夕暮れ時だろうか。薄橙に染まった空の下に、海岸風景が広がっている。前景を占める岩礁は、ごつごつとした岩肌をさらしながら中景から寄せ来る波を待ち受けている。波は時に岩礁へと激しく身を打ち付け、白い水飛沫を宙に散らしている。沖に現れた第二、第三の波は、絶え間ないリズムを刻んでいる。この光景を前に、画家はいったい何を感じていたのだろうか。
髙島野十郎(たかしまやじゅうろう)(1890-1975年)による《海岸風景》(1939年)は、昨年度末に信濃町キャンパスから三田キャンパスに移管された。本作は元来、信濃町の北里記念医学図書館内に飾られていたが、その後は2011年と2015年の2度にわたり展覧会に出品されている。独学で絵画を学び、画壇とも交わらず独特な写実を追求したことで知られる彼の再評価は1980年代を待つことになるが、美術界での評価の有無にかかわらず、本作は学内でその存在を示してきた。
さて、本作の画面へと立ち返ろう。野十郎はとりわけ房総半島の海岸を好んだようであり、おそらく本作も同地に取材したものである。特に目を引くのが、中景の白波や水飛沫の表現である。極めて精緻な筆致による写実的な表現は彼の画風をよく示すものであり、海景に躍動感を与えている。それにもかかわらず、画面全体としては穏やかな印象である。画面を満たす柔らかな橙色の色調は春の陽光を思わせ、躍動感のある波や水飛沫を包み込みながら、全体に穏やかで郷愁を誘う趣をもたらしているのだ。
野十郎が遺した「遺稿ノート」の詩の一節からは、彼が海と亡き母カツを郷愁のうちに重ね合わせていることがうかがえる。
「海は私のお母さん/古郷も今は無き身の海に来て/母にまみゆる母よ我がうみ/思はず 聲の限りに/呼びかけて見ると 必ず/適確な返事をつぶやき返してくれる/巻いて来る白浪の沖から/水平線の彼方から/海は我がはは」
海を前にした野十郎の心の内には、母の存在が深く刻まれていたのではないだろうか。本作は単なる海岸風景に留まらず、彼の母への追慕や故郷への郷愁をも想起させるのである。
(慶應義塾大学アート・センター学芸員補 飯田七星)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。