慶應義塾

21世紀型の、江戸の浮世絵研究を模索する

登場者プロフィール

  • 内藤正人

    文学研究科 美学美術史学専攻

    内藤正人

    文学研究科 美学美術史学専攻

2016/11/30

日本における美術の歴史は、世界の美術史という巨視的枠組みからみると、東アジア美術の範疇でとらえられるべきものです。しかしながら歴史的経緯もあり、どうしても隣国中国の大きな存在を無視しえず、ために欧米の美術書では日本美術は中国文化圏の下に位置付けられる小さな扱い、という不遇をかこっています。確かにそうした事実は否めないものの、では、日本美術が最も輝いた時期、すなわち、世界規模の美術史のなかでも他とは異なる個性的な光を放った時期は、あるのでしょうか。この問いに対しては、いくつかの異なる視点を用意しての解答が期待されますが、答えの一つに、江戸時代をあげてよいと感じています。つまり、海外との積極的な交渉を制限された二世紀以上にわたる鎖国時代に、内向きに発酵した文化事象のひとつとして、江戸時代の美術には確かに、オリジナリティに富んだ造形が認められるというわけです。

江戸美術のアイコンでは、やはり浮世絵が最右翼でしょう。19世紀中期からヨーロッパに吹き荒れたジャポニスムの原動力となった浮世絵は、平明でフラットな色彩、陰影のない線描重視の描法など、西洋人たちの好奇心を大いにそそる魅力的な版画や絵画の作品群で占められています。ただ、美術研究の対象としてはそもそも西洋世界が先行し、生みの親である日本の浮世絵研究は長らく後塵を拝してきた、というのも正直なところなのです。

私自身は江戸時代の絵画や版画を専門とし、浮世絵は関心の高いフィールドですが、今日なお浮世絵関連の研究や普及活動は、日本が決して最先端という状況にはないことに危惧を抱いています。実際、昭和期までの浮世絵学はほぼ版画関連の研究と呼ぶべき状態にあり、浮世絵師が手懸けた膨大な絵画の研究にことに遅れが目立っています。さらには、長らく偏見にさらされた春画の研究や普及活動も、欧米の研究者が一部で確実にリードしている状況です。つまり、従来のように、眺めていて心地がよく、まるでうわべだけを繕ったかのような浮世絵の歪んだ像、みる側にとって都合のよい浮世絵の虚像を正し、浮世絵師の描いた作品すべてを考察の対象とする、本来あるべき浮世絵研究の形へと修正していく必要がある、と痛感しています。

現代日本発の海外向けコンテンツビジネスとして有望視される、漫画などサブカルチャーの祖としても頗る重要な位置にある、江戸の浮世絵。21世紀型の浮世絵研究は、さまざまな矛盾やタブーを解消しつつあるこれからが、いわば本当のスタートだと思っています。

(2016/11/30)

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