慶應義塾

アフリカの動物と自然

登場者プロフィール

  • 神戸 俊平(かんべ しゅんぺい)

    獣医師

    1968年日本大学農獣医学部卒業。71年ケニアを訪れ、そのまま現地で獣医師資格(日本人第1号)を取り定住、ナイロビ市内で動物病院を開業。2021年に在住50年を迎えた。1997年毎日新聞社国際交流賞受賞。

    神戸 俊平(かんべ しゅんぺい)

    獣医師

    1968年日本大学農獣医学部卒業。71年ケニアを訪れ、そのまま現地で獣医師資格(日本人第1号)を取り定住、ナイロビ市内で動物病院を開業。2021年に在住50年を迎えた。1997年毎日新聞社国際交流賞受賞。

  • ヒサクニヒコ

    その他 : 漫画家その他 : 絵本作家法学部 卒業

    1966年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。アフリカを25回訪れ、野生動物に造詣が深い。著書に『サファリに行こう』等。本誌に「ヒサクニヒコのマンガなんでも劇場」連載中。

    ヒサクニヒコ

    その他 : 漫画家その他 : 絵本作家法学部 卒業

    1966年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。アフリカを25回訪れ、野生動物に造詣が深い。著書に『サファリに行こう』等。本誌に「ヒサクニヒコのマンガなんでも劇場」連載中。

  • 篠田 岬輝(しのだ こうき)

    その他 : 動物写真家法学部 卒業

    2013年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。コンサルティング会社勤務後、17年プロ写真家として独立。アフリカを中心に世界各国で野生動物を撮影。著書に『サバンナに生きる!ライオン家族の物語』。

    篠田 岬輝(しのだ こうき)

    その他 : 動物写真家法学部 卒業

    2013年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。コンサルティング会社勤務後、17年プロ写真家として独立。アフリカを中心に世界各国で野生動物を撮影。著書に『サバンナに生きる!ライオン家族の物語』。

2022/04/25

アフリカに動物を見に行く

ヒサ

私はケニアに25回通っているのですけれど、最初に訪れたのはちょうど40歳の時でした。たまたま知り合いの編集者から「ケニアに行くので、どうですか?」というお誘いがあったんです。

その時、児童文学者だった神戸さんのお父さんから担当者だった別の編集者を通して、息子がアフリカに行ってしまって帰ってこなくて心配でしょうがない。とにかく会って様子を見てきてくれと言われて。

神戸

そうだったの?(笑)

ヒサ

神戸さんとはその時にナイロビでお目にかかったのが初めてですよね。私はそれ以来ケニアにハマってしまって、アフリカの360度の地平線の中に入った感動が忘れられなくなりました。

あの頃はナイロビのナショナルパークも結構ワイルドで、飛行機が着陸するそばを普通にキリンが歩いているような時代でしたが、今はだいぶ近代化されました。

それからもう35年ほど経つんですが、篠田さんが初めてアフリカに行かれた時はおいくつでしたか。

篠田

2013年、23の時です。

ヒサ

若い。いいな、若い時に行きたかった。

篠田

初めて行った国は南アフリカでした。クルーガーナショナルパークに行ってサファリをしたのですが、乗り合いのバンで遠くからしか動物を見られなかったんです。

ヒサ

いわゆる観光のサファリですよね。

篠田

そうですね。ケニアのほうが動物を近くで見られるという話を聞いて、翌年に行きました。

ヒサ

きっかけは動物が好きだったからですか?

篠田

小さな頃から岩合光昭さんの写真や『ナショナルジオグラフィック』を見ていて、アフリカの動物がすごく好きでした。動物園でずっと見ていて、野生の動物を見に、いつか行きたいと思っていました。

行ったらハマってしまって、2、3週間の休みが取りやすい会社だったので、アフリカに通うようになり、写真を撮り始めたんですね。

ヒサ

写真はもともと好きだったんですか?

