慶應義塾

座談会:大学の知と志を社会へつなげるスタートアップ

公開日:2026.10.05

登場者プロフィール

  • 川鍋 一朗(かわなべ いちろう)

    日本交通株式会社取締役GO株式会社代表取締役会長経済学部 卒業

    塾員(1993経)。1997年ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA取得。2000年祖父が創業した日本交通入社。05年代表取締役社長。タクシーアプリ運営を行うGO株式会社を創業。

    川鍋 一朗(かわなべ いちろう)

    日本交通株式会社取締役GO株式会社代表取締役会長経済学部 卒業

    塾員(1993経)。1997年ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA取得。2000年祖父が創業した日本交通入社。05年代表取締役社長。タクシーアプリ運営を行うGO株式会社を創業。

  • 須藤 奈応(すどう なお)

    インパクトフロンティアーズディレクター一般社団法人インパクトマネジメント実践機構(AIIM)代表理事法学部 卒業

    塾員(2005政)。大学卒業後東京証券取引所(現日本取引所グループ)入社。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA留学中にインパクト投資に出会う。慶應イノベーション・イニシアティブIMMアドバイザー。

    須藤 奈応(すどう なお)

    インパクトフロンティアーズディレクター一般社団法人インパクトマネジメント実践機構(AIIM)代表理事法学部 卒業

    塾員(2005政)。大学卒業後東京証券取引所(現日本取引所グループ)入社。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA留学中にインパクト投資に出会う。慶應イノベーション・イニシアティブIMMアドバイザー。

  • 長内 あや愛(おさない あやめ)

    フェルメクテス株式会社共同経営者CBO総合政策学部 卒業政策・メディア研究科 卒業

    塾員(2019総・21政メ修)。学生時代に復刻再現料理の「食の會 日本橋」を創業。2022年フェルメクテス株式会社共同経営者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。

    長内 あや愛(おさない あやめ)

    フェルメクテス株式会社共同経営者CBO総合政策学部 卒業政策・メディア研究科 卒業

    塾員(2019総・21政メ修)。学生時代に復刻再現料理の「食の會 日本橋」を創業。2022年フェルメクテス株式会社共同経営者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。

  • 田中 浩也(たなか ひろや)

    環境情報学部 教授

    1998年京都大学総合人間学部卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻修了。博士(工学)。05年よりSFCで教鞭をとる。16年より現職。23年株式会社DigitalArchiを共同創業(取締役CRO)。

    田中 浩也(たなか ひろや)

    環境情報学部 教授

    1998年京都大学総合人間学部卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻修了。博士(工学)。05年よりSFCで教鞭をとる。16年より現職。23年株式会社DigitalArchiを共同創業(取締役CRO)。

  • 斎木 敏治(さいき としはる)(司会)

    常任理事(研究、起業家教育・支援担当)理工学部 教授

    1988年東京大学理学部卒業。93年同大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2009年慶應義塾大学理工学部電気工学科教授。慶應義塾大学イノベーション推進本部統括本部長。

    斎木 敏治(さいき としはる)(司会)

    常任理事(研究、起業家教育・支援担当)理工学部 教授

    1988年東京大学理学部卒業。93年同大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2009年慶應義塾大学理工学部電気工学科教授。慶應義塾大学イノベーション推進本部統括本部長。

研究室で世界観を共有する

斎木

本日は「イノベーションが切りひらく大学の未来」という特集の座談会です。大学の知と志を社会へつなげるものの1つとしてスタートアップ創出のための大学の役割、そしてその支援について皆さまにお話を伺っていきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

「大学の知と志を社会へ」というのは、イノベーション推進本部のミッションでもあります。大学に「知」があるのはもちろん前提ですが、「志」、熱い思いを持ち、周りをどう巻き込んで応援してもらうか。スタートアップはやはりいろいろな形で応援してもらうことが大事かと思います。

大学というのは、少し前までは教育をしっかりやり、よい研究をして、よい論文を出していれば評価されていました。しかし、今はそれだけでは不十分で「社会実装」や「社会課題の解決」という言葉が飛び交うようになり、複雑化する社会課題解決にどう貢献していくかが問われるようになっています。テクノロジーだけでなく、文理融合の総合知が不可欠であり、そこを担えるものこそ大学だという認識になってきたのではないかと思います。その社会実装の手段の1つがスタートアップですが、アイデアだけではなく、エコシステムをいかに循環させていくかということが、重要になっています。

では、最初に「教育・研究の成果を社会へ届ける上で、大学にはどのような役割が求められているのか」をお聞きしていきます。まず田中さんから、ご経験を踏まえていかがでしょうか。

田中

私は日本でおそらくはじめて自宅で3Dプリンタを使い始め、技術の黎明期からその可能性を探索してきた研究者です。そうしたなか、研究室では2010年代に、学生たちが「デジタルモノづくり」系のスタートアップを立ち上げるようになりました。

2012年にWHILL株式会社というパーソナルモビリティの会社を、当時研究員だった杉江理さんが立ち上げたことが着火点となり、起業を志す学生が研究室に集まりはじめました。以後VUILD株式会社(秋吉浩気CEO)、株式会社積彩(大日方伸CEO)、ByteBites株式会社(若杉亮介CEO)等が次々に生まれ、起業した卒業生同士は今もつながっています。そして2023年には私自身も株式会社DigitalArchiを、当時特任教員だった松岡康友さんをCEOとして、共同で起業しました。

