慶應義塾

大豆の力

登場者プロフィール

  • 大橋 由明(おおはし よしあき)

    フェルメクテス株式会社代表取締役社長

    立教大学大学院理学研究科化学専攻にて納豆菌遺伝学を研究。2021年慶應義塾大学先端生命科学研究所発のベンチャー企業を立ち上げ、新食材の開発に従事。

    大橋 由明(おおはし よしあき)

    フェルメクテス株式会社代表取締役社長

    立教大学大学院理学研究科化学専攻にて納豆菌遺伝学を研究。2021年慶應義塾大学先端生命科学研究所発のベンチャー企業を立ち上げ、新食材の開発に従事。

  • 植田 滋(うえだ しげる)

    その他 : さとの雪食品代表取締役社長その他 : 四国化工機代表取締役社長商学部 卒業

    1982年慶應義塾大学商学部卒業。豆腐をはじめとする大豆加工食品の製造に従事。より美味しく、安全な大豆加工食品の可能性を探究。

    植田 滋(うえだ しげる)

    その他 : さとの雪食品代表取締役社長その他 : 四国化工機代表取締役社長商学部 卒業

    1982年慶應義塾大学商学部卒業。豆腐をはじめとする大豆加工食品の製造に従事。より美味しく、安全な大豆加工食品の可能性を探究。

  • 池上 紗織(いけがみ さおり)

    その他 : 一般社団法人日本ソイフードマイスター協会代表理事その他 : ソイフード研究家文学部 卒業

    2003年慶應義塾大学文学部卒業。2014年日本ソイフードマイスター協会を設立、大豆料理の研究・開発・普及等を行う。

    池上 紗織(いけがみ さおり)

    その他 : 一般社団法人日本ソイフードマイスター協会代表理事その他 : ソイフード研究家文学部 卒業

    2003年慶應義塾大学文学部卒業。2014年日本ソイフードマイスター協会を設立、大豆料理の研究・開発・普及等を行う。

2025/03/24

食材としてのソイフードの面白さ

池上

2011、2年ごろ、台湾精進料理を食べる機会があり、そこで初めて大豆ミートという食材に出合いました。私がソイフードに目覚めるきっかけとなった出来事ですが、今や大豆ミートはスーパーマーケットに並ぶまでになりました。

当時はベジタリアン向けの食材店でしか取り扱いがなかったのですが、私にとっては、初めて食べた時から「これはくるぞ」という直観がありました。

大橋

大豆ミートに何か新しい可能性を感じたのですね。

池上

そうです。私はもともと料理が好きで、豆腐を使った身体に良いアレンジレシピを考案したりしていました。ただ、大豆ミートはそれよりも食材として面白いなというところから関心を持ち始めました。

どういうことかと言うと、調理の仕方によって「どうすれば美味しく食べられるだろう」と考えさせられる気の抜けない存在だからです。

私はベジタリアンではありませんが、大豆ミートと出合い、一生懸命研究しました。というのも、体調がとても良くなっていることに気付いたからです。肌荒れや便秘がなくなり、花粉症の症状もだいぶ改善しました。「これはひょっとすると大豆の力かもしれない」と可能性を感じたのです。

次第にソイフード(大豆を使った料理や食料品)の虜になりました。日本人にとって大豆は身近でなんとなく身体にいいと思っている方は多いと思います。私もその1人でした。

栄養のことなどを学ぶうちに「こんなに素晴らしい食材を広めないのはもったいない」という思いから日本ソイフードマイスター協会という団体を立ち上げ、現在は日々、ソイフードの普及活動に取り組んでいます。「ソイフード」を検索しても何もヒットしなかった時代から、今では普通に通じるようになったことにとても手応えを感じています。