篠田

趣味でやってはいたのですが、アフリカで本格的に動物を撮り始めてから、機材もきちんとしたものを買うようになりました。仕事をしながらお金を貯め、機材とアフリカに全額つぎ込むという生活を3年半やって会社を辞め、カメラマンとしてやっていくことにしたんです。

ヒサ

カメラマンの道に進みたいと思ったきっかけになった写真はあるのですか。

篠田

「これは撮れたな」と初めて思ったのは、ケニアのマサイマラ(特別保護区)のブラックロックというライオンの群れの雄ライオンが、1頭だけ朝焼けの中で岩の上に立っているのを夢中で撮った時です。

マサイマラの″ブラックロック”というライオンの群れの雄ライオン。2017年撮影。©篠田岬輝
ヒサ

かっこいいよね。

篠田

その写真が運よく海外の賞で入選しまして。

ヒサ

あそこは雄の片目のライオンがいたよね。

神戸

まだ生きているのですかね。

篠田

ベナというそのライオンは去年死んでしまいました。スカーフェスというマーシュのほうにいたのも去年死んでしまって。

神戸

マーシュはヨタヨタになって死んでしまったよね。

篠田

はい。もう13、4歳でした。

ライオンに注射をしたい

ヒサ

結構な年だよね。動物たちは皆、あの大自然の中で自給自足で生きているわけです。サファリにハマってから、周りの人を誘って行くと、「誰が餌をあげているのですか」と言う人がいる(笑)。サファリパークの大きいものだと思っている。

神戸さんもやはり20代でケニアに行ったのでしょう。

神戸

はい。24の時ですね。

ヒサ

その時はもう日本で獣医になっていたのですよね。

神戸

そうです。でも、行ったらアフリカで獣医をやりたい、ここでライオンに注射したいなと思って。

篠田

すごい(笑)。

ヒサ

それで帰るのをやめて、そのままアフリカに居ついてしまったのですよね。

神戸

そうです。最初の5年ほどはアフリカをサファリしていました。いかりや長介さんのテレビ番組のコーディネートをさせてもらったり。1回お世話すると、1年分の食費に当たるギャラが出る。

ヒッチハイクでアフリカ中をめぐってナイル川やコンゴ川を下ったりもしました。

ヒサ

その頃ですか? チンパンジーのキキと一緒に暮らしていたというのは。

神戸

コンゴのジャングルに行った時に、チンパンジーをもらったのです。それ以来一緒に住んでいました。

それを連れてナイロビまで来て、Animal Orphanage という野生動物の治療や世話をするところに預けたんです。密猟者に親をやられたウロウロしている赤ん坊の動物を引き取る動物の孤児院です。そこで動物の獣医のような仕事をさせてもらい、ここで獣医をしたいなと思ったのです。でも、日本の獣医師の資格は通用しない。それで大学に行きました。

ヒサ

どうやって大学に入ったのですか。

神戸

ナイロビ大学に入るのは大変で、当時、ナイロビの市長をしていた大統領の娘さんが学長に電話をしてくれたのです。小倉寛太郎さんのツテで市長と知り合いになれたのです。

ヒサ

小倉さんというのは、当時のJALのナイロビ支店長で、山崎豊子さんが『沈まぬ太陽』の主人公として書いた人ですね。ハンターだったんですよね。

神戸

そうです。ゾウを何頭殺したのか聞きましたが、絶対に教えてくれなくて。

ヒサ

でも、途中から動物カメラマンに変身したんですね。

神戸

そう。白黒コロブスモンキーが枝伝いに空中を飛んでいる写真を見せてくれました。

それで、大統領の娘さんに話をしてくれて、その人がナイロビ大学の学長に話してくれたんです。すると、学長は跳び上がってしまって、直立不動で「今から教授会を開くから」と(笑)。

ヒサ

それで、獣医さんになれたわけですね。

神戸

でも、大学の卒業に5年かかりましたよ、英語がわからなくて頭の毛が抜けましたよ(笑)。

50年の変化

ヒサ

獣医になってからはいかがでしたか。

神戸

そのころケニアには約1500人の邦人が駐在され、治安のために番犬を飼っていました。ナイロビで開業したら、ほとんど邦人宅の番犬を診るだけになってしまい、野生の動物を診たいと思っていたのに空しくて。

何か役に立つことをやりたいと思っていたら、マサイマラの近所のマジモト村というところの診療所が1軒空いているから、おまえやれと言われ、それ以来今日まで、そこで牛やヤギの治療をしています。

ヒサ

ライオンに注射はできましたか?

