登場者プロフィール
太田 さちか(おおた さちか)
その他 : ケーキデザイナーその他 : 芸術教育士総合政策学部 卒業2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業。日仏両国で製菓、芸術を学び京都芸術大学でMFA(芸術修士号)取得。著書に『不思議なお菓子レシピ サイエンススイーツ』など。
太田 さちか(おおた さちか)
その他 : ケーキデザイナーその他 : 芸術教育士総合政策学部 卒業2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業。日仏両国で製菓、芸術を学び京都芸術大学でMFA(芸術修士号)取得。著書に『不思議なお菓子レシピ サイエンススイーツ』など。
平野 紗季子(ひらの さきこ)
その他 : フードエッセイスト法学部 卒業2014年慶應義塾大学法学部卒業。小学生から食日記をつけ続ける。著書に『生まれた時からアルデンテ』『味な店 完全版』など。
平野 紗季子(ひらの さきこ)
その他 : フードエッセイスト法学部 卒業2014年慶應義塾大学法学部卒業。小学生から食日記をつけ続ける。著書に『生まれた時からアルデンテ』『味な店 完全版』など。
國枝 孝弘(くにえだ たかひろ)
総合政策学部 教授専門のフランス文学研究、フランス語教育に携わるかたわら、甘味の魅力を探求する。文学博士。著書に『耳から覚えるカンタン!フランス語文法』など。
國枝 孝弘(くにえだ たかひろ)
総合政策学部 教授専門のフランス文学研究、フランス語教育に携わるかたわら、甘味の魅力を探求する。文学博士。著書に『耳から覚えるカンタン!フランス語文法』など。
2021/11/25
パーフェクトなパフェが少ない!
パフェと言ってもその種類はじつに豊富です。今回、僕は昭和代表かなと思い、初めてパフェを食べた時のことを思い出しました。僕の地元は岐阜県の田舎町ですが、小学生の時に近所に喫茶店ができ、家族で出かけたことがありました。そこで初めてパフェを食べさせてもらったのが最初のパフェ体験の記憶です。
当時のパフェにはアイスクリームや生クリームの下に、メロンを意識したものだと思いますが、結構どぎつい緑色のソースが入っていました。そういうものも昭和の小学生にとってちょっとした贅沢だったように思います。
私はケーキデザイナーとして、ウェディングやメーカーのショーケース用といったオーダーメイドのケーキを中心にさまざまなスイーツづくりをしています。その一方、芸術教育士としてもお菓子づくりを通して子どもの創造性を育むような活動をしています。
私が幼いころの記憶のパフェと言えば、コーンフレークが下地にあり、生クリームとバニラアイスが上にのっているものでした。チョコレートソースがかかっていて、それもまた昔ながらのパフェではないかと思うのですが、当時は夢の世界のお菓子というイメージがありました。
最近はパティシエのつくるパフェに注目が集まっていますね。私も先日、フォーシーズンズホテル東京大手町のエグゼクティブパティシエ、青木裕介さんのパフェが気になり、食べに行ってきました。
私は普段フードエッセイストとして文章を書いたり、音声配信をしたり、お菓子ブランドの代表を務めたり、食にまつわるプロジェクトに色々なかたちで関わっています。中でもパフェは私にとって難しい食べ物の1つです。
國枝先生にお訊きしたいのですが、パフェ(Parfait[仏])の語源は英語のPerfect と同じなんですよね?