SFCでは工学というよりむしろデザインを教えていることもあり、実際にものを作る技術を身につけると同時に、望ましい社会のあり方や、課題解決のために何が必要かという議論を研究室では延々とやっています。志や世界観、何のためにこれをやっているのかという根源の部分を、幾度となく繰り返して夜まで議論し続けることから、熱量が伝わり、起業家たちが多く育ってくれたのではないかと思っています。

斎木

今、「世界観」とおっしゃいましたが、学生にそれを伝えるために、何か工夫はされていますか。

田中

「半学半教」という言葉に表されるように、1つはゼミ、研究室という場で、膝詰めで教員と学生という立場を超え一人の人間として腹の底から想いを話すことにしています。もちろん、その前提として、何を言っても大丈夫だという心理的安全性が担保された空間をつくるように心がけています。

もう1つ、教員との対話だけではなく、教員がいない場での、先輩・後輩や学生同士での話し合いの時間が、実は彼らの志をかなり深いものにしているような気がしています。研究室というのは、教員と学生の関係だけではなく、学生同士、先輩・後輩、あるいはOB・OGも通って来てくれて、多様な人々が、それぞれの想いや志を聞いてもらえ、語り合える「場」であることが大事だと思います。

学生時代に起業をして

斎木

よくわかりました。次に長内さんはまだお若いので、学生に近い視点でぜひお話しいただきたいと思います。学生時代に大学で得たもので言えば、まず何が挙げられますか。

長内

私は食をテーマに、大学の学部と修士課程で文化研究を六年間やりました。日本の食文化が大きく変わった幕末明治時代の開国期にフォーカスし、福澤先生が今日に続く食の洋食化についてどのような貢献をされたかを作る側の視点から研究してきました。

SFC4年の時、それを多くの方にお召し上がりいただきたいと思い「食の會 日本橋」を起業し、日本橋で飲食店の経営やメニュー開発を始めました。

大学院修了後、食糧問題に大変危機感を持ち、新しい食糧を作っていくことに貢献したいと思うようになりました。そこで、文理融合の研究から、山形県鶴岡市の慶應義塾の先端生命科学研究所で、納豆菌の研究者と一緒に「フェルメクテス」という会社をスタートしました。納豆菌をバイオマス発酵させて、粉末にしてタンパク源とするというスタートアップです。

振り返るとSFCは他の学部とはだいぶ雰囲気が違ったのではないかと思っています。慶應義塾の中ではSFCが特に起業をしている人がたくさんいて、社会への大きな志を持って様々な分野を駆け巡り、起業という形で社会へ還元しようとしていくことが求められていると、先生方の話からすごく感じていました。

でも、社会人になり、いろいろな方と出会うと、SFCだけでなく慶應義塾というのは「アントレプレナーシップ」という考え方を持って、自然と先生方や先輩方や学生同士で刺激を受け合う場所だと思うようになりました。学生時代に、このテーマを学問として勉強して終わらせるだけではなく、自分が研究しているもので社会を変えたい、研究成果を社会へ還元したい、という視座の下で学ぶことができたことは非常に大きかったです。そのことが学生時代で終わりではなく、アントレプレナーシップを持って社会へ貢献していくことにつながりました。

斎木

やはりSFCは少し特殊な空間というところはあったかと思いますが、今年から慶應全体で、主に1年生と2年生を対象としたアントレプレナーシップ教育の講義を始めています。長内さんにも講義をしていただきましたが、初回から600~700人も出席者がいてすごかったですね。講義をされて何か感じるものはありますか。

長内

日吉で講義をさせていただいた際、皆さんからの質問が止まらず、眼差しも熱量もすごかったです。これほどの人数が集まり、しかも非常に関心が高い塾生が多いことに驚きました。

ビジネスモデルとしてはまだ粗削りでも、「自分はこの研究をして、こういう会社を作り、社会にこういうことを届けたい」と自由に語れる場は、とても貴重な空間だったと思います。

ロールモデルの大切さ

斎木

では次に川鍋さん。イノベーションという視点で、「こんなマインドセットの人がいてくれたらいいな」ということなどをお願いします。

川鍋

「慶應義塾の目的」が私は大好きなのですが、突き詰めると「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」と、福澤先生が言われた慶應義塾の存在自体、ベンチャーとしてスタートしていると思います。

残念ながら、私の時代はまだSFCはありませんでしたが、石川忠雄元塾長がSFCを作る決断をされたのは、慶應義塾が自己革新をする上で、三田や日吉という歴史と伝統があるところでは、組織自体の自己革新がなかなかできないと考えたからだと聞きました。

そこで、慶應のDNAを持った新しい場を作ろうというのがSFCという大きな仕掛けで、それによって、三田など他キャンパスも刺激を受けて「頑張らなければ」と思ったと。これはすごく大事なことですね。そういった常に新しいものを生み出していく仕組み作りの伝統、しかもそれが、また全学を刺激するというところが慶應義塾の特徴だと思っています。

会社の経営も、その会社本体自体ではなかなか変えられないところがあります。例えば私の家業である日本交通は98年間やってきて、一生懸命変革してはいますが、やはり、その業界の体質や文化といったものがあります。

ですので、私は「GO」の前身のアプリを作る際は日本交通とは別会社にしました。

最初は一緒にやっていたのですが、出社時間から服装からタクシー会社とエンジニアでは何もかも違うのです。朝7時から「朝礼唱和」とやっていたら、集めたエンジニアに逃げられて(笑)。だから別の器をつくり、そこでやるようにしました。とはいえDNAも大事なので、承継すべきものと変えていくものの中間で脱皮していったような経験が自分にもあります。

