2026年4月1日
慶應義塾長 伊藤 公平
新入生の皆さん、慶應義塾大学の大学院へようこそ。ご家族を始めとする関係者の皆様にも心からお慶びを申し上げます。
まず初めに、慶應義塾の創設者・福澤諭吉が語った慶應義塾の目的を読み上げます。
「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」
皆さんが、数多くある大学の中から慶應義塾大学を選んだ理由は様々であろうことを想像しますが、ただ今紹介した慶應義塾の目的はすべての塾生が共有すべき目標です。気品の泉源、智徳の模範としての高みを目指し、全社会、すなわち全世界を正しい方向に先導する、リードするために、皆さんはこれからの大学院生活において学問に励み、生涯の友、研究者仲間、生涯頼りにする師と出会っていきます。慶應義塾で出会う研究者は誰もが一流ですのでこれからの日々を楽しみにしてください。
さて、皆さんは「虫の目、鳥の目、魚の目」という3つの目の使い方を聞いたことはありますか?この「3つの目」を、私は伊藤元重(もとしげ)氏の著書『経済を見る3つの目』で知ったのですが、今日の式辞では、これから慶應義塾大学大学院で研究や専門職に関する学びを始める皆さんのために、この三つの目を私なりにアレンジしてお話しします。
1つ目の「虫の目」。これは専門を深く掘り下げる目です。皆さんは学者または専門家として自分の専門性を徹底的に高め、関連する学問を深掘りしていきます。我が国のみならず世界中の同じ分野の専門家の論文や発表を逐一参考にしながら、自分の研究や学習を極めていきます。これが「虫の目」です。試行錯誤が続き、思うように研究が進まないこともあるでしょう。自分だけのオリジナルと思っていたら、学会等で他の人に先を越されそうになることを知って慌てることもあるかもしれません。でも皆さんは、その研究が大好きだからこそ大学院に進学するのですから、大好きな研究に集中する「虫の目」を駆使して、なりふり構わず、寝食を忘れて、無我夢中に自分の学問に没頭してください。専門家としての実力を涵養するのが虫の目です。
2つ目は「鳥の目」です。高いところから全体像を俯瞰して、広範囲な学術の中で、自分の研究が「ここにあるんだな」と体系的に位置づける目です。慶應義塾は、現在、科学技術振興機構の「SPRING(次世代研究者挑戦的研究プログラム)」の一環として、「未来のコモンセンスをつくる博士人材の育成」を実施しています。高い研究力に加え、人や社会の営みそのものへの好奇心と理解に基づき、「新しい価値を創造する力」や「解くべき課題を発見する力」をいかんなく発揮し「未来のコモンセンス」をつくる、すなわち科学技術や社会の進歩とともに変化する人々の共通認識を正しく変革する博士が巣立っていくことを目指しています。そのために慶應義塾の、14あるすべての研究科が横につながり、価値創造、新技術創成、新社会創生を通した新しい総合知の創成を目指し、授業、セミナー、シンポジウムといった分野横断、分野融合の学びの場を用意し、大学院生が国際的に高いレベルで活動していくことを目指しているのです。そして、その担い手である博士課程の皆さんが伸びやかに活動できるように、生活費や研究費の援助を行っています。資金援助の対象は博士課程のみですが、この14の研究科のつながりは修士課程の学生にも多大な恩恵をもたらします。社会科学、人文学、理工学、医学、医療のすべてを有する慶應義塾大学だからこそ、学術分野を総合的に俯瞰できるプラットフォームが作れるということです。皆さんは「鳥の目」を駆使して、自分の研究を、広い意味での学術の発展の中に位置付けていってください。そして「鳥の目」を駆使して、意義深く、創造的な研究テーマを提案していってください。
さて、専門を掘り下げる「虫の目」と、高い位置から俯瞰して自分の専門と他の分野を新しくつなげる「鳥の目」を高めるために徹底的に活用すべき道具がAIです。慶應義塾大学は、現在、3年以内に世界最高峰のAIキャンパスを実現することを目指しています。大学院生の皆さんのためにも最高のAIが活用できるプラットフォームを発展させていきますのでご期待ください。もう一つ、慶應義塾が誇るのがメディアセンター(図書館)の充実です。海外の電子ジャーナルを含む学術専門誌や図書が、歯止めのない価格の高騰を続けるなかでも、特に他の日本の大学の状況と比べてくださるとわかるのですが、大学院生としては非常に恵まれた専門書、専門誌の購読状況を保っています。このことを当たり前と思わずに是非、メディアセンターを使い倒してください。
最後は、三つ目の「魚の目」です。流れを判断する目で、こればかりはAIではできません。虫の目や鳥の目で見るスナップショット、すなわち静的な写真とは異なり、動的な流れを見極める目です。未来を創る目です。ゼミ、研究室、教室、学会等で出会う様々な友人や教員との交流。旅行先や出張先での出会いで学ぶ新しい考え方とその動き。つまり、人間が形成する社会と、その生活の場である地球環境の変化といった流れを見極めるのが魚の目です。社会の基本要素が人と人とのつながりであり、そのダイナミズムが社会の変化ですから、上手な人づき合いをとおして流れを見る目を鍛える必要があります。人々の心に響くストーリー、物語を語るために必要な目です。リーダーの目です。皆さんも世界中の研究者仲間と交わり、よりよい世界を築くための活動に参加してください。
以上、皆さんが慶應義塾において、高度な専門性(虫の目)、豊かな教養と俯瞰力(鳥の目)と、世界レベルで社会の流れを読む力(魚の目)を磨き上げること。AIとメディアセンターを大いに活用すること。そして、学問という万国共通の興味を駆使することで、国境という概念を越えて世界と交わり、これからの社会の発展に世界中の人たちと手を携えて進めていくことを期待して私の式辞と致します。
本日は誠におめでとうございます。