慶應義塾
Keio LIFE

#20

世界を魅了する映画作りと、慶應にある創造力の原点

#Feature#Person#Challenge
公開日:2026.10.14

プロフィール

岩崎 裕介(いわさき ゆうすけ)

卒業生/文学部美学美術史学専攻卒業

東北新社所属。CMディレクターとして数々の話題作を手掛けるだけでなく、演出家、映画監督としても活躍。自身初の長編映画「チルド」が2026年に行われた第76回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門にて出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞した。

慶應に帰ってきて

K.S (Editor) :

慶應に久しぶりに来てみてどうですか?

岩崎 :

ちょっとしたところで、やっぱフラッシュバック。東館とキャンパスの渡り廊下とか、確かに過ごしたんだなっていうのを思い出しました。何気ないところで場所と紐づいて当時の人間の残像とか思い出が浮かびました。懐かしいなという感じ。

散歩する中でフラッシュバックする岩崎さん

クリエイティブの視座

K.S (Editor) :

最新作「チルド」にもあるような、歪みや、異質な感覚を題材とする映画を作る視座や視点はどのように培われたのですか?

岩崎 :

散漫だからじゃないですかね。何かに没頭するみたいなことはなく、散漫だからすごい人の細かい所作とかが気になる。人間の隠された不完全さを慈しむところとか、無自覚なところにすごい意識が向かっちゃうんですよ。それを大げさに開陳するのが好きっていう。普通に趣味です。

K.S (Editor) :

それは割と学生時代から...?

岩崎 :

そうですね。人のいいところも、悪いところも、無自覚なものを掬い上げるってことにすごい興味がある。めちゃくちゃ悪趣味なんですけど。まあでもそこを慈しむみたいなのがあるんで。

見過ごされているところをチャームポイントとして慈しむし、ちょっとした欠陥だけど、明らかにシステム上の破綻があるけど、見過ごされているものとかに対して「本当にそう?」「みんな本当にこれでいいの?」みたいなことを、結構僕は声がでかいし、あんまり後ろ髪を引かれるみたいなことがないので、言えるから言ってるみたいな感じです。

文学部美学美術史学専攻での学び

窓に腰掛ける岩崎監督。
K.S (Editor) :

在学中は美学美術史学(美美)専攻で 笑いの研究をされてたそうですね。それについて詳しく伺えますか。

岩崎 :

お笑いとかコメディみたいに、笑わせることを目的として作られたものというわけではないのに、人がなぜか笑ってしまうという「おかしみ」のようなことに興味があって、それを研究したくて美学美術史学を選びました。

具体的なところに論点がないと、ベルクソンの哲学とか匙を投げるぐらいむずかしい話なんで、地に足をつけるようアドバイスされて春画とかの研究をしてました。

K.S (Editor) :

ゼミで直接笑いの研究をされてたわけではないんですか。

岩崎 :

いや、笑いの研究したいってなって、ゼミで日本の笑いのルーツを探ってた気がする。昔の人が何に笑うのかっていうものの変遷を、時代によって何がおかしみをもたらすのか、ということを美術史を通して学んでましたね。

K.S (Editor) :

専攻を決める時は何を基準にされたのでしょうか?

岩崎 :

美術的なものと「不要なもの」に興味があった。 それも実際的なものではなく、なぜ人は不要なものを作るんだっていう視点から、美術に興味があったっていうのが大きかったです。

あと、やっぱり、うっすら自分が、それこそアートとかそういうものを生業として作る人生を送りたいって思ってたのかもしれないですね。 いつからだったか。でもCMディレクターになりたいと思ったのは大学3年の頃くらいなんですよ。

当時アウトサイダーアートっていう、アートの専門外の人間が作ったアートにハマってて、障がい者で正規の美術教育を受けていない方の絵とか子どもの合唱とか、素人のカラオケの音源とか、そういうのを集めてて。その極北にあったのがYouTubeにあった関西の伝統的な地方CMとかで、それにすごい惹かれて。

演劇サークルで得たキャリアへの道標

学生食堂「山食」をみてフラッシュバックする岩崎さん
K.S (Editor) :

演劇サークルに所属されていたと伺ったんですけど、慶應での大学生活においては、そこに一番重点を置いていたんですか。

岩崎 :

稽古場から稽古場をはしごしてたんで演劇の記憶しかないです。創像工房in front of. っていうサークルなんですけど、大学で一番でかいサークルで。エンタメっぽい、あまり作家性があるとか、思想が強いって感じはないサークルだったんですけど。そこでひたすら活動してました。ほとんど役者でしたけど。

K.S (Editor) :

では最初から、ディレクターのような指揮を取る側になりたいという意識は特になかったということですか?

