慶應義塾

体幹を整える

登場者プロフィール

  • 名倉 武雄(なぐら たけお)

    その他 : 日本橋 名倉整形外科院長医学部 久光製薬運動器生体工学寄附研究講座特任教授

    1998年同大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。1750年より続く〈ほねつぎ名倉〉の伝統を受け継ぐ。

    名倉 武雄(なぐら たけお)

    その他 : 日本橋 名倉整形外科院長医学部 久光製薬運動器生体工学寄附研究講座特任教授

    1998年同大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。1750年より続く〈ほねつぎ名倉〉の伝統を受け継ぐ。

  • 木村 奈美(きむら なみ)

    その他 : 英国ロイヤルピラティス・アコア認定教師文学部 卒業

    1996年慶應義塾大学文学部卒業。商社勤務中にピラティスと出会い、身体の変化を体感。指導者となり痛みやケガのない身体づくりを伝える。

    木村 奈美(きむら なみ)

    その他 : 英国ロイヤルピラティス・アコア認定教師文学部 卒業

    1996年慶應義塾大学文学部卒業。商社勤務中にピラティスと出会い、身体の変化を体感。指導者となり痛みやケガのない身体づくりを伝える。

  • 奥山 靜代(おくやま しずよ)

    研究所・センター 体育研究所准教授

    1999年日本女子体育大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。全米ヨガアライアンス認定講師。日吉・三田キャンパスでヨガの授業を担当。ボディコンディショニングの楽しさを伝える。

    奥山 靜代(おくやま しずよ)

    研究所・センター 体育研究所准教授

    1999年日本女子体育大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。全米ヨガアライアンス認定講師。日吉・三田キャンパスでヨガの授業を担当。ボディコンディショニングの楽しさを伝える。

2022/02/25

体幹は整えてから鍛える

名倉

近年、「体幹を鍛える」といったことがよく言われますね。体幹はコアマッスルやインナーマッスルと言った呼び方もしますが、定義は結構曖昧ですね。医学的には背骨と骨盤に付いている筋肉を指します。主に身体の支柱となる背骨や中心に近く、深いところにある筋肉で、姿勢などをコントロールしている筋肉と言われます。

木村

ピラティスでは、肋骨の下から骨盤にかけての身体の中心部のエリアを「コア」と呼びます。骨盤底筋や横隔膜、腹横筋、多裂筋が、コアのインナーマッスルですね。「体幹」は諸説ありますが、もう少し広くお腹や肩甲骨周りを含む、脚と手を除いたボディのところとされています。

奥山

ヨガでは「背骨を軸伸展する」という表現をよく使うのですが、名倉先生が仰る、背骨に近いところの筋肉を意識する動きが多いです。

木村

体幹は整えてから鍛えるのが正しい順序かなと思います。背骨や骨盤がゆがんだままでは筋肉を正しく使えないので、鍛える前にまずその配列をしっかり整えるのが先だと私は思っています。

奥山

私も今回のテーマを聞いた時、「鍛える」ではなく「整える」というのがいいなと思いました。というのも、ヨガの歴史は瞑想に起源があり、身体を鍛えるためのものではないからです。

名倉

僕も整えるのがまず大事だと思います。

木村

医学的には骨を整えて筋肉を鍛えるみたいな感じでしょうか?

名倉

筋肉と骨が相互に作用して姿勢を制御しているので、例えば、腰の反りが強いと腰痛になりやすいと言われます。妊婦さんがお腹が大きくなり、腰が反ってしまって腰を痛めるのはその例ですね。

「良い姿勢」と一言で言っても、バリエーションはとても多いので、その人にとってバランスがいい状態を保つのが一番なのですが、それが崩れると腰痛や肩こりになります。首の骨は前に反っている状態が正常で、スマホを使い過ぎたりするとストレートネックや猫背になり、ひどい肩こりにつながります。