また、大豆と言うと、「だから和食は優れている」とステロタイプのように捉えられることが多くありました。大豆食品と言えば和食、と代名詞のように言われることが多かったのです。そこで、いろいろな種類の食事をとることが当たり前になっている現代の食文化の中で、大豆を和食に閉じ込めておくのはもったいないと思い、私たちは大豆を使った料理を総称してあえて片仮名で「ソイフード」と呼んでいます。

これまでにも、レシピ開発を含め、いろいろな情報を発信したり、講座を開いたりしてきました。最近は、食品メーカーとコラボレーションし、商品開発も行っています。

機械メーカーから豆腐メーカーへ

植田

私は機械メーカーの四国化工機と、その子会社で豆腐製造・販売を手掛けるさとの雪食品という2つの会社で社長を務めています。四国化工機はおもに牛乳やヨーグルトといった乳製品を紙やプラスチックの容器に充填する機械を作っています。その会社がなぜ豆腐を作り始めたかと言うと、50年ほど前に、先代が豆腐を充填する機械を作ったことに遡ります。当時の豆腐業界はまだ手作りの豆腐店が主流で、発展途上にあったことから、この機械を使って豆腐業界の近代化を進めようと一念発起し、さとの雪食品を立ち上げることになりました。

大橋

素朴な疑問ですが、豆腐の製造を始めたことで機械の納品先である乳製品メーカーの不興を買うことはなかったのですか?

植田

豆腐のメーカーは一見乳業メーカーと近いようですが、作っているものは違うんです。ですので、四国化工機の発注企業とは競合せずに済みました。牛乳と豆乳は組成が近いのですが、商品としては別の物なのでいくら作っても乳業メーカーからは怒られません。

それ以来、四国化工機ではBtoBを、さとの雪食品ではBtoCのビジネスをやっています。片方では企業と数億円単位で大型機械の取引きをしながら、もう片方では量販店と50銭単位で売値を交渉しているのが当社グループの特徴です(笑)。

食べられる納豆菌とは

大橋

私は中学から大学院まで立教で学んだのですが、大学では理学部化学科に進み、大学院では納豆菌の遺伝学を専攻していました。学位を取得した後、農水省の食品総合研究所で枯草菌の研究を行っていました。納豆菌とは枯草菌の一種です。

その後、慶應が2001年に、山形県鶴岡市に先端生命科学研究所を開設する際に呼んでもらい、それ以来鶴岡で研究活動を続けています。先端生命科学研究所からはこれまでに8社のベンチャー企業が誕生しており、私が代表を務めるフェルメクテス株式会社は2021年に立ち上がった8番目の会社です。

フェルメクテスでは"食べられる納豆菌"の研究・開発を行っています。SDGsという言葉が広まり、私自身、専門である微生物を生かしながら新しい事業を作れないかと考えていました。納豆菌とは、いわばタンパク質のかたまりなので、菌そのものを食べるというのはどこの研究機関もやっていませんでした。そうした中で、先端生命科学研究所の冨田勝所長(当時)に相談したところ、「面白いからやろう」と言っていただき、ベンチャーで研究開発を始めることになりました。

私はそれまで17年ほどヒューマン・メタボローム・テクノロジーズという、やはり研究所内で立ち上がったベンチャー企業にいたのですが、フェルメクテスを立ち上げるに際してこの会社からも出資してもらうことができました。

池上

大橋さんはもともと納豆を研究されていたわけではないのですか?

大橋

はい、あくまで納豆菌の研究者であって納豆の研究者ではないんです。ですので、大豆愛というよりも、大豆を愛している納豆菌を愛しているというのが正確なところです(笑)。

おからの力

植田

さとの雪食品で18年ほど前に、ニワトリの飼料としておからに納豆菌を植菌して食べさせてみたことがあります。抗生物質を与えずにニワトリを育ててみようとしたのですね。そのニワトリから生まれた卵を販売したところ、非常に好評でしばらく続けていました。

大橋

今はやっていないのですか?

