執筆者プロフィール
加藤 貴大(かとう たかひろ)
リクロマ株式会社代表取締役経済学部 卒業2017経
加藤 貴大(かとう たかひろ)
リクロマ株式会社代表取締役経済学部 卒業2017経
気候変動は、今や地球規模で進行する現実である。IPCC第6次評価報告書が明確に示すとおり、人間活動に起因する地球温暖化は科学的に疑いようのない事実であり、豪雨・猛暑・台風の激甚化といった形で私たちの日常生活に既に深刻な影響を及ぼしている。経済活動への打撃にとどまらず、人の命に直結する問題として認識されるようになって久しい。この問題の根底にあるのは、化石燃料に依存したエネルギー利用と、産業革命以降に急速に積み上げてきた温室効果ガスの蓄積である。
にもかかわらず、多くの人が気候変動を「わかってはいるが、自分とは遠い話」として受け止めているのではないだろうか。パリ協定の発効から10年。気候変動に関する情報は世の中に溢れているが、知識の量と行動の質は必ずしも比例しない。むしろ「テーマが大きすぎてよくわからない」「何から手をつければよいのか見当もつかない」という感覚が、学ぶ意欲そのものを奪っている面もある。情報過多の時代において、気候変動は「遠くにある巨大な問題」として認識されやすく、結果として思考停止を招いてしまう。
では、どこから学べばよいのか。私はサステナビリティコンサルタントとして大企業の気候変動対応を日々支援しながら、セミナーや教材開発を通じた教育・啓発にも長く携わってきた。その経験から言えることがある。気候変動の学び方に「正解の順序」はないが、自分の立場に合った「入口」を持つことが、最初の一歩として決定的に重要だ。その問いへの答えを3つの立場から示したい。
まず、企業に勤める社会人にとっての入口は「ビジネストレンドとしての理解」である。気候変動は、2000年代に叫ばれていた少子高齢化と同様に、マクロで避けられない構造変化だと捉えるべきだ。現在進行中の中東情勢やウクライナ情勢が示すように、エネルギー安全保障と脱炭素の問題はもはや分離できない。原油依存リスクへの対応と温室効果ガスの排出削減は、今や重なり合うテーマである。
温室効果ガスの削減は単なる規制対応ではなく、調達コストの低減・ブランド価値の向上・取引先との信頼構築という意味でビジネス機会でもある。自社が置かれたマクロトレンドの中で気候変動を位置づけ、「取り組まない場合のリスクと、取り組む場合のチャンス」を具体的にシミュレーションすることが、社会人にとって最も実践的な学び方だ。まず自社の事業と気候変動の接点を1つ見つけることから始めてほしい。
次に、企業に属さない一般市民にとっての入口は「ニュースの読み替え」である。熊の出没件数が増えていること、近年の夏の異常な暑さと農産物の価格が乱高下すること、──これらは気候変動と無縁ではない。冬眠サイクルや食料分布が変化すれば野生生物の行動も変わる。
農業は気温と降水量の変化に直接さらされており、食料価格の不安定化として家庭にも波及する。ニュースに接するたびに「これは気候変動とどうつながっているのか」「自分の生活にどう関係するのか」と問い直す習慣を持つだけで、気候変動は急に身近な問題として輪郭を帯び始める。難解な報告書を読む前に、まず日常のニュースを気候変動のレンズで見直すことから始めてほしい。
学生にとっての入口は「対話と想像力」である。物理・地理・生物といった授業の中で気候変動の科学的な仕組みを理解することは重要だ。しかしそれ以上に、「将来の自分にどんな影響があるのか」を友人と議論することに大きな意味がある。
気候変動の影響は今後数十年にわたって顕在化し続ける。最も長くそのリスクとともに生きていくのは今の若い世代にほかならない。アカデミックな学びと当事者としての問いかけを組み合わせることで、気候変動は「教科書の中の出来事」から「自分たちが解決すべき課題」へと転換する。将来の職業選択や生き方にも、気候変動の視点を持ち込んでほしいと思う。
どの立場の人にも共通して言えることがある。気候変動は「深く考えると不安になる」テーマだ。気候不安という心理的な負荷を感じる人も少なくない。しかし不安は、放置すれば思考停止を招くが、正面から向き合えば行動への起点になる。不安をきっかけに動いた1人が、やがて周囲を変え、社会を動かす力になる。大切なのは、不安を抱えたまま立ち止まることではなく、その不安をエネルギーに換えて「自分にできる具体的な一歩」を踏み出すことだ。
気候変動を学ぶとは、情報を蓄積することではない。自分の立場から問いを立て、日常と結びつけ、他者と考えを交わす。その循環の中にこそ、本当の理解と行動変容は生まれる。社会人はビジネスの文脈で、市民はニュースの中で、学生は仲間との対話の中で、それぞれが自分のいる場所から気候変動を「自分ごと」として捉え直す。それが今この時代に問われている、最も本質的な学びの姿ではないだろうか。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。