2026年3月23日
慶應義塾長 伊藤 公平
本日、博士号または修士号を取得される皆さん、おめでとうございます。皆さんは、日頃から積み重ねた学習と研究の成果により今日という日を迎えられました。この活動を支えたご家族や関係者の皆様にも心からのお祝いを申し上げます。
慶應義塾の創始者である福澤諭吉先生は、自由・独立は与えられるものではなく、自分自身の努力で勝ち取っていくものということを強調されました。一度、勝ち取って終わりではありません。一生涯努力を続けて自らの自由・独立を維持し、そして、その自由・独立を他者にも与えていくということです。そのために、人は学び続けて創意工夫すなわち研究を続けなければならないと名著『学問のすゝめ』で諭されています。
福澤先生が生きた明治の男子の平均寿命は44歳くらいです。今の男子の平均寿命は81歳ですので約半分です。福澤先生が勉強を始めたのは15歳くらい、平均寿命で考えると八分の三ですから、今でいう30歳くらいです。それから福澤先生は蘭学を学ばれ、アメリカ、ヨーロッパ、そして再びアメリカに渡られ、『西洋事情』を出したのが31歳の時です。平均寿命44歳に対する31歳は、今の平均寿命に対する57歳に相当します。それぐらいじっくりと、先生は世界の見聞を続け、自らの研鑽を積み、自分の学問を究められたのです。そしてそこから慶應義塾を学問の府として大いに発展させ、時事新報という新聞を発行して言論により日本の改革に取り組むことを、66歳で亡くなる寸前まで続けられました。晩年まで徹底的に学びを続け、日本の発展に尽くされたということであります。福澤先生の一貫した姿勢は、自由・独立を勝ち取るための最強の武器は、剣ではなくペンである、ということです。力ではなく学問であり、科学的、実証的な学問に裏打ちされた言論であるということです。だからこそ、福澤先生は日本に「スピーチ(演説)」、ディベートといってもよろしいでしょう、そういった新しい概念を導入し、今や国の重要文化財である三田演説館を建てられ、ここで徹底的な弁論・ディベートの練習を若者たちと行い、民主的な国会の設立にそれを繋げたのです。
さて、科学技術と社会は福澤先生の150年前と比べて大きく変化しましたが、一生涯にわたり学び続けて研究を続ける姿勢の大切さは変わっていません。むしろその大切さは今、より増していると言えます。今、日本は極端な少子化で、企業が大学生を貪るようにリクルートしてきます。人生80年以上(おそらく皆さんは人生100年)の時代に、20代前半で焦って仕事を始める人がほとんどですが、皆さんは現代の福澤諭吉です。大学院での学びと研究を起点として、一生涯にわたり一身独立するための学びと挑戦を続け、世界を股にかけて見聞と交流関係を拡げていきます。
本日学位を取得される皆さんは、大学院での研究や学びが一生の宝になることを、誰よりもよくご存知です。
まず、皆さんは誰よりも好奇心豊かで、好きなことに没頭できる力を有しています。好奇心こそが社会を発展させるための原動力です。好奇心によって自分の専門の徹底的な深掘りや、他の様々な分野や社会問題への興味が湧き上がります。好奇心があってこそ、いろいろな人々に興味をもち、幅広い交流が実現します。好奇心がなければアイデアも疑問も湧きません。講演会などで良い質問ができる人は、必ずといっていいほど好奇心の強い人であり、好奇心によってさまざまな学びを重ねた結果として、幅広い知識と高い論理性を発揮します。好奇心が強い人は、他人の好奇心をくすぐる術(すべ)を知っています。相手の好奇心に合わせて話ができるので面白く、説得力に満ち溢れています。文章も上手です。読者の立場になって文章を構築できるので、読み手を唸らせます。好奇心は積極的な人生をもたらしてくれます。受動的ではなく能動的に物事に取り組めるようになります。急速に発展するAIも好奇心の対象として手中に収めていきます。
私達慶應義塾教職員は、皆さんの慶應義塾での経験が、皆さんの人生における「好循環のスタート」になることを信じています。皆さんは、慶應義塾において最高の教員とともに学び、研究に励んできました。慶應義塾の研究レベルの高さは、皆さんが社会に出てから特に実感することだと思います。皆さんは、これから世界最高の頭脳に囲まれながら研究や事業に取り組むことになります。そのとき、自分の実力が全く見劣りしないことに驚き、大いに自信を深めることでしょう。そして世界レベルでの重要な役割を、ごく自然の流れとして担っていくことになります。慶應義塾の目的どおり、皆さんの一人ひとりが全社会の先導者として発展されるということです。先導者同士は相乗効果によってお互いを高めます。慶應義塾の卒業生ネットワークが強固なのはまさにこの相乗効果によるものです。これからは慶應義塾の卒業生ネットワークである「三田会」をフルに活用され、他大学からの学位取得者や世界中の人々ともつながり、これからの世界をより豊かに、平和に、生きがいのあるものに発展させていってください。母校、慶應義塾ともつながり続けてください。卒業後も慶應義塾のウェブサイトやSNS、その他アプリなどもこれから開発する予定ですので、それらを活用して、最新のニュースを得ながら母校の発展を支えてください。
皆さんが世界の舞台で、学会と社会の発展に寄与されることを願っていますし、実際にそのようになることを信じています。ペンは剣より強し、皆さんも常に心の中にペンの熱情を燃やして、この社会をよりよく発展させていってください。学位取得おめでとうございます。