奥山先生は体育の授業でヨガの指導をされているそうですが、中には姿勢の悪い学生もいるのではないですか。

奥山

そうですね。猫背気味の学生は大勢います。みんな体重の方を気にしがちですが、それよりも姿勢を気にしてほしいと思いますね。

快適な姿勢に近づける

奥山

ヨガの哲学の一つに、「ポーズとは安定して快適なものでなければならない」というものがあります。練習を重ねて安定と快適を身につけていきます。それが見つかると徐々に整えていけます。歳を重ねるとどうしても筋力は低下しますが、身体に痛みがなく安定して快適に過ごせる人は、きっと身体が整っている状態なのだろうと思います。

この快適な感覚をつかむことができ、さらに難度の高いポーズもしてみたいという人には、私は筋力トレーニングを薦めています。

木村

ピラティスでは、背骨の自然なS字カーブと骨盤の自然な角度を保てるように、「ニュートラル・スパイン」「ニュートラル・ペルビス」への意識を高めることを目指します。理想は弱い筋肉を鍛えながら、強い筋肉を維持し、本来あるべき姿に整えていくことなので、「ここが弱いから鍛えよう」とか「ここはきついからストレッチしよう」と、ニュートラルな状態へと近づけていきます。

名倉

なるほど。

木村

その人が自然にとっている姿勢でもじつは身体に負荷がかかっていることがあります。ピラティスでは、それをできるかぎり快適なほうへと近づけていきます。とくにコアのインナーマッスルのような、体幹の姿勢を維持する筋肉を鍛えれば楽になります。それができると、ニュートラルな姿勢を長時間保っていられるようになります。

名倉

私たち医師は"整っていない状態"をレントゲンなどから分析しますが、皆さんは他人の身体をどのように見ているのでしょうか?

木村

私はまずパッと見の姿勢と、屈曲、伸展、側屈、回旋などで背骨を動かしてもらったり、ストレッチをしてもらって可動域を見たりします。でも、これは感覚的な見方です。

名倉

そこがすごいと思います。僕は整形外科医であるとともに、大学ではバイオメカニクスの研究もしています。以前、あるプロジェクトでアスリートの身体能力を数値化したことがあり、筋電図を測ったり、MRIを撮ったりと色々なことをやったのですが、人間の目で見えているわずかな差をなかなか探知できなかったのです。今はまだ人間の目で見て判断するよりも機械のほうが精度が悪い。おそらく皆さんに見えているものをサイエンスで再現するのは本当に難しく、本気で取り組もうとすると、何千万円もする機械をいくつも買わなくてはなりません。

木村

そこは融合させたいところです。私もスタジオでピラティスのインストラクターを務めながら、プロアスリートの個人指導も行っているのですが、医療とピラティスは密接な関係にあり、科学的な裏付けがほしいなと感じることがあります。

整っていることの美しさ

名倉

素人っぽい見方ですが、姿勢が整っている方というのはどこか美しく見えるものです。元陸上選手の為末大さんが現役時代、ハードルを跳んでいる姿がとてもかっこよかったのが印象に残っています。

ピラティスやヨガのトレーナーの方にもアスリートのような"整っている美しさ"を感じます。姿勢が良く、整っている状態にはメンタル面も現れるような気がします。

奥山

私は学生たちに、自分の理想とする体型を想像してみて、と指導することがあるのですが、イメージどおりの姿勢になると自信が持てるようになることを伝えます。体幹を整えたり、鍛えたりすることは、自己肯定感を高めることにもつながります。

名倉

ピラティスでも身体的な美しさを追求することはあるのでしょうか?

木村

一般の方の中には、「背中がたるんできた」という理由でボディメイクをしに来る方もいますね。

ピラティス創始者のジョセフ・ピラティスさんは心と身体はつながっているという思想のもと、ボディ・マインド・スピリットの統合を目指していました。体を鍛えて心も豊かにするのがピラティスの最終的な目標です。

ピラティスさんはドイツ人ですが、英国に住んでいた時に第一次世界大戦が勃発し、捕虜となります。収容所で負傷兵のリハビリに関わり、その際に考案したエクササイズがピラティスメソッドの原型と言われています。その後、米国ニューヨークへと移住、ピラティスが本格的に発展していきました。

フィットネス寄りの米国と比べ、英国ではピラティススタジオが併設されたクリニックも多く、医療のリハビリなどにも採り入れられています。美容からリハビリまで、さまざまな目的でいらっしゃる方がいます。