植田

もうやっていません。高級志向の卵として売ろうとしたのですが、市況がそれを許してくれませんでした。いつかもう一度やってみたいと思っています。

ですが、おからに含まれる成分と納豆菌を掛け合わせることで相乗効果があることもわかりました。人間で言うところの整腸作用ですね。また、飼料に抗生物質を混ぜるのはニワトリの生存率を高めるためですが、納豆菌おからを飼料に混ぜることで死亡率を下げることもできました。

池上

それはすごい。

植田

これは納豆の力だと思います。ものすごく臭い飼料でしたが(笑)。

大橋

でも、納豆菌はタンパク質のかたまりなので、動物も食べると思います。

実は、納豆菌は抗生物質を作るんです。しかも5種類ぐらい。納豆に他の菌が付かないのはそういう理由です。ただ、菌には効くのですが、カビには効かないので、カビが生えることもあります。

池上

日本人にとってなじみ深いおからと納豆菌を掛け合わせると、新たなパワーが生まれるというのは面白いですね。

大橋

面白いですよね。私たちもおからを使って納豆菌を培養する研究をしています。おからがほとんどなくなってしまうくらいまで納豆菌に変換します。

植田

1キロの豆腐を作るために、1キロのおからが出るのです。難点は、そのおからが「産業廃棄物」扱いになることです。

大橋

かつて問題になりましたよね。

植田

そうです。「おからとは何か」をめぐって裁判になりました。その結果、産業廃棄物に指定されてしまいました。だから、豆腐メーカーにとっておからは厄介者なのです。

大橋

さとの雪食品では、おからをどうしているんですか。

植田

乾燥させたものを量販店で、「おからパウダー」という商品として販売しています。ですが、それだけでは消化しきれないので家畜の飼料にしたり、処分したりしているのが実状です。処分するにも費用がかかるのでもったいないと思っています。

大橋

私たちのところにも、何とかならないかと相談をもちかけられています。

池上

処分されているものが上手く活用されるようになったら、それこそSDGsにつながる気もします。

植田

おからや納豆菌を使った商品に人気が出たら、今度は納豆菌が足りないという話になるかもしれません(笑)。

大橋

納豆菌はいっぱいできますから大丈夫です。

植田

飼料として使い始めた時に冗談で言っていました。「もし納豆菌のためにおからを作らなければならなくなると、豆腐が余るね」と。

大橋

でもおからは面白いですよね。大きな可能性を秘めていると思いますが、どうすれば美味しく食べられるでしょう。

植田

ありふれていますが、具材を入れて卯(う)の花や白和えにするとかでしょうか。地域によっては「きらず」とも呼ばれますね。おからは昔、町の豆腐屋さんで売られていました。それほど美味しい商品なんです。

ご存じかもしれませんが、おからというのは豆乳の搾りかすで、大豆の"芽"に当たる部分も含まれています。おからにはイソフラボンなどが多く含まれていて栄養価が高いのですが、それほどのものを捨ててしまっているのですよね。

大橋

そうですね。私たちも納豆菌変換して美味しくなるように頑張ってみます。

プラントベース食品への注目

池上

世界中で貧困が問題になる中で、大豆にはそれを解決できるような大きな可能性があると思っています。なにしろ世界中のあらゆるところで栽培できますし、大量生産も可能です。しかし実際には、世界中で栽培されている大豆の9割以上はいわゆる食用ではなく、搾油目的です。

日本人は大豆を美味しく食べる食文化を持っていますが、諸外国では残念ながら食材とはみなされていないこともあります。豆料理が親しまれる食文化の地域でも大豆は食べられていないのです。チリコンカンやチリビーンズにレッドビーンズやひよこ豆を使いますが、大豆が材料に使われることはほとんどない。

大橋

そうなのですね。

池上

逆に日本人はなぜ、これほど加工に時間がかかる大豆を食べるための工夫を重ねてきたのだろうと考えました。豆腐や豆乳、おからや湯葉など、大豆を原料とした食べものは様々ありますが、浸水にも煮るにも水が欠かせません。日本にはきれいな水があったことが大きいのだと思います。

