2026年4月1日
慶應義塾長 伊藤 公平
新入生の皆さん、慶應義塾大学へようこそ。ご家族、関係者の皆様にも心からお慶びを申し上げます。また本日の式典には、卒業50年を迎える大先輩方が出席され、皆さんの入学を一緒に祝ってくださっています。
まず初めに、慶應義塾の創立者・福澤諭吉が語った慶應義塾の目的を読み上げます。
「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」
この目的の通り、皆さんは、気品の泉源、智徳の模範としての高みを目指し、全社会、すなわち全世界を正しい方向に先導する、リードするために、これからの大学生活において学問に励み、課外活動に精を出していきます。この大学では素晴らしい仲間や教師や環境に恵まれ、互いに助け合い、高め合いながらこれからの塾生生活を過ごしていきます。一人ひとりが自らの尊厳を保ちながら志を高める。これが独立自尊の精神です。自らの尊厳を保ち、自らの天性を「より高い志」、「より高い誓い」、「より高い約束」のために役立てる。だからこそ仲間の尊厳も尊重し、仲間と一緒に、社会の発展に尽くせるのです。一人ひとりが、つまりここにいる全員が先導者クラブのメンバーとして、力を合わせて理想を追求するという慶應義塾の考え方は、まさに民主主義の理想を追い求めるものであります。今日、皆さんの入学を一緒に祝ってくださっている卒業50年の先輩方はまさにそのような慶應義塾の理想を体現されて発展に尽くしてこられた方々です。その期待と応援を一心に感じながらこの入学式の時間を過ごしてください。
皆さんが慶應義塾大学を選ばれた理由はただ一つ、皆さん一人ひとりが現代の福澤諭吉を目指すためです。そこで皆さんの入学にあたり、慶應義塾からは福澤先生の自伝『福翁自伝』をお贈りします。福翁自伝を読むと、福澤先生が好奇心の塊で、いかに自由自在な生き方をされたかがわかります。しかし、先生の自由自在は決して与えられたものではありません。福澤先生が幼少から青年期を過ごした江戸時代の封建制度は、一生懸命に学んで、働いて、実力をつけて、成果を出す意欲的な者にとって、とてもつらい辛い制度でした。どんなに努力しても地位が固定化されていたからです。その逆境においても福澤先生は個人の自由独立を得るための「学び」に邁進しました。
その福澤先生の言葉に「国を支えて、国を頼らず」というものがあります。今の日本を見回すと、消費税を下げろとか、自分の関係する産業にお金をつけろなどと国に頼り切ろうとする姿勢が散見されます。多くの国民の目標が、世間一般のいうところの良い大学へ行き、良い企業に勤め、そこそこの給料をもらって、それなりの家やマンションに住み、それなりの家庭を築くことであり、それが達成できると満足してしまいます。福澤先生はこのような国民の習性を実に150年前から戒めていました。国民の天に対する約束というものはもっと高いものである。社会の発展への貢献である。国民が社会の発展に寄与するために一番大切なものは自由と独立だと福澤先生はおっしゃっています。だからこそ福澤先生による国の役目とは、国民の自由と独立を保証して、悪者を制することとなるのです。国民の自由と独立を保証することこそが実は国にとって一番難しいことであり、それを国に求めているのです。一人ひとりの国民が自由であるからこそ、自らの意思で国を支えるための挑戦に打って出られる。世界に目を向け、世界を舞台とした研究やマーケットに果敢に打って出て勝負できるのです。その一方で、安全の保証は大切です。よって悪者は国が制すべき、となるのです。
国を支えるために一番大切なのは高い志と好奇心を持つことです。仲間のために、日本のために、そして世界の発展のために、大きな挑戦に挑み続ける志です。歳をとってから志を育てることはとても難しい。だからこそ皆さんは大学において世界に視野を広げて、高い目標を据えて、努力することを学ばなければいけないのですが、そのためのショートカットはありません。福澤先生のように好奇心の塊となってありとあらゆることや、出会うすべての人に興味を抱き、色々なことに手を出し、その中でも特に好きなことに出会って没頭する回り道こそが一番大切なのです。好奇心、この言葉の反対語を検索すると無関心、無気力といった言葉が出てきます。しかし、私の定義では、好奇心の反対語は「打算」です。打算的とは自分の損得を計算して行動することを指しますが、そもそも自分の損得が計算できる時点で、結果が予想できる選択肢しか考慮していないということです。敷かれたレールの上を着実に走るのではなく、そこから外れる冒険をしたらどんな世界が待っているのか?皆さん、塾生の間は、世間一般のいうところの良い大学へ行き、良い企業に勤めるという目標は抹消して、好奇心に任せて日々を積極的に過ごすことが何よりも大切なのです。その挑戦にワクワクする気持ちを慶應義塾で大いに育ててください。