そうですね。パフェは英語で言うとパーフェクトです。
それなのにパーフェクトなパフェと呼べるものは実は少ないんじゃないかと、私はいつも感じていました。
というのも、パフェはボリュームが多いのに食べ物としての命がすごく短いですよね。パフェには「瞬間芸術」的な側面があり、時間が経つとジャボジャボの沼のようになってしまうという……。
たしかに、美しくて食べきれないほどのボリュームはパフェの特徴ですね。
これのどこがパーフェクトなんだろうと(笑)。その一方で太田さんの仰る、パティシエが細い針穴を突くように試行錯誤する繊細な世界もありますよね。パティシエのつくるパフェをいただくと、パフェというのはやっぱりクリエーションを競い合う、見せがいのある食べ物だなと思うのです。私もパティシエのパフェを食べに行くのが好きで、記憶に残っているのは表参道の「EMME(エンメ)」です。
EMMEのスイーツはとても人気ですよね。
EMMEは延命寺美也さんという女性のパティシエがやっているお店なのですが、彼女がすごいのは1つ1つのメニューに色々な分析があり、それをもとにスイーツを仕上げているところです。
延命寺さんは食後にもするりと食べられるような「飲めるパフェ」が理想と仰っていて、そのために温度と水分量が大事だという。パフェには一方でつくり手のクリエーションを味わえる部分が面白いですね。
でも、もう一方にはポッキーがささっているようなクラシカルなパフェの世界もあって、私も田舎の喫茶店で見かけるとキュンキュンしてつい頼んでしまいます。「わー、なんでポッキーささってるの?」みたいな(笑)。そういう色々な視点で味わえる楽しさもあるのがパフェですね。
ポッキーがささっているとそれだけでお得感がありますよね。
あのマジックは一体なんでしょうね。
「デザートはチーズの後で」
日本のパフェの由来がフランス語の「parfait」と言いましたが、フランスのレストランでパフェをオーダーしても、私たちの知っているパフェは出てこないんです。日本に根付いているパフェとフランスのパフェはそもそも違うものなんです。
フランスでパフェをオーダーすると、グラッセのようなスイーツが出てきますよね。
アイスクリームケーキみたいなものですね。ですが、それもフランスのレストランで日常的に見られるメニューではないんです。
夏になるとカフェのメニューで登場するものだと、パリに住んでいる友人が言っていました。
そうですね。シャーベットとまでは言えませんが、暑い季節に食べる冷たいデザートです。
フランスのパフェはフルーツにアングレーズソースのようなものがかかっているイメージです。
むしろ日本のパフェに近いのは「クープ(coupe)」と呼ばれるもので、デザートとして出されます。
ちなみに仏仏辞書では、「デザート」は「食事の最後に出る甘いもの」と定義されているのですが、面白いのはそこに「チーズの後で」とあることです。「チーズの後で」のところに、わざわざ「フランスでは」とも書いてある。これを知った時は面白い定義だなと。
面白いですね。それはちゃんと順序立てて食べなさいということですよね。デザートだけ食べる行為は、作法から外れてしまうことになるのですね。
そうですね。「デザート」には「食事の最後に出されるもの」という意味が込められているのですね。だから、フランス人がわざわざパフェを食べに行くことはもちろんなくて、デザートとして供されるのが一般的です。パフェを食べたい時にはレストランへ出かけて食事を楽しみ、最後にデザートとしてクープを注文するのですね。
パフェは和製デザートだった?
フランスで食べられるクープは、アイスがいっぱい盛り付けてあるアメリカのサンデーのようなデザートですね。それと比べると、やっぱり日本のパフェというのは日本人らしい世界観も込められた独特なもののようにも思います。
日本人は季節の情景をお菓子に取り込むのがとても上手ですよね。日本のパフェもフランスのパフェやアメリカのサンデーに日本流のアプローチが加わって生まれたもののような気がします。
日本のお菓子の世界は春夏秋冬を意識することが多いですね。季節感を繊細に加えるのが日本のお菓子文化なのでしょうか。
たしかに和菓子でも、お餅に練りこまれたクルミの断面を「明け方の空を舞うカラスです」、なんて言われたりして。人間はつくづく想像力の生き物だなと思いますが、フランスにもそういう文化はありますか?
