金政権にとって正統性の根拠にも、外交の動機にもならないのでしょうか。お話を伺いながら、このようなことを思いました。
さて、今日、討論者としてお招きしましたのは、中国の現代史と現在、そして東アジア全般の安全保障の問題にもお詳しい防衛研究所の山口信治先生です。よろしくお願い致します。
武器化する経済や技術
現代は地域研究、特に東アジア地域に関する研究はますます重要になっていると思います。それは地域に関する学術的な研究を深めることと、そして現実に目の前で起きている、地域の展開への分析を社会や政策にどう還元していくのかということです。
現在われわれの目の前で起きているのは、一つは米中対立が深まっていることです。さらに、誤解を恐れずにいえば、それがブロック化するような趨勢が見えつつある。特に中国とロシアと北朝鮮の関係が重要なポイントになってきている。そこがこの地域を見る上で重要なポイントだろうと思います。もちろん地域の実情を見るとそこまでシンプルなブロックではないかもしれませんが、大きな趨勢として、われわれの想定以上のものが出てきていることも事実で、ここをどう分析していくかが重要だと思っています。
そのような前提でお二方のご報告についてまず江藤さんから申し上げます。米中対立という時代を見る上で、特に中国の視点からですが、この対立は単に軍事安全保障上の対立にとどまらない。経済あるいは技術といった問題にもかかわるし、イデオロギー、言説、ルール、規範といった部分にもかかわるような幅広い対立となっている、ということだと思います。
その中で、経済や技術は、かつてわれわれはどちらかというと安全弁と考えていました。経済関係がいいから、政治関係が悪くても、あるいは安全保障上の対立があっても、米中関係も日中もなんとかマネージしていくことが可能と考えていました。しかし、今では逆にそれがある種の武器となって、さらに分断を促すファクターとなってしまっているということだと思います。
面白かったのは、中国はアイデアの上で、アメリカ主導の経済秩序と違う形を志向しているだけではなく、実際にツールを整えつつあるということです。相手の制裁に対して反撃していくような手段も兼ね備えつつあるというご説明は、興味深くお聞きしました。
その上で2点ほど質問があります。一つは、習近平政権の中でこうした経済安保政策を中国が推進していく上で、誰が中心になっているのかという点です。習近平が個人的に考えた話なのか、あるいは何らかの主導するような人がいるのか。
もう一点は、江藤先生がご指摘するような形だとするならば、経済分野において、特に米中のある種の分裂のような趨勢が今後もおそらくはっきりと表れていくのではないか。その中でアメリカの側はこれまでの秩序を保ってきた西側といった国々が想定できますが、中国が考える中国主導の経済秩序の構成国はどのようなところになるのか。それが私からの質問です。
中国・ロシア・北朝鮮の関係
次に平岩先生のご報告は北朝鮮のロジックを鮮明に示してくださったところに関心を持ってお聞きしました。質問は2点に絞ります。一つは少し大きな質問ですが、中国・ロシア・北朝鮮の関係をどう見るかという話です。
ご報告の中で北朝鮮にとって中国とロシアという後ろ楯となる国のバランスを取ることが大事だというご説明がありました。今またロシアとの接近が始まったということですが、ロシアと北朝鮮の関係が密になってきたことははっきりと見て取れます。また、中国とロシアの関係は基本的によいと思われます。
でも、よくわからないのが中国と北朝鮮の関係です。中国・ロシア・北朝鮮の関係がどんなものとして捉えられているのか。今、中国もロシアもアメリカとの対立を深めている状況です。そうすると、かなり反米側に寄ってしまう形になると思いますが、これがいいのか。
もう一点お聞きしたいのは、平岩先生が最後にご指摘された点です。韓国は政策として人権やK-POPを使って内側から崩すような戦略をとっているというのは非常に興味深いお話でした。これはまさに中国やロシアがとても嫌うカラー革命的な手法であると映る可能性が高いわけです。北朝鮮の中でこのような動きに反発や警戒が生じているのか、お聞きしたいと思います。
最後に一点、お二方に共通の質問があります。やはり気になるのはトランプ政権の話で、その中でもウクライナ情勢はすごく大きいように思われます。ウクライナに関しては早く和平をして、できるだけアジアの問題に集中したいというのがトランプ政権の基本的な外交方針だと思いますが、これについて中国や北朝鮮はどう見ているのか。トランプ政権とウクライナ情勢が東アジアの状況にどう影響を与えると考えられるか、お願いいたします。
トランプ2.0への対応は?
