慶應義塾

慶應ドンネルプロジェクト-COVID-19の研究を加速-

2020/06/12

「慶應ドンネルプロジェクト」の創生

2019年12月末に中国の武漢で原因不明の肺炎の症例が報告されて以来、新型コロナウイルスSARS-CoV-2による感染症COVID-19が全世界で流行しています。2020年3月末、COVID-19の拡大に伴い病院機能が制限されつつある中、慶應義塾大学病院の医療スタッフはリスクの高い状況下で、黙々と患者さんの治療を続けていました。他の国々で医療崩壊が報じられ、わが国にもその危機が迫る中で、竹内勤常任理事、天谷雅行医学部長、北川雄光病院長のリーダーシップのもと、COVID-19の病態解明、診断そして治療などを支援できる研究体制を構築しようという機運が生まれました。そして、慶應義塾大学医学部が持つ専門性で医療現場のニーズを埋めることを目的として、基礎と臨床の研究者が集い、第1回のCOVID-19研究チーム会議が4月2日に開催されました。中和抗体の検出と血漿治療を目標においてプロジェクトが始動しましたが、すでに3月から活動していた疫学チームとの合流、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム配列解析チームの参加などがあり、150名を超える研究チームに発展していきました。COVID-19研究チームWeb会議が毎週開かれ、具体的な成果が出ています。更にこのWeb会議以外にも、COVID-19対策の基礎・臨床研究が信濃町キャンパスで複数生まれてきています。これらを総称して「慶應ドンネルプロジェクト」と呼ぶことが、天谷医学部長から提案されました。

「慶應ドンネルプロジェクト」は、COVID-19の感染拡⼤をきっかけに、北⾥柴三郎の原点を再確認し、感染・免疫・炎症に関する研究を加速し、⼈材を育成するプロジェクトです。新型コロナウイルスの対する中和抗体検出や血漿治療の計画から思い起こされたのは、破傷風の血清療法を確立した初代医学部長・病院長の北里柴三郎でした。弟子たちから敬意の念を込めて、「ドンネル先生」と呼ばれていたという逸話は、北里柴三郎が「雷親父」的存在だったことを親近感を持って伝えています。ドンネルはドイツ語でカミナリを意味する言葉であり、医学生は皆、ドイツ語を解する時代でした。こうして原点に立ち返ることで生じた求心力により、COVID-19研究の推進力が生まれました。進行中のドンネルプロジェクトの一端をご紹介します。

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血清抗体検査は定性と定量を計画

村田満教授(臨床検査医学)と佐谷秀行教授(先端医科学研究所)が率いる合同チームにより、新型コロナウイルスのPCR検査が行なわれた症例を対象に、定性・定量の両面から、血清中の抗体を検出できるタイミング・感度・選択性の比較・検討が始まっています。また、竹内教授(リウマチ・膠原病内科)らにより独自の血清中SARS-CoV-2中和抗体検出法の開発が進行しています。

慶應義塾大学病院検体のSARS -CoV- 2ゲノム解析へ

ウイルスゲノムの配列を決定し、変異の部位やパターンを比較することは感染経路を追跡するための重要な手がかりになります。無償で公開されているネクストストレイン(Nextstrain.org)は、データ源であるGISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data)に世界各地の研究機関から登録されたSARS-CoV-2の遺伝子配列データを解析し、ウイルスの進化を視覚化しています。塩見春彦教授(分子生物学)、小崎健次郎教授(臨床遺伝学センター)らの率いるチームは、慶應義塾大学病院のCOVID-19患者のウイルスゲノム配列解析に着手しました。これらの配列解析結果を比較し、感染経路を追跡・解明することが可能です。院内感染やクラスター発生時などに、一箇所からの感染拡大なのか、それとも複数の感染源から生じているものかを把握することもでき、感染拡大防止の一助になることが期待されます。