日本ほど四季を意識したメニューは多くない気がします。もちろん果物自体は豊かな国なので、季節のフルーツとしてイチジクやイチゴはよく食べられていますが、料理の中にわざわざ四季を織り込むことは少ないように思います。
僕は今日のためにお茶の水にある山の上ホテルでパフェを食べてきたのですが、9月に入り、栗を使った秋のメニューに変わっていました。そういう趣向はフランスにはあまりありませんね。
パフェグラスという束縛装置
アメリカのサンデーとはまた違う世界観が日本のパフェにはあると太田さんが仰ったことに私はすごく共感しました。というのも、サンデーはヨコに盛り付けるじゃないですか。
そうそう。
パフェはタテのグラスを使いますよね。それもすごく重要だと思うのです。そこにある意味、食べ手に自由を委ねない構造があるというか、いい意味で自己中心的なところがある。
私には、ショートケーキは「背中」から食べたほうが絶対においしいという論理がありまして(笑)、サンデーにもそういう食べ手の自由さがありますが、パフェは上から食べるしかありませんよね。パフェグラスには“食べ手を縛る”機能がある。だからこそクリエイトしやすいのかなと思ったりもしました。
パフェグラスはつくり手をサポートしてくれるものでもありますね。ケーキやプリンのような器がないものは、型を取り外した時に形を保つようにしないといけないので、ある程度食感が決まってきます。ところがパフェは、パフェグラスがあることで固いものも柔らかいものも入れられますし、ソースやオリーブオイルも使えるのでそういう意味でつくりやすいんです。
すぐに食べてもらうことも前提になっているので、溶けてもいいものも入れられますしね。
そう、アイスも入れられる。
やっぱりパフェは瞬間芸術ですね。
情報過多ゆえのマリアージュ
太田さんはパフェやお菓子をつくる時に、どのようにインスピレーションを得ているのでしょうか?
私の場合は先につくりたいものがあってそれを目指してつくる感じなので、食とは全然関係ないもの、例えばアート作品にインスピレーションを受けることもあります。
パフェはファッションに似てモードがあり、料理もまたトレンドの入れ替わりが早い世界です。塩味が好まれる時期があれば、甘いものに人気が集まる時期もあり、やわらかい食感がブームになったり。トレンドの変化を頭の片隅に置きつつ、インスピレーションの元と組み合わせながらつくることが多いです。
食べ物を食べる経験というものは生々しいと感じることが多いのですが、ファッションがあくまでも皮膚と触れあう感覚や着た時のシルエットで選ばれるのに比べて、味覚というのは口の中に直接入れて感じるじゃないですか。そこででんぷん質のものが入ると糊化されてとろりとした食感になりますし、唾液と混ざることでシュワシュワと発泡する食材もあります。
さらにパフェの場合は、視覚的な美しさや掘っていくように食べるエンタメ的な要素もあり、色々な感性が交わって体に入ってくるすごさがあります。そこにファッションのようなモード的な感性も組み合わせられたりするので、たしかに完璧な何かを求める力があるのかなと思います。
パフェを食べる体験にはただ食事をする以上の何かがありますね。
青木裕介さんのパフェにはイチジクがふんだんに入っていたのですが、表面をキャラメリゼ(砂糖を加熱し焦げ目や香りを付ける調理法)しているので最初はパリパリして香ばしい食感なのです。でもその下は生のイチジクのままなので食べているうちに味が変化します。
驚いたのはバルサミコ酢が入っていたこと。風味や食感に青木さんの繊細なこだわりが込められているのですね。
バルサミコ酢でかすかな酸味が加えられていたのですね。
意外な組み合わせですが、イチジクの甘味と口の中でマリアージュ(複数の風味が調和)することによってすごくおいしくなるのです。口の中で一緒になった時の味の変化をそこまで考えてつくっているんだと本当に驚きました。
パフェは本当に情報量が多い食べ物ですね。
私のお菓子の食べ方には2通りあるのですが、1つは太田さんのようにつくり手のクリエーションを楽しみたい時です。そういう時は色々な情報を受け取ることに集中するので、自分が疲れているとパフェは食べられないですね。
一方、疲れていて癒されたい時はシュークリームやプリンのように、味の数が限られるお菓子を食べたい。シンプルなものには自分本位に食べられる良さがあります。私はお菓子の性格みたいなものによって食べ方がまったく変わります。
『ボヴァリー夫人』が描くアイスの甘さ
