執筆者プロフィール
道川 武紘(みちかわ たけひろ)
東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野准教授医学部 卒業医学研究科 卒業2004医、10医博
道川 武紘(みちかわ たけひろ)
東邦大学医学部社会医学講座衛生学分野准教授医学部 卒業医学研究科 卒業2004医、10医博
大気汚染とは、大気中に放出された気体や微粒子(エアロゾル)が自然な状態よりも増えて生態系に影響を及ぼすことである。その大気汚染が原因で、世界中で年間およそ670万人(2019年)が平均死亡年齢より前に亡くなっている(早期死亡)という推定がある。この報告をした研究では、喫煙や受動喫煙を原因とする死亡数をおよそ900万人と見積もっていたことを考えると驚くような数値かもしれない。しかしながら、大気汚染は現代でも人の健康に影響する主要な環境因子の1つである。
紀元前にもあった大気汚染
大気汚染と聞くと、18世紀英国における産業革命以降、日本においては高度経済成長期以降を思い浮かべるかもしれない。日本の縄文時代にあたる紀元前3000年紀~前1000年紀頃の青銅器時代には、銅の精錬過程で生じた硫黄酸化物が空気を汚していたと言われている。古代ローマ(紀元前1世紀後半~紀元2世紀後半)においては銀の採掘と精錬過程で放出される鉛による大気汚染が起こっていたようだ。日本では稲作が始まった弥生時代のことである。紀元後に入り、13世紀英国で石炭を採掘しその利用を始めたことが、現代に続く化石燃料由来の大気汚染問題につながっている。
高度経済成長期以降の大気汚染
日本では、1950~60年代の高度経済成長期に重化学工業を推進させるために整備されたコンビナートが稼働することで、窒素酸化物を主とする大気汚染が深刻化した。その結果、四大公害の1つとして知られている四日市ぜんそくが発生し、コンビナートを抱える他の地域でも同じような健康影響が報告された。これを受けて、工場のような固定施設からの大気汚染対策が進むと、今度は自動車のように移動するものから排出される窒素酸化物による大気汚染が問題になった。
とくに、ガソリンよりも安価な軽油を利用し、より燃焼効率の高いエンジンを搭載したディーゼル車が増えると、気体状の窒素酸化物だけではなく粒子状物質による大気汚染にも目が向けられるようになった。粒子状物質の中でも微小粒子状物質(PM2.5)と呼ばれる2.5μm以下の粒子は、その小ささゆえに、肺の一番奥にあり酸素を血中に送り込み二酸化炭素を排出する役割を担う肺胞と呼ばれる組織まで到達するので、人への健康影響が懸念された。米国東部6都市の住民を長期追跡し、PM2.5濃度の低い地域よりも高い地域の住民のほうで追跡期間中の死亡率が高かったことを報告した研究が、非常に権威のある総合医学雑誌に掲載されたことを契機にPM2.5研究が大きく前進した。
PM2.5の健康影響について
これまでの研究から、人がPM2.5にさらされることによって病気による早期死亡、循環器系疾患(血液を流す心臓や血管の病気で具体的には心筋梗塞や脳梗塞など)の発生が増えることが明らかにされた。冒頭に記した死亡数670万人の3分の2はPM2.5によるものと見積もられている。また、呼吸器系疾患(空気の通り道である鼻から肺までに起こる病気)の発生やがん、主に肺がんの原因とも考えられている。
そのため、各国ではPM2.5の環境基準が策定され、日本でも2009年に設定された。2023年度の生活環境中における全国年間平均濃度は、環境基準15μg/m³を下回る8.5μg/m³(東京都8.8μg/m³)であった。しかし、2021年に世界保健機関(WHO)が年間平均濃度の目標値として5.0μg/m³を示したことから、日本でもさらに濃度を下げていく取り組みが求められている。
大気汚染と気候変動
大気汚染物質であるPM2.5を含むエアロゾルの人為的発生源として代表的な物は、化石燃料の燃焼である。その際、同時に温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)も発生する。人間活動に伴う温室効果ガスの急激な増加によって気候変動が引き起こされていると考えられていて、大気汚染と気候変動とは関係が深い。エアロゾルには、太陽光を直接反射したり吸収したりする作用や、雲を作る水滴や氷の結晶を小さくする、あるいは雲として大気中にとどまる時間を長くすることで太陽光を遮断する作用で、地表の冷却効果があると言われている。ただ、エアロゾルによる冷却効果よりも温室効果ガスによる温暖化効果が上回っているようで、化石燃料の利用を控えることが気候変動対策につながると考えられる。
2023年にドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、化石燃料からの移行が合意された。これまで人を中心として取り組んできた大気汚染そして気候変動を解決策を模索していくことから、地球の一員である人への波及効果まで含めた地球全体の問題として捉える「プラネタリーヘルス」という概念へと大きく舵を切っている。我々環境研究者には、広く世間に環境問題を周知し、未来を衛る選択肢を広げる教育・研究活動を展開していく使命があると思っている。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。