一つ目の経済安全保障を中国国内では誰が担っているのかというご質問は、私自身も疑問に思っていて、正直なところわからない。中国の方に聞いてもわからない。外形的に考え、日本の事例に照らし合わせるなら、おそらく中央国家安全委員会かと思われますが、そもそもこの委員会が何をやっているのかわからないので確認のとりようがないのですね。
トランプ2.0に対してアメリカのカウンターパートになる人物が誰なのかすらわからない。1.0時の劉鶴さんに当たる立場ですね。今回、韓正さんが就任式に行くのでメッセンジャーの役割を担う部分があるかもしれませんが、習近平氏の信頼を得て、経済問題や、アメリカをよく理解した上で対米戦略の窓口になる人が浮かび上がってこない。李強さんもちょっと難しい。何立峰さんとも考えにくい。
このようになったことの理由の一つに、習近平氏が取り立ててきた人の失脚問題があると思います。表に立ってしまうといつ切られるかわからず、皆怖くてそのポジションが取れないという中国の国内政治的な足かせが、政策決定プロセスを非常にわかりにくくしている。残念ながら経済安全保障についてもキーパーソンはわからないというのが正直なお答えになります。
カギとなる国はロシア・イラン・北朝鮮
もう一つのご質問ですが、米中における経済の分裂の中で中国がかねてからもっとも重視している国際的な枠組みは、国連、BRICs、上海協力機構(SCO)の3つです。それと毎年、年始にアフリカに行くように外交部のポジションとしてのアフリカを重要視し、発展途上国、新興国を巻き込む議論を積極的にやっているのも間違いないと思います。
これは3つ目の質問にもかかわりますが、今年、カギとなる国はロシア・イラン・北朝鮮になると思います。トランプ政権がウクライナを停戦させたいと動き始めている時に、中東で影響力を持つイランが中国に接近している。ロシアはもともと中国への依存が高まっている。北朝鮮はお話の通りの状態です。さらにロシアも北朝鮮とイランに接近している。三者が共にお互いを必要としていることは如実ですので、中国の立場からすれば、トランプに対する政治カードとして使えるということは念頭にあると思います。
あるいは中東、ウクライナにおいても、戦後の経済復興の議論が現実問題として浮上した時、中国の経済力によって果たすべき役割をどのように国際社会にアピールするかが、その先のアメリカとの競争にも影響してきます。
停戦における影響力の行使、経済復興における影響力の行使、いずれも中国は外交カードとして使える部分です。直接の痛手はなく、持ち出しのない部分ですので、上手く爪痕を残すことを考えているのだろうと思います。
トランプ政権への北朝鮮の対応
山口先生のご質問にお答えする前に、小嶋先生からいただいたご質問についてお答えさせていただきます。
経済が国家戦略の動機にならないのかということです。もちろん動機になるだろうと思いますが、北朝鮮は分断国家で、なおかつ経済に関しては韓国が圧勝している状況ですので、経済を目標にすると、韓国のほうがいい政権、という話になってしまう。ですからそれ以外のところに韓国との優位を求めていくところが、ある種の特徴なのだろうと思います。
次に山口先生のご質問の中・ロ・北朝鮮との関係で反米寄りにシフトし過ぎてはいないかという話です。トランプ政権とは第1期で、少なくとも3回にわたって首脳会談をやった経験がある。だから対米関係を対立関係だけでなく、何らかのチャンスがあると考えていると思います。
その際、中国がアメリカと対立している状況の中で後ろ楯にしておく意味は北朝鮮にとってもあるけれど、一方で中国の姿勢が不愉快なこともある。
バイデン政権がスタートした直後、アンカレッジで米中が2+2をやり、楊潔篪とブリンケンが舌戦を交わしたことがありました。あの時に出てきた結論が4つの分野で協力できるということでした。4つの分野とは環境とイランとアフガニスタンと北朝鮮だというわけで、北朝鮮からしたらこんな不愉快なことはないはずです。自分たちが対米関係の協力できる分野とは何事かと。中国との距離の取り方は北朝鮮にとって重要なのだろうと思います。
