慶應義塾
Keio FUTURE

〈AIと哲学がつむぐ新たな世界論〉

理不尽な現実を「自分の世界」に書き換える SFとAIが切りひらく、新しい自由の形

公開日:2026.05.18

「AI(人工知能)は心を持てるか」「AIが人間を支配する日は来るか」――。そんな議論が真面目に交わされるようになった現代において、慶應義塾大学理工学部の大澤博隆教授が見つめているのは、もっと本質的で、かつ「魔法」のような世界です。専門は「ヒューマン・エージェント・インタラクション(Human-Agent Interaction=HAI)」。AIやロボットが、人間とどう接し、どう関係を築くべきかを研究する学問です。「僕がやっているのは、『関係性』のデザイン」。そう語る大澤教授が挑む「意図を読むAI」とはどんなものなのか。「AIと哲学がつむぐ新たな世界論」の【前編】では、世界が注目する最先端の研究と、AIがもたらす未来の社会像をひもといていきます。

プロフィール

大澤 博隆(おおさわ・ひろたか)

教員・研究者/慶應義塾大学 理工学部管理工学科 教授

2005年3月、慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業。2007年3月、慶應義塾大学開放環境科学専攻コンピュータ科学専修大学院修了、博士前期。2009年3月、慶應義塾大学開放環境科学専攻コンピュータ科学専修大学院 修了、博士後期。日本学術振興会特別研究員(DC1、PD)、マサチューセッツ工科大学訪問研究員、科学技術振興機構さきがけ「情報環境と人」専任研究員、筑波大学システム情報系助教などを経て、2022年4月、慶應義塾大学理工学部管理工学科准教授。2024年1月、慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター長。同年4月、同大学生成AIラボ想像力・社会知能AIユニット長。2026年4月から現職。

Keio FUTURE

〈AIと哲学がつむぐ新たな世界論〉

理不尽な現実を「自分の世界」に書き換える SFとAIが切りひらく、新しい自由の形

公開日:2026.05.18

「AI(人工知能)は心を持てるか」「AIが人間を支配する日は来るか」――。そんな議論が真面目に交わされるようになった現代において、慶應義塾大学理工学部の大澤博隆教授が見つめているのは、もっと本質的で、かつ「魔法」のような世界です。専門は「ヒューマン・エージェント・インタラクション(Human-Agent Interaction=HAI)」。AIやロボットが、人間とどう接し、どう関係を築くべきかを研究する学問です。「僕がやっているのは、『関係性』のデザイン」。そう語る大澤教授が挑む「意図を読むAI」とはどんなものなのか。「AIと哲学がつむぐ新たな世界論」の【前編】では、世界が注目する最先端の研究と、AIがもたらす未来の社会像をひもといていきます。

プロフィール

大澤 博隆(おおさわ・ひろたか)

教員・研究者/慶應義塾大学 理工学部管理工学科 教授

2005年3月、慶應義塾大学理工学部情報工学科卒業。2007年3月、慶應義塾大学開放環境科学専攻コンピュータ科学専修大学院修了、博士前期。2009年3月、慶應義塾大学開放環境科学専攻コンピュータ科学専修大学院 修了、博士後期。日本学術振興会特別研究員(DC1、PD)、マサチューセッツ工科大学訪問研究員、科学技術振興機構さきがけ「情報環境と人」専任研究員、筑波大学システム情報系助教などを経て、2022年4月、慶應義塾大学理工学部管理工学科准教授。2024年1月、慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター長。同年4月、同大学生成AIラボ想像力・社会知能AIユニット長。2026年4月から現職。

■「擬人化」で生まれる関係性

飲食店で料理を運んでくる配膳マシンに、「おつかれさま!」と声をかけたくなったことはないだろうか。もしも、疲れるはずのないロボットやAIに「人間っぽさ」を感じたとしたら、その背景に大澤教授のHAI研究が関わっているかもしれない。

「人間と、人間らしいキャラクターや存在との関係を広く扱う学問」――。大澤教授はHAI研究をそう定義する。人間の形をしたヒューマノイドロボット、対話型AIやスクリーン上のキャラクター、ビデオゲームの登場人物など、人間が「他者」だと感じるあらゆるものが研究対象となる。

