執筆者プロフィール

許 光俊
法学部 法学部 教授(ドイツ語)
許 光俊
法学部 法学部 教授(ドイツ語)
法学部に入学したら、法律や政治に関する専門科目を学ぶのは当然のことです。しかし、それ以外にもたくさんの授業があります。文学、哲学、芸術、物理学、天文学・・・どうしてそんなに多くのことを学ばなければならないのか、若い人たちにはピンと来ないかもしれません。しかし、「やっぱりいろんなことを知っていなくてはね」と昔々から人生のベテランたちが思ってきたので、そうなっているのです。それは貯金や保険と同じで、いつ必要になるかわからないけれど、ある日、「ああ、勉強しておいてよかった」と痛感するものなのです。あるいはたとえ痛感せずとも、知らないうちにあなたの知性や思考の肥やしになっているのです。
みなさんはこれまで、論理的に考えたり表現したりすることが大事だと習ってきたはずです。けれど、大学ではその先に進まなければなりません。ひとつの問題をめぐって、こういう論理、ああいう論理、いろいろな論理を立てることができるでしょう。そのどれがベター、あるいはベストなのか。判断するためには、さまざまな視点から考える能力や想像力が必要なのです。できるだけ多くの視点を獲得する、それが大学で種々のジャンルを学ぶことの大事な意味であり、〈教養〉ということです。
ひとつの視点で主張を続ければ、一種の狂信者になってしまう危険もあります。「これはこういうものだ」と石頭になって決めつけてはなりません。学問の世界では、「真実」は常にアップデートされています。どんなに偉い学者の考えも、次の時代にはひっくり返されてしまうことが頻繁に起きるのです。神様、王様という価値判断の絶対的基準が否定された現代を生きる私たちは、「この〈正しさ〉も、いつか否定されるかもしれない相対的なものなのだ」と意識し続けるほかないのです。
私の授業ではさまざまな文学作品を読みますが、有名な作品について思いもよらない解釈が飛び出す可能性が常に存在します。たとえば、みなさんも読んだかもしれない『吾輩は猫である』や『こころ』、あれは実は...。カフカの『変身』は、わけがわからない不条理な作品とされていますが、いやいや本当はものすごくリアルで...。カミュの『異邦人』はすばらしい作品だけど、著者も意識していない差別が表れてしまっていて...。ヘッセの『車輪の下』の主人公があんなになってしまった訳は...。私が理解していることをお話しします。おもしろいはずです。けれども、もしかしたら議論の最中にもっと新しい解釈、もっと新しい〈正しさ〉を思いつくのは、あなたか もしれません。