味覚の話に関連してですが、フローベールの『ボヴァリー夫人』に、登場人物がアイスクリームに衝撃を受ける興味深い描写があります。
主人公のエマという女性はある医師と結婚します。エマはロマンチックな女性で、結婚生活によって自分の夢が叶うという幻想を持っていた。ですが、結婚して何かが違うと思い始めます。そのうち、夫が診察をした貴族が2人をパーティーに招くのですが、その席でエマがアイスクリームを口にするのです。その時に太田さんが仰るような、アイスクリームを口に入れた時の感触や冷たさ、甘さが彼女をうっとりさせる。これが物語の冒頭でとても重要な場面になっており、エマはアイスクリームを食べることで自分が求めていたのはこういう世界だと悟るのです。貴族たちのアイスクリームのような世界に触れることで彼女は現実に幻滅し、そこから破綻が始まっていくという……。
こわいけど、おもしろそう。
「甘さ」を官能的に描いたこの場面が僕はすごく好きで、甘いものを食べるといつも思い出します。
たしかに甘さはちょっと恐ろしい世界ですね。味覚は1人1人違って共有できないものですから。
塩は人間にとって必需品ですが、砂糖は贅沢品ですよね。生きる上で絶対に必要なものではないし、むしろ人間を駄目にすることがある。
砂糖は富の顕示でもあったと言われますよね。宮廷菓子も甘いほどその帝国の覇権を誇るものだったそうですし、やっぱり甘いものは食の治外法権という感じがします。食べ物で遊んではいけないと言われて育ちましたが、甘いものほど遊べるものはないですよね。
たしかにそうですね。
パティシエの中には「人生はしょっぱいけれど、今その瞬間だけは人生を甘く感じられる、そういうものがつくれたらうれしい」と仰る方もいます。甘いものには、『ボヴァリー夫人』のように現実から逃れて夢を見せてくれたり、理想主義的な面があったりしますね。でもボヴァリー夫人は最終的に破綻してしまうのでそういう怖さもある。
エマは自分の置かれた現実がわかってしまったわけですね。
パフェに込められた物語に対峙する
平野さんがパティシエのクリエーションを楽しみに行く時には、ただパフェを味わうのではなく、つくり手のパーソナリティを発見したり、その人の魅力に触れるといった期待もあるのですか。
そうですね。パフェを食べに行くのはお任せのフルコースをいただくことに近くて、定食屋で自分の食べたいものを注文することとは逆なのです。その方のつくるものや思想、パーソナリティもすべて物語として味わうという感じでしょうか。
私もそういう期待感があり、同時に味覚の冒険に行くような心境もあります。新しい出会いを期待しているというか、甘味の後に酸味がくるといった変化を体験することは自分にとって冒険なんです。パティシエの方の旅を追体験することにもなりますし。
マリアージュの意外性や、つくり手の味覚を発見する喜びがあると。
口の中や身体の内側に起こる未知の体験を期待してしまいますね。
味覚が拡張されるような体験を求めて行くということですね。
味覚の拡張、というのは良い表現ですね。
驚くような食体験を与えてくれる人のことは好きになってしまいますね。でも自分がエネルギーにあふれている時でないと受け取れないものでもあります。パフェを食べる時はやっぱり集中したい。恋バナなんてしたくないんです。
黙々と食べると?
その物語と対峙したい、というのに近いかもしれません。私は1つのパフェの中にどれくらいストーリーが込められているかに関心があるのです。
例えば、チョコバナナパフェのような昔ながらの喫茶店のものは起承転結の“起”しかない感じで(笑)、パティシエの方が考え抜いてつくったパフェは、“起”で果実味を味わった後に“承”のアイスがきて、“転”ではハーブとかすごい世界観のものが入ってきた後、最後をどう締めるか、みたいな流れがあります。そういう起承転結をどこまで込めるかということもパティシエによって全然違いますね。
スワンシューの過剰な魅力
僕は一人でもパフェを食べに行くのですが、お二人はどうですか。
私はちょっと身構えてしまいます。一人でパフェをオーダーするのは緊張しちゃう。
かわいいですね。
平野さんは平気?
私は大丈夫なほうです。
私にとってパフェはすごく特別感があり勇気がいる存在なのです。ボリュームがあるので何かのついでではなく、今日はパフェを食べる! と決めて出かける感じですね。
女子会のノリで行く方もいるのでしょうけど、そういう時は会話がメインになっちゃいますよね。國枝先生が山の上ホテルにパフェを食べに行かれる時はどういう心境なのでしょう?
