慶應義塾

木村 匡宏:日常からつくる、疲れない身体

公開日:2026.04.17

執筆者プロフィール

  • 木村 匡宏(きむら まさひろ)

    その他 : 株式会社スポザニア代表取締役社長その他 : スポーツトレーナーその他 : 柔道整復師

    2003経

    木村 匡宏(きむら まさひろ)

    その他 : 株式会社スポザニア代表取締役社長その他 : スポーツトレーナーその他 : 柔道整復師

    2003経

福澤諭吉先生が説いた「実学」とは、生活に根ざし、実際の役に立つ学問である。疲労回復の科学もまた、日常の中で活かされてこそ意味を持つ。

「疲れがとれない」という感覚は、単に筋肉が消耗しているというだけでは説明できない。疲労は神経系・内分泌系・免疫系が関わる全身的な反応であり、とりわけ脳が発する"これ以上は無理だ"という防御信号が大きく影響している。身体は壊れる前に必ずサインを出す。その声をどう受けとめるかが、回復の出発点である。

スポーツの現場で多くのアスリートと向き合う中で感じるのは、疲労は「量」よりも「質」に左右されるということだ。無理な力みや偏った使い方は局所の緊張を高め、血流を滞らせる。一方、全身が連動し、重力に素直に乗れている身体はエネルギー効率がよく、長時間動いても消耗しにくい。

そしてもう1つ大切なのは、適度に身体を疲労させることである。まったく負荷のない生活では代謝も神経系も活性化しない。適切な刺激を受け、しっかり回復する。その循環こそが身体を強くし、しなやかにする。疲労は排除すべき敵ではなく、うまく活用すべき存在なのである。

鍵となるのは、伸筋群の働きである。背中や臀部などの伸筋群は抗重力筋として姿勢を支えている。ここが自然に働くと身体は安定し、呼吸も深まり、自律神経のバランスも整いやすくなる。身体が安定すると、心も落ち着く。姿勢と神経は密接につながっている。

一方で、私たちは日常生活の中で屈筋群を使いすぎている。前かがみの姿勢や長時間の座位は身体の前側を緊張させ、胸を閉じさせる。屈筋群をやさしく伸ばすことで呼吸が深まり、血流が促進される。血流は身体の回復力そのものであり、酸素や栄養を運び、不要なものを流してくれる。

筋肉を伸ばすことと神経を促通する(効果的に刺激する)こと。この両方を整えることで、身体の代謝は自然と高まっていく。

運動が身体によいことは誰もが理解している。しかし現実には、私たちは日々の仕事や家庭に追われ、時間にも気力にも余裕がないことが多い。身体を動かすことはなかなか億劫に感じられるものだ。普通に生活しているだけでもエネルギーは消費される。

しかし現代は身体活動が減り、精神的・認知的負荷が増している時代である。長時間のデジタル作業は神経系を緊張させ、いわゆる脳疲労を生む。こうした状態を回復へ導く鍵の1つは、首から下の身体を動かすことである。ほんの少しの働きかけや、短時間のケアで、循環は変わり、神経が整う。身体は思っている以上に素直であり、適切に向き合えば必ず応えてくれる存在なのである。

そこで私が勧めているのが「手のひらパー体操」である。両手を思いきり開き、指先まで意識を通しながら7秒間保つ。手は脳と深くつながっており、ここを刺激することで中枢神経が活性化する。続いて手をプルプルと軽く振り、力を抜く。これを3セット繰り返すだけでも血流が促され、自律神経が整い、気持ちがすっと軽くなる。わずかな時間でも身体はきちんと応えてくれる。

そして私は、「快適に歩く習慣」を大切にしている。歩くことは最も身近で、最も優れた全身運動である。骨盤を中心に、背骨を起こし、腕が自然に振れる歩行は伸筋群を働かせ、屈筋群の緊張を和らげる。心地よく歩くことは血流を高め、代謝を上げ、結果として疲れにくい身体をつくる(拙著『24時間疲れない身体』にて快適に歩くためのエクササイズをご参照ください)。

ここに、さらに3つの歩き方の工夫を加えることを勧めたい。第1は「神経リフレッシュウォーク」である。心地よい風を感じながら颯爽と歩く。神経は身体の表面に広く分布しており、皮膚感覚は脳に直接影響を与える。風を感じる意識を持つことで神経にやわらかな刺激が入り、過緊張が解け、気分も整う。

第2は「骨でコツコツウォーク」である。足裏、とりわけかかとの骨から地面に接地する際、軽く振動を感じるように歩く。骨は振動刺激を受けると「ピエゾ効果」と呼ばれる微弱な電気的反応を生じる。この刺激は骨代謝を促し、身体の軸を整える助けとなる。骨から姿勢を整える歩行である。

第3は「階段筋肉ウォーク」である。あえて階段を選び、やや長めの上りに挑戦する。階段昇降は筋肉に適度な負荷を与え、心拍数を高め、全身の血流を促進する。筋肉にこわばりを感じた時こそ、循環を高める刺激が有効である。

情報が溢れる現代では、さまざまな回復法が紹介されている。しかし本質は意外なほどシンプルだ。姿勢を整え、呼吸を深め、よく動き、よく眠る。身体の構造と神経の働きを尊重することが、最も確かな回復法なのである。

疲労は敵ではない。それは身体からの大切なメッセージである。その声に耳を傾け、自らの身体を理解し、整える力を育てること。日々の小さな積み重ねが、やがて疲れにくい身体を育てていくのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。