以前、途上国で支援活動をしている方とお話をした時に、「大豆を一晩水に浸したら雑菌で大変なことになる」と言われました。私は当初、大豆は常温で保管できる最高のタンパク源であり、食糧危機に役立つと思っていましたが、美味しく食べるまでには確かに時間や手間がかかる。社会課題を解決するためには、さらに工夫が必要だなと思い直しました。

植田

大豆を使った食品には、きれいな水や衛生的な環境は欠かせないものですからね。

池上

そうなんです。ところで今日、皆さんとお話ししたかったのは、大豆タンパクと言われるものについてです。油を搾った時に生じる脱脂大豆をさらに凝縮した粉末状のものは、日本が戦後間もないころからアメリカから買って様々な加工食品のつなぎとして使われてきました。

肉団子やチキンナゲット、ハンバーグといった加工食品のうち、比較的リーズナブルに手に入る商品には大体これが入っています。それは美味しさのため、というよりも栄養価を高めたり、かさ増しや保湿のためだったりと目的は様々です。

こうした大豆タンパクが最近、SDGsを推進する動きの中で、「プラントベース」と呼ばれる植物性食品の需要が高まり、積極的に活用され始めています。EUや米国など、大豆を美味しく食べる文化がない地域でも見直されているんです。ただ、あくまでもタンパクの利用という考え方に留まっているのが現状です。代替肉という発想もそうした動きの中でのことです。

大橋

食文化と呼べるほどの動きではないということですね。

池上

そうです。代替肉という考え方が悪いとは思いませんが、大豆を美味しく食べる文化のある日本でも、逆にその動きに追随する傾向があります。それはどうなのか。むしろ、植物性食品を美味しく食べる日本の知恵を、もっと世界中に広めればよいと思うのです。

豆腐の裾野を広げるには

池上

私が代表理事を務める日本ソイフードマイスター協会では、プラントベースの食品を美味しく食べようという視点から、食品の開発に携わることもしています。例えば、最近は「ギャンモ」という進化系のがんもどきを商品化しました。現在はサンドウィッチにも合うような、すこし弾力のある豆腐の開発にも関わっています。

植田

私たちも大豆ベースの食品の開発には、とても興味を持っています。大豆ミートや大豆ハンバーグの商品開発には大手メーカーも力を入れていますよね。コンビニでは今、片手で手軽に食べられる豆腐バーという商品が人気です。

そういう広がりがある一方で、豆腐業界はこの10年ほどの間に大きく縮小しました。1万5000軒あった豆腐屋さんが今では5000軒を切るほどになっています。では、これにともないマーケットが減ったのかというと、減っていないのです。

いろいろな見方があるとは思いますが、豆腐市場は約3000億円規模と言われています。豆腐屋が減少している要因には、後継者不足の問題もあると思いますが、最も大きいのは豆腐そのものに付加価値が付きにくいことです。そこで、豆腐バーや豆乳ヨーグルトといった新しい発想に行き着く。

こうした中で、さとの雪食品では20年以上前から紙パックに充填した豆腐の輸出も始めました。これは結構反響があるのですが、悲しいことに外国の人は冷奴で食べないんですね。当社は冷奴で食べて美味しい豆腐を目指しているので、こうした状況は残念です。

大橋

どういった国に輸出されているのですか。

植田

ヨーロッパや米国、アジアに売り出しています。常温流通できる紙パック入り豆腐は我ながら美味しいと思うのですが、外国では豆腐を加熱調理してしまうので風味そのものを味わう体験にはつながりません。

池上さんの言うように、大豆ミートはあくまで肉の代わりという位置づけなので、基本的にあまり美味しくないんですよね。

池上

美味しい大豆ミートももちろんあります。でもそうでないものもあるのは事実ですよね。代替肉と言っているうちは、お肉を超えることは難しいと思います。ですので、私は堂々と"大豆食品"であることを謳いたいと思っています。