名倉

医療の世界では、体幹に関わる部分のリハビリはストレッチに重点を置きます。患者自身が自宅で取り組めることが大切だからです。そういう意味で、理学療法士には体幹の知識が求められます。

「コアマッスル」と言い始めたのも、たしかオーストラリアの理学療法士ポール・ホッジが最初で、この言葉が広まり始めたのは、2000年ごろだったように思います。その後も理学療法士の先生方が色々な理論を提唱され、実際に病院でも腰痛や肩こりのリハビリで重視されるようになりました。

木村

最近は理学療法士の中にもピラティスの資格を取りたいという人が増えています。

ヨガの起源に遡る

名倉

ヨガの指導にも資格は必要なのですか?

奥山

資格は必要です。メジャーなのは全米ヨガアライアンス(RYT)で、最大規模のヨガ協会の資格です。ポーズ、指導法、ヨガ哲学、解剖学などの規定のカリキュラムを学ぶことが必須です。RYT200とRYT500があり、200は200時間の講習を受けると取得できる資格です。500を取るにはさらに300時間講習が必要です。私は200を持っています。

全米ヨガアライアンス協会が定めた基準を満たした認定校であれば、日本でも講習を受けられますし、インドやハワイ、オーストラリアでも短期間で資格を取るプログラムがあります。その他に各ヨガ団体が独自に発行している資格もあり、短期間の講座でその団体認定の資格を取得できたりします。

名倉

ヨガもピラティスも、世界中でさまざまな広がり方をしているのですね。

木村

ヨガのほうが歴史が長く、一般的な感じですね。

奥山

たしかにヨガの歴史は古く、紀元前2500年頃が起源とされています。モヘンジョダロ遺跡に、ヨガの座禅を組んで瞑想する人が刻まれた印章が残っていて、インダス文明の時代が発祥とも言われます。

もともとはポーズというものもなく、座禅を組んだり、呼吸を整えたりして瞑想することを「ヨガ」と呼んでいたようです。ポーズができ始めたのは1300年頃とされています。

木村

ピラティスとヨガはよく比較されますよね。

奥山

そうですね。私たちにとってはまったく違うものですが、ピラティスと混同する学生も結構います。そういったこともあるので、ヨガの歴史やヨガとは何かといった話も交えながら、理解を深める授業をしています。

木村

両方とも女性、とくに意識が高い人たちがやっているというイメージを持たれますよね。

奥山

たしかに一部の学生には、ヨガは意識が高い人がやるものという先入観をもつ人もいますね。

プロアスリートとピラティス

名倉

外国発祥のヨガやピラティスを日本風にアレンジすることはありますか? というのも、アメリカ人は足首が硬く、相撲の基本姿勢とされている蹲踞(そんきょ)のようなしゃがみ方はできないそうです。正座なんてとんでもないと。日本人の身体は比較的柔らかく、欧米人に比べても、動作の幅が広いのではと思うのですが。

木村

日本流のピラティスはないですね。欧米の人たちは総じて筋力や体力があるので、マシンを使うトレーニングなどでは相当負荷を強くしてやっています。そういう違いはあるものの、基本的な動作は一緒です。

奥山

ヨガの動きは種類がとても多く、日本独自のものもあります。授業ではハタヨガと呼ばれる基本的な動作をやっていますが、他にもパワーヨガとか、最近は笑いヨガと呼ばれるものも登場したりしていて「◯◯ヨガ」がどんどん増えています(笑)。

木村

顔だけでやるヨガとか、指だけでやるヨガもありますね。

奥山

そういう派生形が本当にたくさんあります。

木村

ピラティスはお腹を核にして全身を鍛えるトレーニングなので、特定の部位に絞ったピラティスというのはなく、ヨガは面白いなあと思います。

名倉

木村さんの指導を受ける方は、パフォーマンスが良くないといった理由で来られるのですか?