神戸

できました。どこに注射するかというと尻尾なのです。ライオンの尻尾はペットボトルくらい太くて、両側に静脈が走っていて、そこに19ゲージの太めの針を入れて採血をするんです。筋肉注射の場合は後ろ脚の大腰筋にスッと刺せばいい。

ヒサ

ケニアにいらした50年間でいろいろ環境が変わりましたよね。ワシントン条約が厳しくなったり。

神戸

野生動物がだんだん減ってきました。特に象牙とか犀角のため密猟が多くて。縞目のきれいなグレービーゼブラも今では希少種になってしまいました。

ヒサ

昔はシマウマなんて、どこにでもいましたよね。

神戸

そうですね。インド人の土産物屋にはシマウマの剥製が山積みになっていた。

大統領が1977年にケニア国内ですべての動物の狩猟を禁止したのです。そして、象牙の国際商取引が禁止されたのは1989年です。それまでは象牙がガンガン売られて、特に日本が密輸先でした。

ワシントン条約を各国が批准した後も密猟が増えて、アフリカ中のゾウが10分の1ぐらいまで減ってしまった。それで、今はケニアでも日本でも絶滅の危機に瀕する動物に対して危機感を持っています。

ヒサ

今は中国が象牙を大量に買っていると問題になっていますね。

神戸

そうですね。また、畑や町が増えれば増えるほど野生動物の生息地域が減って、肉食獣も草食獣も減っています。人が増えた分だけ野生動物が減っている。

ヒサ

1つだけの種が突出して増えるということもありますね。

神戸

シマウマが増えるとガゼルが減ったりしますね。周りが全部囲われているナクル湖ナショナルパークでは、最初はウォーターバックというカモシカみたいなレイヨウ類が増えて、それがもっと小さなカモシカ類になり、それが減ると、今は大きなバッファローが増えている。

囲いの中の生態系がどう変化しているのかわかりませんが、例えば寄生虫が増えたとか、ウイルスによる感染症が増えたとかで野生の状況は変化していく。

ヒサ

フラミンゴも減ったと言われますけど、あれは移動したのですか。

神戸

100万羽いたフラミンゴは今、2、3千羽しかいないでしょう。あれは増えた湖水が酸性化し、餌だった藻が減って、住めなくなったと僕は思っています。

ヒサ

周りのアカシアの森がみんな真っ黒な枯れ木になってしまって。

神戸

骸骨みたいになって、フラミンゴが食べるアルゲという藻がなくなってしまったので、どこかに飛んでいってしまったんだと思います。

動物保護への動き

ヒサ

それで現在、ケニア国内はいろいろな動物保護区が設定されています。1つの保護区が日本の県くらいで、広いところだと四国ぐらいの広さがある。昔はオフロードで自由に入れたんですが、篠田さんが行かれた頃は、だいぶルールが厳しくなっていたでしょう?

篠田

そうですね。ケニアは南アフリカに比べると、まだ緩い感じはしますけど、オフロードは厳しいです。またチータープロジェクトとかWWF(世界自然保護基金)とか、現地に保護団体が入っていて、サイなどの希少動物はちゃんと保護していこうという動きがあるということは感じますね。

ヒサ

動物と一定の距離以上離れていないといけないとか、いろいろルールが厳しくなりましたね。

またバルーンも制限しようという動きがありますね。動物を脅かすからというので。

神戸

すごい音がしますよね。

ヒサ

そう。篠田さんはバルーンは乗りました?

