慶應義塾

2025年度大学学部卒業式 式辞

公開日:2026.03.23

2026年3月23日

慶應義塾長 伊藤 公平

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。ご家族の皆様にも心からお慶びを申し上げます。

皆さんの多くは高校時代にコロナ禍を経験し、2022年4月に慶應義塾大学に入学しました。高校時代は、コロナによって普通の生活がなかなか送れなかったことでしょう。しかし、大学での4年間では、すべての授業に加えて、クラブ活動や交換留学などの課外活動が復活しました。よって皆さんは、コロナ後において、初めて、慶應義塾大学が用意するキャンパスライフをフルに活用できた学年と言えます。私はそのことをとても嬉しく思っています。

しかし、コロナが去ったとは言え、この4年間は実に激動の4年間でした。4年前の2月にはロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。2022年末には生成AIがリリースされ、それまではエンジニアのみが使っていたAIが、万人向けのツールとなりました。2023年10月にはイスラエルとハマスの戦争が始まり、2024年のトランプ大統領の選出によって、経済と安全保障の両面において「力による支配」が顕在化し、このことが世界中の国の立ち振る舞いを激変させました。そして現在のイスラエルとアメリカによるイラン攻撃は中東全体を巻き込む状況で、世界経済にも大きな影響を及ぼしています。4年前のウクライナ侵攻が始まるまでの世界では、将来世代により良い社会を残すことを一生懸命議論していました。例えば地球温暖化対策などのSDGsの実現ですが、今ではそれが隅に置かれがちです。

日本はどうでしょう?将来の歴史学者たちは、皆さんの大学時代、この4年間を未来からどのように振り返るでしょうか?私は、期待も込めて、皆さんのこの4年間を「戦後日本モデルからの脱却が始まったとき」と位置付けてくれるのではと感じています。

まずは戦後日本モデルをおさらいしましょう。第二次世界大戦における敗戦後、日本では国が先頭に立って強い産業統制を行い、製造業の振興と貿易促進により一時は世界一の経済大国となりました。そして護送船団方式や業界保護によってさまざまな規制を作り、落伍者を出さないという方針のもとで経営が拙い会社や商店や農家も国が守ってきました。しかし、1990年代初頭にバブルが崩壊し、それからはデフレ経済、いわゆる失われた30年が始まりました。世界ではインターネットの登場などにより金融市場や産業構造が劇的なスピードで変化する中、日本企業は戦後日本モデルからなかなか脱却できず、仲間同士で相談すると、どうしても現状維持かその延長線上のちょっとした改善といった保守的な意見に引きずられてきました。政府は、企業が本当の挑戦ができるよう、マイナス金利まで導入して成長を促しましたが、実態としては将来の大きな利益につなげるための投資は限定的で、従業員の賃金も上がらない。すなわち世界が成長するなかで現状を維持するという、相対的な後退、マイナス成長を続けてきました。

国も国です。少子化により社会保障費などの現役世代の負担が増え、円安により輸入品や資源も高騰し、高度成長期ほどの税収も得られないという悪循環にあるにも関わらず、産業界や国民が今でも国に頼りがちなことを良いことに、戦後モデルを僅かに改善する程度でお茶を濁し、産業界や国民からの要望に合わせて、いろいろなところにちょっとずつお金を配ることで本来なら衰退する産業分野を無理に延命し、デジタル化は進まず、多くの規制を残すことで成長分野の自由な発展を阻んできました。

国民も国民でなかなか目を覚ましません。消費税を下げろとか、自分の産業にお金をつけろなどと国に頼るばかりで、自らの意思と力で思い切った転換をはかる挑戦に躊躇しています。戦後の日本モデルでいうところの、良い大学へ行き、良い企業に勤め、そこそこの給料をもらって、それなりの家やマンションに住み、それなりの家庭を築くことが目標で、それが達成できると満足してしまいます。自らの目を世界に向け、世界を舞台とした研究やマーケットに果敢に打って出て勝負する人が極めて少ない。

しかし、ここに集まっている本日の卒業生の皆さんは違います。そもそも戦後日本モデルは限界まで到達していて、ちょっとした改良ではもう無理だとわかっているのが皆さんです。世界においても不安定性が増して将来が見通しにくい状況です。だからこそ皆さんには世界を正しく導くという大きなチャンスが訪れます。

