登場者プロフィール

有坂 壮平(ありさか そうへい)
(埼玉県私立開智高等学校出身) / 2013年3月 慶應義塾大学 理工学部数理科学科 卒業 / 2015年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了 / 2015年4月 鹿島建設株式会社 入社 / 2025年6月 シンガポール国立大学 数学科博士課程 修了 / 現在 鹿島建設株式会社 技術研究所シンガポールオフィス 主任研究員

有坂 壮平(ありさか そうへい)
(埼玉県私立開智高等学校出身) / 2013年3月 慶應義塾大学 理工学部数理科学科 卒業 / 2015年3月 慶應義塾大学 大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了 / 2015年4月 鹿島建設株式会社 入社 / 2025年6月 シンガポール国立大学 数学科博士課程 修了 / 現在 鹿島建設株式会社 技術研究所シンガポールオフィス 主任研究員
数学から建設、そしてAIへ。振り返ると、私はいつも抽象と具体の間を行ったり来たりしていました。
大学入学まで:自分の興味を知る
高校は進学校でしたが、部活の吹奏楽が生きがいでした。授業は休んだのに部活だけ出る、ということをして厳しく叱られた記憶があります。決してさぼったわけではありません。午後に風邪が治っただけです。そんな調子でしたので、最後のコンクールが終わると燃え尽きてしまい、大学に行く意味も見いだせないまま、受験すらせずに卒業しました。
浪人中は、ジャンルを問わずとにかくたくさん本を読みました。そのうちに、自分の興味が哲学や数学といった、物事の根っこや土台のようなものに向いていることが分かってきました。大学でそれらをちゃんと勉強してみたら楽しいかもしれない。そう思い始めてからは、受験勉強にも身が入るようになり、無事に慶應義塾大学理工学部に入学できました。
大学・大学院:理解することを理解する
慶應では6年間、数学を学びました。専門は、公理的集合論という無限集合の構造を扱う分野です。数学は自然科学の基礎ですが、その数学のさらに基礎にあたる領域で、まさに私が知りたいと思っていた「土台」に関わる学問でした。
学部4年から修士までの3年間は、非常に濃密でした。指導教員の勝良健史先生は海外から戻られた直後で、研究室には私のほかに博士課程の先輩が一人だけ。セミナーはほとんど先生と一対一で、逃げ場のない、しかしとても贅沢な時間でした。
セミナーでは専門書や論文を読み、その内容を何も見ずに全て自分で再構成します。「本にそう書いてありました」はダメで、定義も証明も、自分の言葉で説明できなければいけません。少しでも曖昧なところがあれば必ず問われ、最初の頃は2時間で1ページも進まないこともありました。
この経験で得たのは、数学の知識だけではありません。むしろ、「何かを本当に理解する」という感覚こそ、ここで得た一番価値のあるものだったと思います。今の私の知的生産活動の礎は、間違いなくこの頃にあります。勝良先生、ありがとうございます。
社会人:ザラザラした世界に戻る
修士課程を修了した後は、鹿島建設に入社しました。え?純粋数学から建設会社?と思われたかもしれません。しかし私の中では、数学と建設はどちらも「世界の土台」に関わるものとしてつながっていました。
数学では、複雑な対象から余計なものをそぎ落とし、本質だけを取り出して考えます。その世界はとてもツルツルしていて、抽象的で、美しく、どこまでも自由です。一方で現実の世界は、簡単にはそぎ落とせない面倒なことばかりで、何かしようとするとすぐザラザラしたものに引っかかります。
それを嫌だなあと思いつつも、東日本大震災を経験し、私たちは結局、そうした制約を抱えた物理的な世界に生きているのだと思い知らされました。抽象的な考え方を、そうした現実に接続し、世界の土台をつくる。それはきっと価値のある仕事ではないか。そう思って、建設会社に飛び込みました。
入社後の2年間はIT部門でシステムエンジニアとして働きました。その後、個人的に勉強していた機械学習が業務とつながり、3年目に技術研究所へ異動しました。そこで取り組んだのは、まさにザラザラした現実をどう数学や計算機で扱える形にするか、という仕事でした。現実の課題を聞き、複雑な状況を整理し、必要な部分を抽象化して、理論やシステムの上に乗せる。そして、結果をもう一度現実の側に戻し、課題解決につなげていく。理論と現実を行き来する、とても面白い仕事でした。
再び大学院:AIを研究する
しかし、仕事に慣れ、流行りの機械学習手法や便利なオープンソースプログラムを使いこなすほど、少しずつ居心地の悪さも感じるようになりました。自分は、誰かが作った道具をよく理解もしないまま借りてきて、それで解けそうな問題を選んで解いているだけではないか。このままでは、本当に解きたい問題に対して、自分で新しい道具を創り出すことはできないのではないか。使うこと、理解すること、生み出すこと。研究開発に関わるほど、その差を強く意識するようになりました。
もっとAIを理解したい。そして新しい何かを自分で生み出せるようになりたい。そう考えて会社の留学制度に応募し、海外の大学院で学ぶ機会を得ました。進学先に選んだのは、シンガポール国立大学の数学科博士課程です。研究分野は機械学習でしたが、数学科に所属して研究できる環境は、私にとって自然な選択でした。そこで考案した手法は、AIが実際に使われる場面の制約を知っていたからこそ生まれたものです。現実の問題を数学的に綺麗な形に落とし込めたことは、自分にとって大きな成果であり、自信になりました。
現在:AIと研究する
現在は鹿島建設の技術研究所シンガポールオフィスで、AIの研究開発に従事しています。博士課程を経て、AIをただ使うだけでなく、その仕組みを理解し、建設の現実の問題にどう接続するかを考える仕事に戻ってきました。今は特に、多様なセンサーを備えたスマートビルと、そこで過ごす人々をつなぐAIエージェントに関心を持っています。
ところで最近は、AIを研究対象として見るだけでなく、文献を調べる、考えを整理する、コードを書く、文章を推敲する、といった知的生産の相棒として使う場面も増えています。しかし、AIがどれだけ賢くなったとしても、私の理解は私だけができるもので、私の代わりにAIが理解することはできません。「自分は本当に理解しているだろうか」と立ち止まれることは、AI時代にこそ重要になってくると思います。
おわりに
私のキャリアは、自分の興味や違和感に向き合うことで少しずつ開けてきたようです。今、将来がはっきり見えていなくても大丈夫です。大学には、分からないことに時間をかけ、自分の問いを育てられる環境があります。読者の皆さんも、自分が本当に面白いと思えるもの、なんとなく引っかかる違和感を大切にしてみてください。それがいつか、思いがけない場所へ連れて行ってくれるかもしれません。