篠田

まだ乗ったことはないです。

ヒサ

下から見ていると、うるさくてあんなに腹の立つものはないんだよね。ところが、乗ると、あれはびっくりする。まず、けもの道がはっきり見えるわけ。それがパリの地図みたいなんだよね。蟻塚の高いところがランドマークで、そこから全部放射状に道がつながっていて、そこをジャッカルやガゼルが歩いていたりして本当に面白い。

木の梢に鳥の巣があるのが真上から見えるわけ。これは禁断の光景です(笑)。朝もやの中をスーッと空気と一緒になって移動していくのが気持ちいいし。

神戸

マサイマラだと、早朝の5時頃からワーッと、方々のロッジから何十機ものバルーンが浮き上がります。

ヒサ

着地は風があるとハードランディングで面白いんだよ。かごが横倒しになって引きずられて、周りにライオンはいるし、どこに着地するかわからない。

「生命が近い」経験

ヒサ

サバンナは季節によっても、1日の時間帯によっても、景色も動物の顔も違うと思うのですが、篠田さんは撮影でどんな苦労や面白さがありますか?

篠田

撮影を始めたきっかけの一つに、自分が生きている感じを実感できないみたいな感覚がずっとあったんですね。日常のルーティンの中で、命を感じる瞬間がすごく少ないと思っていて。

ヒサ

日本みたいな環境にいると、本当にないよね。

篠田

初めてケニアに行った時、マサイの村で同い年ぐらいの子と仲良くなったんです。彼に歓迎にヤギを焼いてやると言われ、僕はてっきりカットされた肉を焼いてくれるのだと思ったら、ヤギを丸々一匹、木に刺して丸焼きにするんです。

ヒサ

それは大歓迎だ。ご馳走だよ。

篠田

周りの人もワーッと集まって来て。そういうことがすごく「生命が近い」感じがしたんです。野生動物を見ていてもそうです。生命をすごく身近に感じられるのが面白くてしょうがないです。

ヒサ

生命を感じる写真を撮って、それを人に伝えたいと。

今、日本で若い人が海外に興味を持たないとよく言われますが、どうしてなんでしょうね。

篠田

僕もそうでしたが、小さい頃からネイチャードキュメンタリーなどをテレビで見て、何となく知っている感じがあったり、情報も入るからかもしれません。

でも、動物園とかで見て何となく知っている気持ちで現地に行ったら、本当に殴られたみたいな感覚で、全然違うのだなと。動物の目の輝きもまったく違いますし。

ヒサ

目の前でライオンがグシャッと獲物の内臓を千切ったりとかね。

篠田

写真で食べていこうと思って、初めてケニアに行った時に、若いチーターが狩りをしてガゼルを仕留めたのですが、若いので仕留めきれなくて、生きた状態でお尻から食べ始めたんです。

ガゼルはずっと鳴きながら、チーターが内臓を食べ、だんだん絶命していく。目の前で生命がなくなっていく瞬間を見たのは、自分の中ですごくショッキングで……。

ヒサ

直接間近に見るわけだからね。ライオンがイボイノシシの雌を捕まえて食べていたら、お腹の中から胎児が出てきた。そうしたらそれを嬉しそうに……。

篠田

柔らかくて、おいしいのですよね。

ヒサ

人間はライオンに感情移入したり、獲物のほうに感情移入したり、どちらにも感情移入できる。だから、獲物がかわいそうと思ったり、ライオンが狩りに失敗すると、かわいそうと思ったり。でも、それこそ皆、自給自足でそうやって何百年と生きてきているんですね。

例えば、シマウマなんかはいつも元気な群れですよね。それは、つまり常に世代交代しているわけです。年を取ったり、病気になったり、ケガをしたりすると、全部ライオンに食べられてしまう。ある意味、ライオンに老人問題を全部託して、シマウマの群れはいつも元気でいる。弱肉強食と言うけれど、草食動物の強(したた)かさみたいなものも感じさせてくれるんですね。