回復期血漿製剤を用いた治療法の開発

COVID-19に発症後に回復した患者の血液から分離された血漿を利用した治療法の開発が世界中で注目されています。米国では米国食品医薬品局(FDA)による承認を受け早くも血漿治療の臨床試験が開始されています。慶應義塾大学病院においても田野崎隆二教授(輸血・細胞療法センター)らを中心とする学内・学外チームにより血漿・血漿分画製剤の治療法の開発が始まりました。第一段階として、献血ドナーの基準とCOVID-19のドナーの適格基準を満たす血漿提供協力者のリクルートから開始されます。ドナー基準は、完治後2週間以上経過し、咽頭拭い液検体からのPCR検査が間隔をあけて2回陰性、その上、中和抗体価の上昇の確認ができた場合で、これらを全てクリアされたら登録されます。血漿採取は日赤の成分採血とほぼ同じ方法で実施され、検体の一部はCOVID-19関連のさまざまな研究にも使用されます。慶應義塾大学病院や永寿総合病院で感染後回復した医療従事者からはじめ、最初は30〜50例の登録予定です。

COVID-19疫学プロジェクト始まる

COVID-19は未解明の部分が多く、例えば、潜伏期間には幅があり、また、一度感染し回復した患者さんが再度感染症状を示してPCRで陽性になるという例も国内外で報告されています。感染症の流行の規模と状況を把握し、感染経路を追跡するためには、感染者・非感染者を含む集団の経時的な観察と記録が不可欠です。COVID-19疫学解析チーム(衛生学公衆衛生学・感染制御部・臨床検査医学・保健管理センター)は、慶應義塾大学病院においてSARS-CoV-2のPCR検査を施行された人全員と教職員の情報収集・サーベイランスを開始し、院内の感染制御業務を支援しています。多角的な研究のプラットフォームとなるデータベースを設計中で、ウイルスゲノムの配列解析結果や抗体検査結果と臨床データをリンクさせ、院内感染の様式と効果的な対策の方法を明らかにし、また予定入院時PCRスクリーニング検査を用いて市中感染者率と感染者死亡リスクを推計することなどを目指しています。

日本人患者のゲノム解析から重症化因子を見つける

COVID-19による日本人の死亡率は欧米諸国に比べて顕著に低いですが、一部の患者は急激に重篤化します。そこで、本邦の遺伝子背景の中でCOVID-19の重症化に関わる遺伝的要因を特定するための緊急プロジェクト「コロナ制圧タスクフォース」が立ち上がりました。多分野から科学者が集結し、学内からは研究統括を担う金井隆典教授(内科学(消化器))、北川雄光教授(外科学(一般・消化器))、福永興壱教授(内科学(呼吸器))、佐藤俊朗教授(坂口光洋記念講座(オルガノイド医学))、長谷川直樹教授(感染症学)が名を連ねています。今後、国内のCOVID-19患者500-600例の血液検体を用いて、高解像度HLA解析、SNPアレイ解析、全ゲノムシーケンス解析、T細胞レパトア解析などの包括的な解析を行い、重症者と軽症者又は無症状感染者の結果を比較し重症化因子を解明します。将来、独自の分子ニードル技術(北里大学で開発)を応用した鼻腔スプレー型粘膜ワクチンの開発につなげたい考えです。(5月21日にプレスリリースされました)

<プレスリリース>

共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」発足-新型コロナウイルス感染症の遺伝学的知見に基づいたCOVID-19粘膜免疫ワクチンの研究開発を促進-

https://www.keio.ac.jp/ja/press-release/20200521-2

慶應ドンネルプロジェクトの今後

慶應ドンネルプロジェクトは発足してから僅か一ヶ月の間に、職種を問わず貢献したいという教職員の熱い気持ちが一つになり、大きなムーブメントに発展しました。普段は直接臨床に携わらず基礎研究や研究支援を行っている研究者や教職員が、慶應義塾大学病院の医療に何か貢献できないかと考え100名以上の登録者からなる「基礎研究者バックアップ医療チーム」を発足させました。その基礎研究者が実施するPCR チーム、候補となる治療薬の治験・臨床研究を支援するタスクフォース、感染者のゲノム解析を多施設共同で行う研究グループ、またドンネルプロジェクトの内容を知らせるための広報チームもスタートし、まさにワンチームでCOVID-19撲滅を目指して進んでいます。感染の制御に役立つたくさんの研究成果が期待されますので、国内だけではなく世界に向けても情報を発信していきたいと思います。引き続き温かいご支援をよろしくお願い申し上げます。

文責:慶應ドンネルプロジェクト広報チーム

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