僕は山の上ホテルのコーヒーパーラーヒルトップの、調度品に囲まれた贅沢な空間が好きなのです。そういう場所でパフェを食べると、今日は本当にいい日だなと思えるんです。
以前、お茶の水のアテネフランセでフランス語の助手を務めていたことがありました。その時に仕事の後で飲みに連れて行ってくれる先輩がいたんですね。その方が時々、最後に山の上ホテルのバーに連れて行ってくれたりして、それ以来、たまにあの空間を味わいに行くのです。その日は大げさではなく夢を見るような感じです。
コーヒーパーラーヒルトップのメニューにプリン・ア・ラ・モードがありますよね。
あのプリン・ア・ラ・モードにはアイスや生クリーム、フルーツだけでなく、白鳥を象ったスワンシューが入っているんです。それまで、そんなプリン・ア・ラ・モードを見たことがなかったので、頭に船が乗った髪型のマリー・アントワネットを見た時以来の衝撃を受けました(笑)。
スワンシューをのせるというのも昭和の文化でしょうか。
プリン・ア・ラ・モードもパフェも、過剰さゆえの魅力みたいなものがありますね。
スワンシューには、そこまでしなくてもいいのに、と感じさせるものがありますよね。
そういうサービス精神はどこからきているのでしょうね。
《無重力パフェ》と断面の美学
太田さんのスイーツに《無重力パフェ》というものがあるそうですが、どのようなものなのですか。
無重力パフェはパフェグラスに蓋をすることで、横から眺めた時に上と下で世界が分かれて見えるような視覚効果を使ったものです。上下の概念がない様子を表現したくてグラスの縁にビスケットをのせ、その上下にクリームをデコレートしました。グラスの中が空洞になっていて、クリームが逆さ富士のように見えるイメージです。
ポイントはクリームにメレンゲを使っているところで、それによって下のクリームも落ちることなく長時間形が保たれます。生クリームは時間が経つと温度環境によって溶け落ちてしまうのですが、90%がタンパク質でできているメレンゲにはずっと形が維持される特性があり、逆さに盛り付けても5、6時間はその形状が続きます。メレンゲの面白さを伝えたくてつくったパフェですね。
食べたくてももったいなくてビスケットが割れませんね。
メレンゲは接着剤的な役割も果たすので、同じ原理でさらに小さなケーキをくっつけてあげることもできます。すると、小さなケーキが逆さの状態でくっついて、グラスの中の上下関係がますますわからなくなるような世界が表現できるのです。それを無重力というネーミングでパフェにしてみたものです。
無重力状態のような見た目もそうですが、形が変わらないことで時間も超越する感じが表現されていて面白いです。
そう言ってもらえるとうれしいです。空間をうまく生かしたほうが視覚的には面白いかなと。
ケーキにも断面映えという言葉があるように、パフェにも断面が見える楽しさがありますよね。そこに空洞が生まれると視覚的にも面白いものができるのではないかと思いました。
断面の見せ方は食材の扱い方にも共通するところがあります。例えば、イチジクはスライス面のビジュアルが美しいのでパフェグラスの中でどう見せるかすごく考えますね。
レイヤーが見えているとすごくエロティックな感じがしますよね(笑)。
ケーキはクリームで覆われているので驚きは切った後にやってきますが、パフェは中が見えた状態で出てくるので盛り付けは重要ですね。
実際にお菓子をつくる方にとって、やはりパフェの断面は重要なポイントですか。
そうですね。私は断面と高さを一番に考えたいところです。プリン・ア・ラ・モードはヨコの世界で、赤スグリとかブドウがグラスから垂れ下がるぐらいたわわに盛り付けるほうが美しく見えたりしますが、パフェの基本はタテの世界なので、高さを見ながら構造的につくっていくことを考えますね。
お菓子をつくり始める前にデッサンを描くことはありますか。
描きます。パフェの場合は、絵を描くのと同時にかなり計算します。この素材をどの高さまで入れて、断面ではこのあたりから模様に変えたいとか、このタイミングで味を変えないと胃がもたれるだろうなと考えながら絵を描いていきます。
最終的な完成形はどのように見えてくるものなのですか?
