登場者プロフィール
矢澤和明
普通部教諭(理科)
藤田稜介
普通部教諭(理科)
インタビュアー:山内慶太
常任理事
教員間での伝承と創意工夫が支える実験(普通部)
毎週行う理科実験
―― 普通部では理科の実験において、何を一番大事にされているのでしょう。
普通部では毎週2時間連続で実験の時間を取っていて、それを1年生から3年生まで、全学年で行います。その中で一番大事にしている点は「本物を通して学ぶ」ということです。
教科書を読んだり、あるいは最近では動画を見たりすることで、理論を学ぶことはできますが、本物に勝る教材はない。これは全普通部の理科教員が共有している思想ではないかと思います。
―― 具体的にはどのような方法を取られているのでしょうか?
心がけているのは、各先生方の専門性を生かしつつ、これまで先生方が学んできたことと、生徒たちがこれから学ぶことをつなぎ合わせ、具体的にどういったものを教材にするのかを選定するということです。これまで普通部の実験で取り扱ってきた教材はもちろん、各先生方の専門性から新たに生まれるものもどんどん取り入れていく。そうしてアップグレードを積み重ねてきた結果、今の形があるのではないかと思います。
―― ありがとうございます。藤田先生は理科の実験につきまして、どのような印象をお持ちですか?
私は普通部に赴任したのが2020年になりますので、今年で6年目になりますが、赴任した当初と今では印象がかなり異なります。赴任当初は、理科の実験というと一般的な、教科書の内容に沿って行うものを考えていたんです。だから生き物(カエル)の解剖を行うと聞いて驚きました。初めの頃は戸惑いもありましたが、今では解剖も含めた実験をどう行うかや、その実験を行う意義をどう生徒たちに伝えていくのか、という点に注意しながら、授業を行うよう心がけています。
―― 先ほど毎週実験を行うという話がありましたが、毎週行うとなると、準備の方も大変なのではないでしょうか?
そうですね。例えば私の場合、現在2年生を見ていますが、クラスはA~F組の6クラスあり、実験は全員まとめてではなく、分割して行うため、同じ実験を週に12回、行うことになります。それを年間約12セット、すべて別の実験を行うため、回数としては相当な数になります。
―― しかもそれを通常授業と連動して行っていくわけですよね。藤田先生は赴任されてから初めて普通部の実験に触れたとのことですが、どのようにノウハウを身につけられたのでしょうか?
まず前提として、私一人ですべての準備をすることは難しいため、ペアの先生と一緒に準備を進めます。初年度は矢澤先生とペアだったのですが、その際に実験の組み立て方や目的、授業との連動のさせ方、授業内での生徒の取り回しからプリントの作り方まで、様々なことを教えていただきました。
―― 実践されて、どのような点が難しいと感じましたか?
生徒への伝え方ですね。授業内で実験のやり方を実演してみせたり、どのように考察すればよいか、といった点を伝えたりするのですが、それをいかに生徒にわかりやすく伝えるにはどうすればよいのか、といった点については難しいと感じました。
―― 実践の中で、学ばれていったということですね。矢澤先生も、着任時は苦労されましたか?
