登場者プロフィール
井澤智浩
志木高等学校教諭(生物科)
松井洋
志木高等学校教諭(化学科)
前北馨
志木高等学校教諭(国語科)
インタビュアー:山内慶太
常任理事
全教科が協力する理科研修旅行(志木高等学校)
志木高等学校理科教育の特徴について
―― 志木高等学校の理科教育のイメージとして、校外の活動が多いように見受けられるのですが、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
志木高等学校では物理、化学、生物、地学、いずれも研修旅行を行います。これが大きな特徴になっているかと思います。研修旅行には様々な目的がありますが、その一つに授業で習った内容を実際に自分の目で見て確かめてみる、というものがあります。
例えば、物理では今まで、旅行先として原子力発電所や火力発電所、黒部ダムの水力発電所などを訪れてきました。授業でエネルギーについて学習しますが、実際に発電所を見て、どのような原理で発電機が動いているのか、どのようにエネルギーが生み出されているのかを見るのが目的です。
あと、地学では、実際の地層を見てみるといったことも行います。現在、2年生は糸魚川を旅行先としているのですが、糸魚川静岡構造線はフォッサマグナの西側の境界断層でもありますので、それを実際に観察してもらう。これも、授業で学んだ知識を実際のものと照らし合わせながら、学びを深めるのが狙いです。
生物と化学で言いますと、今、水について色々な取り組み――きれいな水を作るにはどうすればいいか、そもそもきれいな水とは何か? といったことを学んでいます。水質の測定の技術も学んだ上で、実際、湖に行って水質調査をする。また浄水場や下水処理場に行き、そこの水質を測定させていただく、といったことも行っています。
研修旅行について
―― 研修旅行にはいつ行くのですか?
2年生の夏休み明け、9月の最終週に3泊4日で行きます。
今は諏訪に二泊、糸魚川に一泊する流れです。ただ、実験道具の数には限りがあるため、一度に同じ場所で全員が実験を行うことはできません。そのため、2年生全8クラスを諏訪から糸魚川に行くグループと、糸魚川から諏訪に行くグループの二つにわけて行動します。2日目に諏訪で合流し、3日目に別れるという形ですね。
―― 湖の水質調査のお話がありましたが、どこに行くのでしょうか?
まず、諏訪湖ですね。それから松本の北にある、いわゆる仁科三湖と呼ばれる木崎湖、中綱湖、青木湖でも行います。あと、湖ではありませんが諏訪から仁科三湖に抜ける道中にある安曇野の大王わさび農場の水もサンプルとしていただいて、後に湖の水と比較したりもします。
―― 非常に盛りだくさんな内容ですね。その中で生徒はどのような楽しみを見出しているのでしょうか?
諏訪湖については、周囲が市街地であることと、湖に流れ込む川が多いため、色々な場所から、色々なものが流れ込んできます。しかも諏訪湖には出口が一箇所(天竜川)しかない、そうなると、場所によっては水質がきれいなところもあれば、非常に淀んでいるところもある。そうした違いを楽しんでもらいたいと考えています。また「クリーンレイク諏訪」という下水処理施設で、諏訪湖に流れ込んでくる水のサンプルをいただく他に、湖の真ん中、出口近くの船着き場、釜口水門の水を採取し、その水質を比較する、といったことも行っています。
一方で、仁科三湖は市街地ではない、山の中にある湖で、一番北にある青木湖から中綱湖、木崎湖と順に水が流れ込んでくる。そうなるとやはり、出発点に位置する青木湖の水は一番きれいなんですよ。流れ込む川もおそらく一つしかなく、雪融け水などの湧き水で構成されている。それが、中綱湖、木崎湖と下っていくにつれ周囲の環境などの変化もあり、だんだんと水質が変わってくる。その変化が観測していて面白いのではないかと思います。
旅行に向けての準備
―― 現地ならではの楽しみ方、というわけですね。ただそれだけの調査をするとなると、事前の準備も相当大変なのではないかと思いますが。
そうですね。化学ですと現地に行く前に事前に授業の中での実験を通して、水質調査の方法をレクチャーするのですが、スケジュールの都合で夏休み明けの授業2、3回の内にそれを学んでもらわなければならない。そこが大変ですね。
生物ですと、簡易水質検査キットを用いて調査をするのですが、現地に行く前に学校で実際にキットを使って水質の調べ方や、これを使うことでどのようなことがわかるのかを事前に学びます。ちょうど学校にビオトープとコンクリートで囲われた池がありますので、それぞれの場所から水を採取し、水質を調べるという予備実験を行ってから現地に向かいます。
―― 事前にしっかり準備をされるのですね。現地に実験道具を送ったり、湖で乗る船の手配などもしなければならないと思います。
一番大変なのは現地の下見ですね。
最近は行く場所も同じなので、同じ業者さんにお願いすることが多いのですが、それでも現地に下見に行って打ち合わせをするようにしています。生徒の人数に合わせて、船を何艘用意してもらうか、またどのくらいの大きさの船が必要で、何時に手配してもらうか。予定していた時間とずれてしまうこともあるので、そうなった時の対応も含め、事前の打ち合わせは欠かせません。
実験道具については、一学年全員分の道具はないため、同じ道具を別のグループと共有して使わなければなりません。研修旅行は3台のバスに分乗して向かいますが、スケジュールに照らして、「このタイミングで、この場所でこのグループにこの道具が必要になる。だからこの道具はこのバスに載せる」といったことを考える必要があります。そこを間違えてしまうと現場に到着した際、「道具がない!」といった事態になりかねません。そこが一番気を遣う点ですね。