私はロールモデルがすごく大事だと思います。田中さんがおっしゃった「WHILL」を創業した杉江さんを見て、皆が「あの人がやれるなら俺もやれるじゃん」となる。近いところにそういう人がいると、皆やる気になるのですね。シリコンバレーがまさにそうで、「隣りでハンバーガーを食べてる兄ちゃんが成功している」と聞くと、何かできそうな気がしてくるんです。

私の場合、塾の体育会庭球部のキャプテンだった松岡宏泰さんがロールモデルでした。現在、東宝の社長ですが、大学1年の時、「かっこいい。あの人みたいになりたい」と思って追いかけてきました。

松岡さんから「一朗君、僕は卒業後にビジネススクール行くんだ」と言われたので、「俺もビジネススクールに行こう」と。家業に入ってからは、星野リゾートの星野佳路さんがロールモデルでした。「ホテル運営の達人を目指す」と掲げられていて、だからウチは「タクシー運営の達人を目指す」と。

三田会など、慶應は関係が近しくなる機会も多いですよね。ロールモデルが近くにいるという空気感が、慶應義塾そのものだと思いますし、慶應はアドバンテージがある恵まれた大学だと思います。

斎木

私もロールモデルが重要だと思うのですが、最近の若い方を見て、そういうロールモデルを持っている人はいますか。今の学生はそういう人が少ないと感じているのですが。

川鍋

でも、周りの卒業生とかに刺激を受けて起業するような人は多いと思いますよ。会社の社員にもいると思います。ロールモデルは、自分と属性が近い人を探さないといけないのです。

例えば私は、知的に論理的に構築して物事をつくっていくタイプではなく、どちらかというとパッションで「とにかくやってみようぜ」というタイプです。だから、そういう人が周りにいると刺激を受けます。自分に近いロールモデルを見つけて、その人の真似をしていくところから始まるものだと思います。

インパクト投資という世界

斎木

なるほど。須藤さんはいろいろなイノベーション人材をご覧になっているかと思います。

須藤

私は大学卒業後、東京証券取引所(現日本取引所グループ)に入社し、15年近く、資本市場の運営、証券市場の運営に携わってまいりました。

その間にMBA留学する経験があり、そこで、社会起業家の資金調達に関する問題を初めて知りました。そこからキャリアの転換をし、現在、インパクト投資という社会課題の解決と財務的リターンを並行して追求する投資の専門家として、アメリカの団体に所属しながら働いています。

今、三人の方々からのお話を伺い、納得いったところがありました。私の専門であるインパクト投資は、5年前、10年前は見向きもされませんでした。金融機関からも「何それ?」という感じでした。その後、日本でもインパクト投資の実践が着実に進みました。2年前に日本に帰ってきて、インパクトマネジメントのナレッジビルディングの仕事で母校の慶應義塾とご一緒できたことがすごく嬉しかったのです。

これはなぜだろうと考えていたのですが、今の皆様のお話に出てきた、学生と膝詰めで世界観や志を突き詰めるとか、ただ学問をすることだけで終わらせずに、社会に還元するという校風と、イノベーション推進本部のような大学の方々も揃っているところがあってこそのことだと納得しました。

現在、「イノベラボ」というディープテックの社会実装を支援する実務家向けのプログラムをイノベーション推進本部とご一緒させていただいたり、慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)でアドバイザーをさせていただいていますが、そこでお話をお聞きすると、大学の技術のすごさをどうやって社会へのインパクトに翻訳すればよいか、という課題感を持っている研究者やビジネスモデルなどに詳しい方なども多くいらっしゃいます。こういった方々のアイデアと志が交差する場であってほしいと思っています。

そういう意味では、大学が単にインキュベーション施設を運営して資金を提供するだけではなく、慶應が研究者、実務家、社会にいる起業家を集めて、共通言語を共に学び、仮説検証を一緒にしていけるようなプラットフォームになればよいなと。そういったDNAを埋め込む場のような役割を慶應義塾は担えると思いますし、社会から期待されているのではないかと思います。

起業する「志」

斎木

では、次の話題へ移りたいと思います。社会実装、社会へ還元する方法の1つとして起業がありますが、長内さんが起業をしたきっかけや原動力はどういったものでしたでしょうか。

長内

ロールモデルの大事さにつながりますが、私が育ったSFCでは起業している人が多いので、自分一人ではできないことを、いろいろな方の力や知恵を結集して、起業という形で社会に貢献したいと思っていました。慶應義塾にいると、起業というハードルがいい意味で低いといいますか、皆がチャレンジしているから自分もチャレンジしてみようと思うところがあります。

私は自分がやりたいことをやるために、どこかに就職するのではなく、自分の仕事を自分でつくっていきたいと、生意気にも思っていました。本当は、きちんとビジネスのことも考えて起業すべきなのでしょうけれど、自分が社会へ貢献する1つの形、自分が自分であることを証明するためにこういうことをやっていきたいのだ、という明確な意思表明をしたくて早くに起業をしました。

やり始めると、飲食系の事業なのにお店を借りて3カ月でコロナ禍になり、営業ができなくなるなど様々なことがあり、その都度、いろいろな先輩方にお話を伺い助けてもらいました。

私の最初の起業は一人起業だったのでスタートアップではなく創業でした。自己資本で、銀行から東京都の制度を利用して500万円を借りて、自分の生活費だけ稼げればいいと考えていました。当時は創業とスタートアップの違いもあまりわかっていませんでした。

