2022/03/31
世界で初めて、脊髄損傷患者にヒトiPS細胞由来の神経前駆細胞の細胞移植を行なった、岡野栄之教授と中村雅也教授。前編に続いて後編では、今回の臨床研究と再生医療の今後について伺います。
前編はこちら
1例目の移植手術は「新たなスタート」
── 今回の臨床研究の概要と、いまの率直なお気持ちを教えてください。
中村:今回の臨床試験は、脊髄損傷から2〜4週間の亜急性期、それも損傷程度の最も強い完全麻痺の患者さんを対象としており、ヒトiPS細胞由来の神経前駆細胞を約200万個、損傷脊髄の中心部に移植しました。今後1年間かけて造腫瘍性がないことなどの安全性を確認します。また、通常の患者さんと同じリハビリを実施し、細胞移植を実施していない患者さんと比べて、機能的な改善があるかどうかを検証します。この臨床試験はあと3人、計4人の患者さんに実施する計画です。1例目の手術を終えて、ようやくここまで来たという気持ちと、またここから新たなスタート地点に立ったという感覚がありますね。
岡野:1例目の移植ができたということは、“0歩”ではなく“1歩”を踏み出したということ。もう待ったなしです。今度こそ、今度こそ、患者さんのもとへとこの医療を届けるために、さらにスピードアップしていきたいと思っています。
── 慢性期の患者さんやご家族の期待も大きいと思います。治療の見通しはいかがですか。
岡野:慢性期の研究ももちろん進めています。慢性期の場合は、亜急性期とは少し特性の違うiPS細胞由来の神経前駆細胞を使いますが、2〜3年後には医師主導治験を開始できるよう、こちらも中村先生たちと着々と準備を進めているところです。
中村:今回の臨床試験が報道されてから、慢性期の患者さんのご家族から「もう諦めていた父が、このニュースを知ってまたリハビリを頑張り始めました」というお手紙をいただきました。亜急性期だけでなく慢性期の患者さんにとっても希望の光になっていることが嬉しかったですし、これまで以上に身が引き締まる思いです。
市民公開講座などで僕がいつも伝えているのは、「リハビリを行って残っている機能を最大限高める努力を続けてほしい」ということです。脊髄損傷の患者さんやご家族の中には「iPS細胞は魔法の細胞、これさえあれば急に足が動くようになる」と誤解している方がいますが、それは全く違います。細胞移植というのはあくまでも脊髄再生に向けたパズルのピースの一つ。そしてリハビリもまた欠かせないピースです。来たる再生医療の実現に備えて、それを受けられる筋力や体力、気力を維持するためにも、日々のリハビリを一生懸命頑張ってほしいと思っています。
再生医療が目指す、理想の未来とは
── 再生医療の実用化に向けた課題を教えてください。
岡野:将来的に「再生医療を社会実装する」、つまり全国津々浦々にiPS細胞由来の細胞を提供するとなると、細胞を大量に培養するプラットフォームを開発し、大規模な細胞培養施設を作らなければなりません。大学だけで担うことは到底不可能ですし、企業に丸投げすればうまくいくわけでもありません。つまり、我々アカデミアと企業が一体となって取り組む「医工連携」「産学連携」が不可欠となります。
そこでいま私も中村さんも、研究の仕事に加えて、日本再生医療学会をはじめとするさまざまな場で、国として再生医療を振興するための取り組みにも注力しています。なお、再生医療への需要が高まり、十分に供給できる体制が整えば、ある程度のコストダウンは自然と進んでいくはずです。
中村: 再生医療が患者さん一人ひとりの手の届く医療として普及するためには、より良いものを・より早く・より安く、提供できなければいけません。そのために、サイエンスの進歩のみならず、産学が一体となってスピード感を持って取り組むことが重要ですね。
── 先生方の思い描く「再生医療の未来」とは、どういうものなのでしょう。
岡野:iPS細胞を使った再生医療はいま、QOLを著しく損なう疾患や治療法のない疾患を標的としたものが多いですが、いずれはCommon Diseaseにも広く使われるようになるでしょう。またその際は、既存の薬の作用をさらに高める、リハビリテーションの効果を高めるといったように、再生医療と組み合わせることで治療効果を上げていくという方向性になっていくと思っています。
中村: 僕が再生医療で目指しているのは、“元気でぽっくり”です。というのも、いま医療の進歩によって寿命こそ伸びていますが、それに臓器や器官が追いついていないというケースがたくさんありますよね。神経領域では認知症や脳卒中、整形領域では腰痛や膝関節痛などもそうですね。そういった部分を再生医療でカバーできるようになれば、寝たきりや要介護の状態ではなく、最期まで自分らしく生きられる人が増えるはず。そんな社会に寄与することが再生医療の目指すところだと思っています。
「あんな切れ者とよくぞ…」と驚かれて
── ところで、20年も一緒に研究されてきたおふたりは、互いをどんな研究者だと思っていますか。
