慶應義塾

過去の作品が照らしだすもの

登場者プロフィール

  • 上杉 誠

    文学部 仏文学専攻 助教

    上杉 誠

    文学部 仏文学専攻 助教

2023/10/16

近くて遠い19世紀

妻の不倫を疑う夫がつぶやきます。「ふたりを殺してしまおう、法律はおれの味方だ。」これは、19世紀前半のフランスを舞台にしたとある小説のいち場面です。不倫をめぐる嫉妬や怒りの感情は今と変わらないかもしれません。けれども、法律も規範も常識もこの200年で大きく変化したようです。現在では自動車を指す « voiture » という単語が、馬車を指していた時代。現在とつながっているようだけれども、素直に理解できるわけではない。私たちと19世紀の間には、そんな距離があるのかもしれません。

「美徳」とは 「名誉」とは

私が研究対象として扱ってきた作家スタンダール(1783―1842)の作品は、恋愛や冒険など小説らしい心浮き立つ場面がたくさんありますが、細部に目を向けると首をかしげざるを得ない個所にも出会います。とくに私が困ったのは、人物の心理を表すのに「美徳」、「名誉」、「高邁」などモラルを示す言葉がしばしば用いられているのですが、その内実がよくつかめなかったことです。これらモラルの理想に注目しながら、旧体制(アンシャン・レジーム)から1789年のフランス革命を経て19世紀へと向かう時代の社会状況や価値観の変化を論じています。こうすることで、私たちがいま生きている社会の規範や常識を考えなおす手掛かりになるでしょう。

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フランス語という扉

フランス語とフランス文学を専攻していま改めてよかったと思うのは、当初想像もしなかったものに出会えたことです。じっさい研究を通して、スタンダールが親しんでいたさまざまな作品、イタリア絵画やオペラ、ダンテやシェイクスピアといったお隣の各国文学、ホッブスやルソーの政治思想等々、関心は次々に広がりました。ある作品に触れることは、その背後にあるジャンルも異なる無数の作品への扉となるようです。そんな広がりは、物語を読んだり、美術館に行ったり、舞台芸術を見たりするたびに実感されます。作品を味わう喜びを、多くのかたと共有できたらと願っています。

※所属・職名等は取材時のものです。