でも、1社目を起業して4年目、大学院を修了した時、自分が解決していきたい社会課題が日本の食糧事情であり、世界の気候変動による食糧難を解決する課題だと気付き、どうにかしたいと思ったのですが、あまりに壮大で自分一人ではできないと思いました。

私は文系なのでバイオの研究のことは全くわかりません。困っていたらSFCの恩師である冨田勝先生が納豆菌の研究者につないでくれました。現在、代表である大橋とともに、そこで複数人とチームを組むことになり、初めて大きな課題解決のためのスタートアップというものがあるのだとわかりました。そうして、趣旨に賛同してくださる方に出資いただいたり、イノベーション推進本部の皆さんにも大変お世話になりながら、今頑張っています。

起業というものが選択肢の1つとしてすぐに浮かんでくるのは、かなり特異だとは思うのですが、慶應の学びの中では、自分が研究したり、学生のうちに関わってきたことと、ビジネスや社会との距離が近いのだと思います。

斎木

長内さんの場合、「志」がまずあって、どういう「知」を使ってそれを解いていくかという順番であったということでしょうか。

長内

そうですね。当時は言語化もあまりせずに熱量だけでやってきました。起業という選択肢でがむしゃらにやる中で、社会との接点が見えてきたという感じです。

「業界全体」という視点

斎木

田中さんにも起業しようとしたきっかけについて、あらためてお伺いします。

田中

株式会社DigitalArchiは実は私が言い出したのではないのです。

もともと、あるゼネコンと建築向け3Dプリンタを共同開発していました。その時のゼネコンの担当者が松岡さんで、一緒に研究したのです。当時、私は共同研究の成果をそのゼネコンが直接活用するのだろうと思っていたのですが、「これは1つのゼネコンだけで独占してはいけない技術なのではないか。建築業界全体の課題を解決できるポテンシャルがある」と松岡さんが言い始めたんですね。

DigitalArchiは、3Dプリンタを用いて建築施工で使われる型枠を生産する会社です。型枠の原料にはリサイクルしたプラスチックを使っています。今、建築現場では、型枠職人の減少や高齢化、資材輸入など、様々な課題が山積しています。これらは一社のみならず建築業界全体に共通する課題なので、それを根本から解決したいという想いから、スピンアウトして起業という道を選んだのでした。

その際、イノベーション推進本部にお世話になり、EIR制度(客員起業家制度)も初めて使わせていただきました。また、出資や投資に長けた担当の方や、大学の研究室だけでは知り合えないような様々な人材と出会う場も作っていただきました。

そうして主要役員メンバーが構成されていくなか、私はCRO(チーフ・リサーチ・オフィサー)という形で参画しています。起業したからといって研究がそこで終わるわけではなく、むしろ技術が現場で揉まれる中でたくさんの新しい研究テーマが出てくる。それを回収して、研究としても深め、事業と研究の好循環を構築したいと思っての判断でした。

斎木

須藤さん、今、田中さんがおっしゃったような「業界全体」というお考えを聞かれてどう思われますか。また、社会へのインパクトを考える時に、最初からインパクトをしっかり考えて始めるべきなのでしょうか。

須藤

「起業」という言葉にはいろいろな形があるかと思います。ユニコーンを目指すような企業もあれば、地域課題に根ざした事業をするところもあり、また、研究成果を社会実装する企業もあります。

お二人からもありましたが、起業はあくまでも手段で、重要なのは業界の課題、あるいはもっと壮大な社会課題を解決したいという、明確な意図があるということが根底にあるのではないかと考えています。

インパクト投資では、明確な課題意識、これは「意図(インテンショナリティー)」という言葉で表されますが、この「意図」と、徹底した受益者視点が非常に重要です。この受益者視点というのは顧客だけではなく、業界全体、あるいはこのイニシアティブの効果を経験する全ての方々を受益者と呼んでいます。

投資家が儲かるかどうかでも、あるいは単にお金を払って顧客に及ぼすベネフィットがあるかということだけでもありません。例えば医療のディープテックでは、最終的に「その病気で苦しんでいる受益者の生活がどう変わるか」という起点が非常に重要になっています。

そういう意味では、田中さんと長内さんのお話や、「GO」もそうかと思いますが、インテンショナリティーが非常に強いと感じました。

存続責任を背負って

川鍋

やりたいことを使命感をもってやるということですよね。

私の場合、もう小さい頃から、祖父に「お前が3代目だ」とずっと言われていたので、自分の生きるミッションがほぼ「日本交通の経営」みたいな意識になっていました。

一方アプリの「GO」は、これはやらなければいけないというか、自分が一番やるべきポジションにいるし、タクシー業界のみならず移動の未来、公共交通の未来がここにあると感じたのです。これは日本交通タクシーのためだけではなく、その先に続く自分の使命であると。「モビリティ(移動)で人を幸せに」と言っていますが、須藤さんがおっしゃった通り、「全方よし」というバリューを掲げ、投資家よしでもなく、社員よしでもなく、ましてや経営者よしでもない。あらゆるステークホルダーにきちんと目配りをして進んでいかないといけない。

やはり公共交通は「百年続く」ことが前提なのです。それだけの存続責任を持ってやるとしたら、スタートアップだからといって急成長だけして、その後ポシャっていいわけではないのです。

そのような使命を帯びて、結果として起業のような社内ベンチャーみたいな形で「GO」はスタートしましたが、形は別に大きかろうが、小さかろうが、それがインパクトスタートアップとして社会課題に対応し、利益の100%をその企業の未来に再投資し続けている限り、それはイコール社会的投資なわけです。企業も本来そうあるべきで、あまりそこに境はない。

