慶應義塾
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# 19

継承される知の記憶——慶應義塾図書館貴重書室が守り続けるスペシャルコレクション

#Learning#Location
公開日:2026.10.08
慶應義塾大学三田キャンパスに息づく「知の宝庫」、貴重書室。『源氏物語』から近代のアーカイブまで、学生が「本物」に触れることで歴史を自分事として実感できる、この場所の魅力を本記事にて紐解いていく。

プロフィール

倉持 隆(くらもち たかし)

その他/三田メディアセンター課長(選書・スペシャルコレクション担当)

歴史を紡ぎ、知を守る――貴重書室の歩みと利用方法

三田メディアセンター(慶應義塾図書館)内にある貴重書室は、1982年の図書館新館開設とともに設置された。それ以前は、現在の図書館旧館にあった金庫室などで貴重書が管理されていたが、建物の新築を機に、より専門的な管理体制が整えられた。ここに収められた膨大な資料は、長い歴史の中で塾員(卒業生)から寄せられた寄贈品や、教員の推薦や図書館員の選書により、蒐集してきたものである。

現在は「貴重書」という枠組みを超え、近代の実業家の日記や原稿なども含めた「スペシャルコレクション」として、歴史を伝える多様なアーカイブを管理している。

貴重書は雲の上の存在と思われがちだが、実は学生にとっても身近な存在。文学部などの授業では、教員が貴重書の実物を使って授業をするという「貴重書活用授業」が行われている。また、卒論執筆や研究目的であれば、指導教員への相談や事前予約を経て、学生自身が資料を閲覧することも可能だ。メディアセンターの公式サイトで更に詳しい利用法が掲載されているので、ぜひ一読していただきたい。

嫁入り道具としての『源氏物語』――形に込められた願い

貴重書室の目玉の一つが、『源氏物語』のコレクションだ。特筆すべきは、江戸時代の大名が娘に持たせたという「嫁入り本」というものだ。全54帖が揃い、金箔や美しい装飾が施された豪華な書物箪笥に収められたその姿は、美術品のような輝きを放っている。

面白いのは、この嫁入り本が「読むため」というよりも、「立派なものを持っていること」に意義があったという点。たとえ文字の書き間違いがあっても、外見の美しさを優先してそのままにされることもあったが、本書には室町時代前期の校合(複数の本を比べて本文の異同を確かめたり、訂正する作業)に関する奥書が見られ、珍しくまた貴重な資料である。一方で、掌に収まるほど小さな「豆源氏」や、亀がいじめられない設定など現代とは筋書きが異なる『浦島太郎』の奈良絵本など、当時の書物文化の遊び心と多様性を貴重書は今に伝えている。

『源氏物語』の「嫁入り本」が収められた書物箪笥
『源氏物語』嫁入り本の一つ

「自分事」として捉える貴重書――本物が持つ圧倒的な力

なぜ、デジタル化が進む現代において、あえて「現物」に触れる必要があるのか。三田メディアセンターのスペシャルコレクション担当である倉持隆さんは、貴重書に触れる意義を「歴史を自分事として実感すること」にあると語った。

例えば、教科書の中の人物だと思っていた伊達政宗が実際に書いた手紙という「直筆資料」を目の当たりにすると、「この人物は本当に生きていたのだ」という確かな手触りが伝わってくるだろう。貴重書は決して遠い世界のものではなく、自分たちの生きる時間と地続きにあるもの。本物との出会いは、歴史や他者の物語を自分の物語として捉え直すきっかけを与えてくれるのではないだろうか。

伊達政宗筆書状

終わりに――秋の展示会「Slow Reading (ゆっくり読む)」への誘い

この秋、貴重書室が所蔵する珠玉の資料を一般公開するイベントが開催される。「第36回 慶應義塾図書館 貴重書展示会」が、2026年10月7日から1週間、丸善・丸の内本店にて開催予定だ。

今回のテーマは「Slow Reading (ゆっくり読む)〜中世・ルネサンスの書物が語る身体と健康〜」。中世ルネサンスの科学史や宇宙、身体に関する洋書をじっくりと見つめ、思索に耽る贅沢な時間を提供してくれるだろう。慶應義塾が守り続けてきた貴重な資料に触れ、悠久の歴史の流れを感じてみるのはいかがだろうか。

取材後記――加速する時流の中で

携帯の登場、DX化推進、AIの進化。数多くの便利なツールが登場し、私達の生活は一昔前と比べて、格段と便利になった。ただ、記者の所感だが、現代は便利になりすぎた分、幾らか不便にもなっていると感じる。効率化とは、終わりが見えないものだ。何かを早く片付けて、更に別の何かに取り掛かる。物事の進みが早くなればなるほど、空いた時間で何かを片付けたくなるのが人間の性なのかもしれない。そうやって、私達は心と頭を疲弊させていく。今回の取材を通し、時の進みの中立ち止まり、過去を省察する時間も現代を生きる人間にとって必要であると改めて感じることができた。

※本記事は2026年時点の情報に基づき作成されたものです。

取材・撮影

T.O

本を読んだり、珈琲を飲んだりします。