2025/04/04
第2次大戦前~終戦までの苦難の時代に慶應義塾長を務めた小泉信三。現在の塾生・塾員にとってその名は「練習ハ不可能ヲ可能ニス」という名言など主に慶應義塾のスポーツ振興の功績によって広く親しまれているだろう。一方で小泉は自由主義を信奉する経済学者として多くの著作を残した名文家でもあった。没後10年目にスタートした小泉信三賞全国高校生小論文コンテストは、今年は節目となる第50回を迎える。
経済学部での講義 (福澤研究センター提供)
「小泉信三」とはどのような人物なのか?
小泉信三は1888(明治21)年5月4日、旧紀州藩士で福澤諭吉の信頼が厚く慶應義塾長を務めていた小泉信吉(のぶきち)の第3子として誕生した。その後、横浜正金銀行支配人となった父・信吉は、信三が6歳のときに若くして急逝。福澤邸に引き取られた信三は、普通部から慶應義塾で学び、在学中は体育会庭球部の選手として活躍し、経済学を講じる大学教員になってからも庭球部長を務めた。また図書館監督(館長)を経て、戦時色が強まる1933(昭和8)年より、慶應義塾の歴史の中でも最も困難な時期に塾長の重責を担った。
信三は戦後、1949(昭和24)年、皇太子明仁親王(現・上皇陛下)の教育を担う東宮御教育常時参与に就任。民主主義の時代における帝王学について講じた。また、戦後も旺盛に執筆活動を展開し、福澤諭吉に関する諸作や『共産主義批判の常識』などは一般の人々にも広く読まれることになった。1966(昭和41)年5月11日没。経済学者、文筆家としての膨大な業績は『小泉信三全集』(文藝春秋)にまとめられている。
没後10年の節目に始まった全国高校生小論文コンテスト
経済学者としてだけではなく、優れた教育者・文筆家としてベストセラーを含む数多くの著作を遺した小泉。現在、『わが文芸談』『平生の心がけ』、また戦死した長男を思う慟哭の記録である『海軍主計大尉小泉信吉』など、電子書籍を含めると彼が遺した多くの一般向けの著作を読むことができる。そこには小泉の透徹した論理と公正な思考が卓越した説得力と表現力によって書き表されており、まさに人の心を動かし、勇気を与える「文章の力」を感じとることができるだろう。
小泉没後10年となる1976(昭和51)年、青少年の文章表現能力向上に寄与することを目的として「小泉信三賞全国高校生小論文コンテスト」がスタートした。初代の審査委員には塾員である芥川賞作家の遠藤周作、その後もやはり塾員の安岡章太郎や田久保英夫、坂上弘といった名だたる文豪が、高校生たちの作品を丁寧に読み込んだ上で、厳正な審査を行ってきた。
このコンテストは、毎年、小泉の命日である5月11日に応募がスタート。当初は学校単位での受け付け、また手書きでの応募であったが、近年は所定フォームから個人による応募となっている。
小論文の課題は年によって異なるがおおむね3〜6テーマが出題される。福澤諭吉に関連する課題のほか、近年であればエネルギー問題やパンデミック、SNS文化関連など、高校生世代に考えてもらいたい社会問題を積極的に取り入れてきた。
応募作品の質は開始以来現在に至るまできわめて高く、審査委員は大いに苦労しながら5編の入賞作を選定。毎年1月10日の福澤先生誕生記念会の中で入賞者の表彰式が行われている。
各学部のアドミッションポリシーでは、それぞれに理解力や分析力、構想力、表現力を求めている。小論文に取り組むことは、複数の文献や資料を読み解き、実証的に問題を解決していくことであり、それは慶應義塾伝統の「実学の精神」につながるのではないか。受賞者の多くが慶應義塾に進学していることから、コンテストに応募することで小論文の執筆力がついているのかもしれない。
記念すべき「第50回」にぜひ高校生からの挑戦を
第49回の受賞作品と選評は1月中に慶應義塾Webサイトおよび、機関誌『三田評論』1月号に掲載されるので、ぜひ読んでいただきたい。もし、身近に高校生がいたら執筆を勧めてみてほしい。まず、小泉の著書『読書論』を読んでみてはどうだろうか。何を、いかに読むか、手がかりとなるだろう。
最後に新年にあたって、小泉が「塾生諸君の居常懈(おこた)るべからざる心得数条を定む」として慶應義塾内の各教室に貼った「塾長訓示」を掲載し、読者の皆さまのご健勝とご多幸をお祈り申し上げる。
小泉信三賞全国高校生小論文コンテスト
卓越した研究者・教育者であり、優れた文筆家でもあった元塾長小泉信三博士の人格と業績を後世に伝え、青少年の文章表現能力の向上に寄与することを目的として、同博士の没後10 年を記念し、1976 年に始まりました。応募資格は全国の高等学校に在学中の生徒です(締切日時点)。
コンテストの詳細
受賞者の声
□ 学校での紹介でコンテストの存在を知って応募した
□ 過去の入選作品を読んで自分も「作品」となる濃い文章を書いてみたかった
□ 言葉を紡ぐことが好きだった
□ 夏休みに大きなチャレンジをしたいと思った
□ 小論文を書く際には文章を書く力だけでなく、物事と物事を結び付ける力や読解力、キーワードを見つける力などさまざまな能力が必要だと分かった
この記事は、『塾』 WINTER 2025(No.325)の「ステンドグラス」に掲載したものです。