ただ、インパクトスタートアップやNPOの場合、どうしても構造的に事業として成り立ちやすい分野と、そうではない分野があると思います。例えば、社会福祉の分野というのは経済合理性が成り立ちにくい分野で、ビジネスでやるとなると補助金を得てやるといった方向性です。ただ、ここにはグラデーションもありますから、ビジネスとして成り立つものに関してはきちんと回していくことが重要です。

また社会貢献につなげたいなという思いから、今、若い起業家から一生懸命「出資してください」と言われ、出資を少ししています。しかし、そういう寄付や投資も、自分のやりたい方向性や自分が好きなものではないものにはだんだん興味が薄れてきてしまうのですね。やはりサステナブルに動き続けられるのは、自分が関心を持っていることなのかなと思います。

経営も同じで、ずっと同じ会社で、同じことをやっていると飽きてくるのです。でも、それは必ずしも悪いことではなく、飽きているからもう少し自分のビジネス上で、別の角度で何か新しいことをやったりするのですね。

私も、自分が飽きずにやり続けられるように、多少ですが寄付者、支援者という立ち位置に自分のやり方で、自分の貢献できることを、今見つけている最中です。

ロードマップの重要性

斎木

それぞれ非常に高い志のお話を伺いましたが、そういったスタートアップに対して、実際のところどういう支援が必要で効果的なのかについて伺いたいと思います。

田中さん、「慶應スタートアップインキュベーションプログラム(KSIP)」の伴走支援を受けられたとのことですが、どういったところが一番有り難かったとお感じでしょうか。

田中

サポートがパッケージになっており、EIR候補をご紹介いただいて創業役員の一人を発掘していただいたり、10年間の会社のロードマップを描くプログラムに代表が参加したりしました。また公認会計士三田会の方に法人設立の支援をしていただいたり、日本政策金融公庫の融資の相談など、私たちがどこから手を付けていいのかわからないことをすべて導いていただきました。

窓口がワンストップで、足りない部分を基本的にサポートしていただいたので、会社の立ち上げがスムーズにでき、とても有り難かったです。会社の設立準備がちょうどコロナの時期で、非常に動きにくかったので、最も大変な最初の立ち上げという部分を重点支援していただいたことに感謝しています。

斎木

その一方で、「こういうのもあったらよかったのに」というものは何かありますか。

田中

スタートアップは、やってみないとわからない未知の部分を抱えた状態で立ち上がるものなので、「これがあればよかった」というものは特にはないと思います。創業から3年経ってよかったと思うことは、10年間のロードマップを持っていることが大事なのではないかということです。これがないと結構難しい局面があるということを最近になって知りました。

川鍋

そのロードマップにはどんなことが書いてあるのですか。売上目標、利益目標、社員数とかですか。

田中

概ねそうですね。KPI(重要業績評価指標)は、途中で変わっていくことはもちろんありますが、新しい社員が増え、どんどん拡大していく時、社長や中心メンバーが、この会社はどこから始まり、最終的にどこに行きたいのかという道筋を明示してあるものが手元にあることが大事であると、最近学びました。これを最初に準備させていただいたのはすごく大事だったとあらためて思います。

ディープテック・スタートアップの難しさ

斎木

よくわかりました。長内さんはご自身の経験からいかがでしょうか。

長内

私たちはいわゆるディープテック・スタートアップと言われるような分野になります。その中で、有り難かった支援は、やはり人の循環に尽きると思います。

鶴岡の先端生命科学研究所では、今10社ほどのスタートアップが立ち上がっていますが、皆大学発、研究所発のスタートアップなので、すべてがディープテックで皆研究者なので、ぶつかる壁が一緒なのですね。

工場建設だとか、会社の経営を回すのが難しいとか、ディープテックでよくある話なのですが、研究室が隣だったり、ゼミの先生が一緒だったりすると、ざっくばらんに相談できます。

先輩の会社が上手くいっていると聞き、「こういう人を私たちは探しているんだけど」と言うと、紹介してくださったり、同じ共通言語で話ができ、助け合えることは非常に有り難いと思っています。

大学発のスタートアップは、起業して困ったりした時に、同じゼミの先輩を頼れるとか、悩みを共有し合えるような人の循環があるのが、とにかく有り難い環境だなと思います。そういうところに支援の力を入れていただいているところが有り難く、慶應義塾だからこその先輩に相談できるつながりがあるのも特有のものかと思います。

大学発スタートアップというのは、何かを作って売ることより、何らかのイノベーションを起こす種が先にあるものだと思うのです。すると、単なるビジネスモデルではなく、そこから価値を明確化して「社会実装し切る」ことが重要になってきて、ビジネスサイドの人材が足りなくなる。うちはまさに今そこに直面しているところです。

そういう革新的な発明・イノベーションの種を社会実装し切るために、大学発だからこそある技術のわかりにくさや複雑性みたいなものをわかりやすく説明し、社会に提供していく機能があれば、今後いいなと思いますし、ぜひご支援をお願いしたいところです。

インパクトマネジメントとは

斎木

やはり共通言語と、それを社会に対して翻訳できる人が必要だということですね。須藤さん、インパクトを正しく評価するということ自体、ものすごく支援になるのかなと思うのですが、一方で評価というのはとても難しいですよね。