インパラを狩るヒョウ。2021年撮影。©篠田岬輝

動物保護と経済

ヒサ

神戸さんは普通ではない経験をいっぱいされていますよね。それこそ、ゾウやサイに麻酔をかけて、保護区から別の保護区へ運んだり。ゾウを群れごと何十頭も移すのは、上手くいくのですか。

神戸

KWS(ケニア野生動物公社)による、密猟を防ぐための移動作戦です。大変ですよ。途中で死んだり、放した後もその土地にきちんと適応できるのか。200キロぐらい離れていても歩ける距離なので戻ってくるものもいますから、途中で交通事故で死んだり、撃たれたりもします。

ヒサ

人間が保護したり、移動させたりするというコントロールは、自然に対して可能なものなのですか?

神戸

可能と思うしかないのではないですかね。欧米の人はガソリン代や麻酔代を寄付するし。するとケニア人は動物保護のためにいろいろやりますよ。

ヒサ

ケニア国内の保護の体制の問題がありますね。30年以上前ですが、メルーで最後のシロサイが6頭ぐらい守られていて、レンジャーが保護していた。ところが上の人がアラブの王様に買収されて、レンジャーたちが命令で出張してしまった隙に、6頭全部殺されてしまった。

そういう国内の汚職体質というのは、格差があるとどうしようもないことなのでしょうか。密猟もそうです。象牙などのお金目的の密猟と、ブッシュミート(野生動物から得る食肉)のための罠はどうすればいいか。野生動物との共存の意識が高まるなか、これから格差がなくなってルールを守るようになるのか。動物がいたほうが外貨が入るという面もあるし。

神戸

なかなかそういうことが理解されないみたいですね。でも、今は動物保護を言うケニア人はたくさんいますよ。密猟者は駄目と。基本的に動物が好きな人もたくさんいるし、少しずつ動物を守ろう、となっているのではないでしょうかね。

2017年、KWSの元総裁で人類学者のリチャード・リーキー博士(本年1月逝去)が中国の援助を受けてナイロビナショナルパークのど真ん中に鉄道をつくってしまったのですよね。リーキーさんこそ野生動物を守れと音頭をとっていた人なのに、中国の一帯一路政策に負けてしまったと、皆がっかりしていましたね。

ヒサ

できる前は反対運動もあったけど、いざできてしまうと、モンバサへ行くのに便利だと評判ですね。動物を守りたい、共存したいという意識を持ってもらうことと一国の経済との両立は難しい。

動物がいなくなったら誰が困るか?

ヒサ

以前、ラジオの「こども電話相談室」という番組に出ていて、子どもに聞かれて一番困ったのが、「トラやゾウを保護しろと言うけど、いなくなって困る人がいるのですか」という質問です。だって、現地では害獣だったり、インドでも畑を襲うトラは危険だし。なんて答えたらいいと思います?

篠田

やはり生態系のバランスが、みたいなことでしょうか。

ヒサ

生態系の話とか、森の話、植物と草食動物、肉食動物の関係を説明することはできる。でも、それが「なぜ守らなければいけないのか」ということに、なかなかつながらないですよね。

つまり、当たり前のように野生動物と共存することはいいことだ、と言っても、例えば日本でもニホンザルが出てきて畑を荒らしたり、クマが出てきて人がけがをすると、すぐに駆除するではないですか。その一方でアフリカの現地の人がヒョウに嚙まれても、ヒョウを守れと言うのかという話になりかねない。

野生動物と一緒に人間は暮らしてきて、それを利用することが人間の文化だった。例えば象牙で緻密につくった彫刻は硬いのに割れにくい。そういう意味ではすごい素材で、優れた芸術を生み出している。これは量の問題とも言えて、自然に死んだゾウの象牙で本当は賄える。でも、目の前のものが欲しいと、殺してしまう人がいるから問題なのです。