木村

それもありますが、ピラティス自体がちょっとした流行りにもなっているように感じます。身体の動かし方を知りたいとか、ウエイトトレーニングとはまた違ったタイプのトレーニングを学びたいという人もいます。とくにケガをしているアスリートが、フォームを直したいからという理由で身体の使い方を学びに来ます。

名倉

そうすると競技の知識が必要になることもありますよね?

木村

仰るとおりです。私もセミナーに参加して、自分なりに勉強しながらやっています。さすがにフォームの改善まで口出しできないのですが、適切な動作では肩甲骨がこう動くとか、股関節はこうなるといった知識は伝えるようにしています。

プロアスリートを見る難しさ

名倉

木村さんはレッスンやトレーニングなどで、その人の身体や筋肉の硬さから見ていくのですか?

木村

そうですね。柔らかくしすぎてもかえってコントロールしにくくなるので、事前にその人なりの状態を見ておくことは大切です。

「コントロールしにくい」というのは、例えば、ゴルフや野球でスイングをする時に、身体が柔らかすぎると、思うように振りが止まらなくなり、結果的に軸がぶれてしまいます。それを防ぐためにも、可動域を保ちつつコアを強くしていきます。フォームの指導をしないまでも、どういう感覚で動かせているかを聞きながら探っていきます。

名倉

感覚ですか。

木村

本人がどういう感覚を持ったのか、ということですね。とても繊細で難しい部分ではあるのですが。

名倉

私たちも野球選手に、絶好調の時のピッチングフォームを映像に記録しておいてほしいとリクエストをすることがあります。調子が悪い時はそれを再現できていないことが多く、本人たちもその理由がわからなかったりします。それもおそらくコアマッスルが関係しているのではないかと思うのですが。

木村

ちょっとしたずれなのでしょうね。身体も日々変わるので、好調な状態を同じように再現するのはなかなか難しいと思います。

トレーニングで陥りやすい失敗

木村

筋肉の付けすぎは体幹を整える上で陥りやすい失敗なのです。よく筋トレで頑強になったと思われがちですが、それだとかえって動けない身体になるケースもあります。理想的なのはいかようにでも動ける形にしておくことなのです。

名倉

筋肉が固まっている人というのは、動きを見てわかるのですか。

木村

わかりますね。

名倉

それがすごい。

木村

そういう人は肩に力が入っていたり、歯を食いしばっていたり、どこかしら緊張した状態なのです。リラックスして体幹が使えている状態とは明らかに違います。

名倉

そういう方には筋肉の使い方を変えるように指導するのですか?

木村

例えば「力を抜いて」とか「ここも抜いて」とやっていると、余計な力が抜け、効率良く身体を使えるようになっていきます。

名倉

たしかにトッププロのフォームを見ると、とてもリラックスしていて、じつはあまり力を入れていないですよね。逆に下手な人はガチガチに力んでしまっていたり。

木村

つねに良い意味でリラックスできているのが理想ですね。ちなみに、バイオメカニクスの世界では筋肉の柔らかさをチェックすることもできるのですか?

名倉

超音波などを使って調べる機器はあります。肩こりなどの症状を調べるために筋肉の硬さを測ることもあります。

他にも、ケガをした子どもたちには必ず「立ったまま床に手をつけてみて」というのですが、ケガをする子は大抵手が届かない。もともと身体が硬いのですね。「ちゃんと毎日お酢を飲みなさい」なんて冗談を言いながらストレッチを薦めます(笑)。もちろん運動する前は誰でも身体が硬いので、医師としてはまず準備体操を薦めます。

木村

年齢や生まれもった筋肉の質もあります。歳を重ねても筋肉が柔らかいままの人もいます。ストレッチをまじめに続けていれば、筋肉の質は少しずつ変わるので、硬い人はコツコツ続けてほしいですね。

コアマッスルが腰痛解消の要に

奥山

筋トレとピラティスの違いはどんなところにあるのですか?