須藤

インパクト投資の世界では、通常の事業性の評価に加えてインパクトの評価というものが行われます。インパクトの評価は、投資家が儲かるかどうかを問うているわけではなく、本当に社会課題や環境的課題を解決しているのか、その目標は何なのか、そしてそのPDCAを回す、ということで「インパクトマネジメント」という言葉で表されています。

誤解されがちなのですが、社会にどれだけよいことをしたかを、単にKPIを置いて採点するものではありません。事業構想の段階から、「誰の、どんな課題を、どういう状態にしたら解決したと言えるのか」というロジックを組み立てて、実行、検証、改善をし、サイクルを回すための思考です。

先ほどお話があったロードマップで、インパクトの社会課題解決や環境的課題解決を目指す起業家にとってのロードマップを描く時に、このアプローチも使われますし、投資家サイドからデューデリジェンスをする時にこういった評価手法が使われています。

それが基本的なインパクトマネジメントの考え方ですが、これを実際に起業家、投資家の皆さんに使っていただくと、実はただのインパクト評価だけでなく、実際に社会的な価値を事業の競争力に換えるところに役に立つとおっしゃいます。

事業を通じて解決したい課題の解像度が上がったり、説明がしやすくなるという方もいらっしゃいますし、あるいは社内の共通言語ができたので人材獲得にも役に立つとおっしゃる方もいます。

社会的価値というのが事業のおまけではなく、事業成長のコアになると、インパクト評価というのはその翻訳というところに役に立つ、社会実装を加速させるためのカギになっていくのではないかと考えています。

ビジネスサイドからの視点

川鍋

やはり大学発スタートアップというのは何か素晴らしいシーズがあって、それを元にビジネスをしようという話だと思うのです。しかし、ビジネスというのは本来考え方が逆なのですね。何か社会のニーズがあって、それを何で解こうかといろいろ探す。言わばマーケットインなわけですが、大学発スタートアップは、どちらかというとプロダクトアウトなのです。

だから、必然的に技術はあって、ネタはあるのだけれど、売り方がわからない、売上が立たないというのが、常に最大の課題になるのです。ということは、やはり初期の段階からいかに社会実装できるようにするか。結局、売上を生まないと成り立たない。

だから、支援者がやるべきは、売り先の開拓であり、例えば納豆菌だったら、その納豆菌を本当にプロダクトとして買ってくれる人を徹底的に探すことです。それこそ営業ですよね。

研究者の方というのは、恐らく営業などの分野からちょっと遠くにいるはずなので、私がベンチャーを支援する時、必ずすることは、ひたすら売上、法人営業なのです。ここならいけそうだというところ3社ぐらいには一緒に行って回るようにしています。3社ぐらい行くと当たりがつく、もしくは次の道が見えてくるのですね。

突き詰めると、人材もお金も、最終的にそれが自走していくためには、誰が買ってくれるかです。格好いい言葉とかではなく、普通の市井の人たちまでつなげていかないと、やはりビジネスとしては回っていかない。

慶應はビジネスをやっている人が恐らく日本の大学で一番いるので、「今、KIIでやっているこのプロダクト、誰か買ってください」とOBの全社に回すと、関心を持つところが1社ぐらいあると思いますよ。

そこは営業という、絶対避けては通れないところがあるので、そこをヘルプしてあげることが一番よいと思っています。

長内

今のお話は、まさに一番困っているところです。大学発の革新的なスタートアップには、「研究しているものをお金儲けに使うなんて邪道だ」という雰囲気というのも、まだあるように感じるのです。

ただ、革新的な研究をしっかりと社会に届けて回していくために、そのビジネスモデルを作ることができる人が、大学発スタートアップのどの段階でアサインされ、もしくは自分がジョインするようなところが、自戒も含めて、もう少し大学発スタートアップ全体で勉強すべきと思っています。

研究者は自分の研究の価値はわかっている。でも、それをビジネスモデルにして社会実装し切ることのできる人が誰かもわからないし、そういうつながりもないし、もしかするとやってはいけないような気もするところもあります。

まさにそういった部分を翻訳し、イノベーションを実装し、研究を社会還元するためにビジネスモデルを作ることをチームで取り組んでいきましょう、ということを、明確に、大学側からアプローチしていただければ有り難いなと思っています。

ますます必要とされるサイエンス

田中

ところで、2020年代に入ってコロナが明けてから、若い学生が最近やっていることを見ると、全般的に「見えないもの」への関心が増えてきているように感じます。幸福やウェルビーイング、民主主義、微生物、脳科学などです。

見えないものからアプローチして、今までの社会の常識を問い直し、これまでとは別の社会のありかたを提案するような挑戦が、最近すごく増えているように思います。

その場合、起業と並行して、「見えないもの」をきちんとサイエンスとして扱って分析して論文を書き、確固たる知的基盤を築くことが、大事になってきます。

ディープテックという言葉がありますが、ディープになっているのは必ずしもテクノロジーだけではなく、より根深い社会問題やイシュー、簡単には解けないような複雑な人類全体の問題のほうにいかざるを得ない時代背景があると思います。

そのディープな問題にチャレンジすればするほど、深いサイエンス、学問的基盤が必要とされるという構造があるように思います。論文も今はオープンアクセスなので、ちゃんと信頼されるものを書いておくことで、自分たちが目指している世界観や既存の常識への挑戦を科学の言語で記述しておくことができ、有益です。

サイエンスなので、嘘がつけないのは言うまでもありません。ただ、自分たちの挑戦していることは突拍子もないように見えるかもしれないけれど、きちんと科学的な根拠があるのだということを説明したいというのが最近の感覚だと思うのです。納豆菌の研究も、そうなのではないかなと思うのです。

