あじの開き
深澤 寿昭(ふかさわ としあき)
株式会社ふかくら代表取締役・1982工
干物といえば、「あじの開き」が真っ先に浮かぶ。5月頃の九州対馬海域の「あじ」は脂がのって最高である。刺身は勿論のこと、干物にしても格別のものとなる。おいしい干物にするには、一度冷凍して細胞を壊す。そして解凍して、魚を開き塩水に漬け込んだ後、表面の塩分を洗い流して乾燥させる。
開き方には「腹開き」と「背開き」があり、関東では「背開き」関西は「腹開き」といわれていた時期がある。関東は武家文化が残り「腹開き」は切腹を連想するから「背開き」、関西では商人文化の影響で「腹を割って話す」から「腹開き」。しかし現在は、九州では「背開き」が多く、それ以外は「腹開き」が主流のようである。
何故開くか? 乾燥させると表面の水分が飛び旨味が凝縮する。開くことで塩分が均一に浸透し易くなり、旨味成分をより多く引き出すために表面積を大きくさせたいからである。いずれにせよ、古くは縄文時代から続く「あじの開き」を代表とする干物の文化を後世まで伝えられればと、切に願う毎日である。
皆、当たる!
志村 良輔(しむら りょうすけ)
株式会社綱八専務取締役、新宿三田会会員・1989法
週末になると歩道が人でごった返すJR山手線新大久保駅近くに、小さな神社が鎮座しています。その名は『皆中(かいちゅう)稲荷神社』! ご利益に授かろうと受験生や宝くじを買った方々が参拝するのを見かけます。
何故にご利益=開運があるのか? この神社が建立されたのは、天文2(1533)年。当初から開運でその名を知らしめていたわけではないそうです。
江戸時代初期寛永年間に、徳川幕府の「鉄炮組百人隊」が現在の新宿区百人町に駐屯していた時のこと。百人隊の鉄炮組与力は、日々射撃術向上のため、研究と鍛錬に明け暮れていました。
ある日、その与力の夢枕に稲荷の大神様が立たれたので、早速翌朝稲荷神社に参拝し、射撃を試みたところ、百発百中の結果に。
以来射撃のみでなく様々な願いごとをする参詣者がひっきりなしに訪れるようになりました。世間は『皆(みな)中(あたる)の稲荷』と称えるようになり、いつしか『皆中稲荷神社』と言う名で呼ばれるようになったそうです。『皆あたる』で『皆中』とは、よくつけたものです。
結んで開いて
開 一夫(ひらき かずお)
東京大学大学院総合文化研究科教授・1993理工博
AIという言葉を聞かない日がない。世の中、人に聞けない悩み事はなんでもChatGPTに相談するらしい。これを10年前、いや4年前に誰が想像していただろう。第一線で活躍されていた日本のAI研究者も腰を抜かしたに違いない。大規模言語モデルをはじめとするさまざまな技術が結実したわけである。
かくゆう私も35年前まではAI研究の第一線にいた(と思っていた)。その後、紆余曲折あって、現在は赤ちゃんの認知発達を研究している。赤ちゃんを対象とした実証的研究はかれこれ30年近くになる。たくさんの赤ちゃんと向き合ってきた私の唯一の自慢は、これら多数の赤ちゃんにほとんど泣かれなかったことである。
赤ちゃんの心を開く(仲良くなる)にはコツがある。詳細はマル秘だが、大切なことは赤ちゃんにも「個性」があり、「『言語的』コミュニケーション」がとれないことを前提で接することだ。
現在のAIは確かにすごい。だが、AIが赤ちゃんの心を開くには、更なる「人間研究」が必要だろう。
夏の幕開け
川崎 一郎(かわさき いちろう)
九十九里三田会幹事長・1997経
令和8年4月29日、「関東一早い」と言われる九十九里町の海開き式に伺いました。九十九里地域の地域活性化のためにご尽力されている同志の皆さまにもお会いでき、大変有意義なひと時でした。
九十九里浜は、空から見ても美しい弓形の海岸線が北から太東岬まで続いています。源頼朝が一里ごとに矢を立てて距離を測ったところ九十九本であったという伝説に由来し、別名を「矢指ヶ浦(やさしがうら)」とも呼ぶそうです。
式典では「九十九里に伝わる魔除け」「無病息災を願う厳かな獅子舞」「迫力ある和太鼓の演舞」など、地域に息づく伝統文化の力強さを拝見しました。また、潮風に響く和太鼓の音色や勇壮な舞は、海開きの節目を厳かに彩り、地域の誇りと結束を改めて実感しました。
地域に受け継がれてきた文化の重みを胸に刻み、九十九里浜が育んできた自然と伝統を次世代へ引き継ぐ責務を強く感じています。今季も安全で実り多いシーズンとなるよう、心より祈念いたします。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。