道具もそうですが、生徒へのレクチャーも同じくらい重要です。旅行に行く前、船に乗る生徒たちに、現地で使用する道具を見せて実際に触れてもらうようにしています。また、その時に役割分担も決めておきます。当日はとにかく時間がないので、そうしないと間に合いません。
また実験の前日には各グループのリーダーに道具を渡して「これは明日使う道具だから、現地に着いたらすぐ使える状態にしておいて」と伝えるようにしています。また調査が終わり、使い終わった道具については返してもらった後、元の状態に戻し、次の日に使う生徒に渡さなければいけません。こうした段取りも非常に重要です。
―― 生徒への事前のレクチャーも欠かさない、ということですね。研修旅行は、どのくらいの期間、このスタイルで続けているのでしょうか。
研修旅行自体は、40年以上の歴史があります。最初は日帰りで、秩父で行っていたようですが、それから箱根を経て、慶應義塾の森がある南三陸町で行っていた時期が続いていたんです。しかし、2011年、東日本大震災が発生したこともあって、研修旅行をどうしようか? という話になり、一時期は中止もやむを得ないと思った時もありました。
ですがその時、先生の中から「ここで諦めてはいけない。むしろ地震・津波は日本の宿命だから、研修旅行でもそうしたことを学べるようにしたい」という意見が出て、急遽その年も9月に研修旅行を行うことにしたんです。その時に、地学の宮橋裕司先生が「研修旅行でフォッサマグナを取り扱いたい」とおっしゃられて、そうして選ばれた旅行先が糸魚川でした。
ただ、研修旅行の目的の一つに「物理・生物・化学・地学、はたまた文系・理系の壁を取りはらって、自然科学の原点に戻って、生徒全員で同じ取り組みを行う」というものがありました。そうなると化学・生物にかかわる実験が何か含まれていないといけない。そこで何をするべきか、ということで話し合った結果、選ばれた舞台が諏訪湖、そして仁科三湖でした。本来であれば味噌づくりや養蚕といった、諏訪地域の歴史、諏訪湖の汚染と日本の近代化という深いテーマまで踏み込みたかったのですが、規模が大きすぎるということもあり、今の形に落ち着いています。
―― 研修旅行での生徒のレポートは、どのくらいの分量を書くのでしょう。
決まった枚数はありませんが、一人当たり大体40~50枚書きますね。生徒によっては「こんなことまで調べてくるんだ」と驚くくらいかなり色々なことを調べてくる生徒もいます。
旅行中に皆で完成させた実験のデータをもとに相談しながら、概要を固め、家に帰って仕上げています。
研修旅行から得られるもの
―― 非常に長い歴史があって、今があるというわけですね。前北さん、松井さんは志木高等学校のご出身ですが、学生時代に研修旅行を通して得られたものはありますか?
私の時には研修旅行には箱根に行きました。それ以前に中等部の林間学校で山登りなどは経験していましたが、今度は勉強をしに行くための旅行だと聞いて、驚きました。実際に行ってみると箱根の火山を案内されたのですが、私自身、文系だったため、説明を聞いても何を言っているのかわからない。「これは大変なことになったぞ」というのが第一印象でした(笑)。事後のレポートを書くのも一苦労でした。
ただ、やはり実際に現地に行って、色々なものを感じ取ってくるということは非常に重要だと感じました。教員となった今、それはより強く感じています。旅行先で目にしたものをどう授業に落とし込むか、また逆に授業の内容にいかに研修旅行につないでいくか、といったことは常に考えています。
中学生の頃、京都に行き、事前に調べた神社仏閣を巡り、そこで得た資料などを元に学級新聞を作る、といったことはやっていました。ただ、志木高等学校の研修旅行はそれとはまた違う。あえて言うなら「答えがすぐに見えない旅行」だと思います。私は南三陸に行ったのですが、現地で海藻を採取して、どんな色素が含まれているのか、という実験を行いました。すると実験結果としてどんな色素が含まれているのか、は出てくるのですが、ではなぜその色素が含まれているのか? 場所によって採れる海藻ごとに色素の違いがあるのはなぜなのか? そこまではすぐにわからない。それらは自分で調べながら、答えに迫っていく必要があります。下調べをして現地に行って終わり、というものではない。
それ自体は非常に大変なのですが、今考えるとあれが「研究」だったのかと思います。「何かを調べて終わる」のではなく「現場で得たものをもとに、そこから自分でさらに考えて、答えを出す」そうした経験を高校生の時にできたことは非常に大きかったと思います。理工学部で行う研究の過程を高校のうちに体験できました。
―― 高校生の時にそうした経験を積めるのは、大学以降の勉強にもつながり、とても重要なことですね。ただこれだけの旅行になりますと、理科の先生方だけではなく、別の教科の先生方の協力も不可欠だと思います。
まず、理科の先生方は事前の準備や、現地でも実験の準備などで非常に忙しい。だからそれ以外の部分、例えば引率や、現地での実験以外の部分については他の教科の先生方で行うようにしています。
ただ、私はそれを苦労と思ったことはなくて、むしろ楽しいと思っています。私自身は2年生の旅行は一回しか引率したことがないのですが、旅行のコース自体が糸魚川から諏訪湖と、非常に環境の変化に富んでいるので、それを体験できるだけでも楽しいです。
そうですね。ただ、理科の研修旅行のため、基本的には理科の先生でできることはやれるよう心がけています。どうしても他の教科の先生方に見てもらわなければならない点につきましても、負担ができるだけ少なくなるようにする。そこは大事にしている部分です。
―― 様々な方のご協力があり、研修旅行が成り立っているのですね。本日はどうもありがとうございました。