木村

とくにアスリートの人たちはアウターマッスルが強いので、動き出しの時に腿や胸の比較的大きな筋肉に、すぐにスイッチが入るんです。

でも、この時にインナーマッスルを使えていないことが多い。背骨周りや骨盤周りにある深層の筋肉をしっかり使えたら、動きの質はもっとよくなります。身体の内側から動けるとキレが出るんです。ですので、ピラティスではアウターよりも先にもっと奥のほうを意識するトレーニングをしています。

名倉

過去の研究では、スポーツのプレー中に片足で着地した際に膝の前十字靭帯を切ることが多いのは圧倒的に女性というデータがあります。中でもとくにケガをしやすいのは着地がX脚の人。ケガをしないためには股関節周りの筋肉が大事なのですが、この部分が弱いとX脚での着地になってしまうんです。

実際に脚の角度をニュートラルにして降りるトレーニングをすると、骨盤周りの筋肉が鍛えられ、ケガが減ったというデータもあります。スポーツ医学の分野では、膝のケアはこの10年間で大きなトピックになっています。サッカー日本代表でも専門家が加わり、コアマッスルを鍛えてケガを予防する取組みが行われています。

木村

コアマッスルはインナーマッスルの中でも本当に必要な部分の筋肉なので、アスリートにとってはとくに重要ですね。

名倉

コアマッスルが人間の運動をさまざまな形でコントロールしているのは科学的にも間違いありません。ケガを減らすにはこの部分を鍛えるのが一番です。

木村

脇腹のあたりの骨がない部分、指で摘むとグニャっとなるところですよね。ここを、ちょうちんをグッと開くように伸ばしきると背骨も伸び、その状態をしっかり保てれば体幹も整えられます。

名倉

その部分は大腰筋と呼ばれるのですが、僕はまさにこの筋肉をテーマに博士論文を書きました。人間だけが持つ腰から股関節まで伸びる構造の非常に面白い筋肉で、腿上げをする時などに使います。これが腰にべったりくっついている。

人間は二足歩行になり、股関節を伸ばすようになったことで腰痛が起こったと言われています。腰の悪い患者さんに水中ウォーキングで大腰筋を鍛えなさいと言うと、みるみるよくなります。ですが、背骨の筋肉を挟み撃ちにしている大事な筋肉なのにあまり鍛えられることのない部分なんですよね。

木村

普段の生活ではほとんど意識されない筋肉ですね。

奥山

腰痛と言えば、私が所属しいる体育研究所の公開講座で地域の人たちにヨガを教えたことがあるのですが、参加者から「腰痛が治った」と言われて驚いたことがあります。

私は自分から「肩こりが改善します」とか「腰痛が治ります」とは決して言わないのですが、効果があったという感想が寄せられました。私自身は決してそれを売りにするつもりはないのですが、今の話を聞いて納得しました。

身体の硬さは関係ない?

奥山

ヨガには「アライメント」といって骨盤の向きや背骨の傾きなどを整える動きがあります。とくに重要なのが骨盤の向きです。現代人は姿勢が傾いている人が多いので、最初の授業では骨盤を立ててニュートラルな姿勢を作ります。

「骨盤を立てる」というのは、長座の姿勢になった時に、坐骨が地面に刺さったような形になるイメージです。太ももの裏側が硬い人は膝をて伸ばして座ると骨盤が後ろに傾いてしまうので、膝が伸び切らないようにして、坐骨を立てて骨盤を意識します。

木村

骨盤のニュートラルな形ですよね。長座では後ろに傾いてしまう人が多いので、私も骨盤を立てるようにアドバイスします。坐骨の上に体重を乗せるというか、坐骨の前のほうに座る感じにすると、ちょうどニュートラルな姿勢になりますね。

名倉

お二人は骨盤の角度も見た目で判別できてしまうのですか? 骨盤は身体の一番奥の、最も見えにくい部分なのですが。

木村

骨盤の向きなどは人によって全然違うので、パッと見ではわからないことももちろんあります。そういう時は触ったり、動かしてもらったりして情報を得ます。

奥山

骨盤の角度や動き方は筋肉の硬さでも変わってきます。初めてヨガをやる学生からはよく「身体が硬くてもできますか?」と訊かれるのですが、姿勢の維持に大切なのはむしろ筋力のほうなのです。学生も実際に体験してみると気づくようで「ポーズをとってみて筋力が足りないのを実感しました」といった感想も寄せられます。