食感に現れる食文化の違い

池上

和食が広がることも素敵だと思いますが、それぞれの国にそれぞれの食文化があって、必ずしも日本人にとっての「好き」がそのまますべて受け入れられるわけではないと思います。例えば日本人はとろりとした食感やフワッとした食感が好きな傾向がありますが、必ずしも海外でウケるわけではありません。日本では冷奴にお醤油をかけて食べるのが当たり前ですが、ひょっとしたらチリソースをかけて食べたいという地域があるかもしれません。

ですので、私たちも和食という固定観念にとらわれず、さまざまな食文化に合うような工夫が必要であるとも感じます。例えば、日本人がたらこスパゲッティに納豆や大葉も載せて楽しんでいるような感覚です。

大橋

がんもどきみたいなものは、外国では好まれないのでしょうか。

池上

がんもどきと言えば、あのふかふかした食感が特徴ですが、それが好きではないというところもあるかもしれませんね。ただ、好みは人それぞれなので一概には言えません。それよりも根本的に「大豆を食べるの?」みたいな疑問があるようです。

大橋 なるほど。外国では大豆と言えば家畜の飼料、というイメージが強いですよね。

植田

そうそう。米国ではとくにそのイメージが根強くあります。

池上

だからまずは、その意識を変えてもらうところから始める必要があると思っています。大豆を加工して食べる食文化は、日本がリードできる分野なので、そういう食文化や加工の技術、あるいはアイデアや製造機をもっと提供していければ良いですよね。

植田

中国の人たちが冷奴を好んで食べるようになったら、消費量は飛躍的に上がると思うのです。彼らは今、寿司も刺身も普通に食べるので、生の豆腐を食べない理由はないはずです。そのために大事なのは、やはり美味しい豆腐を作ること。湯豆腐も美味しいですが、食べ方を広めるためには食習慣を変えてもらわないといけませんね。

ソイフードを外国に広めるために

植田

米国では、豆腐はあらかじめ加工されたものが流通していますが、豆乳も増えています。いわゆるプラントベースのミルクとしては、他にもアーモンドミルクなどがありますよね。

池上

麦を原料としたオーツミルクもあります。

植田

そうですね。ですから、大豆は家畜が食べるもの、という意識も次第に変わってきているのだと思います。

池上

その流れは日本にとって大きなチャンスだと思うのです。納豆菌も大きな可能性を秘めていますよね。ちなみに最近、「納豆チャレンジ」が流行っているのはご存じですか?

大橋

それはなんですか?

池上

「納豆というものを食べてみる」という動画がSNSなどで拡散されているんです。「#NattoChallenge」というハッシュタグとともに、外国の人たちがいろいろな食べ方にトライしています。

植田

私も納豆は可能性を秘めていると思います。例えば、工夫の余地があるのはパッケージ。納豆の容器って大体発泡スチロールですよね。私にはあれがどうも安っぽく見えてしまいます。外国の人たちにももっと親しみをもってもらえる形があるのではと思い、いろいろと試行錯誤しているところです。

ところで、大橋さんにお訊きしたいのは、納豆を発泡スチロールの容器に入れるのは通気性を確保するためですよね。納豆菌を大豆に植菌する際に、通気性がないと室に入れる時に発酵しないのでしょうか?