第1期トランプ政権の時は3回にわたって米朝首脳会談が行われましたが、その前後に南北首脳会談もありました。金正恩は米朝、南北首脳会談があるたびに中国へ報告に行っていたわけです。唯一の後ろ楯である中国に最大限の配慮をしなければいけない。しかし、一方的に属国のような扱いをされるのは北朝鮮からすると非常に不愉快であるというのが最初のご質問へのお答えになるかと思います。
北朝鮮が恐れる韓国のカルチャー
2番目の韓国の尹錫悦の統一政策ですが、韓国が北朝鮮に対してこのような政策を取ったのは私の記憶では2回目です。最初は1990年代の金泳三政権の時代です。この時はお金を使ってとにかく社労青(社会主義労働青年同盟)に斬り込み、社労青が組織としてガタガタになった。北朝鮮からするとそのトラウマもあるので、特に社労青に対する警戒が強い。
私は去年の9月、5年ぶりに中国へ行き専門家と話をした時、彼らはこれを「和平演変」だとしながら、和平演変は効果がない、と言っていました。一方で、韓国側の専門家と議論した時には、90年代は北朝鮮が経済的に厳しい状況にあり、われわれはお金で籠絡したけれど、中国が助け船を出して結果的に北朝鮮は持ちこたえた。だけど今回は金ではない。カルチャーだという言い方をしています。K-POPや韓流ドラマに対する傾倒は、中国がいくら手を差し伸べても変わらないと。
北朝鮮がこのことをすごく警戒しているのは間違いないと思います。例えばコロナの時に北朝鮮の脱北団体、反北団体が風船にいろいろなものを付けて北朝鮮に送っていました。これに対して過剰反応したのは、USBチップに入っている韓流ドラマのようなものに対する警戒心がすごく強いからです。北朝鮮は正式発表で、「南から送られてくる風船にはコロナ菌が付いているから触ってはいけない」と盛んに言っていましたが、北朝鮮が間違いなく嫌がっているのは、風船に付いているUSBチップだったと思います。
北朝鮮のウクライナ戦争
3番目の質問、トランプ政権になって北朝鮮はどうするのかという話ですが、アメリカ国内にも既に非核化と言っても仕方がない、軍備管理でやるしか仕方がないのではという声もあります。IAEAのグロッシー事務局長も、北朝鮮を核保有国として交渉しなければならないというようなことまで言い始めている状況なので、そこに賭けてトランプ政権へ向き合うということだと思います。
北朝鮮はウクライナで、彼らなりに覚悟を持って大国の戦争にかかわっているのだろうと思います。私は当初、ロシアとの関係は短期的な技術協力だけ欲しいのだと思っていたら、小此木政夫先生から、中国の人民志願軍が朝鮮戦争に参戦した時のイメージで見ていないか。小国が大国の戦争にかかわるわけだから、むしろ韓国がベトナム戦争にかかわった時のイメージで見たほうがいい、と言われました。国運を賭けるぐらいの覚悟を持ってやっていると考えてみろ、と指摘され、なるほどと思い知ったところです。
ウクライナ戦争そのものに関して、北朝鮮自身が動向を左右できる話ではないので、ロ朝関係を前提にしながら対応していくことになるだろうと思います。米朝関係が上手くいけばウクライナも落ち着いてくれたほうがいいという考え方もあるでしょう。北朝鮮にとって米朝関係が軸なので、そこが上手くいっている時に米中が対立していることもあまり好ましくない。中国側からストップをかけられてしまうところもあるので、状況を見ながらということだろうと思います。
これまでのお話を伺い、習近平政権、金正恩政権ともに、それぞれの国の歴史を踏まえ、統治の正統性の維持を最優先に、秩序を構想しているということを再認識いたしました。逆に言えば、各政権の立ち位置と、社会の変化とを内在的に理解してはじめて、国際秩序形成について、地に足のついた議論ができるのだということです。ご報告くださいました先生方、討論者の山口先生のご尽力により、大変充実した議論ができたのではないかと思います。ここで皆さまに感謝を申し上げ、第1セッションを締めたいと思います。有り難うございました。
(1月18日に開催された東アジア研究所公開シンポジウムをもとに構成)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。