木村

ピラティスも、バレエなどの特殊な競技をやっている方を除き身体が硬い人が多く、9割近くの方が柔らかくしたいと言います。可動域の話で言えば、特定の筋肉が使い過ぎで硬くなっていたり、逆に使わずに弱って縮んでいると動かせる範囲は狭くなるので、良いパフォーマンスを発揮するためにも関節周りの柔らかさは残しておかないといけない。

名倉

筋肉が硬い人はケガしやすいというのは医学的に見ても間違いないところです。女性の中には時々、柔らかすぎて肩が抜けてしまう人もいますが。その点、ヨガやピラティスできちんと整えられれば、身体は自然と柔らかくなり、ケガの予防につながるのかもしれませんね。

奥山

そうですね。適切な動きを積み重ねた結果、自然と筋肉が柔らかくなっていくのだろうと思います。

木村

奥山先生のヨガの授業は、どんな学生でも受講できるのですか。

奥山

日吉キャンパスでの体育の授業は選択科目なので、履修したい人は誰でも受講できます。希望者が定員を超える人数の場合には抽選となります。スポーツクラブやヨガ教室ですと、健康増進や美容を目的にいきなりポーズを作るところから始めたりするので、歴史や身体のメカニズムといった背景までは踏み込まないんです。私はヨガをできるかぎり多角的に伝えたいので、ポーズ以外にもヨガの歴史や哲学も伝えます。

メンタルから整えるヨガの魅力

名倉

奥山先生は身体の硬い学生にどのような指導をするのですか?

奥山

身体が硬いとケガをしやすいとは伝えますが、ストレッチでぐいぐい押すといったことはしないです。ヨガの場合、自分で気づくことが大事なんです。例えば、快適にポーズがとれない時に、この筋肉が硬いからだなと理解できれば、自分から柔らかくするように努力します。

ヨガの目的の一つに、自分の心や身体と向き合うということがあります。身体を動かして上手くいかなければ、そこで一つ気づきが生まれます。心も同じように「今日はなんかざわざわする」と気づくことができれば、自分でコントロールすることにつながっていきます。

名倉

奥山先生はあえて学生たちにやらせてみるわけですね。「このポーズをやってみて」と言いつつ、先生から見れば「たぶんできないな」とわかるわけでしょう? そこで学生を気づきに導いていく(笑)。

奥山

そうですね(笑)。ヨガは心を穏やかにするのが最終目標なので、最初はつらいなと思っても、慣れてくるにつれて気持ちよく感じられるようになります。週1回の授業では筋力アップになりませんが、筋肉に刺激が加わることで何かが呼び起こされます。

名倉

メンタルを整えることに導くのが大事なのですね。

奥山

いつも言うのは「自分の感情を自分でコントロールしましょう」ということです。授業が終わってマットから離れても同じように心が安定している状態をつくれるのが理想的で、ヨガはそのための手法の一つと考えています。その結果、筋肉が付いたり、体幹を整えられたりすればなおいいですよね。

医学的な知識を身につける

木村

奥山先生がヨガを始めたきっかけはなんですか?

奥山

きっかけはヨガスタジオに通い始めたことなのですが、それを授業にも採り入れてみると興味を示してくれる学生がたくさんいたのです。そこでヨガについて色々と調べてみたところ、なかなか深い世界だとわかり、ちゃんと勉強してみようと思うようになりました。

私も最初はきれいにポーズをとることが一番だと思っていたのですが、それだけではないと知り、学生にも色々な角度からヨガを伝えたいと思うようになりました。大学生活というのは4年しかなく、終わった後の時間のほうがはるかに長いじゃないですか。社会に出ても自分の感情を自身でコントロールできるように、という思いもあります。

木村

ピラティスはヨガほど認知されていないので、教科書をつくったり、授業をやったりしながら広めたいと思っているのですが、まだまだマイナーです。うらやましい。

名倉

ヨガのこのポーズはこの筋肉に効くといった、解剖学的な知識の習得も資格取得のプログラムに含まれるのですか?

