今月のサイエンス - 2025年11月
1: 神経前駆細胞の運命を決める「ATRX凝集体」の新たな役割を解明
Nature Communications.
Ryo Tomooka, Tsukasa Sanosaka, Tamami Miyagi, Tomoko Andoh-Noda, Satoe Banno, Noriko Mizota, Kohsuke Kanekura, Hideyuki Okano, Jun Kohyama
脳の発達や神経細胞がどのように生まれるのか、その仕組みには多くの謎が残されています。今回、私たちは精神遅滞を呈するATR-X症候群発症の原因としても知られるATRXが、核の中で「液-液相分離(LLPS)」という現象を使って小さな液滴のような構造(凝集体)を作り、神経細胞の分化に関わる遺伝子の発現を調節していることを見出しました。
従来、ATRXは転写抑制因子として知られていましたが、この凝集体を介して転写活性化因子にも関与することが分かりました。特に、ATRXタンパク質の一部にあるポリグルタミン酸配列がこの凝集体形成に重要であり、これを欠く変異を導入した細胞では、神経細胞が十分に作られず、脳の構造形成にも異常が起こることが明らかになりました。
この成果により、ATRXが単なる遺伝子のスイッチ操作だけでなく、核内で分子の“場”を作ることで神経細胞の運命を決めていることが明らかとなりました。本成果は、タンパク質の相分離現象がヒト神経発生を精密に制御する鍵であることを示しています。ATRX遺伝子の変異は神経発生以外にも脳腫瘍との関連が報告されており、今後の研究により、発達障害や脳腫瘍の理解、さらには新しい治療法の開発につながることが期待されます。
(早稲田大学人間科学学術院 神山 淳)
2: 自己抗体の違いがつくるシェーグレン病の多様な姿 ― 単一細胞・空間解析で病態を解明 ―
Nature Communications.
Inamo, J., Takeshita, M., Suzuki, K. et al.
涙や唾液が出にくくなる自己免疫疾患・シェーグレン病は、患者の持つ自己抗体の種類によって一部の症状が異なる事が知られていますが、その原因は十分に解明されていませんでした。本研究では最先端の「シングルセル解析」と「空間トランスクリプトーム解析」を用い、唾液腺を構成する一つひとつの細胞の働きを詳細に調べ、異なる自己抗体を持つシェーグレン病の共通点と差異を調べました。その結果、どのタイプの患者でも共通して、唾液腺を直接攻撃する「GZMB陽性CD8 T細胞」や抗体産生を補助する「Tph細胞」が増えている一方で、自己抗体の種類によって炎症を引き起こす分子メカニズムは異なることが分かりました。抗SSA抗体陽性ではウイルス応答に関わるインターフェロン経路が、抗セントロメア抗体陽性では線維化を促すTGF-β経路が活発でした。さらに、炎症の中心に位置し、免疫反応を指揮する細胞として「THY1陽性線維芽細胞」を特定しました。これらの発見は、患者ごとに異なる病態に合わせた個別化医療への道を拓くものであり、従来の対症療法に代わる新しい治療法の開発につながると期待されます。
(リウマチ・膠原病内科 竹下勝)
その他の掲載論文
1: Trajectories of Angina After Initial Invasive vs Conservative Strategy for Chronic Coronary Disease.
Journal of the American College of Cardiology.
Nobuhiro Ikemura, Philip G. Jones, Zhuxuan Fu, Paul S. Chan, Charles F. Sherrod, IV, Suzanne V. Arnold, David J. Cohen, Daniel B. Mark, David J. Maron, Judith S. Hochman, and John A. Spertus ISCHEMIA Research Group