大橋

そうですね。納豆菌は好気性菌といって空気の中でも増殖できる菌なので通気性は必要です。

植田

すると、プラスチック容器などにして空気を遮断してしまうと発酵しないのですね。というのも、スーパーなどに並んでいる3段重ねの発泡スチロール容器には、私はあまり食欲がそそられないのです。まず、あれを変えたいと思っていますが、どうすれば通気性が確保でき、かつ外国の人も食べたくなるような容器になるだろうと思案しています。

大橋

確かにそうですね。先ほどの海外での大豆受容に戻りますが、日本は大豆を発酵させて食べる文化が発達していて、納豆や味噌、醤油は1つの答えになっています。発酵させることで大豆のタンパク質そのものがすごく食べやすくなる。

もともと大豆には30%ぐらいタンパクが入っていて、それほど多く含まれる穀物は他にありません。そういう意味ではタンパク源として食べてほしいと思うのですが、やはり米国などではそういう見方をしてくれない。タンパク源というよりも「お肉を食べないことにしたから、ちょっと食べてみようか」くらいのものです。

私たち日本人は普段摂取するタンパク質の大体8%ほどを大豆から摂っています。他方、米国ではヴィーガンのような菜食主義の人たちでさえ、豆をタンパク源にするのは2%ほどでしかない。肉を食べる人たちに至っては、大豆から取るタンパクは0.1%程度。ほぼ取っていないという状況です。

大豆食が根付いた日本の風土

大橋

ヴィーガンの人でさえ大豆に目がいかない理由は何なんだろうと長年考えていますが、1つは豆腐、納豆、味噌、醤油のように上手く加工する技術が、米国やヨーロッパに根付いていないところにあるのではないかと思っています。

池上

そうですね。歴史的に見ても、日本の大豆加工文化は鎌倉時代以降にすでに発展していました。仏教において肉食が禁じられたころに技術が伸長し、長い時間をかけて根付いてきました。当時の人たちがなぜ大豆に、肉や魚に代わるタンパク質が含まれていることを知っていたのかはすごく不思議です。

大橋

日本は高温多湿なので、できるだけ腐らない食品に変換しないといけない事情があったのは大きいでしょうね。魚などを干物にしてきたのもそういうことだと思います。

大豆も乾燥している状態では保存に強い作物ですが、水で戻すとどうしても腐りやすくなります。ただ、納豆菌で発酵させると他の菌が寄り付かなくなって日持ちするようになる。

麹菌もそうです。塩をたくさん入れることで他の雑菌が入らなくなる。そういうふうに発酵技術が積み重ねられてきました。

池上

発酵の文化は本当に長い歴史がありますよね。

大橋

そうですね。その歴史は保存との闘いの歴史だと思います。

池上

「どうして大豆を食べないのだろう」という疑問は歴史をたどらないと解明できない部分はありますね。そういう日本も、今ではオリーブオイルを当たり前に使うようになりましたが、私が子どものころにはそれほど多く店頭に並んでいたわけではありません。何かのきっかけで大きく変わっていくということはあるかもしれません。

大橋

確かにそうですね。しかし、欧米の人たちはなかなか大豆を食べない……。

池上

先日、オーストリアの方々とお互いの食文化について意見交換をした際に、"フレキシタリアン"が増えていると言っていました。植物性の食事を中心とし、肉や魚を積極的に食べない人たちが増えているそうです。そういうフレキシタリアンの間で今、プラントベースの食品の需要が高まっているという話でした。

それならば、例えば高野豆腐などは軽くてかさばらないのでお土産の定番になってもいいんじゃないかと思うのです。ですが、パッケージには筆で書いたようなデザインで「高野豆腐」とある。煮物の写真がプリントされてはいますが、外国の人たちにとってはおそらくそれが大豆でできていることは伝わりません。

日本中のスーパーマーケットに、お豆腐や厚揚げ、納豆がずらりと並んでいますよね。あれほどたくさんの種類のプラントベースの食品が揃っているのはやはりすごいことです。でも、日本人にとってはそれが当たり前すぎて、工夫することに思い至らない。

大豆そのものの美味しさとは

大橋

私が住んでいる鶴岡市の特産品に「だだちゃ豆」があります。私はあれこそ枝豆の王様だと思う。外国から来たお客さんは皆、美味しいと喜んで食べてくれます。

池上

枝豆は外国からの観光客にも人気ですね。今、「edamame」で通じる文化になってきています。日本人は、ヴィーガンでなくとも、美味しい枝豆や揚げ出し豆腐を当たり前のように注文します。そういう食文化は世界的に見ても稀有です。ここは強調しておきたい、大事な部分だと思います。