そうですね。私は2006年に普通部に着任したのですが、当時は大貫義容先生とペアを組んでいました。基本的には任せる、と言っていただいたんですが、いきなりすべてができるわけではありません。そうして私が悩んでいると、大貫先生が「この分野は私が引き受けるよ」と言ってくださって。後ろに大貫先生が控えてくれるという安心感の中でやれたことは非常にありがたかったです。
それ以降も新任の先生が加わると、経験のある先生とペアを組んで、色々なことを教えていただきながら実践を通して学んでいく、というスタイルが続いています。それに、わからないことがあるとすぐにほかの先生方に質問したり、協力していただけたりする環境が整っているため、新しい先生方も安心して授業に取り組めるのではないかと思います。
「生徒にきちんと実験を行ってもらう」ために
―― いざ実験を行う際、色々と気を配らないといけない点があると思いますが、どういった点を注意されているのでしょう。
一番大事にしているのは「生徒にきちんと実験を行ってもらう」ということです。例えば顕微鏡を用いた実験では、顕微鏡を使って見つけてほしいものをきちんと探させたり、生き物の特徴を見させたりします。
生徒の中には器具をうまく扱えなかったり、時間が経つことで実験そのものに飽きてしまったりする人も出てきます。そういう生徒たちに声掛けして「実験において見るべきポイントをしっかり見させる」ことが重要だと、常々言われています。
実験の準備の話で言いますと、実験日当日よりかなり前から行う必要があります。少なくとも一週間前には、段取りが頭の中で再現できるようになっていないといけない。その手順にあわせて、必要な機材や材料を人数分、注文したり、作ったりしなければいけません。
もちろん、本番近くになって「あれが足りない!」となる時もあります。ただそうした事態になるのを防ぐために、「実験が終わったらそれで終わり」ではなく次の実験に向けての準備をしておく。例えば壊れた機材があれば、その時点で注文しておけば、次の実験にはそれを使うことができます。
また、実験についてきちんと記録を取っておくことも重要です。そうすればいざ、同じ実験を数年後に行う際に、材料や器具をどれくらいの期間で用意しなければならないかがわかります。お蔭で、ここ数年は記録の内容を踏まえて準備ができたり、その時の手順を参考に、よりよい手順に改善したりすることができるようになりました。
―― 同じ実験でも、次に行う時にはより進化したものにする、ということですね。
この5年間で一番大きな変化は、生徒が個人用のタブレットを使用できるようになった、ということです。以前は記録を取るにしても、メモを取るか、スケッチをするしかなかったのですが、タブレットがあるおかげで、今では写真や動画を撮ることができます。その時に撮った映像や画像を元に、レポートを書くことができるようになったのは大きな変化ですね。
―― タブレットによって、可能性が広がったわけですね。
動画や写真を記録できるようになったことで、そうしたツールを実験で最大限活用するためにはどうすればいいかと考えるようになったことは、こちらとしても大きな変化でした。
一方で、タブレットがあることで、「実験ではなく、その動画を見て、レポートを書けばいい」と考えてしまう生徒もいます。そういう生徒には動画ではなく今、目の前にある本物を見ること、そこでしか感じられないものがあることの大切さを伝えるように心がけています。そうでなければ実験をやる意味がなくなってしまうと思うので。
―― ツールを利用するけれど、それに頼りすぎない、ということですね。
コロナ禍で思うように実験ができなかった時、リモートの授業で、実験を動画で見せるということもあったんです。その時に気が付いたのは、動画にすると、自分がその実験で何を見せたいのか、一番いい角度と視点で生徒たちに見てもらえる、ということでした。説明するよりも疑似体験してもらった方がわかりやすいので、今では実験の説明の際には、動画を用いるようにしています。
タブレットも使い方によっては非常に有用なツールになりますよね。例えば体細胞分裂の実験の際、顕微鏡でも見えない小さなものを観察しなければならない、といった時に、動画で撮っておくと非常に見やすい。あと、1年生だとまだスケッチの技術が表現に追い付いていない生徒もいて、そうした時に画像があると、その生徒が何を見ようとしていたのか、という点が我々にもわかりやすく伝えられる。
もちろん、スケッチの技術は身につけなければなりませんが、観察の手助けになるという点で、画像があると有効的なものもあります。