中村:岡野先生は世界トップレベルのニューロサイエンティストですから、僕はもう全てをリスペクトしています。特にすごいところですか? 例えば、以前ICM(パリ脳研究所)に一緒に行ったときのことですが、岡野先生はどんな分野の研究者とも話が盛り上がるんです。専門外のことまでなぜこんなに詳しいんだろうと、その底知れぬ知識の幅広さ・深さには本当に驚かされました。周囲の人から学会でもよく言われますよ「あんな切れ者の岡野さんとよく何十年も研究できるね」って。「気持ちだけでやってます!」って答えていますけど(笑)。
岡野:中村先生ほど熱い心を持っている整形外科医は、なかなかいらっしゃらないと思います。それからこの間も一緒に手術に入りましたけど、やっぱり手術が本当にうまいです。その「熱い心」と「神のような手捌き」、全面的に信頼しています。まあ、中村先生と僕はちょっと違うキャラだから、こうやって20年以上も一緒にやってこられたんじゃないかな(笑)。
中村:慶應の塾長であった小泉信三先生は、スポーツを例に「練習は不可能を可能にする」という言葉を残していますが、僕は岡野さんと研究をしてきて「サイエンスは不可能を可能にする」ということを感じています。数十年前まで不可能と思われていたことを、いまこうして一歩踏み出して実現したわけですから。いままで以上にこれからも頑張っていきたいですね。
大きな夢を持って、慶應にきてほしい
── あらためて、慶應医学部のどんなところに魅力を感じますか。
岡野:慶應医学部は「基礎・臨床一体」を開設時から掲げていますが、まさにその理念通り、垣根が本当に低いです。基礎研究を新たな診断・治療法の開発につなげるTranslational Researchと、臨床現場での問題点や診断を基礎研究にフィードバックするReverse Translational Researchの両方が、こんなにもスムーズにできる大学は珍しいです。非常にいい環境だと思いますね。
中村:同感です。実際、岡野先生は基礎研究の立場から、僕は臨床側の立場から脊髄再生に取り組んできたわけですからね。僕らのタッグは、慶應医学部の精神を実践しているものでもありますよね。
岡野:それと面白いのは、例えばうちの生理学研究室には、整形外科のほかにも脳神経外科や神経内科など、いろいろな科から臨床の先生がやって来るんです。臨床同士のコミュニティができることで、病気への集団戦法が組めるといいますか、別の科の先生の考え方や検査の方法が役に立つことが結構あるんです。基礎・臨床の壁だけでなく、臨床同士の壁も低い。いい大学だと思いますよ。
── 医学を志す若い世代へ向けて、メッセージをお願いします。
岡野:誰もやっていない分野をサイエンスで切り拓きたい、そして、治療法のない病気に苦しむ人を救いたい。この2つが、私がこれまで研究を続けてこられた原動力だと思います。この先どんな時代になっても、新たな難病は必ず出てきます。がんや認知症を制圧しても、また次の病気が出てくるでしょう。その際、チャレンジング精神を持ち、人類の英知を尽くして治療法の開発に挑む科学者・医師であってほしいと願っています。
中村:医学部生や整形外科の若い先生たちに、僕がよく伝える3つの言葉があります。まず大切なのはPassionです。思いや夢と言ってもいい。そのパッションを持ってVisionを描くこと。 10年後どうなっていたいか。そのために5年後、3年後にどうありたいかを具体化してください。そしてそのビジョンを達成するために今何をするべきか、すなはちActionです。“Passion, Vision, Action”、これを本気でやっている人は、失敗しても言い訳しません。どん底まで落ちても必ずそこで何かを掴んで、より大きくなって這い上がってきます。
それから、「自分は大学時代にこれをやった」と胸を張っていえるものを見つけてほしい。勉強でも、部活でも、ほかのどんな活動でもいいんです。愚直に全力で打ち込む、本気でぶつかっていく。その姿勢は将来必ず報われると思います。若い学生さんは大きな夢を持って、慶應医学部に来てほしいですね。
岡野 栄之(おかの ひでゆき)
1983年、慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部生理学教室、大阪大学蛋白質研究所、米国ジョンス・ホプキンス大学、東京大学医科学研究所を経て、94年、 筑波大学基礎医学系分子神経生物学教授。97年、大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授。2001年より慶應義塾大学医学部生理学教室教授、17年より慶應義塾大学大学院医学研究科委員長(いずれも現在に至る)。文部科学大臣表彰、井上学術賞、紫綬褒章、ベルツ賞、高峰記念第一三共賞、上原賞など受賞・受章多数。
中村 雅也(なかむら まさや)
1987年、慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部整形外科学教室、米国ジョージタウン大学を経て、2000年、慶應義塾大学医学部助手。京都大学再生医科学研究所非常勤講師 、星薬科大学薬理学教室非常勤講師、慶應義塾大学医学部整形外科学教室准教授を経て、15年より同教授(現在に至る)。日本整形外科学会・学会奨励賞、ベルツ賞、日本再生医療学会賞など受賞多数。
※所属・職名等は取材時のものです。