大橋

外国の人たちに枝豆を美味しいと言ってもらえると、日本ももっと大豆を作ったほうがよいのにと思います。大量に供給しているのはブラジル等の国々ですよね。日本でもお米のように美味しい大豆を自給できるとよいのですが。

池上

そうですね。大豆の生産は米国やブラジル、アルゼンチンが7割のシェアを占めています。米国で大豆が大量に遺伝子組み換えされているのは、搾油が一番の目的だからです。オレイン酸が増えるようにしたり、除草剤や害虫に強くしたりと、決して美味しさを追求するためではありません。

もちろん、それがすべてではなく、米国産大豆で美味しい豆腐も豆乳も作られています。そこはしっかり品種を選別して適した大豆を輸入しているはずです。

大橋 さとの雪食品で使う大豆は、国産が多いのでしょうか

植田

半分半分ですね。ですが、当社は豆腐メーカーの中でも比較的多くの国産大豆を使っていると思います。

大橋

国産大豆は調達が大変ではないですか?

植田

大変ですよ。おもに北海道産と九州産です。ただ、悲しいかな、素材の調達に力を入れても、豆腐そのものにブランド力がないのです。ですから、「北海道ブランドの大豆を使用」といった謳い文句にならざるを得ません。

ここはメーカーとしても課題になっており、ただの豆腐では売価もせいぜい98円になってしまいます。当社の商品は188円で販売しており、そこは味の違いでわかってもらえると思いますが、それにしても同じ豆腐で価格差が大きいのは悩ましい。これは難しい問題です。

大橋

付加価値を高めるのはやはり大豆が大事なのでしょうか。

植田

私が27年前に社長に就いた時、社員に向けて「日本で一番美味しい豆腐を作ってほしい」と話しました。そして「研究のために豆腐の歴史を調べてみよう」とも。チーズや他の乳製品のように歴史のある食品には、普通、文献があるじゃないですか。ですが豆腐は、1000年の歴史があるにもかかわらず、古い文献がないんです。

そこで、日本一美味しい豆腐を作るために1から研究を始めました。豆腐とは、いわば大豆と水とにがりとパッケージの組み合わせです。4つのチームに分かれ1年半かけて研究しました。

その結果、大豆の美味しさを決定するのは保存性だということがわかりました。豆腐が一番美味しいのは何と言ってもできたてのタイミングです。それを保つことが豆腐の味を決める一番大事な要素なんです。

そして、できたてで美味しい豆腐を作るために重要なのが大豆です。つまり、素材そのものですね。

豆腐にするには豆乳を固めるわけですが、大豆に含まれる脂質や糖質、タンパク質のバランスに秘訣があることがわかりました。糖質が多いと美味しくなるように思えますが、にがりで固めた時にこれがえぐみになったりします。ですから、脂質、糖質、タンパク質のバランスが良い大豆を選ぶことが大切なんです。

もちろん、水やにがりも大事ですが、豆腐に適した大豆があるんですね。そして、大豆そのものの美味しさと、豆腐にした場合の美味しさが必ずしも一致しないのは面白いところです。

池上

わかります。美味しいなと思う豆乳でお豆腐を作っても必ずしも美味しいわけではありませんよね。

納豆菌はタンパク摂取の強い味方

大橋

ちなみに、豆乳に納豆菌の粉を入れて、かき混ぜて飲むと美味しくなります。

池上

そうなんですね! 納豆菌粉からは納豆っぽい香りがするということはないのでしょうか?

大橋

納豆菌というのは、納豆の匂いはほぼしません。納豆菌粉を豆乳に混ぜるとクリームのような香りが立ち、コク味が増して美味しくなるんですよ。

植田

納豆菌も乳酸菌のように、加熱すると死んでしまったりしないのでしょうか?