パフェの場合は、クリームだったり、ソルベだったり、下の層のジュレだったりと色々な素材を組み合わせてつくるので、まず一つ一つを完成させるプロセスがあります。それらを食べてもらいたい順番に組み合わせて、最終的に盛り付けていきます。その中で完成したなと思うのはメインとなる味ができた時ですね。
イチジクのパフェをつくる時、トップにのせるイチジクのキャラメリゼを1番伝えたい部分だとすると、キャラメリゼ単体ができた時点でつくる作業はほとんど終わりです。盛り付けはプレゼンテーションで、つくったものを順番に組み合わせていき、全体のバランスをみながら微調整して仕上げていく。パフェはやっぱりメインが肝心ですね。
人を迷わせるイチジクの力
また昭和の話で申し訳ないのですが、イチジクが僕は大好きで、というのも子どもの頃、食べ放題の環境で育ったからなんです。生まれた家の畑にイチジクの木があり、昔気質な祖母が、最初のイチジクは一番小さい孫が食べるものだというポリシーを持っていたのですね。
その頃はイチジクも皮は剥いて食べていたのですが、その味や食感がすごく新鮮でした。そのまま食べられる品種もあって、最近パフェなどに使われているのを知りました。
イチジクってちょっと「はぐれそう」になる味がしませんか? 私にとっては場所性を失いそうになるというか、一瞬自分がどこにいるのかがわからなくなる危うい味なんです。イチジクがパフェに入っていたり、生ハムと合わせてあったりすると、あやしくておいしくて、どうしよう! みたいな感じになってしまいます。太田さんは、イチジクはお好きですか?
好きです! でも仰るとおり、口に入れると実がほろほろとほぐれる食感に「私はどこ?」となってしまう感じはあるかもしれません。ビジュアルも艶めかしくてすごく絵になる果物ですよね。バルサミコのような酸味にも合う不思議な食材です。
パフェにはフルーツが付き物ですが、それによって盛付けの表情も随分変わってきますよね。シャインマスカットを使ったグリーン系のパフェとバナナを入れるチョコレート系のパフェでは表情も全然違いますし。
シャインマスカットのパフェも最近流行り始めたものですね。
皮を剥かなければいけないアレキサンドリアと違ってシャインマスカットはそのまま食べられるじゃないですか。そのせいでシャインマスカットの流通量がものすごく増えていると聞きました。風味で言えば他にも美味しい品種があるのに、その便利さで消費量がめちゃくちゃ増えているらしいです。
これぞ完璧?《苺のブリュレパフェ》
私、ロイヤルホストのパフェが好きなんです。
ロイヤルホストにはどんなパフェがあるのですか?
お気に入りなのは《苺のブリュレパフェ》です。上がカリカリ系で、その下がブリュレの層になっています。ロイヤルホストのスイーツメニューは、秋になると栗のフェアをやったり、季節ごとに変わるのがうれしいです。
たしかに季節のスイーツがたくさんありますね。
そうそう、《苺のブリュレパフェ》は春のメニューなのですが、それは完成度が高くて本当にすごい。
1番上のキャラメリゼされた部分をスプーンでカツカツするのが楽しいし、その下のブリュレ層にはナッツが入っていたり、バナナが角切りにされていたりと、ちょっと違うキャラになっていて、少し後には生クリームがあり、下のほうにバニラアイスが出てくるのですが、ここにイチゴのソルベが入っているのです。
このソルベが果実感とさわやかさみたいなところですごくすっきりさせてくれるのが重要で、最後にはイチゴのコンポートが出てくるのですが、そこもすごく果実味があり甘酸っぱさもあって、最後まで食べやすいようにできているんです。本当に考え抜かれていると思います。
おいしそうですね。
レイヤーを暗記しているのがすごい(笑)。今日はオンラインなので今ブラウザを見ながら聞いていたのですが、写真どおりの説明なので驚きました。
パティシエのパフェだけではなく、市井にもそういういいパフェが見つかるとうれしいんです。
このパフェは完璧ですね(笑)。
やっぱりグラスの上の部分の使い方が一つのポイントで、あの面よりも上に素材が出るかどうかで視覚的な印象が違ってくるのです。《苺のブリュレパフェ》はそこをキャラメリゼしていますが、薄いビスケットを使うクリエーターの方もいます。断面の表現でパフェの視覚的な面白さが倍増するのを改めて感じました。
パフェの表現というのは、万華鏡のようにさまざまな見え方があってじつに無尽蔵の世界ですね。