まず絶対に必要なのは高い志です。仲間のために、日本のために、そして世界の発展のために、大きな挑戦に挑み続ける志です。志を後押しするのは好奇心です。敷かれたレールの上を着実に走るのではなく、そこから外れる冒険をしたらどんな世界が待っているのか?その挑戦にワクワクする。それこそが戦後日本モデルからの解放です。好奇心、この言葉の反対語を検索すると無関心、無気力といった言葉が出てきます。しかし、私の定義では、好奇心の反対語は「打算」です。打算的とは自分の損得を計算して行動することを指しますが、そもそも自分の損得が計算できる時点で、結果が予想できる選択肢しか考慮していないということです。志と好奇心で進む人は、実に清々しく、周りからも見ても痛快で、皆から応援されます。たとえ他人から与えられた仕事だとしても、そこに面白みを見出す力が好奇心です。だからこそ、好奇心に満ちた皆さんは、与えられた仕事をさらに拡張して成果を出していきます。面白そう、とりあえずやってみよう、でももっと良いやり方があるのではないか?もっと違う目標があるのではないか?と常に向上心を発揮できるのですから周りから感心されるのです。

そして皆さんにとって特にラッキーなのがAIというすごい味方が登場したことです。仕事においても研究においても、先達から教わることの多くが、今やAIから学ぶことができます。そもそもAIによって仕事や研究の進め方が劇的に変化します。そうなると、上司や先輩や専門家といわれる人たちが既成概念に縛られるなかで、皆さんのように志が高く、好奇心豊かで、優秀さと柔軟さを持ち合わせる人は、AIを実に優秀な部下として引き込むことによって、皆があっと驚く挑戦ができるのです。

さらに皆さんは大学生活を通して、生涯の友に出会い、生涯の師に出会い、留学や課外活動やアルバイトなどを通して、人づきあいとチームワークを身につけてきました。新しい挑戦には、一緒に高みを目指す仲間が必要です。皆さんは周りの人を自然体で巻き込んで世界を変える力を持ち合わせています。

要は、先輩や先達の指導のとおりに仕事や研究に取り組むという戦後の日本モデルは終焉し、皆さんが自らの志と好奇心と実力で全くに新しい世界を作っていく時代になったということです。新しい世界、それは日本という枠組みにとらわれない広い世界でもあります。

今日、ここ日吉記念館には、25年前に慶應義塾大学を卒業した先輩方が参列して、皆さんの門出を祝ってくださっています。皆さんが目標とする先輩方です。この先輩方が在学したのが25年前ですから、1997年から2001年の4年間でした。2001年といえばアメリカで同時多発テロが起こった年でその時も平和が大いに脅かされました。その一方で、その4年間にはNetflix、Google、Salesforce、PayPal、Alibaba、Baiduといった今の世界を席巻する企業が創設されました。なんと、これらのスーパー企業は今日卒業する皆さんとほぼ同年齢なのです。同じように、今の瞬間に世界のどこかで産声をあげたスタートアップが、次の10年、20年で世界を変える企業になっていくのです。ですから皆さんは世界の生まれたばかりの様々なスタートアップや挑戦者に目を向け、その人たちとの協業や自らのスタートアップという挑戦も視野に入れて進んでください。是非、大成功を収めて、25年後にはこの卒業式に手本として戻ってきてください。

さて、ここまでの私の式辞。実は、福澤先生の『学問のすゝめ』の構成を真似て、私なりの現代版として起草したものです。「いろいろな考え方がありますが」といった前置きや、回りくどさを一切省くことで問題点を強調し、この現状を、志と学びと挑戦を続ける諸君が必ず一新してくれるという、私の揺るぎのない自信を伝えるためです。加えて福澤先生の言葉を三つ紹介します。

一つ目は「国を支えて、国を頼らず」です。仲間と国と世界を支えるために、どうしても必要なのが独立と自由です。皆さんは仕事や研究を始めると実に多くの規制があることに驚くはずです。規制と言われてもピンとこないかもしれませんが、わかりやすい例は、そこら中の公園でボール遊びが禁止になるようなものです。近隣住民が文句を言うと公園でできることがどんどんとなくなっていく。昔を知っているとキャッチボールができなくなったことが残念で仕方がないのですが、キャッチボール禁止の時代しか知らない子供はそれが普通なので疑問にも感じません。ものすごいスピードで変化する今の世界においてこそ、色々なことを自在に試せる自由が仕事でも研究でも必要です。だからこそ皆さんは、国や社会に対して、規制緩和も含めた本当の自由を常に求めていってください。

二つ目として紹介する福澤先生の言葉は「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」です。常に前進しなければ、相対的に後退してしまうという意味で、現状維持は後退と同じであると戒めています。現状維持を目標に据えることは絶対に避けるということです。皆さんなら大丈夫です。

最後に三つ目の福澤先生の言葉です。皆さんは本日、塾生を卒業して塾員になりますが、塾員となってからこそが本番です。慶應義塾社中の一員として、一生涯にわたる学びと挑戦を続けて、福澤先生が述べられた次の慶應義塾の目的を達成していかれます。

「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」

皆さん、ご卒業おめでとうございます。