今月のサイエンス - 2026年8月
1: 培養皿上でヒトiPS細胞を用いてヒト心不全を再現し、糖尿病治療薬SGLT2阻害薬による新しい治療効果の機序を解明
Tani H, Haga K, Moriwaki T, Bang U, Fujii S, Sekiguchi D, Yamamoto Y, Momoi K, Ohno M, Nakamura M, Umei TC, Morita-Umei Y, Soma Y, Kishino Y, Sano M, Fukuda K, Hotta A, Ieda M, Tohyama S.
近年、心不全の患者数は世界的に増加しており、「心不全パンデミック」とも呼ばれている。なかでも、心臓の収縮機能が保たれているにもかかわらず拡張機能が低下する心不全、すなわち駆出率が保たれた心不全(HFpEF)は、高齢化に伴って患者数が増加の一途を辿っている。一方で、HFpEFに対する有効な治療法はほとんど確立されていない。本研究では、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞、心外膜細胞、血管内皮細胞、マクロファージなどを組み合わせた三次元心筋組織を用いて、HFpEFの病態を培養皿上で再現することに成功した。具体的には、培養組織に高脂肪酸と一酸化窒素(NO)の産生を阻害するNOS阻害薬を加えることで、心臓の収縮機能は保たれたまま、拡張機能 (心臓がゆるむ働き) だけが低下するHFpEF特有の病態を再現した。このモデルでは、BNPの上昇、線維化、カルシウム動態異常、ミトコンドリア障害など、HFpEF患者にみられる特徴が認められた。さらに、このモデルに複数の心不全治療薬を投与した結果、SGLT2阻害薬のみが拡張機能の低下を改善することを見出した。その作用機序として、血管内皮細胞におけるeNOS-NO-cGMP-PKGシグナルの回復や、細胞内のNa⁺やCa²⁺過負荷を軽減することで、炎症や心筋障害の改善に寄与することが示唆された。本研究で確立されたヒト由来HFpEFモデルは、病態解明や加齢研究への応用だけでなく、新規治療薬の開発や薬効評価、さらには患者ごとの個別化医療にも役立つ研究基盤として今後のさらなる研究の発展が期待される。
(藤田医科大学東京先端医療研究センター 谷 英典)
2: 骨肉腫が思春期のひざ近傍に発生しやすい理由を解明
Nature Communications.
Masato Saito, Fumie Nakasuka, Nao Sankoda, Yihan Wang, Jumpei Taguchi, Sho Ohta, Yosuke Yamada, Manabu Ozawa, Satoko Sakurai, Atsushi Kondo, Tetsuo Ushiku, Robert Nakayama, Masaya Nakamura, Hiroshi Takayanagi, Atsushi Shibata, Takuya Yamamoto & Yasuhiro Yamada
骨肉腫は小児・思春期に好発し、特に成長の盛んな長管骨の骨幹端に多く発生します。しかし、なぜ「成長期」の「骨幹端」に発生しやすいのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
本研究では、成長期の骨をつくる細胞である骨芽細胞を詳しく解析しました。その結果、成長期の骨幹端では、成長板に存在する軟骨細胞から分泌されるIndian hedgehog(IHH)というシグナルが、未熟な骨芽細胞の増殖を促す「アクセル」として働いていることが分かりました。一方、活発な細胞増殖はDNAに負荷をかけるため、DNA損傷応答という「ブレーキ」が働き、異常な増殖を抑えていました。さらに、骨肉腫でしばしば異常を認めるc-Mycを活性化すると細胞増殖が加速しましたが、「ブレーキ」が働く限り腫瘍化は一過性に抑えられました。しかし、c-Mycの活性化と同時にp53の機能を失わせると、この防御機構が破綻し、腫瘍性増殖が持続することで高率に骨肉腫が発生しました。
本研究は、成長期の骨に本来備わる「成長のアクセル」と「がん化を防ぐブレーキ」のバランスが崩れることが、骨肉腫の発生につながることを明らかにしました。
(整形外科学教室 中山ロバート、齊藤 誠人)
その他の掲載論文
1)Genetic and clinical characteristics of cranial nerve schwannoma harboring SH3PXD2A-HTRA1 fusion gene.
Acta Neuropathologica.
Sogano J, Tamura R, Yo M, Nakamura K, Fukada I, Ueno T, Hino U, Tomioka A, Karatsu K, Nagao A, Ueda R, Nishihara H, Toda M.
2)Cultured Human Corneal Endothelial Cell Injection for Endothelial Graft Failure After DSAEK
JAMA Ophthalmology.
Rintaro Ogino 1, Mariko Shirane 1, Taiyo Shijo 1, Osama Ibrahim 1, Yukari Yagi-Yaguchi 1, Daisuke Tomida 1, Takefumi Yamaguchi