慶應義塾

現代の倫理観を原点から問い直す

登場者プロフィール

  • 石田 京子

    文学部 倫理学専攻 助教

    石田 京子

    文学部 倫理学専攻 助教

2017/02/01

倫理学専攻をもつ大学は日本ではそう多くはありません。慶應義塾大学の文学部に倫理学専攻が存在するのは、哲学・倫理学・美学という昔からの学問区分に従って哲学科を設立したときのなごりです。哲学が認識や存在などの理論的なテーマを主に取り上げるのに対して、倫理学は、人としての生きかたや社会のあり方を問題としています。どう生きるべきかということは、個人の価値観にゆだねられているように思われがちですが、倫理学は、高度に理論化されている客観的な学問なのです。

私は学部生時代に、応用倫理学という分野に興味を持っていました。これは倫理学の理論を現代社会にどう応用するかということを考える分野で、生命倫理や貧困、格差などの社会的な問題を倫理学の観点から解明しようとするものです。ただ私の場合、そういった問題を取り組む前に、考える際の基準となるような理論をまずは身につけなさいという指導教授の言葉がきっかけとなって、18世紀ドイツの哲学者カント(Immanuel Kant)の特に法哲学・政治哲学を研究するようになりました。法は個々人がどう生きるべきかにではなく、社会的な意思決定や制度の正当性に関わるものです。その違いを理解することは、現代の諸問題を検討する際にも非常に重要です。

現代においてカントを学ぶ意味

カントは哲学の課題を3つの問いで表しています。

“人は何を知りうるか”

“人は何をすべきか”

“人は何を希望してよいのか”

この3つの問いを考えることで、カントは最終的には“人間とは何か”という問いに答えようとしました。実際、カントは自らの倫理学を通じて、人間とはどのような存在であるのかを示そうとしています。再生医療やAIの出現、グローバリゼーションなど、さまざまな社会的要因によって私たちの人間観や社会観は揺らいでおり、その結果、私たちが人としてどのように生きるべきかを見通すことは困難になってきています。その意味で、“人間とは何か”を考えるてがかりをあたえてくれるカントの哲学や倫理学には、大きな意味があると考えています。

また、現代ではジョン・ロールズ、ユルゲン・ハーバーマスなど多くの思想家たちが、カント哲学の継承を標ぼうし、他方で、カントを徹底的に批判し乗り越えることで新たな理論を打ち立てようとする哲学者たちが活躍しています。このように、カントの思想は現代哲学・倫理学の源流の一つとなっていて、今日“何をすべきか”を問ううえで避けては通れないと言うことができます。

文学部で倫理学を学ぶということ

倫理学専攻では、古典的著作を通じた思想家との対話を特に重要視しています。それは、思想家たちの言葉を歴史的な事実としてただ暗記したり、ありがたがったりするのではなく、人間の生き方をどう捉え、どう考えるかについての“プロセス”や“方法論”を、思想家の言葉のなかから浮かび上がらせる、ということです。そういったプロセスや方法論の多くは、過去の遺物なのではなく、今でも広く使われています。人生や社会についての多様な考え方や価値観を体系的に学び、深く考えることができるのが、倫理学専攻のよいところだと思います。

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※所属・職名等は取材時のものです。