岩崎 :

高校生から大学までは、注目を浴びたいっていうのがあってむしろ目立ちたがりだったんです。でもそこから、別に目立つことが俺の魂の本懐ではないなと気づいて。みんなでものを作るみたいなことをやりたくて、ちっちゃくていいからユートピアが作れたらいいなってことで監督を目指しました。なんか僕、意思決定が得意なんで、演出もいいんじゃないかと。

K.S (Editor) :

そこでの経験が今のキャリアに繋がっていますね。

岩崎 :

もうまさに繋がってる。ただ演劇はすごい面白いけど、演劇って頑張って作って頑張って稽古しても、その小屋に来た人しか見ないというのが、当時はなんかちょっと虚しさを感じてしまって、残るものが作りたいなと思って。残るものを作るなら映像だな、映像は素人だから勉強して、1番いい環境で学ぶとしたらCMかな、 CM制作会社どこだろう、って調べていって、東北新社という会社に繋がっていったっていう流れです。

慶應での仲間との出会い

手に持っていると落ち着くというクルミ
K.S (Editor) :

慶應での出会いについて教えてください。

岩崎 :

僕が今映画作ってるレーベル、NOTHING NEWの代表の林健太郎とは慶應で出会って、大学一年生の時から仲良くて...その林がもう魂の人間というか、一切自分のプレゼンスや見てくれることとか全く気にせずに、純粋に本当に尖った作品を作りたいっていう気持ち一本でやってる人間で。僕、映画は彼に誘われて作っただけなんで、自分からはやらないんですけど。

K.S (Editor) :

そうなんですね。

岩崎 :

やらないやらない。大変だから。僕がその気になるっていうのは超超超僕的には熱いっていうか、僕本当腰重いんで。それをその気にさせてくれるだけ魂がでかいやつが林健太郎。

大学までって、主に学力とかによって人が集められるじゃないですか。だから自分の趣味とか思考とか、何に魂を震わせるのかみたいなところで共同体を作ってその中で生きるってなかったんです。それが大学に来て初めて経験できたんで。しかも全国単位、国内全国からいろんな奴が集まってきて、そこで「なんだ、同じこと考えてた人間こんなにいたんだ」って思ったのは、めっちゃでかい。

すべての学生へ

インタビューに応じる岩崎監督。
K.S (Editor) :

最後にこれを読んでる方、慶應生、そして慶應を志している方に一言いただければなと思います。

岩崎 :

誰かはいるんだよ。やっぱこんだけ広いと。こいつはもう親友みたいな、そういう人を見つけてほしいな。俺には、俺を引っ張ってくれるやつがいっぱいいるから。そして、自分を見つける過程でちゃんと周りのみんなも大事にしてほしい。これは絶対大切。

あと、まず学生時代のうちに、あらゆるものにどんどん好奇心を持って閉じずに取り組んでください。無限の可能性があるのだから、君たちには。

そして、自分自身を全ベットしてもよかろうというぐらい、何か好きなものをその過程で見つけて、それを生業とできたら良いよね。どんどん仕事の内容も業界も細かく分岐してきてるし、個人の好きなことに世の中が添えるようになってる気はするから。ともすれば、自分の自己解像度上げていくことが大事になってくる。自分はこういう人間、ここに興味があるんだな、これが好きなんだなっていうところの粒度が細かければ細かいほど多分良くなってくると思うから、なんとなくとかじゃなくちゃんと自分のことを知ろうとした方がいいね。

※本記事は2026年時点の情報に基づき作成されたものです。

取材・撮影

K.S

文学部。カルチャーが好きで、何かすごいものを観たり聴いたり読んだりしたときの感情が生き甲斐です。

F.S

文学部哲学専攻。幼少期から「人」が大好きで、ついつい観察してしまいます。「人」をテーマにネタを作って、お笑い賞レースに出ることが夢です。Keio Lifeを通じて、様々な「人」と出会いたいと考えています。

M.H

総合政策学部。散歩をしながら、何気ない日常の風景を写真に収めるのが好きです。見慣れた街並みの中にも小さな発見や特別な瞬間が隠れていると感じることが多く、そんな「気づき」を大切にしながら日々過ごすことを大切にしています。

M.M

商学部。パン作りが趣味。生地がぷくぷくと発酵していく様子を眺めていると心が落ち着きます。同じくパン屋さん巡りも好きで、地元・京都の「klore」がお気に入りです。