執筆者プロフィール
松永 武士(まつなが たけし)
ガッチ株式会社代表取締役大堀相馬焼松永窯4代目総合政策学部 卒業2014総
松永 武士(まつなが たけし)
ガッチ株式会社代表取締役大堀相馬焼松永窯4代目総合政策学部 卒業2014総
東日本大震災から15年が過ぎた。節目という言葉は便利だが、福島でものづくりを続けてきた人々にとって、時間は区切りよく進んだわけではない。避難指示が解かれても、失われた暮らしの密度、離れた人との距離、次の担い手をどう育てるかという問いは、いまも日々の中にある。私が継いだ大堀相馬焼も、その問いのただ中にある。
大堀相馬焼は、福島県浪江町大堀地区で300年以上続く焼き物である。震災と原発事故は、その根本を断ち切った。避難先で再開するとき、私たちは単に器を焼き直したのではなく、産地とは何か、伝統とは何を受け継ぐことかを、根元から問い直さざるを得なかった。大堀の土地を離れ、150キロ離れた福島県内の西白河郡西郷村で火を入れ続けてきた15年は、半ば気概を持って挑んだ年月であった。
私は、窯元として大堀相馬焼を継ぐとともに、震災以前から学生起業をしていた会社を通じて全国の伝統工芸を扱ってきた。震災後、福島の工芸品に向けられる視線には、応援と同時に、「被災地のもの」として固定してしまう危うさもあった。かわいそうだから買う、では長く続く産業にはならない。作り手の技に対価を払いたいと思っていただける商品でなければ、次の世代の仕事にはならない。
いま、浪江の大堀へ戻る道も見え始めている。元の建物の一部は震災遺構として残し、その隣で新しい工房を再開する準備を進めている。これからは、浪江と西郷村という2つの場所で大堀相馬焼を営んでいく。失った土地に戻ることと、別の土地で育てた時間を否定しないこと。その両方に、これからの私たちのアイデンティティがある。昨年からは障害福祉と伝統工芸、ITを組み合わせた就労支援も始めた。それを支える人を増やすことも、産地を次の世代へつなぐための挑戦だ。
私はときどき、2つの世界線を思い浮かべる。震災が起こらなかった世界線と、起きてしまったこの世界線の大堀相馬焼である。前者では、私はおそらく大堀の地で、先人と同じ土を練り、産地の連なりの中で静かに窯を継いでいた。だが私が生きているのは後者であり、土地を失い、産地を失い、それでもなお火を絶やさなかった時間の上に立っている。
そう思うのは、焼き物のことだけではない。私自身の人生にも、選ばなかった道があり、手放さざるを得なかったものがある。産地の歴史も、1人の人生も、分岐し、途切れ、それでも次の一歩を選び直しながら続いていく。私の暮らし方も、この産業と重なる。生業の中心は福島にありながら、私はあえて完全に移り住むことはせず、東京と福島の2拠点を軸に動いている。地元にすべてを閉じるのではなく、東京や海外で得た人や情報や技術との接点を保ち、その知見を福島へ運び、この土地に集約させていく。産地に根を張ることと、外へ開かれた回路を持つこと。その両方があってはじめて、被災地の産業は「支援される側」から「発信する側」へ移っていける。2拠点で暮らすのは、利便のための折衷ではなく、福島に知恵を還すための意図的な構えである。
大切なのは、どちらか一方を「本物」とし、他方を「仮のもの」とみなさないことだ。起こらなかった世界線で育つはずのものを芯として保ちながら、実際に出会えた人や始められたことも、確かな財産として引き受ける。2つの世界線を同時に生きるとは、失ったものを悼みながら、それでも今この場所で選び直し続けるということだ。
この構えは、大堀相馬焼だけの話ではない。これから先、私たちの社会には、震災に限らず、疫病や災害、技術の激変といった大きなインシデントが再び訪れるだろう。そのとき役に立つのは、元通りに戻す執着でも、すべてを捨てて刷新する性急さでもない。起こらなかった世界線の価値を芯として保ちつつ、現実の上で新しい形を選び直す。その二重性を引き受ける力こそが、何かを失った後を生きる人の支えになる。
AIの時代には、整った物語や美しい形なら、機械がいくらでも生み出せる。それでも、土地を失い、土を失い、なお火を絶やさなかった生き様だけは、まだAIには解けない。人は完成された物語よりも、矛盾や傷を抱えながら続いてきたものにこそ心を寄せる。工芸の価値は、形や機能だけでなく、そこに至る覚悟に宿る。その解き切れなさにこそ、これからの需要があると信じている。
福島の伝統産業が被災を乗り越えるとは、震災前に戻ることではない。戻れないものがあると認めたうえで、なお新しい形で続けることを選ぶ、という意味である。だからこそ「乗り越えた」より、「乗り越え続けている」と言いたい。私は大堀相馬焼の火を守りながら、浪江町と西郷村、産地と人、技術と販路をつなぎ直す。
失われたものの上に新しい価値を築き直すその「伝統を新しく創生する仕事」が、いつか誰かが大きな喪失の後を生きるときの、ささやかな参考になればと願う。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。