だから、象牙取引を全部禁止してしまう。すると、今は日本国内で誰かが死んで、遺品の中に古い象牙製品があったとしても、その売買ができなくて捨ててしまって残らない。「何のためにどうするのか」という部分がないと、トラがいなくなったら誰が困るか、という問いに答えられないんです。

神戸さんの50年の経験は、日本人が経験していないようなものと思うのですが、こういったことはいかがですか。

神戸

マサイなんかは結構共存していますよね。マサイは、そばにライオンがいても、食べられなければいいと言います。そういう共存みたいな考えが、ケニア中、あるいはアフリカ中にあった。そんな社会に戻ればいいですね。

ヒサ

でも、広大なプランテーションみたいなものを鉄条網で区切って、いまだに領主がいます、みたいな場所があるじゃないですか。すると、それはやはり経済構造というか社会構造の問題だよね。

篠田さんはマサイの集落に泊まったことはありますか?

篠田

マサイの友達の家に泊まったことはありますが、石づくりでした。もともとマサイは移動するので、あまり石の家はなかったのに、最近は増えているようです。

ヒサ

今は政府が定住政策を進めているから。そうしないと税金も取りにくいし。

篠田

そうですね。僕はまだ8年くらいしか通っていないのですが、ここ数年、囲いのある家がすごく増えたとは思います。

伝統文化との折り合い

篠田

先ほど神戸先生がおっしゃっていたように、マサイの若い世代の人たちの間では観光資源としてもそうですし、愛着を持って、動物を保護していきたいという人が増えているのは感じます。マサイの友達のお祖父さんの世代は、ライオンをやりで何頭殺したみたいなのが武勇伝だったりするんですが。

ヒサ

それはマサイの戦士になるための必要な儀式だったからね。

神戸

おっしゃったように、マサイマラでも地域を自分たちで管理するコンサーバンシー(管理局)が増えていますね。うちの近所にもいくつもありますよ。

それから、私たちのように他所から来た人間が嬉しそうに動物保護をしていると、向こうもやる気になるようです。小屋を建てて、そこに学生が行ってレンジャーみたいな体験をするものもよくあります。日本人の大学生でも嬉々として夏休みにやっている人がいます。

ヒサ

そういうものを世界的なスタンダードとして共存したり、大事にしてくれるという価値観が若者の間に広がればいいですね。

昔はシンバ(ライオン)をやっつけるのは戦士の通過儀礼みたいなものとしてやっていましたよね。

神戸

いまだにやっています。

ヒサ

そういう伝統文化と、現状との折り合いはどうなのですか。

神戸

マサイ自身がこんがらがっているのではないですかね。だけど、そもそも、マサイには害獣だから殺せという気持ちはないですよね。

ヒサ

ライオンをやっつけるのは、大人になる証しですからね。

神戸

今はライオンの数とマサイの人口が釣り合わないのです。だから、9というのがマサイのラッキーナンバーなので、9人で1頭を殺せば、皆がライオンを殺したことにします。19人でも29人でも1頭を殺すと、「俺はライオンを殺したぞ」ということにし、それで儀式を通過する。

ナイロビに近いところだと、そもそもライオンが捕りつくされて、いない地域もあります。するとライオンの毛皮をマサイのやりで突いて、よかったねということになる。

すると、マサイの戦士自体がライオンから家族を守ることに誇りなどを持たなくなってしまっているわけですよね。しかし、それは近代化が進んでいるから、しょうがないのではないですかね。

ヒサ

最近はマサイもケータイを持っていたりするけど、今は皆マスクをしていると聞いて驚いてしまって。あんなに広々としたところで。

リアルな動物の生き死に

ヒサ

もう一つ、最近環境の変化で季節の移り変わりがおかしくなって、例えばヌーの渡るルートが変わったりしていますよね。

篠田

ヌーの渡りをちゃんと見られたことがなく、この時期だよと言われて行っても、毎年ずれが大きくなっている気がします。

2019年、すごく雨が降って川が洪水になり、僕が泊まっていたキャンプでもテントが2基ぐらい流されました。気候変動が理由なのかどうかわかりませんが、現地の人たちも、「こんなことは今までなかった」と言っているのは聞きますね。