大橋

死んでしまいますね。

植田

乳酸菌の力で整腸作用を生み出すという市販の整腸剤がありますよね。あれは製造過程で乳酸菌を殺しているはずですが、整腸作用は失われません。納豆菌にもそういう作用があるのでしょうか。

大橋

死んでいる乳酸菌に整腸作用があるのは、菌の表面にある「細胞壁」という部分を腸の中の生きている乳酸菌が食べるからなのです。細胞壁を食べることで体内の乳酸菌が増えると言われています。

植田

すると、納豆菌でも整腸剤ができるということでしょうか?

大橋

そのとおりです。それはフェルメクテスで特許を取っています。カプセル状になった飲める納豆菌も商品化されています。

池上

納豆菌由来のナットウキナーゼを摂取できるサプリもありますね。フェルメクテスでは、食糧危機の問題も見据えて納豆菌粉の研究開発に取り組んでおられるそうですが、実際の活用法としてはどれほど進んでいるのでしょう。

大橋

私たちが今作っているのは、パンに入れられる納豆菌粉です。納豆菌粉は水分をよく吸うので、パンがもちもちになるんです。さらに少し重量感が出てコク味が出るのですごく美味しくなります。

池上

それは美味しそう。さらにタンパク質もアップするんですよね。納豆菌は単体で摂取するよりも何かに混ぜ込むことで美味しさや栄養価が高まるのでしょうか。

大橋

そうです。納豆菌はタンパク源として大きいので、代替肉のような加工食品を作るよりも、例えば、ピザを作る時に、生地に入れたり、ソースやチーズにも入れたりすることができます。私たちはそうしてトータルで高タンパクな食事にすることを目標にしています。

納豆菌が食糧危機を救う

大橋

納豆菌を粉にしたのは、世界中にさまざまな食文化があるからです。その地域の食物や料理に混ぜてもらうことで、さらに美味しく食べてもらうという方法がおそらく一番理にかなっています。

もちろん、"タンパク質納豆菌バー"みたいなものを作って海外に販路を見出すのも1つのやり方だと思います。ですが、それよりも各地の食文化に自然に取り入れてもらうほうが健全なんじゃないかと思って研究開発に取り組んでいます。

池上

「納豆菌を使った○○」というふうに、調理されたものとして前面に出すよりも、タンパク源として陰で支えるような食材のほうが合理的ということですね。

大橋

そうです。パンにも入れられるし、ピザにもナンにもパスタにも入れられる。そういうふうに使ってもらえる形にすることで、量的にも広がっていきやすいのではないかと思います。食糧危機は世界的な課題なので、やはり数10万トン、数100万トンといった規模で広がらなければ問題解決に貢献するほどの話になりません。

池上

食品業界はやはり量的な広がりを見込んで開発しないといけない難しさはありますよね。

大橋

その点でもおからはとても優れた食材なのです。メーカーからおからを提供していただくことができれば、私たちのほうで納豆菌を培養することもできます。

植田

それはもうぜひお願いしたいですね(笑)。

大橋

大豆に絡めて見ていくと、これからの発酵は変わっていくと思います。私たちは納豆菌のことを「発酵タンパク質」と呼んでいますが、タンパク源としていろいろな可能性が見えてきます。納豆菌もいろいろな風味の製品を生産できると、可能性はもっと広がるはずです。

もっと広く発酵という視点で見れば、麹菌もタンパク源になり得ます。麹もまた、醤油の醸造などを通して日本人が古来積み重ねてきた技術ですよね。

池上

お話を聞いてさらに大豆が好きになりました。納豆菌が、納豆以外の食品開発の一助になる可能性も学ぶことができ、改めて、日本の大豆食文化やそれに欠かせない発酵文化の可能性を大きく感じました。改めて面白い食材だと思いました。

(2024年12月23日、オンラインにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。