慶應義塾大学は、皆さんのためにしっかりと考え抜いたカリキュラムを提供し、体育会やサークルといった課外活動の機会を提供し、海外の著名人による講演会や交換留学などの国際センスを磨くプログラムなどを準備しています。大学が提供するリソースを、好奇心に満ち溢れる皆さんに徹底的に使い倒してもらうことが私たちの喜びです。福澤先生のようにすべての枠を越えて、様々な学びを貪欲に深め、世界有数の蔵書数の図書館の本や電子ジャーナルを読み漁り、教職員と交わり、キャンパスの外でも積極的に社会活動に参加するなど、自由自在の塾生生活を送ってもらいたいと願います。若く柔軟な脳と体力と、失敗しても許されるという特権を有する今だからこそ、大学時代に好奇心に任せて本当の挑戦を続けてください。この挑戦を通して、皆さんには高い志が自然に備わっていきます。
そしてもう一つ、皆さんには良いニュースがあります。慶應義塾はこれからの3年間で人間を中心とした世界最高峰のAIキャンパスの構築を目指します。皆さんと一緒に構築していくということですから皆さんは最高のタイミングで慶應義塾大学に入学して来られました。人間中心とは、最先端のAIを操り、創り、最先端のAIと勝負する人々が集うキャンパスを意味します。生成AIにはなんでも相談できます。よってAIと友達になるのは簡単です。しかし、皆さんはその上を行かなければいけません。自分の志を高めるためにAIを活用する、自らの能力を高めるためにAIを活用する、そのためには、常にAIと試合をしている感覚が必要です。そして勉強や仕事でのAIの活用においては、常に自分がAIに対する上司として振る舞い、的確な指示を出し、出された結果を吟味し、間違いを修正し、過不足を補うのみならず、新たな方向性をAIに指示し、自らの独創性、創造性を駆使してさらなる高みを目指す必要があります。そもそも生成AIは、正解がある問題に対しては抜群の威力を発揮しますが、しかし、正解のない問題に答えが出せるのは、君たち塾生の力と志だけなのです。
先月、高市総理大臣のトランプ大統領訪問が大きな話題となりました。そこでは、イランによるホルムズ海峡封鎖を解除するために、トランプ大統領が日本に対して艦船派遣を要求したとされますが、これに対して、高市総理は「日本には法律的にできることと、できないことがあることをきちんと説明し、トランプ氏もうなずいていた」との報道がありました。総理の説明の趣旨は「もともと憲法9条があり、その下で様々な事態認定がある。そういったことも含めて日本には制約がある」ということだったようです。NATO加盟国ではこのような説明はできません。独立を守るために剣を取るのか、それともペンを取るのか?日本は後者を選ぶことを憲法や法律が定めているのです。自由と独立のために学問と言論を深める。そのための学びをここ慶應義塾で深めてください。志の高さが必要な問題になればなるほど、AIは下調べ等では活用できても、最後の仕上げの部分は人間の協調的作業が不可欠です。その協調的な活動に皆で努めてください。今日は最後に「塾歌」を歌います。この歌詞の意味を噛みしめて、これから塾歌を歌う時、特に2番における「わが手に執れる炬火(かがりび)は 叡智の光あきらかに ゆくて正しく照らすなり」という部分を歌う時は常に、自分の心の中に炬火を掲げ、志を高めていってください。
さて、これまでは前向きな話でしたが、最後に一点だけ注意です。慶應義塾において絶対に許されないのは、他人の尊厳を傷つけることです。慶應義塾の目的に「気品の泉源」とうたわれている以上、慶應義塾が求める気品のレベルは非常に高いもので、他人の尊厳を傷つけるようなことがあれば、法律で罰せられないレベルだとしても、慶應義塾では厳正に対処します。自由を謳歌しながらも、社会の手本となり、広く一般から共感され、応援される人間として羽ばたいてください。
今日、新入生の皆さんが、ここ日吉の丘に集まり、皆が揃って先導の旅路のスタートラインに立たれたことを心から喜び、私からの式辞とします。大学生活をとことん謳歌してください。本日は誠におめでとうございます。