ロボットやAIと聞くと、私たちはどうしても精巧な機械工学や複雑なアルゴリズムを連想しがちだが、大澤教授の場合、発想の出発点は驚くほどシンプルで、かつ創造的なものだった。

好きな顔を映し出すロボット

「ロボット研究をしていて、ふと思ったんです。『僕の家は狭いし、大きなロボットをつくったとして入れるだろうか?』って。機能として必要な部分だけを残し、余計なものをそぎ落としていったときに行き着いたのが、家電の擬人化でした」

人間には、物体に目のような模様があるだけでそれを生き物のように感じてしまう癖がある。大澤教授が最初に取り組んだのは、シュレッダーやプリンターなどの家電に「目」や「手」をつけるという実験だった。単なる機械の家電に目がつくだけで、人間は「他者」を感じ始める。それが声を発すれば、なおさらだ。

実験では、機械が発する音声を聞いたとき、人間との関係性によって音声の理解度が変わった。「耳に入ってくる音声は全く同じなのに、機械に親しみを感じると、人間側の理解や感情移入の度合いが劇的に変わる。『擬人化の魔法』のようなものです」と大澤教授は言う。

この「『関係性』のデザイン」こそが、HAIの神髄だ。

多くの研究者がロボットやAIの高機能化に取り組む中、大澤教授は「受け手」に着目した。人間がどう知性を感じ、どう反応するかという「受け手の心」にフォーカスしてロボットやAIを設計すれば、社会の中でうまく機能できるのではないか。「その仲介役を果たすのがHAIだ」と大澤教授は考える。

「我々はエージェント(代理人、仲介者)をデザインしていますが、関係性をデザインしている感覚が強い。ある種のファンタジーや魔法をつくっている、と言えるかもしれません」

2025年11月に慶應義塾大学日吉キャンパスで「The 13th International Conference on Human-Agent Interaction (HAI 2025)」が開催された

たとえば小学校の図書館では、子どもたちが読んだ本の感想をロボットに託し、ロボットが別の子どもに内容を伝えるという取り組みを行っている。ロボットを仲介役にすることで、本が苦手な子どもも興味を持ったり、子ども同士のコミュニケーションが活発化したりする効果が確認された。

さらに、上級生が下級生にロボットの使い方を教え始めるという予想外のことが起きた。

「介入できるロボットを置くことで、『助けてあげたい』『教えたい』という人間の自発的な社会性が引き出される。エージェント(他者としてのAIやロボット)の立ち位置ひとつで、人間のコミュニティーの関係性は変わるんです」

■「意図を読むAI」は可能か

なぜ、大澤教授は「知能」や「関係性」にひかれるのだろうか。

子どもの頃は周りになじめず、「学校の理不尽なルールに従わなければいけない状況もつらかった」と振り返る。中学生のときにパソコンでプログラムを書き、ゲームを作った。

「キャラクターが動くのも動かないのも、プログラミングした自分のせい。ゲームの世界には、誰にも邪魔されない自由と、圧倒的な心地よさがありました」

慶應義塾大学理工学部でAI研究の道を選んだのは、「AIに貢献できれば、生きている理由の一つになり得るだろう」と考えたから。ゲームを通じ、AIを進化させる研究に挑んだ。

そんな大澤教授の名を一躍世界に知らしめたのが、「Hanabi」というボードゲームを用いた「意図を読むAI」の研究だ。

ゲーム研究は国内外でAIの進化に大きく影響。チェスや囲碁のように全ての持ち駒が見える「完全情報ゲーム」は分析しやすく、多くの研究者が取り組んできた。一方、「不完全情報ゲーム」では、協力型ボードゲームで互いに自分の手札が見えない場合でも、相手と協力・対立しつつ、「見えない相手の心を推測する」ことがゲームの勝敗を左右する。

こうしたゲームを通じて、大澤教授は、認知科学でいう「心の理論(Theory of Mind)」をAIに実装しようとした。

協力型ゲームでは、「なぜこの人は、いまこの情報を教えてくれたのだろうか」を考え、相手の思考を読む力が重要になる。認知科学では「人間は他人の心を推定する機能(心の理論)を持っている」と考えられる。