神戸

その前はひどい干ばつだったんです。そうしたらその年、ヌーの移動時に川が氾濫しましたよね。たくさんヌーの死骸があって、ずっと臭かったですよね。

ヒサ

すごいよね、ガスで死体が膨らんで。ワニがヌーを大好きでしょう。神戸さんはヌーが初めて渡るところを見た時、ワニが食いちぎるのを見て、「なんてひどいやつだ、ワニに仕返しをしてやる」と言って。

神戸

野生動物の保全にはなりませんが、復讐に行きました。石をぶつけて。そうしたら、バッと跳ねて襲いに来るかと思ったら、逃げていった。

ヒサ

ワニだって食べなかったら死んでしまうわけじゃないですか。どっちの味方とかしていいわけ?

神戸

しょうがないですよ。愛着があるから。

ヒサ

目の前で生きる、死ぬだからね。例えば、トムソンガゼルみたいに小さい動物が赤ん坊を産むと、結局ライオンなどの肉食獣の餌を産んでいることになってしまう。しかも、産んだ直後に自分も襲われる。

地平線の遠くのほうにカバが昼間から寝ている。なんでこんな時間にと近くまで行くと、ハゲワシが体の中に頭を突っ込んで内臓を食っている。あれは臭いね。

篠田

すごい臭いですよね。

ヒサ

でも、それこそ生命の感動というか、普通の景色ですからね。

篠田

僕は以前コンサルティングの会社にいて、新規事業を検討する際には「環境に配慮した」とか「クリーンな」などがキーワードになりがちでしたが、アフリカの現地に行って見てもらうのが一番いいと思うんですね。日本だと動物番組などでも表面的に「かわいいな」となりがちです。

やはり、いろいろな面を知ってもらうために、現地に行ってもらいたいです。簡単に動物保護とか言えない感じが自分の中でもすごくある。そういうことを知るのが第一歩だと思うのです。

ヒサ

篠田さんはライオンが獲物をむさぼり食べるような写真もたくさん撮っていると思うんだけど、あまり写真集には載せていないじゃないですか。ライオンの親子とか、かわいいシーンが中心なのは編集者の意向? それとも、篠田さんの意向ですか?

篠田

両方あります。小学生や中学生に、ライオンはかわいいだけではないし、怖いだけでもないし、いろいろな側面があるということを見せたいと思っています。ライオンの家族を見ていると、本当に人間と同じだなと思うことがたくさんあります。ただ、やはり血なまぐさいのは書店に並べづらいという話もありますね。

ヒサ

印刷物で見るのと、現地で実際に見るのとは全然違うんだよね。同じシーンでも写真のほうが怖かったり気持ち悪かったりする。目の前で見ると、当たり前のことだから。

チーターの親子。2019年撮影 ©篠田岬輝

アフリカの都市の歩き方

ヒサ

神戸さんはアフリカで危険な目に結構遭っていますよね。今でもアフリカは危ないところは危ないでしょう。

神戸

政情不安な国では人も死んでいますよ。

ヒサ

今、ケニアは比較的政情が安定していると言われているけど、それでも神戸さんは、いざという時にいつでも逃げられる準備だけはしているんですよね。

神戸

追いかけられたらとにかく国境を越える。それで、その国の領事のところに行って助けてもらわなければいけません。

ヒサ

篠田さんは怖い思いをしたことはあります?