レポートへの取り組み方
―― 実験と同じくらい重要なのがレポートだと思いますが、採点する上で、先生方の間で共有されていることなどはあるのでしょうか。
こればかりは実践で学ぶしかない、というのが正直なところです。もちろん、ベテランの先生方に採点の際のポイント――いわゆる採点基準などを伺うこともありますが、最終的には自分なりに、「この点を大事にしたい」「その点に気付いてもらえるよう、授業中、考察のポイントを生徒に伝えるにはどうすればよいか」といった点を考えながら取り組んできました。ただ、同じような実験をほかの先生が行う際に「こうした点を生徒に気付いて貰えるよう、心がけた」というような話をすることはありますね。
自分なりの採点基準を設ける、ということにつきましては私も心がけている点です。ただ難しいのは、生徒が自分の予想を上回ることをしてくる時があるので、その時にどうすればよいのか、ということですね。例えば、私以上に資料を読み込んで、知らない点を盛り込んでくることもあるので、その時に想定していた基準で採点していいのか、といったこととはいつも悩みます。
それから、文章構成については細かく指導するようにしています。特に、下級生ですとこの点が未熟な生徒も多いので、「論理的な文章をいかに書くか」ということについて、しっかりと伝えるよう心がけています。
受け継がれる普通部理科教育のレガシー
―― 先生方のコミュニケーションはかなり活発に取られているようですが、そのことで得られる利点なども多いのではないでしょうか。
皆さん、専門分野が異なるため、持ち合わせている知識も様々だと思うのですが、それを組み合わせて、「普通部の理科」を作り上げているイメージがあります。私自身、知らないことが多くて「そんなことがあるんですね」と、雑談の中で何度言ったかわからないくらいです。生徒たちに教えながら、自分もほかの先生方から学ぶ。ある種、慶應義塾の「半学半教」の精神を実践していると言えるかもしれません。
実験や授業の準備をしている時、ほかの先生方と話すことがよくあるのですが、先生によって準備の仕方が様々で、同じ実験でも違ったアプローチをされている、といったお話を伺うだけでも大きな刺激になります。特にベテランの先生は様々な経験を積まれていることもあって、実験器具一つとっても自分がこれまで使ったことがないものを使用している方もいます。そういった時に実験器具の使い方や、その使い方を見せてもらって動画を撮らせていただくこともあります。
それから、互いの教材を提供しあう、といった機会も多いように感じます。例えば実験で使用するプリントを作成する際に、一番最近その実験を行った先生から、使用したプリントをお借りして「こういったアプローチをされているんだ!」と新しい気付きを得ることも多いです。そこで得た気付きを、自分の教材づくりに役立てることもあります。
―― 普通部の理科の授業は、カエルの解剖など特殊なものも多いと思いますが、そうしたノウハウにつきましても、ベテランの先生方から教えていただくのでしょうか?
解剖は、生き物の体を切り裂くという、ある意味衝撃的な実験でもあります。その分、得られるものも多いと思うんです。生き物の命をいただいて、その身体の仕組みを学ぶ、感受性の豊かな時期にこうした体験をすることは、授業を超えた、非常に大きな意味があると思います。
だからこそ、学びを最大限よくするために入念な準備が必要です。カエルの解剖については、普通部にきてから初めて取り組んだのですが、解剖のやり方や麻酔のかけ方、骨から肉を切り離す方法、薬品の作り方などにつきましては、ほかの先生方が詳細に教えてくださったお蔭もあって、今では不安なく取り組むことができるようになりました。
私も初めてカエルの解剖を行う際に、先輩の先生から予備実験を一緒にやってみよう、と声をかけていただいたこともありました。また、タイミングが合えば二学年合同で同じ実験を行うこともあったので、その際にほかの先生方の授業中の振る舞いや、進行のやり方などを見て、学ばせていただくこともありました。
そうやって学んでいくうちに、だんだんと自信を持てるようになりました。するとそのタイミングで、今度は後輩の先生方が入ってきて、自分がやり方やノウハウといったものを伝えていく立場になる。もちろん、最終的には自分で学ばなければいけないのですが、伝えていけることは、今後も伝えていければと思っています。
―― 普通部の理科教育はこうして続いていくのですね。本日はどうもありがとうございました。