長内

そうですね。

田中

論文を書いて研究をするか、スタートアップで事業をするかというのが二項対立ではなくなってきているように感じています。それどころかスタートアップで社会に挑戦する時こそ、きちんと論文を書くということがすごく大事になってきている。

このことを、近年SFCから起業した栗本拓幸さん(株式会社Liquitous)や、伊藤光平さん(株式会社BIOTA)が、春学期のゲスト講義の中で、同じようにおっしゃっていました。

これが、「学問の社会実装」と「起業家・実業家の創生」という、慶應の社会貢献の2つの柱につながっているような気がします。

長内

まさにうちも社会実装するために論文を書かなければと痛感しているところです。

頻度の高い情報発信を

斎木

とても面白い、それは新しい流れですね。お金儲けは、それも含めて教育だと僕は思っていて、堂々とやるべきことだと思います。お金を儲けなければサステナブルになりませんし、循環もしないわけですから。

サステナブルということで、お金の話も少し含めて、企業や卒業生に、どのように応援してもらうか。先ほど川鍋さんから「支援者」という言葉をいただいていますが、企業がスタートアップを支援する、その価値についてお話しいただけますか。

川鍋

企業が普通にビジネスとして出資することは、王道としてもちろんあります。また、個人として社会の役に立つと思える分野であればエンジェルとして出資したり、もしくは、「出資してください」と請われ、その人の熱量に押し倒されるケースもあります。

でも、スタート地点としては、何らかの接点がないと始まらないのです。だからいろいろなマッチングの会があるわけですね。私はよくICC(Industry Co-Creation)というインターネット系のカンファレンスに行きますが、そこで、「出資してください」「寄付してください」と声がかかる。あまりそれを言わない人もいるのですが、でもそこは恐れずに言わないと話が始まらない。

私も経験して大事なことだとわかってきたのが、常に何らかの情報を発信している人をやはり応援したくなるものです。例えば、フェイスブックのメッセンジャーやLINEグループで、まめに「今、こういうことをやっています」「こういう売り先ないですか」と自分たちの課題をしょっちゅう投げてくる人たちがいる。

それを見ていると、「あ、こういうところなら知っているよ」と反応しやすいんですよね。「何かしてください」と言われても、何をしていいかわからない。「何をしてほしいか」のウィッシュリストを定期的に流し続けると、マインドがそちらに向くじゃないですか。

世の中、皆忙しいので、リマインダー機能みたいなものを上手に作るのはすごく大事だと思うのです。

斎木

田中さんいかがでしょうか。

田中

起業支援については、イノベーション推進本部にパッケージ化していただいているのですが、やはり会社を作ると、その後もずっと悩みは尽きないですよね。

WHILLの杉江さんがときどき「社長会」というのをやってくれています。社長同士でしか話せないことが本当にあって、そういうネットワークは、すごくいいなと思いますね。

会社も、フェーズが進み拡大するにつれて、抱える課題が変化していきますが、同じ研究室の卒業生の中であれば信頼を担保して相談できます。起業したあとの長い長い道のりと、そこに待ち受ける課題の山を、一緒に乗り越えていくための仲間コミュニティみたいなものも、すごく重要だと思います。そこにも先輩後輩関係があります。

斎木

そうですね。境遇の近い人同士、例えば卒業生からの応援メッセージといったものも力になるのかなと思います。一方で川鍋さんがおっしゃるように情報発信しないと、応援する側も応援のしようがないわけですね。

川鍋

そうですね。マスに対するものもそうですが、もう少し近しい10人に十分に説明するみたいなところが必要だと思うのです。

私自身、特に「GO」を始めてからのロールモデルは、同級生の寺田航平君です。彼が家業として寺田倉庫を引き継ぎつつ、ビットアイルというデータセンタービジネスを自分で起業し、大きく育て、それをエクイニクスという世界最大のデータセンターにバイアウトしている。だから、家業についてもベンチャーについても、両方、ものすごく詳しい。

私は生粋のベンチャーでもなく、家業跡継ぎ系ベンチャーみたいなものなので、周りに似たような境遇が彼ぐらいしかいないのです。だから彼のアドバイスがものすごく身に染みるのです。

あと、慶應は基本的に、多分日本の大学の中で一番寄付をしっかり集めている三田会という素晴らしい組織がありますからね。

大学発であることのつながり

斎木

長内さんも今までいろいろな形で応援を受けてきたと思いますが、特に力になったものは何でしょうか。

長内

ベンチャー三田会の先輩方にも、挑戦し始めた時には本当に親身になって相談に乗っていただき、アドバイスをいただきました。それは本当に感謝してもしきれないですし、それを下の世代後輩につなげなければという使命感をずっと持っています。

私は、大学の学部時代は鈴木寛先生のゼミに6年間いて、1社目をその時に創業しているのですが、定期的に先生に「先生、今こんな状況で頑張っています」と発信し続けています。すると先生も覚えてくださって、いろいろな方をつなげていただいたり、ご紹介いただいたりしています。

さらに先ほど申し上げた冨田勝先生が、「今度納豆菌のプロジェクトを始めて、食べ物でスタートアップやるから、一緒にやりましょう」と言っていただきました。それが鶴岡に行くきっかけになり、それでフェルメクテスの創業の時に、今の代表と出会うことができた。そのように、私にとっては大学のゼミや学部時代の先生から非常にいろいろな機会をいただくことができました。