この「心の理論」をAIに習得させようと、大澤教授は「もし自分が相手の立場だったら?」という推測をもとにした情報をAIに与えて試行錯誤を重ねた。そして、人が人の意図を読む場合と同じような結果をAIでも達成できるようになった。 

「今のAIは、単なる確率の計算を超えて、振る舞いから相手の意図を逆算し、配慮できるようになりつつあります。これがビジネスに応用されれば、ユーザーの微妙な反応を察して先回りする、真に親切なサービスが可能になり得ます」

この研究は、メタ社やディープマインド社など世界トップクラスのAI企業や研究機関でも引用され、次世代AIの重要な目標になり得る課題だと、注目されている。

■未来を議論する段階に

すでにさまざまな分野で人間をしのぐ能力を発揮しているAIは、近い将来、人間を脅かす存在になるのではないか。そんな懸念の声もある。

しかし、大澤教授が描く未来は、AIが人間を支配するのではなく、AIによって人間が「自分らしさ(尊厳)」をまっとうできる世界だ。たとえば、認知症の高齢者の行動が不穏なときはAIが対応し、落ち着いているときは家族や友人と交流する、という状況もあり得る。

一方で、「衰えた姿も含めて、受け入れられる社会であるべきだ」という価値観には反するかもしれない。技術が進歩しても、それだけでは解決できない問題があると、大澤教授は指摘する。

「全員で、どういう未来が一番いいのかを議論しなければいけない段階に入っています。そのためにも、エンジニアが政治や社会設計の論点を避けるべきではない」

大澤教授が重視するのは、「SFプロトタイピング」という概念だ。サイエンスフィクション(SF)を作る過程を通して未来社会を具体的に想像し、そこから現在に立ち返って倫理や制度を検討する方法論である。

SFとAIの関係は深く、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏やテスラ創業者のイーロン・マスク氏は、SF小説や映画から大きな影響を受けたと公言している。大澤教授も幼い頃からSFに親しみ、大学時代はロボット技術研究会とSF研究会に所属していた。そのうえで、既存のSFを読むだけではなく、SFの方法論を知ることが重要だと説く。

左から『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』(大澤教授編著、早川書房)と、『SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて』(日本SF作家クラブ編、Kaguya Books)

これまでの科学とは、「人間が考え、AIが助ける」ものだったが、いまや「AIが自ら問いを立て、実験し、理論を導き出す」段階に移行しつつある。そのスピードは速く、人間が1年かかるところを、AIは数日で終わらせてしまうかもしれない。科学研究の「激変期」において、「過去のデータの延長線上にはない未来を想像する力が必要になる」と大澤教授は指摘する。

「常識ではこうだった」という制約をいったん外し、SF的な飛躍を取り入れることで、既存のビジネスモデルや社会構造に縛られない、全く新しい「価値」を発見することができる――。そんな思いもあり、2022年から2年間、「日本SF作家クラブ」の会長を務めた。プロ作家以外では初めてで、SF作家の想像力とAI研究などの科学的知見を融合させる活動に取り組んだ。

また、2024年には、SFの想像力を活用して産学連携による未来の社会設計や技術開発をめざす研究拠点「慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター」のセンター長に就任。SF作家やAI研究者、人文学者、民間企業が交ざり合うプラットフォームとして、SFプロトタイピングのプロジェクトを始めている。

■「人間らしさ」とは何か

AIが人類の知能を追い越す転換点、「シンギュラリティー」はいつ起こるのか。

「人類史上でも異常なことが起きているのは間違いない。3カ月後に何が起きているか分からない状態がずっと続いています」と話す大澤教授。資金や人材が豊富な国・企業が研究への投資合戦をする中で、自分の役割について改めて考えざるを得ない。

一方で確信しているのは、このような悩みに答えられるのは人間だけだということだ。

「大規模AIが出す答えはデータの中央値的なもので、原理的に、『自分』が幸せになる答えを出してくれるわけではないのです」

私たちとAIとの関係性は、今後ますます深まっていくのだろう。そのときに必要なのは、その間をつなぐ人間の想像力であり、思考力だ。大澤教授の挑戦は、多くのことをAIが代替できる時代に「人間らしさ」とは何かを問いかけている。



構成:朝日新聞GLOBE+編集長 玉川透

取材・文:山本奈朱香

写真:山田英博

教員・研究者プロフィール