篠田

アフリカではなるべく街に近づかないようにしています。初めて行った時、ナイロビのダウンタウンをどうしても夜1人で歩かなければいけないことがあって、その時は本当に怖かったですね。

ホテルまで急いで逃げるように戻りました。滞在4日の間に威嚇射撃を3回聞いて。でも、田舎のほうに行けば安全なので、場所によって全然違うのだなと。

ヒサ

本当に違いますよね。1回神戸さんにスラムを案内してもらった時、とにかくはがされるものは身に着けるな、時計でもアクセサリーでも、引きちぎられるものは身に着けず、どこを触られても大丈夫なようにして行けと言われました。

逆に、取られるほうも悪いわけですよね。持っていない者が欲しがるような物を持っていくことがいけない。それが最低限のルールとマナーだと。

神戸

そう、金持ちからは取って当たり前。外国人は皆金持ちですから。

ヒサ

そういうことは知らないとびっくりするんですが、日本人の感覚がちょっとずれている。そのルールはナイロビだけではなく、世界中いろいろなところでそうですよね。

篠田

僕は『地球の歩き方』を読みながら、バックパックで回っていたんですが、そこに載っている、ここは危ないみたいな情報は、現地に行くと、意外とそこは危なくなくて、別の場所が危なかったり、ということはありますね。

ヒサ

皮膚感覚でそれを摑めるようになるまではわからないよね。

アフリカから見える動物との共生

神戸

篠田さんはケニアではマサイマラにほとんどいるのですか。

篠田

そうですね。マサイマラが長いです。ずっと追っているブラックロックのライオンの群れもボスの交代があって、群れも分裂し始めているんです。また雄が独立して、ほかの雄とけんかになりそうだという情報もあるので。

群れを守るためにライオンの雄は群れから出されてしまうこともあります。たぶんそれが長い間ずっと生きてくる中で、群れを守るために一番いい方法だったのかなと思います。雌は群れの近場にいることが多いですが、やはり数が増えてくると分裂していったりしますね。

群れも流動的だったり、雄がいくつかの群れをかけ持ちしたりもする。人間みたいな明確なルールがないのが面白いなと思います。

ヒサ

それこそ獲物の量が多かったり、渡ってくる動物が減ったりすれば、また違ってくる。餌がなければ子どもから死んでいきます。ちょっと弱れば、周りはハイエナとかがいっぱい待ち構えていますから。

たとえライオンとはいえ、お母さんが遠くまで狩りに行くと、その間に子どもが食べられたりする。それは厳しいものですね。

篠田

ライオンの子どもやチーターの子どもも結構狩られますね。ライオンがチーターの子どもを襲うこともあります。食べるために襲っているというより、何となく邪魔だから襲っている感じもするのです。

弱肉強食だけでなく、皆、油断があれば食われる、少し前にネットでも話題になった「全肉全食」という感じです。それが秩序のない秩序みたいな自然な姿なのだろうと思います。

ヒサ

いわゆる定説みたいなものが流布され過ぎていますよね。ライオンの群れはいつもこうだとか。そうではなく、現場は本当に臨機応変、自在に変化する。

草食動物と植物の関係も、雨季や乾季で、乾き過ぎたり雨が降り過ぎたり、いろいろなことがあります。そこに人間だけが、いつも同じようにさせようと自然に圧力をかける。道路を舗装してみたり、散水機で水をまいたりするわけですね。

ライオンがシマウマを食べるだけではなく、シマウマやキリンが鳥を食べることだってあるし、ライオンだってシマウマのお腹の中にある未消化の植物を食べたりする。本当にいろいろな関係があるわけですね。

神戸

アフリカの人たちだって、人口増加して栄えたい。彼らだって近代的な生活に憧れています。

ヒサ

世界中がそうですよね。今、豊かになるための方法の一つで観光資源として動物を守っているわけです。逆に観光客が来なくなったら、野生動物はお払い箱ですよね。そのジレンマはあると思います。

とにかく、アフリカはいろいろな課題を抱えているから、いろいろなことを考えるきっかけになると思うのです。そういう意味でもアフリカを見てほしい。動物を見てかわいいと思うのは、赤ん坊を見てかわいいと思うのと同じように、生命に対する1つの原点だと思いますが、そこから広がって、共生についての関係がいろいろ見えてくると思います。

(2022年1月28日、三田キャンパス内にて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

画:ヒサクニヒコ