やはり大学発スタートアップをやっている身としては、大学と近く先生方にずっと相談させていただいていけるということが、本当に心の支えになりますし、ゼミの卒業生の方々から応援していただけることは、これ以上ないご支援だと思っています。自分もそれを後輩につなげたいと思っています。

目指すものを明確に伝えること

斎木

須藤さん、エコシステムの中で支援者が果たす役割に支えられる部分は大きいと思います。支援をしてもらう立場の人からすると、どういう努力をして支援を得るべきか、サジェスチョンがありましたらお願いします。

須藤

3つあるかなと思っています。

まず1つは、支援を受けるに当たっては目指したい世界や社会が何なのかを言語化することだと思います。周りの支援者からすると、その地図を見て一緒に山を登れるかどうかが大きいと思うのですね。ですので、その目指す山がどういうものなのか、それに至るまでにどのようなマイルストーンがあるのかという解像度を、まずは上げておくことだと思います。

2つ目は、周りの人たちは皆、課題解決を目指すパートナーであると位置づけることだと思います。技術者しかり、研究者しかり、大学の先生しかり、あるいはアントレプレナーしかりだと思いますが、皆、課題解決を目指す人たちであり、その方々全員が仲間であるということです。

私はどの組織にいても慶應の先輩がいらっしゃいましたが、皆さんどんな立場でも、「取りあえずやってみたら」とおっしゃる。それはすごく大事な学校のカルチャーだと思いますし、卒業してからもその考え方はずっと受け継がれているのだろうと思います。

3つ目は、慶應に対する提案でもあるのですが、インパクト投資の世界で今、特に日本でホットな議論として、各投資家あるいは事業会社、スタートアップが環境的課題、社会的課題の解決を個別にやることはもちろん大切ですが、構造そのものを変革する必要があるのではないかと言われています。

「システムチェンジ」という言葉で表したりしますが、構造そのものを変える必要がある時、当然、少人数で議論するのではなく様々な立場の方が集まって、エコシステム全体として議論をこれからしていかなければいけないと思います。

ですので、卒業生や学生がどんな社会を目指すのか、どういう構造変革をしなければならないのか、という問いに真摯に向き合う場を慶應義塾が提供できると、非常に役立つと思います。その中で、それぞれがビジネスとしてできること、あるいは寄付者としてできること、非営利法人として、政府としてできること、様々なステークホルダーがいるわけですので、そこで自分ができることを見つけて、次の活動につなげられるといいなと思います。

「慶應らしさ」を胸に課題解決へ

斎木

深いですね。我々も非常に大きな宿題をいただきました。

最後に、「慶應らしさ」ということについて是非一言お願いしたいと思います。川鍋さんからいかがでしょう。

川鍋

最初に戻りますが、私は「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」を目指して、自分に与えられた「移動(モビリティ)」という領域の中で、自分もそういう先導者になりたいと思い日々頑張っています。

慶應らしさというのは、やはり私はロールモデルの多さだと思っています。手の届くところに、自分と似た境遇、自分と似た特質を持った人がたくさんいるので、心の支えになります。そこが、慶應の実利的な部分ではないかと思いますね。

田中

「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」が、私も好きなのです。望ましい社会に向けて、私は今その途上にいるのだという感覚を共有しているというのは、実は他の大学にはあまりない感覚だと思います。

慶應に長くいるとだんだん慣れてきてしまいますが、やはり皆が望ましい社会のあり方を心に抱き、それをそれぞれが原動力にしながら日々ポジティブに活動しているのは固有の感覚だと思います。

またそれぞれ個を磨くと同時に、「遠くに行くためには一人ではなくて皆でやる」という感覚が必要で、それは様々な立場の人と、深いコミュニケーションをする力や他者理解、共創の力につながってきます。明るく周囲を巻き込んで何かを進めていくことが肯定的に捉えられることが、慶應の素晴らしい部分だなと思います。

長内

やはり実学と人間交際なのだろうなと思っています。答えのないような課題や、より豊かに暮らすために必要なものといったことに立ち向かっていくような、いわゆるアントレプレナーシップと言われるものが重厚にあるのだと思います。

福澤先生の食文化研究を私はずっとやっていますが、一人一人のお膳で食べていた江戸時代から、人間交際の中で大皿を囲んで、腹を割って話をするところから議論が発展していく近代社会へ進むという福澤先生の意志が今も紡がれているのだと思います。私たちは大学発の食のスタートアップとして、しっかりと使命感を持ってやっていきたいと思っています。

須藤

やはり社中協力だと思います。社会での成果に向けて知識と実践が循環するということ、それがさらに教育へも還元されて、次世代を育てるためのパッケージが提供される、そのエコシステムづくりは慶應の非常に得意な分野だと思いますし、今後も続けていってほしいと思います。

あと、自分への戒めの言葉として最近思っているのは、見識は高く持つけれど、足元を固めてちゃんと実行するということです。結局、実践を積み重ねないと改善すべき点が見えてきません。ただ議論するだけではなく、それに基づいて次のアクションに移していく。心理的安全性をもって、先輩や後輩たちから応援されながらやっていくという精神が、慶應らしさかなと思います。

斎木

最後に上手に皆さんに締めくくっていただきました。イノベーションを生むのも「人」、その未来を喜ぶのも「人」、そして、背中を押すのも「人」。すべては人の熱意から始まるということですね。

今日の議論を糧にして慶應のイノベーション推進本部も努力を続けていきたいと思います。皆さま、遅くまで有り難うございました。

(2026年8月27日、オンラインにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。