ちなみにファミレスはフランスにも一応あります。そこではもちろんパフェも食べられます。僕の体験ではバナナスプリット──これはアメリカ由来のものじゃないかと思うのですが──も出てきますし、マクドナルドにはサンデーやパルフェがあります。
でもファミレスやファストフード店は商品名に英語が使われていたりもするので、フランス独自のものとなるとやっぱりレストランでの食事の最後にデザートとして楽しむのが普通ですね。
昭和パフェの愛おしさ
先ほど平野さんが起承転結の“起”しかないと表現されていた(笑)、昭和のパフェについてはどうでしょう。平野さんはそういう喫茶店に入ることはありますか。
昭和的なパフェには安心感もありますよね。私は喫茶店に行くのが好きで、もちろんパーフェクトは望めないのですが、例えばパンケーキを頼むとお店のおじさんは「パンケーキね」と言ってキッチンに消えていき、しばらくすると電子レンジのチーンという音が聞こえるみたいなことがあります(笑)。
そうして余計な水分を蓄えたレンチンパンケーキが出てきたり、そこに不思議なブルーのソースがかかっていることにもすごく愛おしさを感じます。おいしさを求めるだけではないパフェとの向き合い方も一方にはありますね。
そういう喫茶店では、アイスクリームにチョコレートソースがかかっているだけでもうれしくなりますよね。パフェに限らず、それで満足できてしまうような。
私は昭和のパフェというと、生クリームの印象が強いです。昔の生クリームは今のクレームシャンティイとは違って、ちょっと空気を含んでぼそぼそしていました。一緒に注文したコーヒーにその生クリームを入れて、ウインナーコーヒーにするような、パフェとコーヒーはセットというイメージがあります。
ネーミングの背景
先ほど日本のパフェに近いものはクープではないかと言いましたが、今のお話を聞いてもう1つ思い出しました。フランスではクレームシャンティイ(crème chantilly)をアイスクリームの上にのせたデザートがあります。コーヒーアイスにのっていると「キャフェ・リエジョア」と呼び、チョコレートアイスなら「ショコラ・リエジョア」となります。
「リエジョア」はベルギーの都市「リエージュ」のことで、「キャフェ・リエジョア」はもともと「ウインナーコーヒー」のことだったのです。というのも第一次世界大戦の時、フランスにとってオーストリアは敵国でしたので「ウィーン」が入ったメニューの名前は「リエージュ」に変えられました。
ウインナーコーヒーもそれ以前は「キャフェ・ヴィエノア」でしたが、ヴィエノア(ウィーン)をリエジョア(リエージュ)に変え、「キャフェ・リエジョア」と呼ばれるようになった歴史があります。
太田さんの仰るウインナーコーヒーの召し上がり方は、フランスのチョコパフェ──向こうでは「ショコラ・リエジョア」「キャフェ・リエジョア」と呼ばれるもの──に近いと思います。
なるほど、そういう文化が戦後、日本にも入って昭和の喫茶文化に定着したのかもしれませんね。
ちなみに、生クリームがのったデザートは他にも《ピーチメルバ》や《ベル・エレーヌ(美しきエレーヌ)》などがあります。ピーチメルバは歌手の名が由来になっており、ベル・エレーヌも作曲家のジャック・オッフェンバックが書いたオペレッタのタイトルから付けられました。
フランスのデザートはネーミングに創意工夫を凝らす文化がありますね。
《ウィークエンドシトロン》という伝統菓子もありますよね。
レモンを使ったケーキですね。これは英語ですか?
ウィークエンドという言葉自体はフランス語に定着していますね。
週末を幸せに過ごすためのお菓子みたいなイメージが湧くネーミングが素敵だなと思います。それを食べているシチュエーションや風景が浮かぶようです。
僕は先ほどイチジクのキャラメリゼという表現を聞いて、頭の中がパフェでいっぱいでもうよだれが出そうになっています(笑)。
平野さんが仰るとおり、パフェは情報量が多いので、全神経を集中していただくデザートなのだと改めて思いました。味覚に訴える以前に、視覚的にも嗅覚的にもくすぐられる情報が満載ですよね。口に入れるとさらにすごい体験が待ち構えていて、そういうものを食べながら哲学的なお話ができれば楽しいだろうなと思いました。
今日はコーヒーパーラーヒルトップでやるべきでしたね(笑)。
それは素敵です。いつか実現したいですね。
ぜひまたやりましょう。ますますパフェ沼にはまっていきそうです。
(2021年9月22日、オンラインにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。