SFCの桜はすでに散り、風の匂いにも、春というより初夏の気配が混じりはじめた。その一方、出羽三山の霊峰・月山のスキー場は、つい先日、4月10日にようやくオープンした。標高1600メートルからの天然の残雪を7月上旬まで楽しめる、全国でも珍しい春夏スキー場である。いまさらオープン?と思われるだろうが、雪が多すぎるからこそ、道路が開き、人がたどり着けるこの時期になって、ようやくシーズンが始まるのだ。
そんな月山のお膝元、山形県鶴岡市に、慶應義塾のキャンパス――鶴岡タウンキャンパス(TTCK)と先端生命科学研究所――があることをご存じだろうか。
人口約11万人の鶴岡市は、出羽三山の信仰文化と、庄内平野の豊かな恵みに支えられた食で知られるまちである。その一方で、人口減少と高齢化という、地方都市に共通する厳しい現実にも直面しており、「消滅可能性自治体」にも名を連ねてしまっている。そこで目指したのが、地域に新しい知的産業をゼロから育てることによって、次の時代の活力を生み出す道だった。そうして慶應義塾大学の誘致が実現し、2001年、山形県・鶴岡市との連携のもとに先端生命科学研究所が設立された。SFCが強みとしてきたデータ駆動型のシステムバイオロジーと、独自のメタボローム解析技術を軸に、これまでに数多くのバイオベンチャーが生まれた。鶴岡市の労働人口の約1%にあたる雇用を生み出し、年間40億円以上の経済波及効果も生んでいる。大学を核にしたこうした地域創生の取り組みは、各種メディアや政府広報などで「鶴岡の奇跡」と呼ばれるまでになった。
TTCKは、SFCの学生にとっても、もう一つの学びの拠点である。バイオキャンププログラムを活用すれば、一年間、TTCKの寮に無料で滞在しながら、基礎から最先端までのバイオ実験実習授業を受講できる。各学期にフル単位(20単位)を取得することも可能で、大学院生まで含めると、およそ50人のSFC生が常時この地で活動している。まさにSFCのサテライトキャンパスと言ってよい。
そんなTTCKも、今年度で25周年を迎えた。ずっと中にいる身からすれば、あっという間の四半世紀である。けれども、ここを巣立っていった学生たちのその後の活躍や、鶴岡で生まれたユニークなベンチャーの成長を思うと、やはり25年という時間の厚みを感じずにはいられない。それでもなお、「山形県鶴岡市に慶應のキャンパスがある」と話すと驚かれることは少なくない。だからこそ、まだまだ頑張らねばならないとも思う。最先端の研究を起点に新しい産業を生み出し、その成果を地域の未来へとつないでいく。このミッションは、まさにSFCらしい学際的な取り組みなくしては成しえない。そしてそれは、研究と社会実装のあいだに線を引かず、未来を現実のものにしていく「実学」の実践でもある。
私は、福澤先生の本質の一つは、明治維新の時代に日本を近代世界へと開いた、あのフロンティアスピリットにあるのではないかと勝手に思っている。SFCが慶應の「実験キャンパス」であったように、TTCKもまた、そのさらに先を切り拓くフロンティアでありたい。SFCの実験場として、「異端の系譜」を最も色濃く受け継ぐ場でありたい。そして、その感覚を、みなさんとも共有していきたいと思う。
地方都市だからこそ、ステークホルダーと直に向き合い、意思決定を素早く進めることができる。社会に与えた成果も見えやすい。日本の未来にとって、地方の活力は不可欠である。東京とて、食べ物も、電力も、労働力も、地方に支えられている。SFCが一丸となって地域の成功例を実現していければ、日本の豊かな未来の可能性も、もっとはっきりと見えてくるのではないか。是非より多くの方々に、実験の場としてのTTCKをご活用いただきたい。
鶴岡サイエンスパークには、源泉かけ流しの天然温泉を備えたホテルスイデンテラスがある。メタボローム解析を活かして地元酒蔵とつくり上げた、慶應公式グッズの日本酒「智徳」やワイン「異端」もある。次回の研究会合宿は、月山の春夏スキーとあわせて鶴岡へ――まずは、この地で未来を語り合ってみるのはいかがだろうか。もちろんお声がけいただければ私も喜んで議論に参加いたします:)