奥山

含まれます。RYTのプログラムには解剖学の授業もあります。ここの筋肉を鍛えるならこのポーズというふうにカテゴリー分けされているので、授業にも活用しています。

名倉

解剖を勉強したら、専門競技のフォームも勉強しないといけませんね(笑)。

木村

私は独学ですけどね(笑)。

名倉

でも、アスリートを見るというお仕事は責任重大ですね。以前、私たちが所属する整形外科の学会で元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムさんに講演してもらう機会があったのですが、その会で「Jリーグのチームドクターに、オシムさんは何を求めますか?」という質問が出たのです。

オシムさんは「Jリーガー並みのサッカーのスキル」と答えました。「そうでなければ、選手がどうしてケガをするのかわからないでしょう?」と。それを聞いて、一同、自分たちには無理だねとなりましたが(笑)、彼の考えは一理ありますし、僕もうかつにチームドクターは引き受けられないな、と思うようになりました。

木村

逆に私たちが最後に頼りにするのはやはりお医者さんなんです。手術をするにしても、それは選手もトレーナーも判断できない領域です。やはり、最終的には医学的な知識がないと難しいなと感じます。

自分の身体と向き合うこと

名倉

アスリートはケガをすると、なるべく早く復帰させてほしいと言います。骨折は治るまでに1カ月はかかるものですし、復帰にはさらに1年かかる。それを早めるのは医学的に矛盾しているのですが、彼らは半年で復帰したいと言う。

木村

私もアスリートには医学的な知識を身につけてほしいと感じます。身体のことは本人にしかわからないので、自分の動きを観察して「身体がどういう状態なのか」を知る「気づき」と併せて、基礎的な知識をもってもらうと競技人生も長くなると思うのです。

奥山

イチローさんのようなアスリートは、自分の身体を見るのに長けていたのでしょうね。あれほど長く現役でプレーできたのも身体を熟知していたからこそでしょう。

プロサッカー選手の長友佑都さんは集中力を高めたり、ゲーム中のいいイメージを持ったりするために、試合前にヨガを採り入れているそうで、ヨガの本も出版しています。最近はパフォーマンスを高めるためにヨガでメンタルを整えているアスリートも増えているようです。

名倉

メンタルを整えるというのは、具体的にどういう作業なのですか。

奥山

私たちは日々の生活で、目や耳から多くの情報を取り入れていますが、そういうものを一旦シャットアウトし、「今この瞬間」の感情や思考に意図的に意識を集中させ、自分と向き合うということです。つまり瞑想です。

方法はいくつかありますが、何か一点に集中し、他のところに意識がいかないようにします。例えば、自分の呼吸を観察してみる方法。今の自分の呼吸はどういうリズムなのか、深いのか、浅いのかなど。そういうことに意識を向けて自分の内面を見つめます。そうすることで、心が穏やかになったり、強い心や不安に襲われない心をつくります。

呼吸の効用

奥山

呼吸はピラティスでも大事な要素の一つですよね。

木村

そうですね。ピラティスの場合、腹式呼吸のヨガとは違って胸式呼吸なのですが、しっかり横隔膜を動かして肋骨を広げ、呼吸筋と呼ばれる筋肉を動かしながら、より多くの酸素を取り込み、体内の循環をよくしていきます。

とくにコアのインナーマッスルを鍛えるには呼吸が非常に重要で、一番のベースになるものです。深くゆっくり吸って長く吐くと、とてもリラックス効果があります。レッスン中でも眠くなる人が出るほどです。

名倉

ピラティスの呼吸法は交感神経や副交感神経、自律神経のコントロールに大きく影響すると言われますね。普段呼吸を気にする人なんてほとんどいないでしょうけど、それを意識してコントロールするところや、体幹を整える上での基本になっているところが面白い。筋肉を云々するよりももっと深いレベルで、人間の生命維持に関わる部分を整えてあげる、とても本質的なところです。

木村

現代人は肩だけで息をして深い呼吸をしないので、気持ちが落ち着く場面がどうしても少なくなります。昔から深呼吸をするといいと言われるのは理に適っていますよね。

奥山

ヨガもポーズをとる時には必ず呼吸と連動させます。授業ではまず腹式呼吸だけを練習してもらうのですが、学生は自分が普段いかに浅くて速い呼吸をしていたかがわかるそうです。

呼吸が浅いから気持ちが落ち着かないし、落ち着かないから呼吸が浅くなる。だから学生には、気持ちが落ち着かないことに気づいたら深い呼吸に移行できるようにしようと伝えます。落ち着かない状態が一日中続くと、仕事やスポーツにかかわらず、パフォーマンスはどうしても下がりますから。

身体を知ることが治療の第一歩

木村

バイオメカニクスの分野でも、呼吸を見ることはありますか?

