2022/02/04
福澤諭吉先生のご命日である2月3日(木)、麻布山善福寺(港区元麻布)において122回忌の法要が行われました。新型コロナウイルス感染防止対策のもと、先生の墓前には伊藤塾長をはじめ、複数の義塾関係者が訪れ、手を合わせました。
福澤先生は1901(明治34)年のこの日、現在の三田キャンパスにあった塾内の自邸で、脳出血のため亡くなりました(享年満66歳)。ご命日の2月3日を「雪池忌」と呼ぶことがあり、一説によると昔からではなく、昭和38年ごろから使われたと言います。「雪池」は、福澤先生が雅号のように用いた語です。明治時代に流行ったといわれる雅号という習慣に権威主義的な気配を感じとったためか、あえて無粋を決めこみ名前の「ゆきち」を他の字に置き換えただけの「雪池」という語を用いたのではないかと考えられています。「ゆきち」と読むことが正しいのかもわからず、この語を刻んだハンコも表面が削られてしまって捺してもよくわからないものとなっており、ある時期に先生は使わなくなったのだと思われます。奇しくも冬に生まれ、亡くなった先生に合う「雪池」ですが、「野暮ぶる」先生のエピソードとともにある語といえるのかもしれません。
撮影:石戸 晋