名倉

猫背の人は頭痛やめまい、だるさといった症状が必ず一緒に現れます。そういう人たちは大抵身体が固まっていて、呼吸が浅くなり、体調が悪くなっていきます。呼吸は決して無関係ではないですね。

首が痛いとか、肩こりがヒドイという患者さんには、首の筋肉の緊張を和らげる治療をするのですが、この時にじつは自律神経も関係していて……と教えてあげると合点がいく人も多いです。

整えることとメンタル、自律神経は密接に絡み合っていますが、メンタルのクリニックにかかると、薬で解決する方向にいってしまう。僕はなるべくストレッチしましょうと言うのですが、呼吸法の指導まではできません。お二人のようにアプローチできるなら、肩こりや腰痛も自然に治っていくような気がします。

木村

肩こりはその人の癖に負う部分もあるでしょうし、それを直すのはお箸を持つ手を矯正するくらい大変なことではないかと思います。本当に意識しないとなかなかよくならないのではないですか?

名倉

ヨガのように、意識が変わる気づきを与えられれば、よくなる人はたくさんいると思います。逆に癖で痛めてしまった人は手術や痛み止めではよくならないんですよ。まず知ってもらうことから始めて、悪いところを整えてあげると、少しずつ治っていくのかもしれません。

例えば、ストレートネックの患者さんには、肩を前かがみにしないように普段から胸を張りましょうといったことを細かく言います。

僕たち医師のもとに来るのはすでに痛みを抱えている方なので、悪いところを治してあげるのですが、病気を治す以前に、正しい姿勢を保つのは本当に大切です。

最高のコンディションを維持するには

奥山

良いコンディションを保ち続けるのはなかなか難しいと思いますが、今の自分の状態を知ることは、すごく大切だと思います。

学生たちもサークルやバイト先の人間関係など、わりと悩みがあるようですが、私としてはやはりヨガを通して自分を知り、心と身体を安定させようということを一番伝えたい。

そこで重要なのは、あまり人と比べないこと。自分にとってベストのコンディションであればいいと思います。快適だと思えることを、運動や食事、睡眠を通して採り入れられるとよいのではと思います。

木村

私が最近思うのは、「中庸」がすごく大事だということです。身体がよくなったからといって同じことばかりを繰り返していると、今度は片寄ってしまいます。何でもやり過ぎる少し手前で一旦止めて反対のことをしてみるとか、あるいは、たくさん走ったらきちんと脚のケアをしてニュートラルに戻すことが大切です。極端な方にいかないことがコンディションを維持する秘訣ですね。

名倉

僕たちのところに来る高齢の方でも、健康な人は毎日30分散歩したり、定期的に運動しています。皆、自分で気を付けていてとても意識が高い。そういう方は、自分で整え方を知っているのだと思います。では、どうして病院に来るのだろうと思うのですが(笑)、自分の身体がよくわかっているからこそ、わずかな痛みにも敏感なのでしょうね。

木村

痛いから病院に行くのは、すごく正常な気がします。痛みに気づかず、病院にも行かない人は本当にこわい。そういう人は結構多いのではないでしょうか。

奥山

痛みを我慢するのが自然になってしまっている人ですね。

木村

肩こりも慢性的になって自分ではわからなくなってしまうことが あります。

名倉

僕たちも患者さんやアスリートの人たち、学生さんに教えてあげることがすごく大事ですね。どうして痛みが生じるのか、姿勢が悪いのかと言えば、こうなっているからですよ、と。気づきを促すことで、自ら意識的になってもらうことがとても大切だと感じます。やはり行動に移す方は確実に調子がよくなっていきますから。

(2021年12月22日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。